楽しい開店準備
ケイトが紹介してくれた職人さんは、魔力がないため魔法石を作れず、鉱物を加工するので我慢しているという魔石オタクだと聞いたので、見本となるべくいくつか魔法石を作って持っていくと大変に喜んでくれた。
「はあ……。うっとりするほど綺麗な魔法石だ。サイズはこの小・大の2種類でいいんだね。ねえ、もし店を開いたらもっと大きい魔法石は置いてあるのかな?あるならぜひ買いに行きたい」
「大きいというと、どのくらいですか?」
「占い師の水晶玉ってみたことある?両手で持つくらいの玉……いや、欲を言えばもう少し大きめが欲しいんだけど、こんなに綺麗で純度の高い魔法石だったら、かなりの魔力がないと作れないだろうからなあ」
正直に言うと、できる。
一般的に魔法石を作ることを生業にしているような、下位貴族ではそれほどの玉を作ろうと思えば、ひと月くらいかかるかもしれないが、ベアトリクスは濃厚で上質な魔力をふんだんに扱えるので、ひと月もあれば家くらいの大きさの魔法石でも作り出せる自信があった。
だが、本当のことを言ってしまうと、目立ちすぎる恐れがある。
「もし希望されるのなら、作りますよ。両手に持つくらいの大きさでいいですか?魔力の付与に希望は?」
「本当かい?もしできるのなら、もう少し…ドラゴンエッグくらいの大きさで。付与魔法は詳しくないんだけど、君の瞳のようなアメジストの色にすることはできるかな?」
「アメジストでしたら……闇属性の守護をいれるか、火と水の加護をいれるかですね」
「じゃあ、守護がいいかも。今度魔石の加工技術を競う大会があるんで、それにぜひ使わせてもらいたい」
品物を頼みに来たはずだったが、逆に頼まれることになるとは。
「ジョシュアとベティだったよね。オレはライナスっていうんだ。よろしくな。もし大会で優勝したら、魔法石の宣伝もしておいてやるからな!」
「よろしくお願いします。それで、石の加工料なのですが……」
「そうだった。話の途中でつい。魔法石を扱える店となると、オレも使わせてもらうことになるかもしれねぇ。多少融通してあげるよ」
ライナスは紐や革についても、工場で扱っている分を仕入れと同額で譲ってくれた。
アクセサリー見本を作るのに必要な鉱石玉も少しだけ作ってもらい、一緒に鞄にしまう。
鉱物の加工は、数はそうでもないが、頼んだ鉱物の種類が多いので残りはあと2週間ほどかかるということで、魔法石を取りに来るついでに納品してくれるらしい。
店の場所を教えてその日は宿へ帰った。
店舗が自由に使えるようになるまでは1週間くらいかかる。
その間に必要な生活用品や商品を並べるための棚・机などを見に行くことになった。
もちろんジョシュアと2人で出かける。
宿屋の夫婦には、兄妹という設定をつけたにも関わらず、ジョシュアがどこへ行くにも私の傍を離れず、手を繋いで歩こうとするため、重度のシスコンだという誤解をされてしまった。
最初は訂正しようとした私だったが、ジョシュアが笑顔で「ええ、そうなんです。妹に万が一手を出すような奴がいれば、絶対に許しません」と氷の魔王のような能面で言い切ったので諦めてそのままになっている。
店舗は壁が花の絵で彩られているので、設置する家具は白色で揃えた。
奥にある階段の手前に煉瓦と白い天板でカウンターを設置してもらい、その内側には作業台を置いて、そこでアクセサリー作りができるようにした。
石を色や大きさごとにいれるための器と、ブレスレットやネックレスを並べてさげるためのホルダーも購入する。
それらはすべて1週間後に直接店に届けてもらうように手続きをしたので、あとは宿でできる、魔法石づくりである。
込める加護を思い浮かべながら、一粒一粒掌から皿に生み出していく。
私より魔力量が少ない筈のジョシュアは、魔力操作が各段にうまいせいか作成速度がはやい。
二人で黙々と作り続けたのであっという間に皿からこぼれるほどになった。
出来た石の半分に、紐を通せる穴をあける。
それと、ライナスに作ってもらった鉱石玉とを適当に3~4色選んで組み合わせ、2重のブレスレット状にした。
そのまま気に入った人に売ってもいいし、見本品として自分で色を選んでもらうのもいい。
「僕も作ってみてもいい?」
「え?ええもちろん。どれでも好きなのをいいわよ」
ジョシュアが金の紐を手に取った。
私がジョシュアのために書いた、石言葉早見表を見ながら、石を選んでいく。
淡い薄紫のアメジストに、半透明のムーンストーンを組み合わせ、一粒だけジョシュアが作った琥珀色の輝きの魔法石がきらりと光る。
教えてもいないのに、小さな粒を二連にしてぐるりと回し、石を編み込んで繋げたブレスレットができた。
「本当になんでもできるのね」
「やり方さえわかれば。代金は支払うから、購入しても?」
「あら。欲しかったの?いいわよ。別に、それくらい」
「いや。プレゼントしたい相手を思い浮かべながら作ったから、支払う」
そもそも値段を決めていなかったので、慌てて設定した。
ジョシュアは支払いを終えると嬉しそうにブレスレットを見つめている。
プレゼントしたい方って誰?そもそもこっちの国にいないんじゃ?と考えていると、左手をとられ、そのままブレスレットを嵌められた。
「ベティに」
金の紐がムーンストーンの下からきらりと光る。
私の事を想って作ったの?一粒だけ大きく、タイガーアイのような琥珀色の魔法石はまるで、ジョシュアの瞳のようだった。
「呼べば、いつでも貴女のもとに馳せますように、と。加護を込めた」
「まあ……」
「一応護衛としての役目もあるからね。僕が目を離すと、ベティはすぐにどこかふらふら行って、事件を起こしかねない」
「……ありがとう。大事にするわね」
従者ではなくなったので、オカン護衛だ。
私が礼をいうと、ジョシュアはにっこりと笑った。
「よーし、せっかくだから私もジョシュアに作ろうっと。男の人がつけるようだったら石より編み紐の部分が多い方がいいわね…。そうだ、髪を縛る組紐に石をつけるのはどうかしら?」
「ふぅん、いいかも」
ジョシュアの髪は銀色なので、割とどんな色でも似合うだろう。
「ジョシュアは何色がいいとかある?」
「……だったら、菫色で」
菫色ね。そういえばもらったブレスレットにもアメジストを選んでいたし、もともと好きなのかしら?
濃さの違う菫色の紐を丸4つ編みにして、ミサンガのように太くする。
夜空に星が煌めくようなブルーゴールドストーンと、守護の祈りを込めたアメジスト色の魔法石を、石の大きさを変えながら5個並べて両端にそれぞれ組んだ。
これで髪を結べば、先の方で石が揺れるだろう。
「……いい感じ。ベティははもしかして、前世でもこういう事が得意だった?」
「え?うーん、私というより、私の母がね。よく作ってるのを見てたわ。一緒に何度か作って、友達にもあげて、お揃いにしたりしてたわ」
「お揃いか……恋人同士でつけることも?」
「ううん。前世では、男の人はあまりこういうのを付ける人はいなかったから。それに私にそういう人もいなかったし」
「そうか。じゃあ、男性では僕が初めて?」
「違うわ。6歳の時に父にあげたのが初めて。あなたは二番目よ」
「お父様には勝てなくても仕方ないな」
「一体何の勝負なのよ……」
ふふふ、と笑ってジョシュアはご機嫌で材料を片付けはじめた。
作業に没頭していて気づかなかったが、すっかり夜である。
たくさん魔力を使って疲れたので、夕食と入浴を済ませると私はそのまま布団へと沈んでいったのだった。