お店を開くことにしました!
トーワの帝都、トーワルーンは広い。
調査の結果、帝のいる城を中心に、東西南北と主に4つの地域にわかれていることがわかった。
4つの地域はそれぞれに特色があり、東は商業地区、西は職人工場、南は観光都市、北は軍事地域と分かれている。
帝都に住居を構えるのは城の中心で働く貴族や、店をもつ商人、工場で働く職人の他はあまりいない。
軍人には寮があるし、ギルドの冒険者達は基本的に住処を持たないものだ。
稀に既婚後も冒険者を続ける人もいるが、そういった人はわざわざ帝都に家を構えない。
お金があるからといって、私たちが働きもせずただ家を借りるのはとても目立つことだろう。
冒険者になる、という案は逃亡計画を企てている途中の時点でジョシュアに却下された。
仮にも貴族の令嬢で、王太子の婚約者に選ばれるぐらいには魔力が高いので、十分やっていける自信があったし、何よりも興味があったのだが、「危険なことは絶対に禁止」とミリも首を縦にふらなかった。
両手で顔を掴んで頷かせようとしても動かなかったし、小さいころのジョシュアの失敗談を延々と聞かせても駄目だった。
「金はあるんだから、別に利益を得ずとも目立たないような店を構えてしまえばいいと思うよ」
「うーん」
「とにかく不動産屋を見よう。とりあえずの店でもいい。そのうちやりたい事が見つかったらまた考えればいいんだから、まずはこのホテル暮らしから脱却しないと」
「そうね。ジョシュアのいう通りにする」
後日、不動産屋に案内された二階建ての物件に、私は一目ぼれをすることになる。
「前の持ち主が壁に落書きをしましてね……」
白い壁に色とりどりの花、花、花。
天井に届くほどにまでびっちりと描きこまれたたくさんの花の絵は、落書きという範疇を超えていた。
天井は蒼く、つけられた灯りはまるで空の中の太陽のようだった。
それはまるでひとつの芸術みたいに。
「確かに美しくまあ、1つの作品にも見えるのですが、あくまで店舗なのでね、こうも壁が目立つと、商品のほうが霞んでしまうでしょう?おかげで借り手がつかないのですよ」
普通は欠点はオブラートに包んで、良い点だけを勧めるものだが、この不動産屋は馬鹿正直に全部話してくれる。
「すべてを塗り替えるとなると、思ったより費用がかかるのですよ。そんなに立地は悪くはないのですが」
表通りにはないが、ひとつ曲がればいいだけなので、立地に関してはかなりの好条件だと思う。
「2階には備え付けのキッチンと、広い部屋が1つ。小さいですがバスルームとトイレもあります。住居としても使えますし、商品の物置やお得意様との商談部屋にもできます」
「部屋にしきりをつくって2つに分けたりは?」
「できると思いますよ。窓が右と左に1つずつあるので、ちょうど半分くらいでなら十分可能かと」
2階にもあがらせてもらう。
階段を登ると、今度はメルヘンな童話の世界が広がっていた。
「とっても可愛いわ」
「そうでしょう、貴女のような若いお嬢さんならとってもお似合いだと思いますよ」
つまり普通お店を営むような男の人には不人気というわけだ。
ジョシュアに勧めても色よい返事が貰えないと考えているのだろう、私の方にしきりに話しかけてくる。
「気に入ったわ。ここにしましょうよ、ジョシュア」
「決めるのが早すぎないか?」
「値段はこのくらいで……」
不動産屋が掲示した値段は10T。
帝都に新築で広めの一戸建てを買えるような金額だった。
「まあ、それは高すぎるわ」
「そうですか?立地はいいんですよ。土地代も込みですよ」
「あら、でも、この物件の掲示はずいぶん前から置いてあるようだったわ。売れそうにないのではなくて?」
「よ、よく見ていらっしゃますね……」
痛いところをつかれたらしく、ぎくりとする様子に、くすりと笑ってしまう。
私の周りは曲者ぞろいの貴族ばっかりだったから、こんな風に素直に反応されると張り合いがないくらいだ。
「3T。それなら買うわ」
「それではちょっと……安すぎます!」
「なら、4T。どう?」
「いくら何でも……まけにまけて、8Tぐらいでしたら……」
あら、意外と下げてくれるじゃないの。
本当はもっと下でもいいのに、最初に吹っ掛けてきたのかしら?
「8T?さっき立地は良いって仰ったけれど、本当にそうかしら?ここはすぐ隣に酒場があるわよね。酒場の近くは酔っ払いが騒ぐし、迷い込んでくるから避ける人も多いでしょうに」
「うっ……」
「5Tよ。さっき聞いた、部屋に仕切りも取り付けて頂戴」
「ぐぅう……。お若いのにお嬢さんは大変交渉上手でいらっしゃる……!」
「どうなの?ちなみに、現金一括で支払ってあげるわ」
「ろ、6Tで……どうかご勘弁を。」
いいでしょう、と私はジョシュアに目配せをした。
私の持つ貴族のオーラを感じ取ってしまったらしく、不動産屋は顔に大量の汗をかき、かわいそうにヒイヒイ言っていた。
普通の人は現金一括でなんて購入しないものね。
契約はジョシュアの名前で行う。
若い女性が店舗を持つのは目立ちすぎる。
その場で契約をすることになったので、不動産屋が銀行員を呼び、契約魔術を扱う人の元書類にサインをした。
月末に満額を振り込み、確認が出来次第店舗に移り住んで良いとのことで、大変楽しみである。
「それで、何のお店にするつもり?」
夕食を終え、宿でくつろいでいると、ジョシュアが尋ねてきた。
「店はね、石屋さんにしようと思うの」
「石屋?宝石とか?」
「ううん。もっと安価でたくさん手に入るような鉱物とか、私の有り余る魔力を結晶化した魔法石とか。ガラス玉なんかもいいわね。そういうのを種類別に器にいれて、好きなものを選べるの。単品で気に入ったものを購入してもいいけど、選んだ組み合わせの石でアクセサリーに出来るようにしようと思って」
前世でいうところのパワーストーンね。魔法石には守護や属性の付与なんかができるから、強いものを使えばかなり良いものも出来そう。
「ふぅん。それはなかなか楽しそうだね」
「でしょう?魔法石は私やジョシュアが作るとして、石や紐を仕入れに見に行きたいわ」
「じゃあとりあえずは、職人地区に行ってみる?」
しかし、手あたり次第にいっても仕方がない。
私たちはまず商店街の方で洋裁店に向かった。
洋裁店なら糸や小さい石の扱いもあるだろうから、仕入れ先を聞いて、そこへお伺いをたてにいけば早いに違いない。
「ごめんください」
「はーい」
奥から顔を出したのは、ベアトリクスと同じくらいの若い女の子だった。
「きゃああああっ!」
「……え?」
女の子は、私と目が合うと悲鳴をあげた。
藍色の髪を振り乱しながら、そのままずかずかと近づいてきて、肩をがしっと掴まれる。
「貴女!まさに理想よ!すごくインスピレーションが刺激されるわ!よぉし、ちょっと来て!」
「え?……えっ!?」
そのまま奥に引き込まれすごい勢いで採寸が行われる。
あまりにも真剣な顔と流れ星もかくやという程のスピードに気おされ、私が圧倒されている間に女の子はメジャーを置き、色見本を持ってきた。
「色は何色がいいかしら?若いから薄桃色?でも、瞳に合わせるならラベンダー色もいいわね。お連れ様に合わせるなら白か金……うーん、メインに使う色としてはちょっと派手すぎるからそっちは差し色にしましょう。流行りとしては緑なんだけど、貴女の場合はちょっと重たい感じになってしまうかも」
「あの、ちょっとお話を……」
「よし、決めた!お祭りに来ていくのなら花とかぶらないように、レモンイエローにしましょう!スカートの裾と袖にたっぷり白いレースを使って、胸元に少しだけ金糸で刺繍をいれて……肩の部分だけざっくり切って……あ~~最高!最高よ貴女!ぜったい似合うわ!!」
私では止められそうにないので、ジョシュアにどうにかして!と目線を送ると、彼はいつもの黒手袋をした手で口元を抑えて震えながら笑っていた。
こっちを見ない。見なさいよ!
「お連れ様も、どうかしら??イメージスケッチとしてはこう!もちろん気に入らなかったらすぐに書き直すわ。このお嬢さんならいくらでも案が浮かんでくるもの!」
「そうですね。とても可愛らしいワンピースだと思います。ですが少し胸を強調しすぎでは?」
「あら、夏はこれくらい大胆にいかないと。肩だしワンピースは流行りなのよ。それにこれだけ抜群のプロポーション、活かさないなんて女神様がお嘆きになるわ。でも、どうしてもと仰るなら首元までレースで覆うタイプもございます」
止めるどころか、何故か服を1着仕立ててしまいそうな勢いの2人に、意を決して声を張り上げた。
「あの!!申し訳ないのですが!!服をお願いしに来たわけではないのです!!少しお話を……質問をさせていただきたくて!」
「えっ??お客様じゃなかったの!?ごめんなさい……私ったら、こんな素敵なカップルが、この時期に来るなら絶対に今度のリーリー花まつり用の服を仕立てに来たのかと思ってしまって」
「カップルではありません!その……兄妹です!」
何か言いたげなジョシュアは無視である。
「実は、私たちお守り石の店を開くことにしたんですが、仕入れ先に心当たりがなくて。紐や糸、鉱物を扱っている職人さんを教えてもらうことってできませんか?」
「お守り石?」
「はい。鉱物や魔石に魔法付与をして、アクセサリーやストラップの形にしてお守りとして身に着けられるようにしようと思っているんです。石1つでもいいんですけど、好きな組み合わせをたくさんつけてもいいように、鉱物を小さく丸く加工できるような職人さんに心当たりありませんか?」
「まぁ素敵。もちろん知ってるわ。だけど、ねえ……」
もしかして、やっぱり企業秘密なのだろうか?無料では教えられないってやつかも。
「ご紹介いただければもちろん、紹介料をお支払いします!」
「ううん、違うの。ねえ、やっぱり貴女……私の作った服を着てみない!?こんなに美しいモデルに出会ったことがないわ。絶対いい宣伝になる。私の作った服を着て街を歩いてくれたらそれでいいから!そうしたら紹介状なんていくらでも書くわ。」
「あまり、過激なものでないならば……」
「決まりね!!とりあえず2着は作るわ!!ええと……今更なんだけど、お名前を伺ってもいいかしら?」
「ベティといいます。兄の方は、ジョシュア」
「ベティにジョシュアね。私はケイトよ、ここは家族ぐるみで経営してる洋裁店なの。よろしくね」