馬車で揺られて隣国へ
四つ星の馬車はすぐにわかった。
獣の攻撃で少し破損した部分の修理が終わり次第出発するという。
入れ替わったことは全く疑われることなく、乗り込んでほどなく馬車は動き出した。
私たちはほっと一息をつき、もらった通行許可証の名前を今確認する。
通行許可証には、男女一人ずつ名前が書かれていて、その苗字は同じだった。
覗き込んでみていたジョシュアがフッ、と笑う。
「夫婦みたいだね、これ」
「……」
無言で書類を鞄に戻した私の手をジョシュアが握り、耳元で囁いてくる。
「それじゃもう少しだけ演技をしよっか。誰が見ているか、わからないからね」
握られた手をギリギリと逆に締め上げたが、令嬢の力などたかがしれている。
ジョシュアの顔は涼しいものだった。
それどころか私の非力具合に笑ってしまい、こらえ切れずに肩を震わせている。
「仲が良いのね~」
寄り合い馬車では様々な人が乗っている。ベアトリクスは隣に座っていた年配の女性に話しかけられた。
「若いから、新婚旅行かしら?」
「ええ。まあ。」
つい返事が固くなってしまったが、女性は気にすることなくぺらぺらとしゃべり続ける。
おしゃべり好きで、適当な相槌でもお構いなし。
私から話を振るとぼろが出そうなので、勝手に話してくれる分にはありがたい。
こちらの国へ嫁いだ娘のお産を手伝った後で、隣国へ帰るところなのだそう。
せっかくなので隣国の事でも聞くことにする。
「トーワで観光するならやっぱり帝都が一番よ。大きな図書館があるのだけど、その図書館の造形が芸術的で、本を読まない人も建物を見に訪れるくらい。図書館には続いて美術館と庭園があって、庭園は誰にでも開放されているわ。今頃だったらリーリーの花が見頃ね。リーリーの花は見たことある?」
「いえ、初めてです」
「そうなの?絶対に見た方がいいわ。貴女の胸くらいの高さの木に、薄紅色の花が葉っぱのようにたくさん咲くの。そのあともたくさんの実をつけるから、子宝の象徴としても知られているのよ~」
前世でいうところの小さい桜みたいな感じかしら?でも桜は花を綺麗にみせるために改良されて、実をつけないと聞いたことがあるので子宝の象徴には絶対にならないわね。
「だから、ね、新婚さんなら絶対よ。リーリー祭りもやってるんだから」
「リーリー祭り?」
「帝都の夏の祭りといっても過言ではないわ。あなたたちはもう関係ないかもしれないけれど、相手のいない若い男女にとっては出会いの場なの。女性はリーリーの花をつけて歩き、男性は意中の女性が居たら用意していた自分の色の花を渡すの。女性が男性の事を気に入ったら、もらった花をリーリーと一緒に頭に飾るのよ」
「すでに相手がいる場合はどうしたらよいのですか?」
隣で聞いていたジョシュアが話に入ってきた。
「最初からペアで花を飾るのよ。最近は女性も積極的になって、自分から花をくださいと言いに行く子も多いから、男性でその気がない人は最初からリーリーを胸元にさしているわ。リーリーなら渡しても自分の色とは見なされないの。そのお祭りで両思いになったり、一年目の新婚さんはお祭りの開催者のところへいくとその季節一番に採れたリーリーの実を貰えるのよ」
「なるほど、繁栄を願うお祭りなのですね」
「あなたたちも是非実をもらいにいくといいわ。私が若かったころはね、友達と二人で歩いていたら、ずっと後ろをついて歩いてきている人がいて。明らかにこちらを見ているのに、何も言ってこないのよ。痺れをきらしてこちらから声をかけたら、真っ赤になって無言で花を差し出してきたの」
女性は目を細めて、嬉しそうに笑った。
「懐かしいわ。今はもう、先にいってしまったけれど」
それからも女性はぺらぺらと旦那さんとの思い出をいくつも話してくれたので、ベアトリクスは退屈することがなく隣国トーワへと到着することができた。
ジョシュアと相談したが、帝都なら治安もいいだろうということで、寄り合い馬車で終点まで行くことにした。
隣に座っていた女性とも、終点でお別れだ。
彼女の話は主に死に別れた旦那との思い出話や、娘、息子の自慢話だったがその他にも有意義な情報をいくつか聞き出せた。
「ここがその宿みたいだな」
帝都で泊まるならお勧め!だそう。
表通りにはないので、目立たないが昔からあるらしく、その分信用がある。
古いのと、立地のおかげで料金も王都にしては破格とのこと。
「いらっしゃい」
この宿の主人は壮年の男性だった。隣には奥さんらしき人もいて、夫婦で営んでいるのかもしれない。
「部屋はあいていますか?2人分、1部屋借りたいです。滞在はとりあえずひと月分」
「ずいぶん長いね。もちろんいいけれど、それだけ長くいるなら料金は前払いになるよ。食事はどうする?」
渡された料金表を見て、ひと月分の金額を試算する。
これくらいで済むのは本当に破格だろう。
「お願いします。3食とも頼めるのですか?」
「朝と夜だけなら食堂でやってる。それと、うちは長期滞在の客には自分たちで部屋の掃除をお願いしているがいいかい?」
「構いません」
「オーケー。掃除道具はフロントで貸し出ししているよ。洗濯物があれば部屋番号と同じ籠にいれて渡してくれれば有料でやってる。部屋はこのタイプでいいんだね?」
破格の値段ではあるが、2人分それぞれ部屋を借りると当然金額は倍に膨らむ。
節約のためとジョシュアも同室を了承した。
今度はちゃんとベッドも2つである。
案内された部屋は3階の角部屋で、全体的に古いが清潔であり、備え付けの机には一輪だが花が飾ってあった。
「いいところを紹介してもらえてよかったね」
「ほんとうに。しばらくはここを拠点にしましょう」
これからこの国で、どういう生活をするか考えないといけないわ。
「まずは家探しでしょ、それからこのあたりの情報も必要になるだろうね。見通しがたたないと不安もあるだろうけど、今日は長旅の疲れを癒すのに専念しよう。ゆっくり休んで」
「ねえジョシュア」
庶民が魔法鞄を持っているのはおかしい。怪しまれないよう、大きめの荷物に綿をつめて誤魔化していたものを片付けているジョシュアの背中に向かって語り掛ける。
「あなたが敬語じゃないと、なんだか違和感があるわね」
「そう?」
「なんだか雰囲気もその……別人みたい」
「……」
作業をとめて、ジョシュアが振り返った。金の瞳がすうっと細められる。
「嫌なら、元に戻しましょうか?あくまで雇われの身ですからね」
「う、ううん!違うの!まだ慣れていないだけで……落ち着かないけど、前よりもこっちの方が好きよ」
前よりもずっと身近な仲間って感じがするもの。
金の瞳が逸らされ、わかりにくいが、ジョシュアは珍しく照れている様だった。
私は近寄って行って、ジョシュアの腕に手を回した。いつかの宿屋の仕返しでもしてあげようと思ったのだ。
「ふふっ。お兄様って呼ぼうかしら。どう?」
顎をがっと掴まれる。ぎりぎりと力強く頬が絞められた。
「調子に乗るなよ……?」
ジョシュアの目の下の隈がどす黒い。私の浅い考えなんてお見通しらしい。
「ひゅみまひぇん」
私は速攻でジョシュアの腕を離した。