密談その3
ヒューバート達の乗合馬車に追いつくため、朝早くから準備をして、宿を引き払う。
「お世話になりました」
「ベティ、忘れ物はない?」
昨日とはがらりと雰囲気が変わった私たちをみて、おかみさんがにっこりと笑った。
「いいね。そうしていると夫婦みたいだよ」
その言葉は、馬車で私たちの討論へと発展した。
「夫婦ですって!?私はまだ16歳よ!」
「別におかしくないでしょ。庶民ではそのくらいで結婚する娘もいるんだし」
「でもでも、普通夫婦より兄妹とかじゃない??」
「兄妹には見えないよ、僕達まったく似てないんだから」
確かに髪の毛も瞳の色も、顔立ちも似てない。
「何か夫婦だと思われて問題が?」
「ない。けどだって……」
恥ずかしいじゃない、とは言えなかった。
涼しい顔をして運転するジョシュアを見ていれば、意識しているのが自分だけに思えてくやしくなったのだ。
「まぁ、寄り合い馬車に乗るころにはまた魔法で髪色を変えるし、兄妹に見えると思うよ」
「むう」
それからしばらくして。
「あった。壊れた馬車だ」
道からすこし外れたところの、人目につかないような場所で私たちは一度降りた。
昨晩宿でびりびりに裂いておいた服を撒く。
風が強いのでいくつかは飛んで行った。
作戦では服と、荷物を少々散らばらせておく予定だったが、気を利かせてジョシュアが宿屋の調理場から動物の血をもらってきていた。
これも不自然にならないように垂らしておく。
これで獣か何かに襲われたように見えだろう。
「ねえジョシュア、鋏はある?」
「あるけど、どうしたの?」
「髪を切って頂戴。少しくらい時間あるわよね?ここにその髪も置いておくわ」
お尻まで伸ばした髪は、平民ではあまりみない。
今まで手入れしていたジョシュアは勿体ない、とちょっと嫌そうにしたがしばらくしたらまた伸ばすというと渋々頷いた。
肩甲骨の上くらいまでバッサリと切ってもらう。
切った髪もだいぶ飛んで行ったが、壊れた馬車にも数本絡みついていたから、これで私だって証拠として見つけてもらえればいいな。
手早く済ませて、さっさと立ち去る。
ここから先はあまり人に見られたくない。ジョシュアは髪色を変え、私たちは購入していた古着に着替えて出発した。
次はようやく、ヒューバート達との合流である。
「念のため、今どのあたりか把握したいわ。手紙を送ってみるわね」
首にかけたネックレスの石を撫でてヒューバート、と彼の名を呼ぶと、紋章が光って水色の鳥となった。
簡単に封をした走り書きを持たせる。
鳥は瞬く間に空へ消えていった。
返事が返ってくる前に、待ち合わせ場所についてしまった。
乗合馬車を含め様々な馬車の休憩所になっている様で、数台の馬車がとまっている。
御者が馬たちを休憩させるスペースの他、幾つかの嗜好品を置いた店と休憩用のベンチが置いてあり、小さめだが宿もあるようだ。
思っていたよりも人が多い。
ここは既に隣国に一番近い休憩ポイントだから、夏季休暇のために帰省中の知り合いが来る心配はないだろうが、もしかしたら旅行でこちらを通る可能性もある。
私たちはこそこそと隠れるように過ごした。
日が沈むころになって、ようやく鳥が戻ってきた。
急いで書いたらしく手紙の文字は揺れている。
どうやら、寄り合い馬車が途中で魔獣に襲われて遅れたらしい。
魔獣自体は大したことのないレベルだったが、事情聴取の為に手間取ったとのこと。
ここへ到着するのが明日になってしまうようだから、宿に泊まって欲しい、と。
「無事でよかったわ」
「小さい宿だからすぐに埋まってしまいそうだ。ベティ、早めにいって部屋をとろう」
宿の受付には、屈強な男が座っていた。
受付の後ろの壁に、Aランクハンターの証明書が飾ってある。
私が証明書を見ているのに気づいた男が、何も聞いてないのに自分から語り始めた。
「おう、年をとって引退したがその辺の盗賊や獣には負けねえよ。安心して泊っていきな」
「部屋を1つ、ベッドは2つ」
「お前さんたちは夫婦か?」
「ふっ……」
夫婦じゃない、と言おうとした私は、ジョシュアの魔法によって黙らされた。
「夫婦です」
「じゃあ悪いがベッドは1つでもいいか?今日はすごい込み具合でな、部屋もベッドもギリギリなんだ。その分まけてやるから、どうだい?」
「構いません。お願いします」
鍵をもらうと、さっさと部屋へあがる。扉をしっかり施錠してから、ようやく沈黙魔法が解かれた。
「ちょっと!!」
「余計な事いって変に詮索されるよりマシでしょ」
「でも、ベッド1つって……!」
「ベティは宿の鍵がかかっていた棚を見た?鍵は残りひとつだった。もし断っていたら宿がなかったかもしれない」
そうだっただろうか。私は見ていなかったから、気づかなかった。
「わかった。でも今度はジョシュアもベッドよ。ソファーで寝た日のあなたの顔ひどかったもの」
「僕を殺す気?」
なんでよ。私の寝相そんなに悪くないわよ。
朝、目覚めると固いものに抱き着いていた。
見上げれば、銀色の髪をした男の、金の瞳と目が合う。
視線を戻せば、ジョシュアの胸板。
「はっ……!」
「起きた?ベティ」
寝起きのような、低く掠れた声がすぐ近くから降ってきた。
慌てて離れようとするが、背中に回ったジョシュアの手に引き戻された。
金の目が据わっていて、目の下が黒くなっている。
あれ、これもしかして寝起きじゃなくて寝れてない?
「あの……」
「ベティが昨日自分から寄って来たんだよ?元に戻そうとしたら僕の手を枕にして寝始めて……」
「えっと、その、ごめん、なさい?」
背中にある手とは別の手が、私の髪をさらさらと撫でて弄ぶ。
一房をくるくると指に巻き付けて遊び、ぴん、とそのまま引っ張られた。
髪と共にわたしの顔も引き寄せられる。
「悪い子」
金の瞳が細められて、耳元で重低音ボイスで囁かれ、私はあっという間に茹蛸になって抵抗しようとした所で、コンコン、と扉がノックされた。
すっとジョシュアが離れ、どうぞと声をかけた。
入ってきたのは、ヒューバートと1人の女性だった。
「あ~~……、取り込み中だったか?」
「ヒューバート様でしたか。いえ、扉の前で気配がしたので、それらしくしようと思いまして」
「あっ……!」
な、なるほど~~!夫婦の演技だったのか!私ったら何も考えず、それどころかジョシュアに何かされてしまうのかと思ってしまったわ……!
茹蛸になった顔が更に真っ赤になっていく。
くすりとジョシュアが笑って、私にだけ聞こえる声で「期待させたか?」と言った。
私は無言でジョシュアをベッドから蹴落とした。
「悪いが痴話喧嘩なら後にしてくれ。予定より遅れているせいか、ここでの休憩時間があまりないようなんだ。とっとと入れ替わりをすませるぞ」
「ベアトリクス様、こちらをお持ちください」
ヒューバートの後ろにいた女性が、収納鞄から大量の荷物を取り出した。
「金銭は少量にして、あとは換金できるよう金の板にしてあります。高価な宝石ですと足がつきやすく、盗品と思われ詮索される可能性がありますが、金でしたら、大きい額を扱う商人も使う事もあるので問題ないと思います」
「それからこっちは通行許可証だ。適当な名前を使っているから差異がバレない様にだけ気をつけてくれ。じゃ、ちょっと場所を借りるぜ。服を取り換える」
ヒューバートが目隠しの呪文を唱えて中へ入っていった。
女性も同じように入り、着ていた服を持って、別の服ででてきた。
それはベアトリクスが買った古着の、紺地のワンピースに似ていた。
「着替えたら馬車へ。俺たちがのってきた馬車は白地の帆に四つ星が描いてある。乗車の際にチケットを確認される。チケットはこれ」
チケットにも四つ星が書いてある。同じものを探せばよさそうだ。
「じゃあベアトリクス、元気でな」
「本当にありがとう……ヒューバート」
「何かあったら、それで連絡くれよな。俺の愛の証!」
胸元の水色の石を指さす。
「この場で返しておこうかしら」
「おいおいおい……」