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密談その2


 メルヘンカフェでの事件から1週間。ヒューバートから待ちに待った連絡が届いた。

 人伝に渡された手紙の通り、放課後にプライベートルームへと向かう。


「来たか」


 ヒューバートが机の上に、紙の束を置いた。


「計画書だ。帰ったらよく読んで覚えてくれ。終わったら必ず燃やして欠片も残さないこと。服は用意できたか?」

「はい」

「それは重畳なことだ。もし書いてあることで尋ねたいことがあったら、鳥に頼んでくれ」

「鳥?」


 ヒューバートが片手をあげると、その手に翠色の光が集まっていく。

 光はカラスほどの大きさの、水色の鳥になった。


「魔法鳥だ。貴女に預けるから手をだしてくれ」

「こうかしら?」


 右手をさしだすと、水色の鳥がそっと掌の上に置かれる。

 魔法のせいか、まったく重みを感じない。

 ヒューバートが何事か呟くと、鳥は美しい水色の平べったい石に変わった。

 石には金色で百合の紋章が書かれている。


「これは…!」

「知ってたか?」


 知らないはずがない。ゲームでも見たことがあるアイテムである。

 ヒューバートのルートはプレイしていなくとも有名なので知っている。この石は、ヒューバートの愛の証としてヒロインに渡されるものだ。

 鳥になるとは知らなかったが。


「良いのですか?これは、イベントで使うのでは…?」

「一つしか出せないわけじゃない。魔法で作るんだぞ。愛だって一つ切りじゃないだろーが」

「あっ、そうなんだ…」


 なんだか急に現実的になったわね。


「この石の紋章をこすりながら俺の名前を唱えると、石が鳥に変化する。その鳥に手紙を預けてくれれば、どこへいようが一直線に俺のところへ届ける。誰かに見られる心配は砂粒ほどもない」

「わかりました。何から何まで感謝いたしますわ」

「俺からの返事の場合は、貴女が鳥を受け取った時点で石に戻る」


 ヒューバートは胸のポケットを漁ると、金のネックレスを取り出した。


「無くされちゃ困るからな。隣国へも持っていけるようにつけてあげるよ」


 ネックレスの中心にある台座に、石はピタリとはまった。

 魔法の石なので、特に細工の必要がないらしい。

 どこまでも便利だわ……。

 じっとその様子を見ていると、ヒューバートはネックレスを持ったまま私の首に触れた。


「えっ、あの…っ」

「こら、動かないで」


 つけてあげるって、ネックレスにしてくれるって意味じゃなくって、私にってこと!?

 ヒューバートの顔が金具を確認しようと近づいてくるので、必然的に私との距離も近くなる。

 ちょっとちょっと!近づきすぎでは!?くすぐったいのを我慢しなければ、震えてお互いの頬がくっついてしまいそう……。


「……できた。ふふっ、俺の愛の証をつけた感想はどう?」


 耳元で甘く囁かれて、心臓がドッドッと暴れだす。

 騙されるなー、騙されちゃいけないわよベアトリクスー!

 つん、とそっぽを向いてやった。


「一つ切りではないのでしょう?」

「もしも一つ切りだったら、受け取ってくれるの?」


 さっきまでの冗談めかした声色ではない、マジトーンの声がして思わず見やれば、ヒューバートが真面目な顔を一瞬で崩してにっこりと笑った。


「冗談だよ。そろそろ解散しよう。ジョシュアは外に控えているんだろう?書類は彼に持たせよう」


 寮に帰ると、さっそくジョシュアと二人で計画書を読み込んだ。


 まず、決行する日は多くの生徒が夏季の長期休暇に実家へと帰る日。

 その日であれば確かに、多少荷物を持っていても怪しまれずに出発が可能である。

 夜中にこそこそするよりも安全だし、家に帰ったと思われれば逃亡が発覚するまでの時間が稼げる。


 先日街で購入した服と、持っていきたいものを荷物に纏めて馬車に乗る。

 うちのジョシュアはスーパー従者様なので、なんと御者も可能である。

 モブ1人に役割を詰め込みすぎた結果だと思うと悲しいが、協力者が少なく済むと思えば万々歳だ。


 ジョシュアはそのまま街はずれまでいき、馬車を隠して乗り捨て馬を逃がす。

 私はそこで別の馬車を購入する。

 何故こんなに七面倒な事をするのかと言えば、ジョシュアが御して実家へ行く予定の馬車には侯爵家の家紋がしっかりばっちり入っているからである。

 そんなものさげて道を行けば、あっという間に足がついてしまう。


 馬車を購入したら、そのまま指定された場所へ行く。

 そこには予め壊しておいた馬車の残骸があるので、そこで服を着替え、着ていたものをびりびりに割いて襲われたのを演出する。


 乗っていた馬車は壊さず、そのまま御して乗合馬車の休憩地点がある場所まで行く。

 そこにはヒューバートと協力者が待っている手はずだ。

 そこで2人と入れ替わり、私たちは乗合馬車にのったまま隣国へ乗り込む。

 ヒューバート達は私たちが購入した馬車に乗って、来た道を戻り、馬車を処分しておしまい。


 乗合馬車の休憩地点で、隣国での生活に必要な金銭や物を援助してくれるらしい。


「複雑だけどしっかりした計画だわ。覚えるのがちょっと大変だけれど」

「僕は大丈夫です。場所も把握しました。しかしお嬢様、いくつか疑問点があるのですが……」

「待って。疑問点はこちらの紙に書いて頂戴。ヒューバート様に頂いた魔法道具があるの。それで尋ねられるわ」

「なるほど、そのネックレスは魔法道具でしたか」






 それから何度か鳥のやり取りをして、いよいよ作戦を決行する前日となった。


「ベアトリクス、ちょっといいだろうか」


 あとは寮に戻って、明日に備えて寝るだけだわ!と帰り道につこうとした私を、ディランが引き留めた。


 なに?まさかバレたわけじゃないわよね?


 疚しいことがあるので、疑われないよう素直に応じてディランに付いていく。

 またあのプライベートルームだ。

 今度は前回のようにはならないように、ソファではなく一人掛けの椅子に座った。


「最近の貴女の噂についてなのだが」

「どのような噂でしょうか?」


 またクロエを虐めているとかいうあれなのかな。冤罪なのですけれど。


「貴女が、ヒューバートに思いを寄せているという噂だ」

「はっ?」


 それは初耳。


「貴女がヒューバートの瞳と同じ水色の石をこっそりと身に着け、囁くように彼の名を呼んでいるのを見た者がいると。確認してもいいだろうか?」


 拒否する間もなく、ベアトリクスの掛けている椅子に近づいて、ディランが制服の釦を外してくる。


「やっ……」


 金の鎖が引きずり出される。

 しかし、そこに水色の石は嵌まっていなかった。

 運よくヒューバートに手紙をだしたところだったのだ。


「ない……。では、噂は」

「そんな噂信じないでくださいませ」


 いや、多分噂は本当だろうけれど。

 実際に水色の石は持っているし、彼の名を言わないと連絡がとれないのだから。

 気を付けてはいたが、誰かが見ていたのかもしれない。


「そうか、私は貴女が婚約破棄したいなどと言ったのは、ヒューバートの為かと思ってしまった」

「いえ、違います」


 死にたくないからだって言ってるでしょーが!


「……すまない。私はたぶん、もう、どうかしてしまっているんだ」


 ディランは自分の髪をくしゃりと混ぜて俯いた。

 髪の間から、暗い赤の瞳が揺れているのがわかる。もしかして、泣いてる?


「忘れないでほしい。貴女は私の婚約者だ。私から……離れないでほしい」


 普段は冷静なディランが、こんなに感情をむき出すなんて珍しい。


「離れないでほしいだなんて。シナリオ通りに私に毒杯を呷らせるのは、ご自身でしょう」

「……っ」


 椅子に座ったまま、私はディランに抱きしめられた。

 抵抗しようとしたが、一瞬見えたディランの、涙をこらえる表情が脳裏にこびりついて動きを止めてしまった。


 お互いに何も言わないまま時間だけが過ぎた。

 静かになった部屋を心配したのか、扉がコンコン、とノックされる。

 ディランは私を離してソファへ戻っていった。


「問題ない。ベアトリクスは帰るそうだ」


 外へ聞こえるように掛けられた声に、ジョシュアが私を迎えに来る。

 プライベートルームから離れて寮に帰っても、頭の中にディランの悲しい表情がこびりついて心臓がギシリと嫌な音をたてる。


 何よ。ディランはハッピーエンドを迎える側の人間でしょう?なのに何故そんな顔をするの?

 何か隠している?私の事を愛しているみたいなのに、殺すだなんて……


「はっ、まさかヤンデレ!?」

「お嬢様ちょっと黙ってください」


 ジョシュアが私の周りをくるくると回って、制服の襟に触れた。


「質の低い盗聴の魔法ですね。対処しておきましょう」

「ええ~~??」


 ディラン、もしかしてそれを仕掛けるための演技だったとかじゃないわよね??

 も~~、無駄に考えさせられてしまったじゃないの!

 しかもちょっと勘違いしかけたわ、恥ずかしい。


 あとその盗聴魔法を速攻で見破って質が低いとかいっちゃう従者、相変わらず万能すぎる。



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