#18 八象との交渉
「何しに来た!」
「まあ落ち着いてほしい、頼む!」
楽屋に潜んでいた天尾に対して、秀光さんはひどくお冠だわ。
まあ八象の旦那様・奥様に香奈のことがバレた件は、未だに私たち彼に疑われているんですもの。
「兄様、その人は?」
「あ、ああすまんお嬢……今すぐ追い出す、安心しろ!」
……あらあら。
これは秀光さん、態度を硬化させたままね……
「待ってくれ、頼む! せめて話だけでも」
「お前などと話すことなどない! 大体、どこから入って」
「私が入れましたわ。」
「!? お、オーナー……」
と、その時現れたのは。
何と、佐波木砂葉!
そう、彼女はこのライブハウスのオーナー。
「オーナーが……? いや、そんな勝手な! いくらオーナーでもやっていいこと悪いことはあるでしょう! こんな勝手に部外者を」
「お落ち着き下さい!」
「! あ、あなたは」
そこへ、更に現れたのは。
まあ佐波木砂葉いる所この人あり――と言ったところかしら、彼女の執事・早乙女さんよ。
というか秀光さんたち、砂葉や早乙女さんの正体知りながらこのライブハウスを利用していたのね?
「まったく……今、私の気持ちはあの頃に――あなたたちと初めて会ったあの疑心暗鬼の頃に戻っていますよ? あの時は結局、オーナーや執事さんの優しさに触れて……ああ、この人たちはズルくて汚い他の令嬢や執事とは違うんだと思いました。だけど!」
あら、秀光さんも最初は半信半疑いいえ、疑心暗鬼だったのね?
「だけど……今のこの状況は何なのですか!? 皆して私や妹たちを嵌めようなどと……もううんざりだ!」
あらあら。
秀光さんたら、大層お冠ね。
まあ無理もないかしら。
彼としては、もはや四面楚歌といった状況ですから自分の主人を――妹さんを守ることに必死なんでしょうね。
……でもね。
「そのお話、私も混ぜてくださらない?」
「!? あ、あんたは……前にこいつ(天尾)と控え室に来ていた……」
私もたまりかねて、姿を見せちゃったわ。
そうね、こりゃあ話がどんどんややこしくなる一方かも知れないですけど。
「ええ……私の名前は、吹子生香大里と申します!」
「!? あ、あなたは……い、妹の!」
「ふ、吹子生さん!?」
私が変装を解くと、秀光さんも香奈さんも腰を抜かしたわ。
「お、お嬢様……何もお嬢様御自ら出られなくとも」
ええ、天尾。
ここは私が締めなくてはと思い、出しゃばらせてもらったまでよ。
悪いけど、止めないでほしくてよ。
私は天尾に、そう言ったわ。
「はっ、ははあ! つくづく情けなき思いでいっぱいですが……お嬢様がそうおっしゃるのでしたら。」
ええ、ありがとう天尾。
◆◇
「……ますます何の御用なのですか、吹子生家ご令嬢!」
まあやはり、というべきかしらね。
私が出たことで更に話はややこしくなり、秀光さんもそんな言葉と敵意をより一層こちらに向けて来たわ。
……でもそうね、まず騙し討ちのようなことをしてごめんなさい。
ただ、その謝罪はこのバンドのことを八象の旦那様・奥様に言ったことではございませんわ。
それどころか私たちは、八象の旦那様方とは話をしたこともございません。
私はそう、秀光さんに伝えたわ。
「……ふん! 誰が信用できるか!」
まあだけど、秀光さんは相変わらず。
「あなたは先ほど、こうおっしゃったわよね。この砂葉や早乙女執事が、あなたたちを助けてくれたって。」
「ええ……かつては、ね! それが今じゃどうです? 結局私たちを邪魔する他の輩となんは変わりない! 彼女たちやあなた方を信じた、私がバカでした!」
あらまあ。
取りつく島もない、というご様子ね。
「秀光執事……私のことはいくらでも侮辱してよい、だが! お嬢様のことを悪く言うのは」
まあ待ちなさい、天尾!
無理からぬことよ、秀光さんのこのご反応は。
「ええ、そうおっしゃるのも無理はございませんわ。むしろそのご反応は、ご令嬢でもあり妹様でもある香奈さんへの思いやりと守るご意志あってのものですから。」
「……ほう?」
「お、お嬢様……」
だけど、秀光さん。
「ですが、秀光さん! はっきりと申し上げます。八象の旦那様・奥様にこのバンドのことを告げたのが私たちだとして、これ以上あなたたちを嵌める理由がございますか? それはないでしょう……私たちは、ただあなたたちの力になりたいだけなのです!」
「な! ち、力に?」
「吹子生さん……」
「お嬢様……」
ええ、はっきり申し上げさせていただきました。
これでどうかしら?
「ふん! 詭弁を……そんなことで」
「まあまあ秀光執事! ここは我々にも、あなたたち八象の方々に恩を売ろうという利点がある。だからお力添えいたそうと言うのだが、それではどうかな?」
「! 笹生、お前!」
あらあら、相変わらず頑な秀光さんに対してこれまた相変わらずのご様子な笹生の登場ね。
「あなたも、吹子生の執事か……吹子生に恩を売られる? その恩を、私たちは何で買えばいいのか! 今後あなた方に奴隷のように尽くす日々か? いや……そもそも、あなた方の恩とやらがいかほどの値打ちのあるものなのか!」
「それはこれからゆっくり目利きしていただきたい……なあ、天尾?」
「あ、ああ……」
秀光さんは尚も、慎重な態度を崩さないわ。
笹生も飄々とした態度を崩さないけど。
秀光さんが重い腰を上げられないのは、そのこともあるみたいね。
笹生、特にあなたの腹の内の読めなさが余計に警戒感を強めさせているのよ。
「兄様! よく分からないけど……その方たちの言う通りにしてみたいわ。」
「! か、香奈……しかし!」
あら、そこへ。
意外なことに、香奈さん自らそう言ってくれたわ。
「네! 私たちも!」
「是! 血が騒いで来たわ!」
「Yes! このクラシック楽器はすごくいいものだね!」
「昭室、潘、ニック……」
「ううむ……お嬢の頼みとあらばしょうがない! ここはもう、騙されたと思うしか!」
ええ、ありがとう。
「さあ天尾……ここまで言われたら、もう後には」
「は、はいお嬢様!」
「まあせいぜい、恩を売っておけ。」
さあ、ここから天尾のターンよ!
◆◇
「ここがライブハウスとやらか……」
「はい、どうぞこちらへ!」
それから数週間後。
獣王や綺沙に連れられてやって来たのは、八象の旦那様・奥様。
「まったく……誰も彼もみすぼらしい格好をして! これだから下々の者たちは!」
やっぱり八象の旦那様はお冠ね。
娘や息子だけでなく、観客にまで。
と、その時。
「皆……今日も来てくれてありがとう!」
「ウォオオ……オオオオ!?」
「な、何だあれは!?」
真っ暗だった舞台上が照らし出されて現れた光景に、観客も八象の方々も驚いているわ。
それは。
「本日の私たち……shock tackは! 大切な人たちに捧げるためのバージョンでお送りします!」
香奈さんをはじめとして、バンドメンバーが皆クラシック楽器を構えていたからだったわ――




