#15 令嬢の兄として執事として
「さあ、皆〜! 行っくよー! まずはこの曲ー、『一汁三菜一会』!」
ボーカルのカナ――私の同級生、八象香奈は。
バンドメンバーのギターやベースにドラムがかき鳴らされる音に負けじと、声を張り上げて曲を歌い上げているわ。
まあ、一汁一菜じゃなく三菜ってところが何とも金持ちらしいけれど。
「さあお嬢様。ご自分の目でお確かめになりましたでしょう? では……そろそろ」
「すごいわ……キラキラしている。」
「!? お嬢様?」
「お嬢様!」
私に声をかける笹生だけど。
思わず私が感嘆の言葉を漏らしたら、彼も天尾も驚きの表情を浮かべたわ。
いやまあ、今にして思えば私もライバルの令嬢を前に何を間抜けなことを言っていたのかしらね?
だけど。
「あら、ごめんなさい笹生。……でもごめんなさい。正直私、ちょっと迷い始めているわ。」
「お嬢様!」
「おお、お嬢様……」
あらあら、私を咎めたいって顔の笹生と嬉しげな天尾。
見事に反応が分かれたわね。
でも今の私の偽らざる本心は、それよ。
「今彼女は、ここの観客たちを求めていて。観客たちも彼女を求めている。……令嬢としては俗な趣味にはしたない格好なんでしょうけど、芸術としては素晴らしいわ。」
「は、はい! そうですねお嬢様!」
「お前は黙っていろ天尾! ……お嬢様、しかし恐れながら。また新たに他のご令嬢のお足元を掬われる好機、逃す手はないかと。」
あら、笹生。
……まあそうね、私も忘れた訳ではないのよ?
確かにここは、多少心を鬼にして臨むべきかしらね!
私は笹生や天尾に、そう伝えたわ。
「ええ、その通りです!」
「お、お嬢様……」
「でも! まだリサーチが不足しているわ。ここはもう少し、私自ら彼女の裏側を探ってみないと。あ、別に止めないでいいわよ? 私がしたいことだから、むしろ止めないで。」
「! はっ、お嬢様!!」
ええ、よく分かってくれました私の執事たち!
◆◇
「こちらね……控え室は。」
「ここから先に、何の御用かな?」
「!? あなたは……」
それから、控え室に行こうとする私たちだけど。
そんな私たちの前に、立ちはだかるようにして現れたのは一人の男性。
「私はあのボーカル・カナの兄だ! あの娘の楽屋に、何の用かな?」
お、お兄さん!?
それって、まさか……
「ええ、恐らくお考えの通り。香奈様の執事にして彼女の兄上・秀光殿。なるほど、これは厄介なお相手になりそうです。」
笹生が、小声でそう説明してくれたわ。
あら、そう。
やはりこの殿方が、妹様である八象香奈さんの執事さんなのね!
「なるほど……ならお話が早いわ、香奈さんのお兄様! 既に調べはついていますわ……あの覆面ボーカルが、あなたの妹――八象香奈さんだと言うことにはね!」
「!? くっ……」
あらあら。
私がそう言ったら、秀光さんたら。
目に見えて、動揺し始めたわ。
「秀光さん……確かに、あなたの妹さんのパフォーマンスには芸術性があると思いますわ。方向性が違うとはいえ、一応はバイオリンという音楽を嗜んでおります身として僭越ながらそう申し上げさせていただきます!」
「! そうですか……あなた、妹の才能を分かっていただけますか!」
だけど、私がそう言ったら。
あらあら、無邪気にも秀光さんたらそう目を輝かせているわ!
……とはいえ、それは少し警戒を解くのが早すぎるというものですわ。
「ええ……とはいえ! 八象の旦那様や奥様――あなたや香奈さんのご両親はどう思われるかしら? 香奈さんも中々丈の短い服装ですし、何よりロックなどの音楽ジャンルには理解を示されない名家の方々も多いことですし。」
「!? なるほど……それで、あなた方は香奈を脅迫するおつもりか?」
私が次にそう言ったら秀光さん、先ほどの無邪気な表情から一転して警戒感満々の表情に変わられたわ。
「脅迫だなんて、そうとまで思わせたなら申し訳ないわ。」
「妹のことを父母に言うという旨を今あなたはおっしゃったのだろう!? それが脅迫でなければ何というのか?」
「お下がりください……ここは私が。」
「いいえ、この私が!」
弁解する私に、秀光さんは態度を硬化させていらっしゃる様子。
……まあ、秀光さんのお察しの内容はある程度事実ではあるわよ?
ただ、私にはまだそれを実際にやろうなんて気にはなってないわ。
そんな秀光さんの前に、私を守るようにして笹生と彼に負けじとばかり天尾も立ちはだかるわ。
さあ、まさに一触即発といった雰囲気ね……
「……頼む! この通りだ、どうか妹のことは見逃してやってくれないか!」
「え?」
「何?」
「何と!」
……って、ええ!?
私や笹生、天尾が驚いたことに。
何と実力行使に出てこられるかと思われた秀光さんは、急に土下座をして懇願し始めたわ!
「頼む!」
おー、ほほほ!
ええええ、気持ちがいいわね将来のライバル令嬢の執事が跪き私に許しを乞う姿は!
なんて私ったら、うっかり考えちゃったわ!
ああ、いけないいけない。
「お嬢様……これはますます好機。この機を逃せば、二度と私たちに八象を没落させることはできないかと。」
「な、貴様! ……なりません、お嬢様! こんな無抵抗のお相手を陥れるなど」
あらあら、いつも通り笹生と天尾の囁きね。
そう、この八象家をどうするか。
ここも私にとっては、主役と悪役の分岐点よね――
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