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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ファンタジーな小説

追放された無能少年、父親の頭を鈍器で殴る ~スキルが覚醒したってもう遅い。悲惨な刑務所ライフが待ってます~

作者: 蜜柑プラム


 無能でした。


 はい。そうです、私が無能です。


 ぼくはこれからの一生を無能で生きていく。

 言われなくても分かりますって。

 14才ともなればそのくらい。


 でも。

 でもほんとは夢見てました。自分には無限の可能性があって、何かの拍子で才能がぶわっと開花して、それで何かの拍子で周りからすごいすごいと持てはやされる。そんなハッピーなライフを想像しておりました。


 君ならできる、とか、やればできる、とか励ましを受けて、頑張ったりしていたのです。ただ思い出してみれば、自分ではよくやったなと思っていても周りの大人の反応は微妙だったような気がします。簡単なちっさい光を出す魔法ができたとき、すごーいって大げさに褒められたのは、きっとぼくのやる気を保つためだったんでしょう。同年代と比べれば、すごくも何ともなかったってことっ。



 ちくしょー。

 やってらんねえ。どうやって生きりゃいいんだ、これから。


 追放。勘当。今すぐ出てけ。


 そうなるよね、わかる、だって無能だもん。


 わかるけど。わかるけど。

 それでもさ……家族でしょ……





「父上!あんまりです!ぼくだってがんばって――」

「もう父ではない。早く出ていきなさい」


 腕をのばして、ぼくの背後、扉の方を指さす父上。

 冷たい目。

 いつからだろう、屋敷の中でぼくだけに向けられるこの冷たい目。幼い頃は温かかったのに、誕生日だってケーキを囲んで祝ってくれたのに。温かい記憶が、悲しい記憶としてよみがえる。

 きっと10才になった時からだ。初めは哀れむような目だった。

 今なら分かる。貴族の子なら大抵は10才までに特技やスキルに目覚めるからだ。なんの力もない無能なぼくは貴族失格。侯爵家の子息としてはむしろ邪魔。


 15才になる誕生日の一週間前、それが今日。

 ぼくは父上の執務室に呼ばれた。


 ぼくの挨拶をさえぎって、父上は椅子から立ち上がり、鑑定用の魔道具を手にとると、改めてぼくの能力を確認した。


 そして、非情な宣告。


 分かっていたつもりだったけど、衝撃が胸を突き刺した。怒りとは違う、耐えられないほどの悲しみが首から昇って頬を熱くした。


「話は終わりだ」


 父上はきびすを返し、デスクの奥の椅子に戻ろうとした。父上が通るそばの棚の上、白い天使の石像が目に入ると、そこからはオートマチックだった。それは深い悲しみが、憎しみに変わった瞬間だった。

 両手でつかめるサイズだったのが良くなかった。魅入られてしまったのだ。

 天使の瞳に体が吸い寄せられ、石像を両手で持ち上げた。父上の背中。後頭部。石像を天井に振り上げた。父上の足が止まり、


「いい加減に――」


 振り向く前に、ゴンッ!





 まず音が消え、そして闇が覆った。





 はあ、はあ、と。

 自分自身の、荒い呼吸に気が付いた。


 父上の執務室だった。

 デスクに寄りかかって倒れる父上。灰色の絨毯に広がった赤黒い染み。重たい天使の石像を手に持っていた。石像の表面をつたって垂れ落ちる真っ赤な血が、殴ったときの感触をよみがえらせた。ぼくの手で、腕で、身体中の筋肉で、この重い石像を振り下ろしたのだった。


 こんなつもりじゃ、なかったのに。



 つまり殺人事件。

 ここは現場。



 逃げようと思った。


 見つかったら追放どころじゃない、父親殺し、貴族殺し、憎しみに狂った凶悪殺人鬼。良くて死ぬまで刑務所ぐらし、悪くて晒し回されてからの公開処刑。

 自分の犯した罪と待ち受ける報いが、恐ろしかった。


 だから窓を見た。外へ逃げようと。しかしここが三階の部屋だとすぐに思い出す。到底飛び降りられる高さじゃない。外は無理だ。


 父上の体を見た。何度見ても死体だった。無かったことにできないか。全部うやむやにしてしまえないかと。

 ほらあれだ、時よ戻れと言ったら、時間が巻き戻って、今日の朝ぐらいに戻りはしないだろうか。


「と」


 とだけ言って諦めた。すぐに自分が無能であることを思い出したからだ。特別な能力なんて何もないからこんな状況になっているのだった。無能なぼくに何ができるっていうんだ。だんだんとおかしなテンションになっていくのは無理もないさ。



『<殺人犯>のスキルを獲得しました』


 突然、脳の中に声が響いた。これってまさか。


『<スキルステータス画面>が使用可能になりました』


 再び脳内の声だ。

 始めての体験だったが、能力に目覚めたことはすぐに悟れる。


 <殺人犯>というスキル名は聞いたことが無かった。しかし、<スキルステータス画面>はよく聞いた言葉だった。スキルステータス画面は自分だけが見れる画面。だから今まで見たことはないのだが、使い方は知っている。心で念じると、自分の所持スキルを表示するウィンドウ画面が現れる。

 ほら。

 半透明で宙に浮いてる画面が出てきた。


―― 所持スキル ―――――

<殺人犯>

――――――――――――――


 すごい。本当にスキルを所持している。無能のぼくが手に入れた、初めてのスキルだ。

 そして、スキル名をセレクトする。

 するとほら、スキル内容の解説を見ることができる。


―― <殺人犯>の解説 ――

 殺人事件の犯人が分かる

――――――――――――――


 ぼくはたまらなく嬉しかった。ずっとずっと手に入らなかったスキルが、ついに目覚めたのだ。スキルさえ有れば、それさえ有ればと、ずっと恨んできたのだ。自分なんてもう何のスキルも得られないと諦めていたから。

 でもぼくには才能があったのだ。突然訪れた奇跡のよう。


 だからさっそく使ってみる。これも念じればいいのだ。


 スキル、<殺人犯>

 と。


 頭の中に気が集中するのを感じる。

 目の前の光景、音、匂い、それから前後の事実関係や人間関係。それら細かな情報が、瞬時に脳内を駆け巡った。


 そして浮かび上がる文字。



 犯人は……リック(ぼく)



 ――知ってるよ!!


 なんだこの使えないスキルは!いらねえよこんなの。何の役にも立ちやしねえ。


 普通さあ、この状況を打開できるスキルかと思うじゃん。

 ちくしょ。今なら父上が僕を追放した気持ちがほんの少し分かる気がする。こんな使えないスキルなら捨てたい気分だ。


 しかし自分が殺人犯であることは、改めてはっきりした。何とかしなければ。なまじスキルに目覚めたものだから、頑張れば何とかなるんじゃないかと思えるのだ。

 ただ、状況は最悪。とにかくまずい。まずい。まずい。密室に死体とぼく、手には凶器の石像。どう見てもまずい。考えるほどに焦るばかりだった。


 一旦心を落ち着かせようと、手に持った石像の天使に祈ってみた。石像は血に汚れ、ぼくの指の痕がべたべたとついていた。


『<指紋解析>のスキルを獲得しました』


 おう!またスキル獲得だ。立て続けに二回目だ。ぼくってピンチになって実力を発揮するタイプなのかもしれない。

 とにかく。内容はよく分からないが、なんでもいい。使ってみよう。今度こそ役に立つスキルのはずだ。絶対そうだ。そうに決まってる。

 

 スキル、<指紋解析>

 発動。




 凶器(石像)に付着している指紋……リック(ぼく)



 ――物的証拠じゃねえか!!


 いらねえよこんなスキル。自分のスキルで自分を追い詰めてどうすんだよ。だいたいなんでさっきから犯人を追い詰める側なんだよ。

 せめて犯人側にしろよ。死体隠秘とか、密室トリックとか、アリバイ作りとかさあ――


『<アリバイ>のスキルを獲得しました』


 うおお!

 来た来た来た。やればできる子。これは本気で使えそうだ。急げ。


 スキル、<アリバイ>



 殺害時刻のアリバイ

  母:外出して茶会に出席


  長男(ぼく):殺害現場で被害者と面談


  次男:庭で指南役と剣の稽古


  三男:自室で家庭教師と勉強


  執事:メイドを集めて業務指導




 ――だから追い詰めるなって!!


 ぼくしかいねえじゃん、犯人。しかもぼく意外みんなアリバイ証明できてるじゃん。いやがらせかよ。


 もういいよ。


 スキルに期待したぼくがバカだった。

 そりゃそうだ。スキルってのは人を助けるためにあるもんだ。殺人犯を助けるスキルなんてあるわけないんだ。


 ふう、と一息ついた。


 そう、ぼくは殺人犯だ。

 最低最悪の犯罪者。一部始終はこの白い天使が見ているのだ。ちゃんと罰をうけよう。せめて今からでも、天使に見られて恥ずかしくない行動をしよう。


 僕は赤く血まみれになってしまった天使の石像と目を合わせ、


「すみません。こんな姿にしてしまって」



『<天使の加護>のスキルを獲得しました』


 脳内に響いたその声に、これまでの様な興奮はもうなかった。

 ああ、今さらすごいスキルを獲得してしまった。


――<天使の加護>の解説――――――――――

 自動発動。体力+500、防御力+500

――――――――――――――――――――――


 本当に今さらだ。

 汎用的な能力上昇のスキルだった。望めばすぐにでも騎士になれるだろう。でもぼくはこれから牢屋に入れられる。せっかく手に入れたスキルを使うことはもうない。むしろ処刑されるときに高い防御力のせいで、苦しみが長くなりそうだ。


 コンコン、

 と外から部屋の扉を叩く音が聞こえた。きっとメイドがやってきたのだろう。扉が開いたらぼくの人生はそこで終了だ。もうすぐで、終わりだ。


 無能な自分にも才能があった。そう分かっただけで、ほんの少し夢を見られただけで、幸せだったんだ思う。とにかくもう。


 もう遅いんだよ。



『<まだ間に合う>のスキルを獲得しました』


 また何かを獲得したようだ。でももういい。あがきたくないんだ。素直に罪をつぐなおう。

 最後に沢山スキルが発現したのは、きっとこの天使のおかげだろう。みじめなぼくに夢を見させてくれのだろう。僕は天使の石像につぶやいた。


「ごめんね。ありがとう」


 天使の頭をなでた。


 すると、

 天使の頭が動いた。


 首が回転した。回して、回すと、首から上の頭がぽろっと落ちた。

 急に頭のぶん軽くなった石像が前に傾いてしまい。

 おっと。僕は石像を落とすまいと、前のめりになった。


 水が飛び出した。水が石像の中に入っていたのだ。

 パシャーン。

 頭のふたが開いたところの穴から、水が飛び出して、父上の体にかかった。







 扉が開いた。そして、メイドが入って来た。


「きゃあああ!!」


 とメイドの悲鳴。


「何事だ。騒がしいぞ」


 と聞きなれた威厳に満ちた声。

 それは父上の声。


 父上がデスクを支えにしながら、ゆっくりと起き上がった。


「ご主人様!どうなさいました!?」


 と心配してかけよるメイドに、父上はうつろな表情で答えた。


「いや、よく覚えておらんのだ……。ん?リック? わしは何をしておったか?」


 僕は父上を見ながら、茫然としていた。



 天使の水が父上にかかったときのことだ。不思議なことが起きた。

 周囲に流れた血がみるみる傷口に吸い込まれていって、最後には傷口をふさいでしまったのだ。絨毯も壁も、石像も、きれいさっぱりに。部屋はぼくが入ってきたときと同じように、高級家具にふさわしい気品を取り戻していた。




「おい、リック。ん? なぜ天使の聖水を持っておる?」


 聖水。それを聞いて理解した。ぼくが偶然父上にかけた水は、万能の治癒力を持つ聖水だったのだ。護身のために部屋に置いていたのだ。それで、父上は何事もなかったように生き返り、傷一つなくなったのだ。

 つまり僕は父上を殺してないということに……


「リック。黙っていては分からん」


「はっ」と声をもらして、僕は我にかえった。


 そして背筋を伸ばして直立した。侯爵家の令息としての顔を取り戻した。


 まだ間に合うのか?


 どうやら手に入れたスキルは僕の思考力を高めたようだ。今為すべきことが理解できる。全ての精神と知力をつかって、父上の問いに答えたのだ。 


「父上がご無事で何よりです。ぼくがスキルに目覚めた事を報告したのですが。父上はとても驚きになって転んでしまったのです。その際、悪い事にデスクに頭を打って、意識を失ってしまわれたのです。慌ててぼくは、父上が心配で心配で、聖水を父上にかけてしまいました。貴重な聖水を使ってしまい申しわけありません」


 父上はスキルに目覚めたと聞いた時点から、あまり冷静に聞いてはいないようだった。


「なんと!スキルに目覚めたというのか!どんなスキルだ!?」

「天使の加護です。他にもいくつか」


 加護系のスキルはとても貴重だ。父上が食いつくこと間違いなし。むしろ大喜びだ。


「加護か!それは素晴らしい!さすが我が子だ。お前こそがこの侯爵の後継に相応しい。そうだ、来週の15才の誕生日に後継者の宣言をしよう」


「ありがとうございます、父上。伝統に恥じぬ、侯爵家の当主になってみせます」


 ぼくは父上にお辞儀をした。

 父上はとても満足な笑みでうなずいた。そしてやや思案顔で、あごに手をあてた。


「当家は代々内務官の職を与えられておる。どのような職が相応しいかの?」


 ぼくは誇らしげに、迷う事なくこう答えた。



「はい。悪をこらしめ、正義を執行する、犯罪捜査官になりたいです!」




 希望に満ちたその声が、屋敷中に響いていた。




―― <まだ間に合う>の解説 ―――――――

 自動発動。

 もう遅いと諦めかけた時に、幸運が訪れる。

――――――――――――――――――――――



(おしまい)

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― 新着の感想 ―
[一言] いや主人公くそやないかーーーーっっw
[良い点] 捻りが無いなと思いきや、即事件が発生しニヤリと(笑) [気になる点] 著者様にしては珍しく一直線な作品かと個人的に(笑) [一言] 中途に<目覚めたスキル>がことごとく<探偵向き>でしたな…
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