8.動き出した巨人
マリエの異世界冒険第二弾です。
好き勝手に書いて行きますので、宜しくお願いしますね。
本作品に登場する国・人物は架空のものであり、現実とは何の関係もありません。
似たような物を見た記憶があっても、気のせいです。念のため。
あたしがこの世界に戻って来て、早二か月が過ぎようとしている。留年が決まって、ふたたび異世界に転移しなくてはならない事が分かって、あたしは勉強した。今までに無い程勉強した。食事以外は寝る間も惜しんで勉強した。再度の転移で困らない様に生活に関する知識を中心に資料を漁った。特に、戦いについての資料は広く浅く出来うる限り貪欲に取り込んだ・・・・・・・・はずだった。
だけど、あたしの頭はなかなかに性能が良くって、データ消去機能が他人よりも抜きんでているみたいで、ファジー機能と相まってせっかく取り入れた知識も悲しい物になっていた。
コンクリートに関しても、何かと何かを混ぜるのは覚えているのだが、それが何だったのかが思い出せない。意味ないじゃあぁぁぁぁぁん。(泣)
前回は陸上戦闘だけだったから船を造る機会には恵まれなかったけど、今回は海上戦闘になったから軍艦を造る事になったのだが、流石に原子力は期待してはいなかったけど蒸気船さえ満足に造れない。スクリューすら造れない。確かに多くの先人達が気の遠くなる程の時間を掛けて産み出した物をど素人が簡単に造れるとは思って居なかったけど、新たに開発するのではなくて再現だからそこそこ出来るのではないかと淡い期待を抱いていたけど、やっぱ知識の積み重ねって大事だったんだね、身に染みて分かりました、はい。現世に戻ったら、基本からしっかり学びます。手を抜かずガッチリ勉強しますとも。
なんか政府の思惑通りで悔しいけど、こう思える様に持って行くのがこの異世界転移の最大の目的だったんだね。はいはい、あんた達は正しいですよ。あたしなんか、あんた達の手の平で転がされているだけだってよおおぉぉぉっく分かりましたとも。せいぜいあがいてみせますから、しっかり見ていてくださいよ。
そう誓ったあたしはベッドからおもむろに起き上がって壁際に行き突き上げ戸を持ち上げた。そう、この世界にはガラス窓が無くて、室内の明かり取りの為の開放部は吹きっ晒しになっていて、雨風を防ぐ為に木の雨戸がついて上に持ち上げてつっかえ棒で支える様になっている。
あたしは窓から顔を出し表を眺めた。いい天気だ。海も凪いでいる。そう、港に帰った後大至急で改修工事が行われて、二日後再出航となったのだ。今ははるか洋上を航海している。鉄製の戦艦一番艦であるこのアルビオンとかつての主力でいまや石炭補給船となったホーリーウッドとの二隻でエルトリア共和国への航海を行っている。
速度の差はいかんともしがたく、ホーリーウッドは既に遥か後方に置いて行かれ見る事は出来ない。あたしにはスクリューが作れなかったので、この艦の推進器は外輪を回す方式の俗に言う外輪船である。大昔に浦賀に来たペルー提督の黒船をイメージするといいのかも知れない。今は試験航海中で、石炭の消費率を始め色々なテストをしながらの航海となっている。
甲板に上がってみるとけっこう風が吹いている。それなりの速度が出ているのだろう。速度計が無いので感覚でしか分からないけどね。
「おお、マリエ様お目覚めでありますか?」
この艦の艦長のコリンさんが目ざとくあたしを見付け声を掛けて来た。コリンさんは、ホーリーウッドの船長だったが今回アルビオンの艦長に抜擢されたのだった。
「どうですか、調子は?」
「いやぁ、素晴らしいものですなぁ、有り得ない速度ですよ。これなら三日もすれば向こうに着くでしょう」
「石炭の消費量は?」
「そうですねぇ、今の所満載で往復出来るかと思われます。ホーリーウッドとは帰りに合流となります」
「そっかぁ、早く行ってさっさと帰りたいわね。なにせ、まだこの艦無防備なんだもん、何かあったら逃げるしか無いでしょ?」
「そうですね。武器と言ったら、マリエ様考案のパチンコが三十個と前回エルトリアから貰ったボウガンが二十丁だけですからねぇ。ま、敵はまだ来ないから注意すべきは海の魔物位でしょうね」
うげぇぇ、又寄生虫がうにょうにょ出て来るのぉ?勘弁して欲しいわ。
「まだ、到着までしばらく掛かりますからゆっくりしていて下さい。航海はしごく順調ですから」
「うん、そうするわ。航海の方は宜しくねー」
「はい、お任せを」
お辞儀をするコリンさんを後にして、あたしは下の階に降りた。一番気がかりな罐炊き室だ。一日中火の番をしなくてはならない過酷な場所なのでとても気になる。
近づくにつれて気温が上がってくるのが分る。部屋の中は灼熱地獄になるのは事前に分かっていたので、色々気温を下げる工夫はしていた。甲板上から外気を取り入れ熱くなった室内の空気は後方に廃棄する空調システムや艦首から海水を取り入れて室内の壁の中を通して部屋を冷却するシステムがそれだ。どの程度効き目があるのかは実際に航海で確認してみないと何とも言えないのが正直な所なのだけど。
「こんにちはー、どんな感じですかぁ?」
お?意外と暑くない。これなら大丈夫かな?この時間の担当のビリーさん達が首からタオルをぶら下げて働いていた。
「あ、マリエ様。おかげさまで快適とまでは行きませんが、十分耐えられるレベルですよ。この外から入って来る外気がたまらないですねぇ」
甲板から外気を導いて来ている直径二十センチ程のパイプが天井から降りて来ているのだが、代わる代わるその下で気持ちよさそうに涼んでいる。
「もう少し気温を下げられるといいんだけど、いいアイデアが浮かばなくてごめんなさいね」
「いやいや、もう十分ですって。こんなに配慮して貰えてあたしら文句なんてまったくないっすよ。二時間頑張れば、オフロと休憩が待っているんですから最高っすよ」
みんな、笑いながら頷いている。
「この艦の心臓部なんだから、当然の待遇よ。今後あるであろう戦いもあなた達次第なんだから、宜しくね」
「へい、任してくだせい!力の限り石炭をくべまっせ」
「じゃあ、無理しないで宜しく!」
あたしは、その後も艦内を見て回った。艦体が大きいからか、あまり揺れないのは助かるわね、乗組員が酔っていたんじゃ話にならないもん。
外輪もきしむことなく順調に回っているし快適な航海だった。
・・・・・・・・・・ここまでは。
出航して三日目の朝を迎え、そろそろ目的地が近くなって来た頃、なにやら甲板上が騒がしくなって来た。迎えの船でも来たのかと、あたしも甲板に上がってみた。
「あ、マリエ様 あれを見て下さい」
声を掛けて来たのは、セメントの時にお世話になったオスカーさんだ。なになにと本艦の前方を見ると小舟が一・二・三・四・五・・・ そう、十六隻の小舟がこちらに向かって漕ぎ寄せて来ていた。エルトリアに近づいたのでだいぶ岸の近くを航行していたんだが、それでも岸までは数キロはあるだろう。あんな小舟で来るのはさぞや大変だろうに。
「お迎えの船?」
「いえ、連中の着ている物を見て下さい。ありゃあ、海賊ですね」
確かに、服装がかなりアレだ。統一性も無いし、何より汚らしい。持っている武器もてんでバラバラだし数を出せばいいと思ってるんだろうか?だとしたらあたしら舐められ過ぎている?きつーいお灸をすえてあげないといけないかな?
「マリエ様、いかがしましょう?振り切って行きますか?」
いつの間にか背後に来ていたコリン艦長に声を掛けられた。
「いや、あんなのをのさばらせておいたら迷惑する人達がいるだろうから、叩き潰して置きます。良いですか?」
「はっ、おおせのままに」
「来る海戦の為の練習をしましょう。速度を落として下さい。火炎瓶の実践テストをします、戦闘要員は火炎瓶を持って甲板に集合して下さい」
「おーい、急げよーっ!制御室、減速だーっ」
船足が徐々に落ちてやがて完全に停止した。これをチャンスと見たのか、海賊の小舟はこちらに接舷してきた。自分達の力で止めたと勘違いしたのだろうか、こちらを取り囲んでやたら気勢を上げて盛り上がっている様だ。
どうするのか暫く出方を見ていた。矢を打ちかけてきているが全然届かない。登ろうにも登れなくてはるか下方でジタバタしている。
「用意はいいかな?火炎瓶の実践訓練だよ。各自火を点けたら各々の目標に向かって投擲してちょーだい。よーく狙ってね。一人も逃がすんじゃないよー。投げ終わったらボウガンで残党狩りだよー」
「マリエ様、一人残らずっていうのはあまりにも可哀想では?」
「艦長、甘いよ。もし生かして帰したら、火炎瓶の威力を学習した連中は今後民間船に対して同じ事 するよ。いいの?」
「うっ、そ それは・・・」
「どうせ、生きていたって他人の物を奪うとか殺すとかしか出来ないんだから、情け無用よ。もっと広い視野で物をみてね」
上甲板から次々と投げられた火炎瓶は的確に海賊の小舟に命中し、その炎の舌は船全体を覆って行った。周りを見ると海賊の船は次々と火に包まれて行き、海に飛び込んだ者も中甲板からのボウガンの攻撃に一人又一人と波間に消えていった。
「残酷だと思う?確かに残酷だって認識はしているのよ。でもね、あたしは神様じゃないから全ての人を幸せには出来ないの。ベストの選択は出来ないけど、より良いベターな選択はしたいと思ってるの。平和に暮らしている人と他人を害する人、どっちを守るかって事。適当に対応して、後から来るホーリーウッドが襲われても困るしね。もし、誰かに責められたらあたしの指示に従ったって言っていいからね。責任はあたしが全て負うから。だから、自信を持って指揮を執ってね」
艦長は神妙な顔をして俯いていた。どの世界でも管理職は辛いわよねぇ、でも頑張って、きっといつかは分かってもらえる、そう信じなきゃやってられないよね。
海賊殲滅作戦は短時間で幕を下ろした。先を急がないとならないので、甲板上から黙とうを捧げその海域を後にした。
遅れを取り戻すべく、船はどんどん加速をして行く。海岸線はずっと断崖絶壁が続いていたが、遥か前方に浜が見えて来た。それまでの断崖が突然途切れて浜が遥か彼方まで続いている。どうやら目的地に着いたみたいだ。小舟が一隻こちらに向かって来ている。先程とは違ってきちんとした身なりの人が乗っていて、何か安心した。
徐々に速度を落として岸に近寄って行く。ここから急に浅くなると出迎えの船に教えて貰ったので更に先に進み、沖合一キロあたりで停止し錨をおろした。艦内は上陸の準備で慌ただしくなって来た。
何故浜の手前で停泊しないで更に奥迄行ったかと言うと、この艦の欠点があったからだ。一旦火を落としてしまうと動き出すのに一時間かかる。もし停泊中に敵が来た場合なすすべも無く敵の手に落ちてしまうので、動き出すまでの時間稼ぎの意味があった。
小舟に分乗して浜に上陸してみると、エルトリアの幹部の面々が揃ってお出迎えしてくれた。
全権大使をしてくれたチールネルゼン伯爵をはじめ要塞総司令官のアンドリュー・エドワード将軍。参謀総長のレイモンド・ライル中将。実質的な戦闘部隊長のエドワード・アルトマン少将。それに、特殊部隊隊長のウイリー・ウッドコック准将と最強のメンバーが揃っている。エルトリアの力の入れ様が分かるというもんだ。
「遠方よりはるばるようこそおいで下さりました。ま、話は後にしてまずは幕舎にてお茶にいたしましょう、ささ、こちらに」
最高司令官の割に腰が低いアンディがみんなを幕舎に招待してくれた。幕舎とは言え王家の紋章が入った立派な造りになっている。
席に着くと、お茶が運ばれて来た。あたしの前には焼き菓子も。さっそくあたしは噛り付いたのだが
「マリエ様、想像を絶する巨大な戦艦を造りましたなぁ、まるで小島が動いているみたいですなあ。櫂も帆も無い様ですが一体どの様な仕組みで動いているのでしょう?」
待ちきれない様にアンディが質問を飛ばして来る。あたしは焼き菓子をモゴモゴしながら
「あれはね、蒸気で動いているのよ、蒸気。じょうきを逸しているなんて言わないでね」
あたしは、オヤジギャグをかましてみた。
「くだらない事言っておらんで仕組みを説明せんか」
おっちゃん、センスないなぁ、つまんないの。耄碌しているんでね?
「仕組みもなにも、火を燃やして発生した蒸気で水車を回して進むんだよーだ。年寄りには説明したって分からないでしょおおぉぉ(笑)」
「相変わらず、口の減らない小娘じゃ。可愛げもない」
「まま、伯爵殿、ここは落ち着いて下さい。どうどうどう」
「ダマラッシャイッ!ワシは馬かぁっ!!」
おいおい、アンディ、火に油注いでどうするよ。あ、油と言えば
「アンディ、来る途中にね海賊に襲われたよ。貧弱な装備だったけどねぇ」
「えっ?海賊ですか?あいつら出て来たんですか。あいつら神出鬼没で手を焼いていたのですが。それで、被害は?」
「無いに決まってるじゃない。一方的に叩き潰してやったわよ。一人残らず成敗してやったわよ」
「なんと、凄い。さすが、鬼神マリエ様です」
レイモンドさんが驚いたというか、呆れた様に呟いた。他のみんなも驚いた顔をしている。あたしも驚いた。まさか鬼神なんて言われるなんて・・・
「そんな事より、要塞の方はどんな感じなの?間に合いそう?」
「ご心配なく。要塞の構築の方は、予定以上の人員が集まり急ピッチで進んでおります。もう間もなく実践に耐えうるレベルになります。後でマリエ様に見て頂ければと思います」
アンディが誇らしげに報告する。アンディが言うんだから大丈夫なんだろう。
「しつこい様だけど、攻勢に出たら駄目だからね。あくまで守りに徹して頂戴、被害は出さない様にね。亀の様に守りに徹して、相手にだけ出血を強いるの」
「はっはっはっ、おまえの得意な奴じゃな」
「そうだよ、分かってるじゃない、おっちゃん。どうせあたしゃあ悪魔だもんね、それがあたしの戦い方よ。痛いのは嫌い」
お茶をのんで一息入れた後、要塞の視察に向かった。
要塞は、上陸を予想している浜から内陸に五百メートル位入った所に築かれていた。石造りの要塞建造物の周りには、石を組んだ堅固な幅ニメートル程の城壁が有り、その外側に更に二重三重の石塀があり敵の接近を阻んでいる。攻撃してきた敵は真っ直ぐに進めず右に左に迂回を余儀なくされ、迂回している間に四方八方からボウガンで狙われ、更に火の点いた油まで降ってくる。要塞を迂回しようとすると、あちこちに落とし穴。更に複数あるボウガンの拠点からの集中攻撃。おまけに、上陸地点には橋頭保を造りたくなる様に数本の丸太をわざと山にして置いてあり、その手前には隠れられる様に穴が掘ってある用意周到さ。ううむ、見事と言うか、過剰防衛?あたしだったら攻めたくないわ。エグ過ぎるわ。
「アンディ、見事よ。よくもこの短時間で仕上げたわね、って言うか敵が可哀想な位のレベルね。何も言う事はないわ。むしろ、敵側に肩入れしたくなっちゃう位よねぇ。」
「そ それはご勘弁を。マリエ様に攻められたら一瞬で落ちてしまいますれば」
「あらぁ、やってみなくては分からないわよぉ 痛っ」
いきなりおっちゃんに頭を小突かれた。
「バカ言っている余裕はないぞ、まだまだやる事があるのじゃから」
「はーい」
参謀総長のレイモンドが申し訳なさそうに前に進み出てきた。ん?どうしたのかな?
「マリエ様、補給物資は全て用意が済んでいまして、今搬入中であります。ただ、お貸しする兵について少々問題も発生しておりまして・・・・・・・」
「ボウガン兵の事?百人集まらなかった?だったら、集まっただけでいいわよ」
「いえ、そうではなくてですね、派遣メンバーを決める為の選抜試験がまだ終わらなくて、もう少しお時間を頂きたいのですが」
「選抜試験?そんなのしなくていいって、集まった人員を回してくれれば、後は実戦で鍛えていくから大丈夫だよ?」
そんなに四角四面に考えなくていいのに、変に真面目なんだから。
「いえ、ですからそうではなくてですね。どこでマリエ様の事が漏れたのか、募集をかける前に既に三千人が詰めかけて来てしまいまして・・・・」
「参謀長閣下、違いますって、現時点で既に五千人を超えています」
レイモンドの後ろに控えていた従者が耳打ちをしている が、距離がちかいのでダイレクトに聞こえてくる。五千人?そんなに乗れないよ、だから選抜試験なのか・・・
「訂正します、五千人超えだそうです」
あたしは、振り返ってジョンに目で訴えた。ジョンもどうしたらいいのか困った顔をしていた。
「ジョン、艦内にどの位乗れそう?」
「そうですねぇ、ま、多少窮屈なのを我慢して貰えば、二百・・・ですかねぇ」
「海賊島に帰るだけなら詰めに詰め込んで倍の四百は乗れるかな?それ以上は無理よねぇ」
「ですねぇ」
うーむ。嬉しい悲鳴ではあるけど、困ったわねぇ。
「レイモンドさん、ボウガンの交代要員および、海賊島の守備や石炭の補給に従事して貰う要員等を含めても四百が限度です。島の食料事情もありますので」
「食料の方はご心配無く。こちらで船団を組んで定期的に食料を運搬する準備は出来ております。海上の戦いは無理ですが、輸送でしたら大型の船がありますので大丈夫です。余ったボウガン要員は輸送船の防衛に使いましょう」
「有難う御座います。島内の食料だけでは心許なかったので助かります」
嬉しそうにお礼を言っているジョンを見ていて一つの案が浮かんだ。
「レイモンドさん、五千人受け入れます。取り敢えずは四百人を連れて行きます。戦艦の乗り組み以外にも島の防衛とかやる事は幾らでもあります。その間に残りのメンバーでローテーションを組んで下さい。輸送船団を送る時に交代要員を乗せて行って現地の人員と交代して帰って来るなんてどうでしょう。常時四百名こちらに居るって感じで。みんなで交代で来れば喧嘩にもならないでしょう?疲れも溜めないしね」
「なるほど、選抜試験をしているよりも建設的ですな。不測の事態が起きても、兵力の増強が楽ですし。了解しました、その様に手配しましょう」
と言う事で話は済んだ。しかし、どこで話が漏れたんだろうねぇ、王宮にまで話が漏れていないといいんだけど・・・・。
エステルの耳に入ったら、きっと仕事放り投げて来るに決まってる。その前に帰らないといけないなぁ。
その頃、ガリア帝国の侵略軍は国内で最も西にあるキレーネの港に集結しつつあった。現在、国内にある造船施設を総動員して兵士を運ぶ船を大増産してはいるもののまだその数は満足いくレベルにはほど遠かった。
しかし、総指揮官のデミティアヌス大将軍は、このまま船が揃うのを待つタイプではなかった。この男、基本的には思慮深く用心深い性格であるのだが、往々にして感情に負けて突っ走る傾向があるので口さがない連中は猪将軍と陰口をきくが、そんなマイナス面を差っ引いても勇猛果敢で国内きっての将軍であるのは間違いなかった。
デミティアヌスを大将軍とならしめた最大の功労者は、彼の右腕であり軍師でもあるランドル将軍であった。彼はいつどんな時も大将軍に影の様に寄り添い次々と献策を奏上し、大将軍が突っ走りそうな時は身を挺して抑えて国内平定の立役者とならしめたのであった。
ランドルの提案する作戦は常に敵の裏をかき味方の損害を最小限に抑えており、いつしか常勝将軍と呼ばれる様になっていた。
彼が進言する作戦に間違いは無く、彼が反対する作戦は、事後に検討をしてみると実施していたら大敗を喫するケースがほとんどであった。そんなことから大将軍にとってこの軍師への信頼は絶対のはずであった。
そんな軍師が、今回の侵略に関しては最初から苦言を呈していたのだ。
西方遠征軍の発足式の数日前の事だった。大将軍から侵攻の事を聞いた軍師は驚くとともに猛烈に反対をしたのだった。
「今回の侵攻作戦には勝機が見出せない。全く土地勘が無い上、補給線が長く伸びた先での戦いになる。補給線を断たれたら全滅の憂き目を見るのは自明の理である。もし、敵に侵攻の情報が漏れたなら我が軍は間違いなく大打撃を食らうであろう。もし、どうしても侵攻を行うのなら、後一年は掛けて十分な数の船を用意し、同時に敵方の地理の研究をするべきである」
真っ向から反対の意見だった。しかし、一年も侵攻を遅らせたら皇帝陛下のご不興を買うのは確実なので、大将軍としては引くことは出来なかった。
「困難な作戦だからお主が居るのではないか。侵攻の延期は有り得ん。侵攻は予定通り行う。そのつもりで作戦を立案せよ!」
こうして、話し合いは決裂した。軍師は幕舎に戻り一晩考えて今回の作戦を考えた。それは自らの死を覚悟した作戦だった。先の見える彼にはどうやっても今回の戦いに勝ち目は見出せなかった。彼に出来る事と言ったら、最前線で出来るだけ粘って大将軍が作戦の中止を決断してくれるのを待つだけだった。その為、自ら第一陣を率いて先遣隊として出陣する事にしたのだった。
参謀ランドルは先遣隊として、完成した兵員輸送船二十八隻に兵士約五千名を乗せ港を出航した。乗り込んだ兵士達のじつに八割が漕ぎ手兼務であった。ガリア帝国に今回の様な遠洋航海の経験者はおらず、道案内として乗せた数名の漁師の勘が頼みだったがその漁師でさえ未知の航海だった。はたして櫓を漕ぐのでふらふらになった兵士でどれだけ戦いが出来るのか考えるまでもなかった。
何日掛かるか皆目見当がつかない航海なので積めるだけの水と食料を詰め込み兵士も満載したので、船内は寝るスペースも満足に無く、兵士は交代で座ったまま寝る事となった。
そんな屠殺場に引き立てられる牛の群れの様な船団の出航を見つめるいくつかの目があった。港の近くの海で漁をしている漁師だったり、港に食料を届けに来た商人であったり、造船所の船大工であったりした。そう、ジョンが放っている隠密だった。
彼らはトリと呼ばれる連絡用の鳥を用いジョン達と連絡を取り合っていた。この日も、早速船団出航の報とその数をしたためた文を抱えたトリが飛び立った。
いよいよ、ガリア帝国とエルトリア共和国の二大大国の戦いの火蓋が切って落とされたのだった。
『異世界転移は義務教育 ふたたび』
始まりました。
今回は、海戦物となるみたいです。
みたいと言うのは、マリエが勝手に動き回るのを、書き留めていくだけの作者なので
話しがどこへいくのかは、作者も知らないのです。
頑張ってマリエの活躍を書き留めていきますので
応援宜しくお願いします。
宜しければ、ブックマークお願いします。
P.S.
『異世界転移は義務教育 ふたたび』は、毎週金曜日か土曜日にUPする予定です。
余裕があれば、週の半ばにもUPしたいです。
勉強しながら書き進めて参ります。