ななを超える者
海の向こうからやってきたのか、空の彼方からやってきたのかはわからない。
しかし、巨大な怪物は現れた。
全高五十メートルに及ぶ巨大な怪物が首都圏に現れたのだ。
怪物は家々を踏み潰し、ビルを倒し、街を破壊した。
人々はただ逃げるしか無かった。
人々はただ隠れるしか無かった。
人々はただ殺されるしか無かった。
人々は無力を感じるだけだった。
五万人ほどが収容できる野球場が解放され、避難場所になっていた。
人々を元気づける為か、単に食料配給の時間を知らせる為かはわからない。
数人が楽器を持ち寄り、ホームベース付近で朝九時、昼十二時、夕方五時の三回演奏を行っていた。
それは、数十年前にテレビ放映された、巨人が怪物と戦う特撮番組のオープニング曲だった。
生き埋めになっている人の声が聞こえなくなるからやめろ、と文句を言う人もいた。
しかし、生き埋めから救助された人が、
「演奏が聞こえ、生きている人がいると希望が持てた。ありがとう。」
と、涙を流し感謝する様子を見ると、ただ苛立ちを発散するために文句を言っていたのではないかと自ら恥じ入った。
二日目になると避難してくる人も増え、野球場の観客席は八割方埋まっていた。
グランドにはマットレスが敷かれ怪我人が整然と寝かされていた。
国からの指示はまだ何も出ていなかった。
市町村レベルでの被災対応のみであった。
三日目の朝、七回目の演奏が始まろうとしていた。
初日は数人だった演奏者は数十人に増えていた。
ちょっとしたオーケストラだった。
木を打ちつけるような音が合図となり演奏が始まった。
弦楽器の不安をあおるような旋律、そしてファゴットの低音が怪物の出現を暗示させる。
その後、管楽器、ティンパニの音、ハープの旋律とともに安堵が訪れる。
一拍おいて、ティンパニの連打とシンバル、金管楽器による堂々たる巨人の登場。
はじめは、まばらだった巨人の名を呼ぶ声が、繰り返し呼ぶごとに力強く大勢になっていく。
巨人の名を呼ぶごとにホルンの音が響く。
それは、天からの祝福に感じられた。
巨人の来歴を語る一番の歌詞。
現在の巨人のことを語る二番の歌詞。
弦楽器が奏でるメロディー、リズムをとるスネアドラム。
二番の歌詞が終わったところで、管楽器の演奏が入る。
巨人の名を再び呼ぶ。
三番の歌詞は人々の願いだった。
「ただ、幸せに暮らしたい」
野球場に避難した人々は思っていった。
助けることのできなかった子供のことを。
見捨ててしまった親のことを。
自分を逃がすために死んでしまったおとうさんのことを。
自分を守って瓦礫の下敷きになったおかあさんのことを。
演奏が終わった。
人々が拍手をしていた。
そのとき、高らかなホルンの音が鳴り響いた。
そして、ミラクルが起きたのだ。




