第七話 エメは「規格外」という二つ名を手に入れた
冒険者タグを手に入れて晴れて冒険者になってから二年。
最近のエメは、姉の宿屋でカロルの子供たちの部屋で一緒に寝泊まりしながら子供たちの面倒をみるのが主な仕事だ。それで暮らす部屋と食事がもらえるのはありがたかった。最近カロルは第三子を妊娠したので、エメの手伝いを歓迎してくれている。
とはいえお金は入り用なので、兄のところで雑用仕事をさせてもらっていた。雑用仕事のお金がある程度溜まると、冒険者ギルドの講習で新しい魔法を覚えたり、装備を整えたりすることに使った。解除の魔法は、かなり早めに覚えた。
ダンジョン探索に役に立つように、いつも備えていようと思っていた。
使える魔法は増えたけれど探索経験はなかなか増えず、二年が経ってエメのレベルはまだ12だ。20を超えて初心者卒業、一般的な冒険者がレベル20になるのに大体一年と言われている。それがエメはまだ12。同じくらいに登録した冒険者で、もうレベル30と言っている人もいるくらいだというのに。
もっとも、レベル30までは続けていれば大体誰でも到達できると言われてはいる。中級者以上になると、ダンジョン探索もレベル上げもぐっと難易度が上がるので、そこからの成長は人によってだいぶ差が大きくなる。とはいえ、エメはまだその前提までも到達していない。
あまりの大失敗率の高さに、何か呪いがあるのではと冒険者ギルドで身体検査を再度してもらったこともある。それでも、特に異常は認められなかった。MPの量だけが相変わらずで、それが異常と言えば異常なのだろう。
ベテランの魔法使いが過去の文献を調べてくれたりもしたけれど、全てなんらかの加護か呪いが絡んでいるものばかりで、エメの状況とは違うという話だった。
何もできないのが悔しくて、何度か一人でパーティ登録をして一人でダンジョン探索をしてみたりもしたけれど、攻略できたことはない。エメは支援役で、パーティを組むのが前提の構築だったので、一人だと立ち回りが難しかった。HPが少ないので、モンスターの攻撃を受けることになるとすぐにHP0になってしまう。攻撃系の魔法をいくつか覚えて挑戦してみたけれど、それでも一人でうまく立ち回るのは難しかった。なによりも、一人の時に発生する大失敗は致命的すぎた。
エメは雑用仕事の合間に冒険者ギルドに来ては、パーティ募集の掲示板を眺める。最近では、パーティ募集にわざわざ「※ただし規格外は除く」と書くのも流行っている。
エメは二年間ずっとそんな調子だったので、パーティに入らないかと誘われたとき、喜ぶよりも先に不安になった。
パーティのリーダーをしている魔法使いの男はエルヴェと名乗った。
話を聞けば、平均レベル25の四人パーティで、戦士が盾役と攻撃役で二人、後の二人は回復術師と魔法使いのエルヴェ。今はエルヴェが支援役も攻撃役も兼ねていて、そのためにパーティ全体のダメージ量に不足を覚えることがあるらしい。
今のパーティでダメージ量を増やすためには、エルヴェが攻撃役の仕事に集中する必要がある。ここまで四人パーティでやってはきたけど、支援役の魔法使いをメンバー募集しようと、パーティ内で話し合って決めたのだとエルヴェは話した。
「この規格外って、わたしのことですよ。それに、レベルも10以上違うし」
エメは、掲示板に貼ってある「※ただし規格外は除く」という言葉を指差す。エルヴェは優しげに微笑んだ。
「知ってるよ。MPが多いだけの役立たず。驚異の大失敗率。それから、一緒に行ったら全滅必至ってのもあった」
全てエメ自身も聞いたことがある噂だし、ここまでできるだけ気にしないようにしてはいたけど、流石に直接言われると、結構な衝撃があった。泣きそうな顔で俯くエメに、エルヴェは慌てて言葉を続けた。
「ああ、ごめんね。でも、全部知った上でパーティに誘ってるんだよ。……君さ、毎日ここに来ては掲示板見てがっかりしてたよね。二年経ってもレベル12っていうのも聞いて、可哀想だなって」
「同情ですか……?」
話を聞けば聞くほど、エメはヘコんでいった。俯いたまま上着の裾をぎゅっと掴むと、エルヴェは尚も言葉を積み上げる。
「同情って言ったらそうかもなんだけど……。全滅必至なんて、みんな面白おかしく騒ぎすぎって思えたんだ。実際にパーティが全滅したことはないっていうのも調べたよ。何人かがHP0になったことはあったみたいだけど、ダンジョンではそんなのよくあることだ。少なくとも、こんな風に名指しで避けられてる状況は……ちょっとどうかなって」
エルヴェは掲示板のパーティ募集の紙を見て、溜息をつく。そして、少し周囲を見渡した後、まっすぐにエメを見て、にっこりと笑った。
「ちょっと、座って話を聞いてもらえるかな。その上で、嫌なら断ってくれても良いから」
パーティ募集掲示板の前で規格外をパーティに誘う冒険者の姿は、周囲の冒険者の視線を集めていた。
エメの心の中では、声を掛けてもらえた嬉しさよりも、それでもまた駄目なんだろうという諦めの方が大きかった。それでもと、ちらとエルヴェの笑顔を見る。少しだけ期待しても良いのかもしれないと、場所を変えることに了承した。
エルヴェはエメをパーティが使っている宿屋に案内した。部屋の前で他のメンバーに紹介される。
攻撃役の戦士はイネスという名前の女の人だった。盾役の戦士はユーグという大きな男の人。回復術師はラウルという小柄な人。
歳はみんなエメと同じくらいだった。冒険者登録した時期も、エメとそう変わらないようだった。
「いきなり部屋でっていうのもどうかと思うんだけど、食堂や酒場だと落ち着いて話ができないから」
エルヴェはそんな言い訳をして、宿屋の部屋にエメを迎え入れた。男三人で使っている、少し広めの部屋だった。
部屋の椅子は四つしかなくて、ユーグは椅子ではなくベッドに腰掛けた。エメが勧められるままに椅子に座ると、その正面にエルヴェが座った。イネスとラウルもその隣に座る。
「それで、改めてなんだけど、俺たちのパーティは支援役構築をしている魔法使いを探している。ちょうど、エメさんみたいな」
エメが答えに困って黙っていると、エルヴェはにっこりと笑う。
「君はさ、経験さえあればちゃんと冒険者として活躍できるんじゃないかと思うんだ。MPが多いのは確かなんだし。
俺たちの平均レベルは、さっきも話したけど25だ。一般的な六人パーティならそろそろ中級者向けに挑戦するところだけど、四人だとちょっとダメージ量が足りなくて不安がある。でも、初心者向けだとだいぶ余裕がある状態だ。だから、今のうちなら君の大失敗もカバーできると思うし、その状態なら君は落ち着いてレベル上げができるだろ?
そうやって君のレベルが上がったら今度は中級者向けに挑戦できるかなって、俺たちは考えたんだ」
言われたことの意味がすぐには飲み込めなくて、エメは視線を泳がせて考える。ずいぶんとエメにとって都合の良い話のように聞こえて、落ち着かない。
ラウルがエルヴェの言葉を補足するように、口を開く。
「レベル10くらいだと、まだ他の人の大失敗をフォローするほどの余裕はないからね。僕もそのくらいの時はそうだったし。でも、このレベル差なら、フォローは容易いと思います。そうやって余裕が出てくれば、その大量のMPも活かせますよ」
エメは服の上から冒険者タグを握りしめて、エルヴェを見た。エルヴェは少し申し訳なさそうに眉尻を下げて、照れたように目線を伏せてから、またエメを見た。
「正直なところを言うと、がっかりしている君を見てなんとかしたくなったのは事実だから、同情って言われたらその通りなんだけどね。でも、ちゃんとパーティとして考えて出した結論ではあるんだよ」
横から、イネスが口を挟む。イネスもまっすぐにエメを見ていた。
「わたしはさ、次にパーティに入るのは女の子が良いなって思ってたんだよね。もちろんさ、それだけで全部決めたわけじゃないよ。だけど……仲良くできなかったらパーティとしてはやっていけないじゃない? わたしは、エメとなら仲良くなれそうって思ったんだ、勘だけど。ね、同い年くらいだよね。仲良くできると嬉しいな」
イネスの言葉に、エメは嬉しくなって口元を少し緩ませた。本当はずっと、パーティの人と仲良くなりたかったことを思い出す。これまでは大失敗のせいでうまくいかなかったけれど。
もしかしたら、この人たちなら大丈夫かもしれないと、エメは思った。
「あ、あの……本当にわたしで良ければ……よろしくお願いします!」
エメの返事を、パーティメンバーは全員喜んでくれた。話の間ベッドに座って黙っていたユーグもだ。エメは自分が求められていることが嬉しくて、泣きそうになっていた。
「だからね、またダンジョン探索するんだ」
カロルの宿屋の奥の店員や家族向けの台所で、五歳と三歳の子供たちにご飯を食べさせて子供部屋に押し込んだ後、自分のサンドイッチを食べながらエメはフロランにそう告げた。おめでとうと言ってもらえると思っていたエメは、フロランが何も言わないので首を傾けてフロランを見た。
夜に訪ねてきたフロランに、カロルはエメと同じようにサンドイッチを用意した。フロランはそのサンドイッチをあっという間に食べ終わって手持ち無沙汰にエメの話を聞いていたが、エメの言葉に眉を寄せて渋い顔をした。
「レベル差が10以上? 何か騙されてるんじゃないのか?」
「失礼な。みんな優しかったし、良い人だったよ」
口を尖らせてそう言うと、エメはサンドイッチをちまっと噛みちぎった。ソースが絡んだ肉を咀嚼して飲み込む。
「そうじゃないとしてもさ、きっとまた断られるだろ、もう諦めろよ」
「今度こそ大丈夫かもしれないもん。わたしに足りないのは経験だって言ってくれたし、余裕が出てくればわたしのMPだって活かせるって。それに、わたしと仲良くなりたいって言ってもらったし」
エメの話には根拠は見えなくて、フロランにはずいぶんと漠然としたものに聞こえた。そもそも、フロランにはエメがどうしてそんなに冒険者に執着してるのかがわからない。大失敗を起こして、あんなにツラそうにしてるのに、それでもなんで冒険者を続けようとしているのかと思ってしまう。
「なあ、そうまでして、まだ冒険者を続けるのか?」
「当たり前じゃない。わたしは冒険者に」
ちらりと見たフロランの顔が思いがけず真剣で、エメは途中で言葉を止めた。フロランはエメを見たまま、言葉を続ける。
「なあ、村で暮らすのだとなんで駄目なんだ? 冒険者やってても、ちっとも楽しそうじゃないし、ツラそうだろ、お前。村に戻って今までみたいに暮らす方が、幸せなんじゃないのか? 俺が修行終わるまで、まだ時間あるけどさ、終わったら俺は親父の跡継いで鍛冶屋になるから、そしたら結婚して……それじゃ駄目なのか? 人生って、そういうもんだろ」
エメはこんな展開を全く予想してなくて、唇の端にソースを付けたまま、ぽかんと口を開けた。これはこんなところでする話なのだろうか? 今ここで?
混乱するエメに向かって、フロランは向き直る。やけに真面目な顔でエメを真っ直ぐに見る。
「村に戻って、俺と結婚するのは嫌なのか?」
「イヤ!」
エメは、食べかけのサンドイッチを持ったまま、勢いよく立ち上がった。座っていた椅子がばたんと倒れる。
「わたしは冒険者になりたいの! 村で暮らすんじゃダメ! どうしてもダンジョン探索がしたい!」
エメは泣きそうになるのを堪えて、台所を出て子供部屋に駆け込んだ。フロランは、いつものようにつまらなそうな顔をして、エメが倒した椅子を戻すと、カロルに軽く挨拶をして鍛冶屋に戻っていった。
カロルの子供たちは部屋で遊んでいたけれど、突然駆け込んできたエメにまとわりついて、お話をせがんだ。エメは残りのサンドイッチをすごい勢いで食べて、それから子供たちと同じベッドに寝転んでせがまれるままにダンジョン話を語って聞かせた。
レベル100のテオドールの話をしながら、ダンジョン探索に思いを馳せる。
子供たちが寝入った後も、ぼんやりと天井を見上げながら、これまでのダンジョン探索のことを思い出していた。確かに大失敗のことがあってツライ思い出が多いけど、でもダンジョン探索そのものは好きだった。こんなに好きなのにと思ったら、少しだけ涙が出てきた。
ほろりと落ちた涙を無視して、エメは目を閉じて眠りについた。