第六話 エメたちはダンジョンをクリアした
そこからの探索は、初めてダンジョン探索をするパーティにしては、うまくいっている方だった。パーティメンバーはだんだんと慣れてきて、採集も戦闘も連携が取れるようになってきて、危なげなく探索できるようになってきていた。
本当にうまくいっていた。エメの大失敗以外は。
ダンジョン攻略までの間に、その後三回の戦闘を行った。
二体のスライムが出てきた時は、最初に三体相手にした時よりもずっと楽だった。その戦闘の間に、エメは大失敗と大成功を一回ずつ出した。さっきよりも余裕がある状態だったのでひどいことにはならなかったけれど、パーティメンバーの中になんとなくもやっとした空気が生まれたのをエメは感じ取っていた。
「でも、大成功も出たし、すごかったですよね」
マリエルが空気感を振り払うように明るい声を出す。エメが小さな声で「ごめんなさい」と呟いて俯くと、レナルドは困ったような顔で首を振る。
「いや……大失敗は運だって言うし……エメのせいじゃないんだろうから……」
レナルドはそれ以上何を言えば良いかわからなくなって、黙ってしまった。大失敗も大成功も運。もしそうなら、なんでいつもエメだけがそれを起こすのか。他のメンバーはまだ一回も大失敗だって大成功だって起こしていないというのに。
他のメンバーも、エメの大失敗をどう受け止めれば良いのかわからず、落ち着かなくエメから視線を逸らしていた。
フロランが心配そうにエメの腕を引くと、エメはフロランを見上げて、無理矢理笑ってみせた。そしてそれから、服の上から胸に下げている冒険者タグとお守りをまとめて握り締める。
その次の戦闘では、二匹のノーマルなスライムと一匹の毒スライムが相手だった。
ノーマルなスライムよりも少し強い毒スライムは、名前の通り毒を持っていて、攻撃を受けると一定確率で毒状態になる。毒状態になると常にわずかずつHPが減り続ける。役割上、盾役がかかることが多いが、そのHPでパーティを守る盾役の毒状態は、パーティの守りが薄くなることを意味する。抵抗の確率も低いレベル1パーティにとっては、脅威であることに間違いはない。
パーティは、厄介な毒スライムを最初に倒すことを考えた。ニナが毒スライムを引き付けて、残りの二体はレナルドが抑え込む。ニナのHPと毒状態はマリエルの回復と治癒で対応する。その間にフロランとパスカルが全力で毒スライムを倒す。
最初は順調だった。エメはレナルドに防御上昇をかけ、それから二匹のスライムに攻撃低下をかける。大失敗も大成功もないことに、エメはほっとする。レナルドのHPの減るスピードが遅くなり、落ち着いて対応できるようになった。
それから、毒スライムの方を確認する。毒スライムはわずかではあるけれど、ノーマルなスライムよりもHPが多く、防御力も高い。長引けば毒状態で疲弊する。
トドメを刺しやすくするために、エメは攻撃上昇をフロランに投げる。その判断自体は間違っていなかった。ただ、そこで大失敗は起こった。
エメの大失敗で毒スライムの攻撃力が上がり、ニナのHPが想定よりも大きく削れる。そして、毒状態にもなってしまった。マリエルはHPと毒のどちらを優先するかの判断を一瞬迷ってしまった。
毒スライムが攻撃した隙をついて、フロランの剣が毒スライムに届く。毒スライムの意識がフロランに移る。本来なら、そこにニナの挑発が割り込んで、毒スライムの意識をニナが取り戻すはずだった。
ニナの挑発は失敗した。マリエルは急いで治癒でニナの毒を癒す。けれど、毒スライムの意識はフロランに移ったまま、フロランを攻撃した。今度はフロランが毒状態になってしまった。
マリエルはニナのHPをそのままにして、フロランの毒の治癒を優先した。ニナはHPが減ったまま、それでももう一度挑発を使って毒スライムの意識を取り戻す。
マリエルは泣きそうになるのを堪えて、それでも回復をかけ続けた。
誰もHP0になることなく、一匹の毒スライムと二匹のノーマルなスライムを倒すことはできたけれど、戦闘が終わった時にはみんな疲れきっていた。毒スライムはキュアポーションをドロップした。
エメの大失敗だけが問題だった訳ではない。ニナだって肝心のところで挑発に失敗した。マリエルは回復と治癒の優先順位に何度も迷った。ニナとフロランのどちらを先にするかも迷った。
それでも、どうしてもパーティの中に「あの時のファンブルがなければ」という空気が漂っていた。あそこまではうまくいっていたのだから、あれがなければもうちょっとマシだったのでは。実際にどうだったのかはわからない。もし大失敗がなくても、同じように失敗したり同じように判断に迷ったりはしただろう。でも、もしも、もしかしたら、そんな気持ちの積み重ねが重い空気になってパーティの中を漂っていた。
休息中、誰も何も言わなかった。エメのせいじゃないというのはわかってはいて、だから誰も何も言わなかった。
さっきまでは明るい声と笑顔でみんなの気持ちを盛り上げようとしていたマリエルも、今は戦闘の疲労に押し黙って休息しているだけだ。
「大丈夫か?」
小さな声で、フロランがエメに問い掛ける。エメは小さく頷いて、聞こえるかどうかという声で「大丈夫」とだけ応えた。エメ自身も、自分の大失敗について、何も言えることがなかった。ただ、黙って休息をとるしかできなかった。
頭上の灯りの光を見上げるエメの瞳が、その光を反射して赤く輝いた。
もうすぐで攻略というところで、これまでのスライムよりも大きなスライムが蠢いていた。
「ボス!? 低確率なのに!?」
「ボスとはいえ、相手は一体だ、落ち着けば大丈夫だ!」
ニナの驚きの声に、レナルドが落ち着いて返す。みんなそれで戦闘態勢に入った。これを倒せば攻略だ。もしかしたらマジックアイテムのドロップもあるかもしれない。今日の最後になるだろう戦闘に、みんなの気合が入る。
エメはレナルドとニナに順番に防御力上昇をかける。それから、ボススライムに攻撃力低下をかけて、それを大失敗して、その効果はニナが受けることになった。
慌ててもう一度攻撃力低下をかけようと杖を構え直したところで、マリエルがすごい勢いで振り向いて、叫ぶように言った。
「もう何もしないで!」
仲良くなれたら良いななんて思っていたけれど、それはもう諦めようと、マリエルのその表情を見てエメは思った。そのまま、持ち上げて構えた杖をどうして良いかわからなくなり、ただ突っ立っているだけになってしまった。
ニナとレナルドが二人がかりでボススライムの動きを止める。片方のHPがある程度減ったら、もう片方が割り込む。そこへすかさずマリエルの回復が投げられる。
フロランとパスカルがダメージを与え続け、そのダメージでボススライムの意識が散らないように、ニナとレナルドは自ら攻撃したり挑発をしたりし続けた。
ボスらしく範囲攻撃があったり、パーティメンバーも初心者らしい失敗やミスはあったけれど、エメなしでもみんなはなんとかボスモンスターを倒しきった。自分は必要なかったのだろうかと、エメは悔しくなって俯いた。
ボススライムを倒してドロップしたアイテムは、Cランクのナイフだった。ダンジョンの最奥には、入り口と似たような魔法陣と操作石がある。そこから入り口に戻れば攻略だ。経験値は攻略のタイミングで入り、レベルアップもそのタイミングだ。
パーティメンバーは全員、レベルが4になった。低確率なモンスターが二体も出てきたので、通常よりも多めの経験値が入ったみたいだった。
ダンジョン探索で集めた素材と共にナイフも売って、そのお金をパーティメンバー全員で山分けした。エメはどんな顔をして良いかわからず、俯いたままそれを受け取った。
別れ際に、マリエルはエメに謝った。戦闘中のこととはいえ「何もしないで」は言い過ぎだったと言って「ごめん」と謝る。エメはその謝罪をどう受け止めれば良いのかわからず、曖昧に頷いた。
フロランには、次も一緒にパーティを組まないかというお誘いがあった。フロランは鍛冶の仕事があるからと、誘いを断った。エメは、誰からも、何も言われなかった。
「誘われたんだから、また一緒にダンジョン探索したら良かったのに」
エメが拗ねた声でそう言うと、フロランはいつものつまらなさそうな顔で、頭を掻いた。
「いや、もう、いいかげん修行始めないとだし」
「もったいない。攻撃役だってできてたし、連携だってうまくいってたのに」
「良いよ、俺は」
フロランは小さく溜息をついて、言葉を続ける。
「冒険者、試しにやってみたけど、やっぱり俺には合わない。鍛冶仕事の方が向いてるよ」
エメはフロランの言葉を聞いて、悔しそうに唇を噛んで俯いた。フロランは困ったような顔をする。
「エメは……まだ冒険者、続けるのか?」
エメは弾かれたように顔を上げてフロランを見る。泣きそうな顔で、でも涙はこぼさずに、フロランを睨み上げた。
「当たり前じゃない! やっと冒険者になれたんだよ! まだこれからなのに!」
エメの勢いに圧されてか、フロランはもうそれ以上何も言わなかった。
それからも、エメは何度かダンジョン探索をした。
フロランは本人が言っていたように、鍛治の修行を優先して、冒険者の活動は何もしなくなった。最初に買った武器と防具もまた売ってしまった。冒険者講習で身に付けた鑑定のスキルだけは役に立っていると言っている。
どのパーティでも、最初はエメの大量のMPを見て歓迎され、そして一度ダンジョン探索を行うとお断りされる。それを何度か繰り返すうちに、エメはこの辺りですっかり有名になってしまい、どのパーティでも最初から断られるようになってしまった。
規格外のMPと同じく規格外の大失敗率。「規格外」というちっとも褒められてない渾名を知って、エメはこっそり泣いたけど、それでも冒険者を諦められなかった。
諦められないまま、二年経ってしまった。