二人な時ほど距離が近いものはない
日曜日の朝、千鶴は練習試合に行く千尋を見送る。
「行ってらっしゃい」
「いってきます」
手を振り笑顔で家を出ていく千尋は練習試合ではなく千鶴の方を楽しみにしていた。
「(さすがに映画はハードルが高かったかな?でもまぁ二人なら大丈夫でしょ)」
千鶴と優斗を映画に行くことを遠回しに仕組んだ張本人はどんな展開が待ち受けるのかドキドキとワクワクが止まらずスキップして学校に向かった。
「さてと、準備しないと……け、結局行くんだよね?ちょっと恥ずかしくなってきた……」
昨日、映画を行くことをなんとか言い切った千鶴はその日家に帰ると安堵と共に嬉しさが込み上げベッドの上で暴れ回ったくらいだったがいざ当日になると心臓がドキドキし始める。
「と、とりあえず洋服〜」
気を紛らわすために部屋に戻り支度を始めるが鏡の前で何度も洋服を合わせるが迷いに迷って決まらない。
「どどどうしよう、何がいいのかな〜」
優斗が気に入りそうな洋服を選ぶがなかなか決まらない、地味過ぎず派手過ぎず普通を選ぶのが難しかった。
「こうなったらアレしかない!」
誰もが困ったら使う最終奥義を千鶴は使う。
「お母さ〜ん、決まらない」
最終奥義、親を使う。
「ん〜?どうしたの?」
「出かける洋服が決まらないの」
「もう高校なんだから自分で決めなさい」
「え〜だってだって…」
「駄々をこねない」
「むぅ〜…」
「別に彼氏とかじゃないでしょ、それなら普通でいいんじゃない?」
「ち、違うよ。普通の友達じゃないんだよ」
「じゃあ誰?」
「誰って…それは……」
「はいはいまたアニメの話なのね」
「違うよ!えっとその……ゆ、優斗なんだけど…」
「優斗くん?あ〜、谷田貝さんの…なるほどね〜」
何かを察した母親、一応千尋と優斗が付き合っている事を知っていた両親だが自分達の娘が恋愛していると知ると食いつくように話に乗ってくる両親だった。
「優斗くんはね、たしか女の子に対して本当に弱いタイプだからガンガン行くと案外落とせるよ、洋服はそこまで派手な洋服よりも清楚に溢れて気品さがあるといいかもね、あとは千尋が少し失敗したらしいけど狙って可愛さをとるより自然体の方がいいと聞いたわ。まぁでも千鶴は知らず知らずのうちにアレやコレやとやらかすから大丈夫だとおもうけど頑張って」
「なるほど、ありがとうお母さん」
いい情報を聞いたと思い部屋に戻ろうとする千鶴だがふと気づく。
「なんでお母さんそんなに詳しいの?」
「お隣さんだから」
「さすがお母さん!」
「ふっ…(チョロいわね、千鶴)」
喜んで戻っていく千鶴を背に笑みを浮かべる母親は悪い顔をしていた。
「派手よりも清楚……清楚ってなに?」
むしろ難易度が上がったかもしれない洋服選びにさらに困惑し始める千鶴はパソコンを開きネットを調べる。
「清楚…清楚……あった!えっと〜清らか、すっきり、清潔感……あれ?私にある?」
それなりに健康と美容に気を使っていた千鶴だがオタクということもあり容姿などのポテンシャルは妹に少し負けていた。
「胸もちーちゃんの方が少し大きい…うぅ……本当にどうすればいいの〜」
悩み始めたら止まらない、時間も迫ってきて焦り始める。
「ヤバい〜、時間が〜」
時間の猶予がない、服の組み合わせも全て行ったそして候補はあるが決まらない。
「だだだ大丈夫、映画を観に行くだけ観に行くだけ…下手な服装しなければ大丈夫……清楚、清楚……」
悩んだ末に洋服を手に取り着替える。
その頃、優斗は少し早めに外で待っていた。
「はぁ〜、ドキドキする。大丈夫かな?」
当たり障りのない無地の紺色の服装にジーパンを着て髪を弄りながら待っていた。
「大丈夫だ、今日はまだ観に行くだけ、無理に行ったら嫌われる。落ち着け俺…普通に普通に……」
一人でブツブツと呟き待っていると玄関のドアが開く。
「ご、ごめん。待った?」
「いやだいじょ…ぶ……」
優斗が振り返った先には真っ白いワンピースにいつも前髪で隠れた顔はしっかりと分けてピンで止められて恥ずかしそうな少し火照った顔に華奢な体つきに色白い素肌の腕やワンピースの裾から垣間見える足で優斗の目は一瞬にして奪われた。
「(せ、せめて顔は出しとかないと優斗に申し訳ない)」
「(ヤバい……可愛すぎる…いつも顔があまり見えなかったけど改めて見ると可愛い…)」
どストライクの優斗は目が離せない状態だった。
「へ、変かな?」
「あっ、いや変じゃないよ」
慌てて視線を逸らす優斗、その間に少しだけ髪を整える千鶴。
「よかった…(目線逸らされた!?ど、どうして?髪が変だったの?それとも服装?)」
「じゃ、じゃあ行こっか…(直視したら死ぬ直視したら死ぬ直視したら死ぬ直視したら……)」
千鶴は自分のワンピース姿を歩きながら確認しつつ優斗はドキドキしながらも一緒に歩く。
二人が観に行く映画は隣の街にある映画館、近くの駅から電車に乗り隣街に行く。
「意外と人多いね…」
「そうだな…」
揺れ動く電車の中で向かい合う二人、それは日曜日ということもあり電車の中は混雑して千鶴と優斗は電車のドア付近で立たっていた。
少しだけ遠い一駅、揺れ動く電車の中で優斗は千鶴に視線が向かないようにスマホを手に取った瞬間、電車が大きく揺れた。
「やべっ!」
突然の揺れにドアに手を着きなんとか倒れるのを回避したがちょうど目の前にいた千鶴に壁ドン状態になり顔が近くになる。
「あっ…(ヤバい、この体制は…)」
「(かかか壁ドン!?あの伝説の!)」
見つめ合う二人、息が感じるほど近く鼓動も早くなる。
「ご、ごめ…(早く離れ…ない、と……)」
離れようとした優斗はたまたま視線を外そうと下に動かしてしまう、その時千鶴のワンピースの隙間から小さな二つの山とその隙間が見えてしまい動きが止まる。
「(あ…み、見え……)」
男としての本能なのか分からないがほんの少し期待が胸を高ぶらせる。
千鶴は気づいていない、ずっと優斗の顔を見つめてるだけで優斗はどこを見ているか気づいていない。
すると電車のアナウンスが流れると千鶴と優斗は我に返り優斗は急いで離れ千鶴はすぐに視線を逸らす。
「ごめん、大丈夫?(あともう少し…じゃなくて危なかった)」
「あ、うん…大丈夫大丈夫…(危ない危ない。ずっと顔を見ていたらまた卒倒しそうになった)」
そして電車を降り映画館へと向かう。
「(ダメだ、頭から離れない…。)」
「(壁ドン…あんなにキュンと来るものだったんだ…)」
今だにドキドキしてる二人は少し間を開けて歩く、普段なら学校の話やアニメの話で普通に会話出来るはずだが先程の出来事のせいでまともに会話が出来ないまま映画館に辿り着き受付まで歩く。
「ーーえっと二人です」
「はい、カップルさんですね」
「か、カップル?」
「はい?このチケットはカップルさんしか使えないのですが…」
「そ、そういう事だけど千鶴ちゃんは大丈夫?」
まさかのチケットがカップル専用と知り優斗は千鶴に聞くと千鶴は小さく頷く。
「すみません、カップルです」
「はい、それでは座席ですがーー……」
無事に座席も確保して入場時間まで待つ。
「ごめんね、なんか確認したら小さくカップル専用と書いてあった」
「全然全然、気にしてないよ(めちゃくちゃ気にする!)」
「ところでこの映画ってあのアニメの続編だよね?」
「あ、うんそうそう。私本当に観たかったの、けどあまり一人で映画観に行くって無いから、その〜誰かを誘おうと思ったけどいなくて正直優斗でよかったと思ってる」
「そうなんだ、へぇ〜(くっ、その服でその顔は可愛すぎる…)」
少し照れくさそうに話す千鶴に平然と装い聞いていた優斗だがあまりの可愛さに涙が出るほど堪える。
「(千尋…ごめん。これは真面目に落ちそう…)」
心の中で謝る優斗、千尋には千尋の良さと可愛さがあるがそれに勝るほどの可愛さに優斗は落ちそうになるがやはり千鶴の妹と付き合ってる以上下手に言えない優斗だった。
入場時間になり劇場内の指定した座席に座る。
「はぁ〜、楽しみ」
「そんなに楽しみだったんだ」
「うん。このアニメ本当に好きでね、何度見返しても飽きないくらいなんだよ、だから…あっ、ごめんなんか子供みたいに一人で興奮して……」
「全然構わないよ、いつもとは違う千鶴ちゃんが見れて楽しいよ」
「…あ、ありがとう……」
一人で勝手に興奮してしまった千鶴は謝ると優斗は笑顔で答える。
劇場内が暗くなった途端に二人は同時に外側を向く。
「(何?あの笑顔?反則じゃない?てか、私一人で興奮するとめちゃくちゃ恥ずかしい。もうなんでオタク特有の早口が発動するの〜)」
「(二人だから意識してしまう…子供みたいに興奮するとか今の高校生からしたらありえないが、千鶴ならアリだな……)」
学校なら普通に意識しないで話せる千鶴と優斗だが今日に限っては意識しないように心がけると逆に意識してしまい全く落ち着けない二人、そして映画本編が始まると千鶴は深呼吸してから前を向き、優斗は咳払いをしてから前を向いた。