ミカエルとのお茶会
「王立研究所?」
ある日、私はミカエルとこれからどうするのかについて話し合うために、自室でお茶会を開いていた。もちろん、話は聞かれては困るので待女達には休暇を与え、部屋に来ないように外出させている。私はもともと、あまり国王夫妻の干渉を受けておらず、第三王女なのもあって放任されている。なので、案外令嬢とは思えない行動も密かに行う分には問題なかったりするのだ。
もともと自分のことは自分でやりたい主義なので、公の場以外では好きにさせてもらうことにしている。だから、基本的に待女がいなくても日常生活はなんとかなるのだ。待女がいた方が生活の質はあがるので、普段はいてもらうが、時々彼女たちにも休暇は必用だろうと思って、月に数回こうした休暇を与えている。今日はその休暇を与える日だった。
テーブルの上にお茶とお菓子を並べ、向かい合って席に座りお茶をすする。始めは、席に座ることを拒んだミカエルだったが、自分だけでお茶をするのは寂しいし、話し合いもしずらいのでなんとか座ってもらっていた。
「はい。そこに私の友人が勤めているのですが、彼はそこでこの国の歴史の研究をしているのです。研究柄、民族の言い伝えや、各地域に残る逸話を取り扱っているのでもしかしたらなにか知っているかもしれません」
どうにかして呪いへの手掛かりが掴めないかと話していたとき、彼はふとこんな提案をしてきた。確かに、王立研究所はこの国でも有数の学者たちが集まり、研究を重ねる知の宝庫だ。何か情報が掴める可能性は高い。しかし、万が一この情報が他に漏れた時のことを考えると安易に頷くことができなかった。
「そのご友人は信用できるのですか?」
私が慎重にそう尋ねるとミカエルはしっかりと頷いた。
「はい。色々と変わっているところはありますが、口は堅い奴です。……実は昔からアウレイリア様に研究対象として非常に興味を持っているようで、いつも会うたびに貴方に会わせてほしいと頼んでくるので今までは軽くあしらっていたのですが、案外これが利用できるかもしれません」
「…なるほど、それを口実にこちらに呼び出すのですね」
「はい。自分の研究のためには苦労を惜しまないタイプなので、きっとアウレイリア様が研究に協力してくださるのなら、こちらにも協力を惜しまないと思います」
確かに、それなら交換条件として対等な取引ができそうだが、私の研究とは一体何だろうか。もし、それが人体実験とか人体解剖とかなら流石にお断りしたい。
「…あの、私の研究とは一体どういうものなのでしょうか?まさか、人体実験とかじゃありませんよね?嫌ですよ、私。解剖されるのは」
私がそう言うとミカエルは驚いたように目を見開いた。今まで気付かなかったが、意外とミカエルは表情が豊かだ。あまり大きな変化ではないので、注意していないと分かりづらいが、ポーカーフェイスに見えて、案外ちゃんと反応している。
「まさか。…流石にそこまでではないでしょう」
「何ですか、その間…。まぁ、とりあえず一度会ってみるのはいいかもしれませんね。何かヒントが得られるかもしれませんし。協力関係を結ぶかどうかは話してみてから決めても問題ないでしょう」
私がお茶を飲みながらそう言うと、ミカエルも同意するように頷いた。そして、流石に喉が渇いたのかようやく目の前のお茶に口をつけた。
「…温かい。…アウレイリア様、もしかして保温魔法かけましたか?」
お茶を飲んで一瞬動きを止めた後、そう尋ねてくる彼に私は肯定の意を示す。
「ええ。そう言えば、ミカエルは知らないのよね。実は私、魔力持ちなのよ。正直、これがばれると色々と面倒ごとが増えるから公にはしていないの。知っているのは私が幼いころ魔力を暴発させて偶々居合わせた待女一人だけ。これは彼女からの提案なの」
「…そうだったのですね。それは賢明なご判断です。確かに、魔力のことが知れ渡れば、継承順位に大きく関わりますし、アウレイリア様のお命が狙われかねません。これからも、伏せていた方が良いでしょうね」
机に置かれた紅茶を見つめながらそう述べる彼に、私も深く頷く。
「そうね。権力になど興味はないもの。私は呪いを解いて、民の生活を支えながら平凡に暮らせればそれでいいわ。ただえさえ、厄介ごとで頭を悩ませているというのに政権争いにまで巻き込まれるなんてごめんよ…」
そう言いながら私はほぅっと息をついた。そう、実はこの世界には魔法が存在する。だが、全員がこれを使えるわけではなく、寧ろ魔法が使える人の方が少ない。基本的に魔力持ちは、魔力持ち同士の結婚から生まれるが、必ずしも継承されるというわけではないし、ごくまれにそうでない者たちの間から生まれることもある。
基本的に魔力持ちは重宝され、いい職を手に入れられるので出世する者が多く大体が貴族だ。そして、この魔力持ちは王族の王位継承でもそれが優先される。今のところ、王の子どもの中で魔力を持っているのは私だけだ。だが、私が生まれる前に王太子は王妃の息子である第一王子に決まっていたし、側室の娘で、しかも第三王女の私がそこに入るのは外聞が悪い。大体、そんなことになれば王位継承者争いで宮廷は血の海になるだろう。そんなのは嫌なので私は魔力持ちであることを隠して生活していた。
「そう言えば、ミカエル。貴方も魔力持ちなのよね。今、こうやって防音魔法張ってくれてるの貴方でしょう?」
私のセリフにミカエルは目を丸くしてこちらを見た。
「気づいていらっしゃたのですね…。はい。誰かに聞かれるとまずいですから。念のためです」
「ありがとう。助かるわ」
いえと私の言葉に謙遜の意を示したミカエルは、ふと何かを思いついたようで私の名を呼んだ。
「…もしかして、あの呪いの言葉の意味とは、貴方のその魔力を暴発させることでこの国の政権争いを引き起こし、宮廷を血の海にするということなのでしょうか」
彼の言葉に私はすこし悩んだ後、口を開いた。
「私もその可能性は考えた。でも、それだと成人まで待つ必要がないと思うのよね。基本的に魔力持ちの力が大成するのは成人してからだから、その言葉の通り、成長したその力で国を滅ぼさせるつもりなんじゃないかしら。…正直、それくらいの力は私の中に眠ってると思う」
「そんなにですか」
「ええ。実は呪いをかけられる前、文献を参考に誰もいないところで魔法の練習をしていた時期があったの。その時点で上級魔法を使えるほど実力があったわ。最近はやってないからわからないけれど、当時よりかなり魔力量は増えたんじゃないかしら」
私の言葉にミカエルは絶句した。そして、しばらく何かを考えるように黙り込む。私はそっとしておこうと、ただ静かにお茶を飲んだ。
「アウレイリア様」
「ええ、何?」
「とりあえず、もうお一人で練習をなさるのはやめてくださいね。当時は護衛がおりませんでしたので仕方がなかったかもしれませんが、今は私がおりますので。既にこうして魔力の件は知っているわけですし。隠す必要はないのですから」
え、気になったのってそこ?魔力量のほうじゃなくて?
予想外のミカエルの反応に私はすこし戸惑いながらも慌てて言葉を返した。
「ええ。今はミカエルがいるもの。そんなことはしないわ。今のところ、練習の予定はないけれど必要な時は貴方に護衛をお願いするわね」
私がそう言うと彼は満足そうに頷いた。流石ミカエル。護衛騎士の鏡である。