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白百合姫は毒に染まる  作者: 嘉ノ海祈(旧 九条聖羅)
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護衛騎士ミカエルⅡ

 私は絶望した。このままではこの手でこの国を滅ぼしてしまう。それだけは嫌だった。始めはただ呪われているという事実が怖くて、ただそれから解き放たれたいというだけだった。でも、民と触れ合い、生活を改善する手助けをしているうちに、彼らを愛おしいと思うようになり、彼らを守りたいと思うようになったのだ。


 本当はせめて成人までは彼らに命を捧げ、彼らのために生きたかった。成人ぎりぎりまで彼らを助け、十八歳の誕生日を迎える前に死のうと思っていたのだ。だが、これ以上はもう無理だと思った。これ以上彼らと関わっていては、未練が残り死ぬことができないと思った。彼らとの情が強くなりすぎて、自ら命を絶つことができなくなると思った。


 私は引き出しから短剣を取り出した。そして、それを手に持ったまま窓際に行きカーテンを開けた。人々が寝静る真夜中。明かりのついてない部屋の中からは窓の外に広がる城下の景色がよく見えた。月明りだけがこの部屋を照らした。いつも側にいる待女もこの時間だけはいない。部屋には私一人。絶好のチャンスだった。


 最後に窓の外の景色を眺めながら、今までの出来事を思い出す。自然と涙が目から零れ落ちた。


 唇を思いっきり噛みしめ、短剣を胸の前あたりに構え、瞳を閉じ、全身に力を入れて思いっきり振り下ろす。



 しかし、それは途中で止められた。


 

 驚いて目を開けるとそこには左手で短剣を受け止めるミカエルの姿があった。素手で刃先を握っている彼の左手からは血が滴り落ちている。あまりの衝撃に私は手を緩めた。その隙にミカエルは私から短剣を抜き取り、遠くに放り投げ、私を床に押し倒し拘束した。


「…何をしている」


 それは恐ろしく低い声だった。思わぬ事態に驚き、呆然と彼をみる私に彼はぞっとするほど鋭い視線を送った。いつもより何倍もの力が込められた彼の青紫色の瞳からはとてつもない怒りが伝わってくる。


「ミ、ミカエル…どうして…」


 どうして彼がここにいるのか。なぜ彼が私を止めるのか。彼がどうしてここまで怒っているのか。私は全くわからなかった。あまりのことに脳内の処理が追い付かず、私は彼に床に拘束されたまま声にならない声をあげる。


「…何故こんなことをしようとした」


「こんな事って…」


 私の言葉にミカエルはギュッと私の手を握る力を強め、目を見開た。


「なぜ、死のうとした!」


「っ…!」


 初めて聞く彼の怒鳴り声。いつもは取り乱すことも感情を表に出すことのない彼が、こんなに苦しそうな、悔しそうな表情をするのは初めてだった。私は思わずその光景に息をのむ。


「貴方が死ねば、多くの者が悲しむ!国王陛下はもちろん、亡きお母上も、あの待女達も。それに貴方が大切にしてきた民たちもだ!」


「…っ…!」


 ふと涙が瞳から零れ落ちる。止めようと思っても留める術がなかった。ミカエルはそんな私を見て、拘束する手の力を緩めた。そして、右手で私の身体を引き起こし私を抱きしめた。私は顔を見られたくなくて彼の胸元に顔を鎮める。彼は私の背中を回した右手でゆっくりと優しくたたきながら、慰めてくれる。


「…すみません。取り乱しました。無礼をお許しください」


 私は彼の言葉に静かに頷く。彼はそれを確認すると更に言葉を続けた。


「…悲しむのは彼らだけではありません。私もです」


「ミカエル…も…?」


 その言葉に私は衝撃を受けた。彼は私に興味を持たないと思っていた。ただ、命令に従い私の護衛についているだけなのかと思っていた。それくらい私は彼と話すことがなかったし、彼は表情に感情を表すことがなかった。


「ええ。…確かに始めは任務として貴方の護衛をしているだけでした。ですが、今は違います。私は自らの意思で貴方の護衛をしているのです」


「え…」


 それは知らなかった。てっきり命令に従っているだけだと思っていた。


「小さな体で必死に民のために行動されるアウレイリア様のお姿に私は心を打たれました。いつもお側でそれを見守っているうちに私は貴方に惹かれていったのです」


「っ…!」


 違う。ミカエルは勘違いをしている。あれは私のためにやったことだ。民のためとかそんな崇高なものじゃなくて、ただ呪いが解きたいがために行ったことだ。そんな綺麗なものじゃない。


「ミカエル、違う、それは…」


「私は、そんな貴方だからこそお守りしたいと思った。必死に民に手を差し伸べ続ける貴方を誰よりも近くで見守り、支えたいと思いました。…だから、貴方が亡くなってしまうのは私も悲しいです。それも、こんな風に亡くなられようとするなんて…」


 そう言って片手で私を抱きしめるミカエルの手は震えていた。心なしか声も少し震えている。私はミカエルがここまで自分を大切に思っていてくれたのだと知り、申し訳なく思った。


「あのね、ミカエル、違うの…。私はそんな綺麗な感情で動いていたわけじゃない。民の生活を支える支援をしたのは民のためじゃない。自分のためなの」


 私の言葉を聞いたミカエルは静かに首を横に振った。


「例え、ご自分のためになさったことだとしても、アウレイリア様が民のために行動をなさったことは事実です。ご自分のためだろうが何だろうが、私はその行動をなさった貴方を尊敬しています」


「ミカエル…」


 私は彼を誤解していたのだと理解した。思い返してみれば、ミカエルは常に私の側にいて危険から身を守ってくれていた。それに、言葉数は少ないが私が困っていると静かに助けてくれたのはいつもミカエルだ。


 …ああ、私はなんてことをしてしまったんだろう


 自分をここまで慕ってくれていた彼にこんなこんな思いをさせるなんて。私は目が覚まさせられるような思いになった。敬愛する主が自分で命を絶とうとしている姿を見た時、彼の心情はいかほどであったろうか。きっと真面目な彼のことだ。己を責めるに違いない。主がこんな行動をしたのは、自分が主の心を救えなかったからだとそう思うのだろう。


 私は自分のことばかりで、一番身近な相手にきちんと向き合えていなかったことを反省した。そうだ、私が死ねば彼はどうなる。例え、私が自ら望んで命を絶ったとしても彼は責任を問われる。自分のせいで彼はありもしない罪をきせられるのだ。


 私はキュッと彼の服を握った。留めなく溢れてくる涙と自然と出てきそうになる嗚咽を必死に堪えながら、声を絞り出して言った。


「ごめん…なさい…」


 そこでまで言って私は何も言えなくなった。涙が堰をきったように流れ出し、ただ嗚咽を堪えるのに必死だった。そんな私をミカエルは静かに受け入れてくれた。泣いている私をあやすように、優しく背中をなでてくれるその温かい右手は、大丈夫だと言ってくれてるような気がした。

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