毒に染められた白百合姫
今思えば、なぜあの時あんな行動をしたのか分からない。
あれは私がまだ五歳となった時のこと。私はいつものように庭園で遊んでいた。その頃はまだ護衛騎士はついていなくて、いつも側にいるのは二人の待女だけだった。
その日は片方の待女がたまたまお休みで、私はもう一人の待女とともに庭園に来ていた。しばらくして、一人の騎士がその待女のところに来て、なにやら話をしていた。真剣な顔をしているのできっと重要な話でもしているのだろう。私はその様子を横目に見ながら、一人で庭園の奥にやってきた。
ふと、目の前を一匹の蝶が横切った。その蝶はなんだか不思議な輝きを放っていて、私は不思議とその蝶を目で追いかけていた。しばらく、目の前をふわふわと漂っていた蝶が再びどこかに向かって飛び始めると、私は無意識のうちにそれを追いかけていた。
無我夢中で蝶を追いかけ続けた私はいつの間にか知らないところに来ていた。辺りは深い木々で生い茂り、陽の光が入らず薄暗い。心なしか突然なにか出てきそうで不気味だった。
庭園にこんなところに繋がる道があったなんて知らなかった…。
私は少し警戒しながらも、恐る恐るその森を歩きだした。昔から好奇心旺盛で、気になることがあるとついそちらに興味を向けてしまうことが多々あった。この時の私も、知らないところに来て怖いという感情より、未知の場所に来て好奇心をそそられる感情のほうが強かったのだ。
しばらく森を歩き続けると、突然開けた場所に出た。
「きれい…」
私は目の前の光景に息をのんだ。視界一杯に広がる真っ白な花畑。陽の光を反射して輝きながら、そよ風に揺られるその光景はとても幻想的で、どこかのおとぎ話に出てきそうだった。
不思議なのはこれだけの花が咲いていれば虫の一匹や二匹いそうなものなのに、生き物は全くいなかった。今ならその理由が分かる。あれは庭園にある花と同じ、毒の花だからだ。毒があるから近づく虫はいない。だが、当時の私はそんなことは知らなかった。それが、余計に不思議で私は気になってその花畑に足を踏み入れた。
しばらく歩いて、私は花畑の中央にきた。そして、あるものを見つける。それは石碑のようなものだった。あまり大きくない、当時の私の背丈と同じくらいの高さの古びた石碑。何かの文字が彫ってあるがかなり古い時代のものなのか全く読めない。私は不思議に思ってその石碑に手を添えた。
「…っ!」
その時、一瞬にして辺りが光に包まれた。突如、強烈な頭痛に襲われ私は膝から崩れ落ちる。
「汝 選ばれし者 我が恨み 晴らし給え」
どこからともなくねっとりとした不気味な女の人の声が脳内に響いてくる。私は痛みに苦しみ悶えながらただそれを聞くしかなかった。
「今この時より 我は其方に呪いをかけた 其方は成人し時 我を裏切りしこの国を その手で滅ぼすのだ これを裏切ることはできない その力を持って この国を滅ぼし 復讐せよ」
ふと、頭痛がおさまり私は苦しみから解放された。一体何が起きたのかも分からず困惑していると、突然胸のあたりがズキッと痛んだ。私は何事かと思い、襟元を広げ体を確認した。
「…」
胸元を見てあまりの衝撃に言葉が出なかった。ちょうど心臓の上あたりのところに赤い刻印みたいなものが刻まれていたからだ。花をモチーフにしたような模様だがどこが不気味で禍々しかった。
さっきの言葉は本当だったんだ。私は呪われた。王女である私が、成人を迎えた時、自らの手でこの国を滅ぼす……
そこまで理解してぞっとした。とんでもない過ちを犯したのだと理解したところで、私の意識はブラックアウトした。