綺麗な花には毒がある
色とりどりの花々と緑照り映える木々によって造形された美しい庭園。それはもはや芸術であった。
花壇に植えられた色も品種も異なる花々。無造作にに植えられたかのように見えるそれは、見事に調和し美しい輝きを放っている。
広大な敷地を区切るように植えられた低木は、きっちりと形が整えられ、清涼感あふれる姿を保っていた。
低木と花壇の間には浅く水が張られ、庭園を四角く縁取っていた。太陽の光をきらきらと反射させる水面はこの庭園の幻想的な雰囲気をより一層深める。
中央には真っ白な石造り噴水があり、絶えず重力に逆らい水が天に向かって放たれている。重力に引っ張っられ再び落ちてきた水は、大小異なる薄い円盤が重ねられた受け皿に受け止められ、水溜へと流れ、再び打ち上げられていた。
そんな庭園を歩く少女が一人。しなやかに伸ばされた真っ白な髪は、陽の光を反射して美しい輝きを放ちながら、優しいそよ風に煽られ、さらさらとたなびいている。澄んだ青い瞳は宝石のような輝きを持っていて、しかし、どこか何かを憂うような影がちらついていた。
彼女の名は、アウレイリア・シェードバルト。ここ、シェードバルト王国の王女であった。この国で銀髪というのはとても珍しく、さらには容姿の美しさもあって国内ではとても有名で、人々は彼女のことを「宮廷の白百合姫」と称していた。
「綺麗な花…」
ふと、彼女はとある花壇の前で足を止めた。彼女の視線の先には、真っ白な一輪咲きの花があった。二股に分かれた葉の間から、真っすぐと伸びた茎、その頂点に一輪の花が立派に咲いている。真っ白な花弁は太陽の光を反射して輝いていた。
「それに触れられてはなりません」
花を見つめている彼女に、背後から低い声がかかった。振り返るとそこには先ほどから彼女の護衛として、背後についてきていた男の姿があった。
艶のある黒い髪の毛に、知性を感じさせる青紫色の瞳。きりっとした瞳はとても力強く、どこか近寄り難いオーラを放っている。しかし、鼻筋の通った端麗な顔立ちは女を引き付ける魅力があり、実は待女の間でひそかに人気がある。
この男の名は、ミカエル・クレメンディス。王女アウレイリアの専属護衛であり、この国でも有数の実力を持つ騎士である。そんな彼は今日も護衛服を身にまとい彼女の護衛をしていたのだった。
「その花はとても綺麗な花を咲かせることで有名なので、園芸用の植物としてとても人気がありますが、全草に毒があります。素手で触られるのは危険です」
真剣な眼差しでそう進言する彼に、アウレイリアは静かに頷き、再び先ほどの花に視線を戻した。
「ええ。聞いたことがあります。手軽に入手でき、かつ強力な毒を持つことから戦争でも重宝されていたと」
アウレイリアのその言葉を聞いたミカエルは、一瞬驚いた顔をしたがすぐに表情を戻し、深く頷いた。
「流石アウレイリア様ですね。まさかそこまでご存じでいらっしゃるとは…。そうです。この毒はかなり強力でわずかな量でも命の危険があります。そのため、庭師も厳重な管理を行っているようです。王宮ではこの庭園のみに植えられています。ここなら、王族以外は立ち入れませんから」
ミカエルの話を聞いて、アウレイリアはわずかに視線を下におろしながらつぶやいた。
「それほど危険にも関わらず人々が育てたくなるほど、この花はとても魅力的なのね…」
「そうですね。これを育てるには資格が必要ですが、今や資格保有者を雇ってでも、貴族が庭にこれを植えさせたがるくらいには人気があります。美しいのに毒があるという意外性がよけいに人々を魅了するのでしょうね」
「そうね。何事も表裏一体だもの…」
アウレイリアのつぶやきをひろったミカエルは同意するように頷いた。基本的に彼はポーカーフェイスだ。あまり感情を顔に出さない。一方、アウレイリアはその花を見つめながらどこか憂いのある顔をしていた。背後にいるミカエルはそれに気づいていない。もちろん、それが分かっているから彼女も自然と表情にでているだけなのだが。
彼女の青い瞳はただ真っすぐにその花を見つめている。その瞳はその花に何かを重ねて見ているようだった。しばらくして、彼女はそっと花から視線を逸らし、静かに下を向いた。そして、わずかに力を入れ唇をかみしめる。
しばらくの沈黙の後、彼女は静かにこうつぶやいた。
「そう、綺麗な花には毒がある…」
彼女のそのつぶやきは誰にも拾われることなく突然吹いた風によってかき消されたのだった。