第05話 大馬鹿野郎共
今ここに相対すは、凰染と絶鹵。
だがその雰囲気は闘争の直前にも関わらず、普段を遥かに凌駕する冷静なものであった。
「予想以上だ……あの短時間で。
ここまで完璧に仕上げて来てくれるとはッ!」
凰染の仕上がりに敬意を示す絶鹵。
試合開始前のウォーミングアップで既にそう、両者の闘気は満ち満ちに満ちていた!
「互いにな……テメェもまぁ、念入りに仕上げてくれたこった」
軽蔑どころか、この二人。
先程までの敵対心が嘘のように、『尊重』している、互いの意思を尊重し合っている!
だがそれも最早ここまで!
ここからは、決して容赦の無い殺し合いを始めるのだから。
言葉に、態度に……命の尊厳はない!
始まりは、凰染!
「武器は?抜けよ、ええ!
見ぇねぇぞ、テメェの神遺武装が!
手抜きなんぞしてんじゃあねぇ!!」
「馬鹿が!そういうことだよ!!俺のベストがこれだぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「ほざいたな……」
初手から、紛れまなく極限!
凰染の筋肉細胞はその一片に至るまで、先程までのウォーミングアップで完膚なきまでに破壊し尽くされていた!
それは全て、この時の為に……今!己が刃に捧げる、供物として。
「輪廻無双刃猛烈!心中謳歌ッ!!」
凰染の二刀!その両方に収束された斬撃エネルギーが、絶大な威力と巨大さを持って顕現したッ!
「……最初っから飛ばし過ぎだろって」
「先手、必勝!」
茫然の絶鹵、気にもせず!そのまま周囲を、なぎ払う。
<<<ヴァグオォン!!!>>>
「うっわ、こっちまでヒュン来た。
まさかたったの1発でこの緊張感を吹っ飛ばすとは。
やりますねー、アンタの彼氏」
「彼氏じゃねぇし、つか緊張もクソも。
アイツ等が勝手に観客怯えさせてただけだし。
それも全部、さっきので吹っ飛ばしちゃったし」
先の一撃、凰染の斬撃が絶鹵に直撃した後に。
そのまま勢いを損なうことなく、その背後の観客席と会場を隔てる防護シールドへと直撃。
そして防護壁の一部が崩壊し、多数の観客が犠牲になりましたとさ。
「てかさ光、アンタの彼氏こそさー。
アレ食らっちゃって、死んでんじゃないの?」
「確かに見事、直撃しちゃったわねー。
いーやまず助からないでしょうが……普通なら」
『普通なら』、随分思わせぶりなセリフね。
何かある、そう捉えていいんでしょうけど。
まぁ、あの一撃だけで絶鹵が死んでちゃあ。
なにも面白くないじゃない!
立ち上がる砂煙の中。
一度は崩れた防護壁が、瞬時に復旧を始めたその時に。
私に見えたのは、突っ立ったままの凰染だけだった。
だけどその凰染は、私の見ていない砂煙の先を……ずっと、ずっと。
何かを待つように、ただただ見つめて、笑っていた!
「なんだよその姿ぁ……体が、ウヨウヨ漂って。
テメェ、人間じゃねぇな」
「人間だよ。まぁ、ちと神格化されちまってるが。
こうなってもまだ、俺は人間さ」
立ち上がるのは、砂煙だけではない。
そこに紛れて、暗い……紫の硝煙が立ち上がる。
そして、絶鹵もまた立ち上がる!
「属性系の能力って言や、分かるよな?
絶対数こそ少ねぇんで初めて合うかも知れねぇが、この通り性能は本物だぜ」
神遺武装の中でも、その器とする物によって種類が異なる。
凰染の持つ輪廻無双刃のように、人以外の物体を器として、能力を与えた神遺武装……『武装』
そしてその器を人間とし、武装以上の身体負荷というリスクの代わりにその身を……より純度の高い物質、属性へと変化させる『属性』の能力者。
属性は直接能力と一体化するその特性から、あまりの身体的負荷に耐えられない人間が続出。
その研究自体がもはや、存続不可能と言われていた。
だけどもしその力を、完璧に扱えたのであれば。
その身体は、人の構造を超えた者となる……即ち。
不死身の肉体になると。
「驚いたねぇ、本当にあったのか……属性系能力。
あれば面白いなんて考えちゃいたが、今ので死なねぇんだ」
「それでも一瞬で身体全部持ってがれるなんてこと、今まで経験したことがなかったからよ、元に戻れただけでも感激だぜ」
<<ザシュッ!!>>
話の最中、再び絶鹵の息の根を止めようと、絶鹵の首を撥ねた凰染。
それでもやはり、絶鹵が死ぬことはなく、紫の瘴気と共に体が再生していくのであった。
「……斬りかかるかぁ、普通?」
首と胴体が離れながらも、余裕でおしゃべりをする絶鹵。
「当然勝ちに来たからな、この勝負」
「容赦ねぇ……なら、容赦しねぇ」
<<ズシャルッ>>
切り飛ばした絶鹵の首とお喋りしていた凰染。
言わずもがな、絶鹵の胴体の方には意識が向いておらず。
だがその胴体は首と離れているにも関わらず自立して、一人でに凰染の腹部を貫いた。
「アパッ……あれ、やっぱ動けんの?」
「そら生きてますから、ほらヨイショと」
<ブシィ>
離れ離れになっていた、絶鹵の首と胴体がしっかりと吸着、元に戻った。
そしてその間、貫いた凰染の腹部から腕を抜くことはない!
そのまま凰染から一切の自由を奪うために!!
「どうやらオメェは、属性系じゃねぇようだな。
そのまんまだ、人そのものを貫いた感覚……
人ならば、死んだな凰染!」
<<グシャリンッ!!>>
凰染の体を内部から、絶鹵の作り出した『死』が貫く!
即ち、凰染の肉体は破裂した!!
「俺の属性は死!死の能力だ!
人の死を操れるって言えばヨォ〜、どう考えても最強じゃねぇか?それが俺の力なのさ!!」
ぶつ切りにされた凰染の体が、ボタボタと落ちていく中。
絶鹵は絶対の……凰染の死に、勝利を確信する!
よって、その顔に笑みを浮かべていた!
「痛ぇなぁ……人を、貫くだけじゃなくてオメェ。
よくもまぁぶった斬ってくれたじゃねーか」
「!?、馬鹿なッ!!」
だが凰染は生きている、当然ッ!
体をぶった斬られようとも、この男は何度でも蘇る!
相手が勝利を確信したその瞬間に、最大限の絶望を与えるために!!
「くっ付いた、だと……
アレだけ離れた、身体中の全部位が!
属性でもないのに!?」
「俺も不死身なんだぜぇ、この能力で!
でもそー考えるとよぉ、不毛なんだよな?
俺達の斬り合いって、勝負つかねぇジャン」
「多少驚きはしたが、それだな!
テメェの不死性は、その武器の能力だな!
ならば、そう焦ることもない……それ込みで、制限もあるだろうしな!」
絶鹵の言う通り、これほど強大な能力ならば制約の一つもあって然るべきだ。
当然、凰染の能力は許容限界を踏まえて、連続でダメージを受け続けられるのは、10秒という制約を受けている。
その後は一旦、還元した分の力を出し切らない限り、再度ダメージの吸収が行われないという。
そして絶鹵の能力もまた、許容量という上限がある!
即ち、一見不毛とも感じ取れるこの戦いは。
どちらかがその『火力』でもって、押し切ることが可能なのだ!!
「やってやるぜ絶鹵!今度こそテメェの首、俺が取ってやる!」
「やってみろ凰染!その前に俺がテメェの脳髄、抉り出す!」
凰染、絶鹵……その距離、実に1m弱!!
この超至近距離で、二人の本気が今……ぶつかる。
「輪廻無双刃絶叫……」
凰染はその刃に……
「死纏滅殺拳……」
絶鹵はその拳に、全身全霊を掛けて。一瞬の静寂を待って、放ち合うッ!!
「激烈!破殺蓮華ッッ!!」
「餓狼勢牙ッッ!!」
<<<バググオオオオオオラアアアアア!!!!!>>>
互いの放った絶大なエネルギーが光となって会場を包み込む。
二人の本気を込めた一撃の行方は、その光が晴れなければわからない。
絶句!それを見ていた観客は皆、言葉を発せずにいた!
開始直後、凰染と絶鹵から発せられた威圧によって、観客の殆どは気絶していた。
だがその威圧が、二人の戦闘で消し飛ばされた今でも、この二人の戦いに呆気を取られ観客達は動けずにいた!
「治った、防護壁治った!?
はい皆さん急いでぇ!逃げてぇ!!
なんだよ防護壁壊すって、そんなのありぃ!?
てかそーゆー奴らでした、すいません!!」
司会であり、今回の戦いをセッティングした当の本人鬼城刹那その人も大いに焦った様子。
それでも、どうにかこうにか観客達へ避難のナレーションを促したのであった。
「!?、そうだ皆、逃げろォ!!」
「やってられっかこんなもん!」
「てかアレ、さっきの場外攻撃に巻き込まれてあっちの観客、全員ぶっ倒れてるじゃねぇか!」
「人なんか気にするなぁ!
ともかく自分だけが助かることを考えろぉ!」
パニックオブパニック!
この会場に詰め込まれた、数千人が一斉に逃げ出すのだ。無論、何事もなく済むはずもない!
「う〜わ、大混雑。
こーゆーのって、下手したら死人も出るんじゃなかったっけ」
「その元凶、アンタの彼氏ですよ〜って。
あ、私のも居たわ」
「そりゃだって私達」
「人死にが出るとか、そんなの覚悟の上だもんね」
この大災害を引き起こした本人共が本人共なら、その女も大概頭がイカれているようだ。
周りの人間は全て、我が先よと逃げ出しているのに。
この二人だけは、一歩たりとも動かずに居た。
「がぁ!!もう一丁……猛烈!心中謳歌ッ!!」
「効く、かよぉぉぉぉぉ!!!!!」
<<バグオォンッ!!>>
光は晴れた。
そこでは未だ、凰染絶鹵の死闘が続いていた!
上がれ!上がれ!上がれぇぇぇぇぇ!!!!
俺のテンションよ、絶えることなくコイツへの殺意を滾らせろぉ!!!
凰染は感情を昂ぶらせる、今持てる力の全てを出し切る為に!
肉を裂かれ、骨を絶立たれようとも動き続ける血肉!!
その悉くを、体の全身で感じ取る……そして、己が昂ぶるがまま全てを吐き出す!
「全身全霊ッッ!!命程度、勝つためならばッ!
幾らでも捨ててやらァァァァァァァァァァ!!!!!!」
「だったら俺の勝利の為に、命散らせろやぁ!!!」
その身に受けるッ!絶鹵の拳打を!決して凰染は避けようとしない。
絶鹵の全てを受けきり、勝利する為にッ!
「圧倒ッッ!!」
<ガキィ>
互いに不死身!
死にはしないとはいえ、単発火力なら僅かに凰染が上回っている!
反撃の順番は回って来た、その勢いで……凰染は畳み掛ける!
「勝利ッ!精進ッ!コレが俺の望んだ最っ高の殺し合いだぁぁぁぁぁぁ!!!!」
連打ッ!連打ッ!連打ッ!無意味とは言わせねぇ、この攻撃がぁ!!
着実にぃ、ガッツリとッ!テメェの余命を、奪い尽くす!!
それは着実に削り取っていた……凰染の10秒と言う猶予も、絶鹵の許容量も。
その時は、直ぐに来る。そのたった一瞬だけだが、この二人の喧嘩に決着をつけられる瞬間が!
「限界がァ、近づいてやがる!
俺も……お前もぉ!!それでも……凰染!」
「絶鹵ォ!!」
「止まって、くれるなよォォォォォォォォ!!!!」
「止まるかァァァァァァァァ!!!!!」
<<ガキィィン!!>>
振り解かれた。
凰染の輪廻無双刃は、絶鹵の最後の一撃によって。
これで互いに残るは、素手一本!
<<バキィ!!>>
だがそれでも止まらないッ!!
二人は、その武器たる能力を失っても。
己の拳のみで、殺し合いを続ける!!
「どうした絶鹵……当たったぞ攻撃がァ!
ガス欠かゴラァァァ!!!」
<<バグォン!!>>
「るせぇな……テメェも、もうそのまま食らうしかねぇだろ!」
「……全ッ然、効きやしねぇなぁ!!」
殴る、蹴る、締めるッ!!
その体技の全てを尽くしてッ、二人は……最後まで戦い続ける。
そして最早、この二人の勝負を見ているのは。
「……遂に私達しかいなくなっちゃったわね」
「ええ」
光と琴音、この二人しかいない。
「それもそーか、結構珍しいわよ?
あんだけ絶鹵が張り切っちゃうだなんて……
ここまでの暴れっぷりはそーないわ」
「そんだけ凰染が強かったってことでしょ。
そりゃ当然、アイツに負けられてたまるかって」
笑ってる。
今の私の顔……どうしようもないくらいに。
何が可笑しいんだか、私の頭が可笑しくもなっちゃったんだか。
アイツを見てると……どうしようもなく、心が躍る。
多分、今が人生で一番楽しい。
本当、どうしようもなく……ねぇ。
「でも、もう決着がついちゃうみたいよ。
……残念なことに、この時間も終わりね」
光にも、それが感じられてる。
その時間が終わってしまうことを、歯痒そうに見送るくらいにはね。
「……その最後を、見届けましょう。
私達だけで」
アイツ等は……そのどちらかが力尽きるまで、決して喧嘩を辞めはしない。
喩えそれで本当に命を落とそうとも……
まったく……本物の大馬鹿野郎共なんだから、アイツは。
<<バギィ!!>>
決着はついた。
酷く鈍い音……骨が軋む音が聞こえると同時に。
最後に二人が互いの顔を殴りあって、先に倒れたほうが……負け。
そしてそれは……
「凰……染、やっぱ悪くねぇな……喧嘩って奴は」
「ああ……久しぶりだぜ、こーゆー殴り合いの大喧嘩」
意識すら飛びかけている、この双方。
立っているだけで奇跡とも言えるその壊れた体で、ボロボロの面で……二人は。
「……悔しいねぇ、でも、なんかスッキリしてる……ってのは」
「勝ち負け関係なしに、テメェは強かったぜ。
絶鹵……テメェは、誰よりも……」
倒壊した天井から、空を見上げた……絶鹵。
「気持ちが良い……よなぁ……」
<バタン>
先に倒れたのは……絶鹵。
負けたのに、絶鹵が……負けたって言うのに。
どうしても光は……笑ってる。
そして、私も。
「やっと、終わったわね」
防護壁など……とうに崩れ落ち、会場自体も原型などとどめてはいない。
観客席からも、会場の中には行きやすくなっていた。
だからこそ私達は、迷いもなくそこへ行けたんだと思う。
「ひか……り」
「喋んない。傷口が広がるよ?」
そこに着くと直ぐ光は、倒れ込んだ絶鹵の首を優しく持ち上げて
ゆっくりと、自分の膝の上においた。よーするに膝枕ね。
「ああん?珍しく優しいじゃねぇか……
何年ぶりだぁ、お前に膝枕だなんてされたの」
「いつぶりかしらね、アンタが喧嘩で負けんの」
なんとゆーか、まるで親子ね……あの二人。
満足仕切ったその様子で、とても微笑ましい……
「あの……琴音ちゃぁん、俺も結構限界なんで……ぶっ倒れたら」
「面倒だから自分で歩け」
「うぼぉん」
そして凰染もまた、力尽きてその場に倒れ込みましたとさ。
会場の中では光と琴音のみ、二人の死闘を見守っていた。
だがその外からも、二人を見下ろす眼光があった。
「わ〜強いねぇ、あの二人……」
「当然。私の再押しですから〜」
その一人は、司会をやっていた鬼城刹那。
先程の暴動に紛れて脱出していたかに見えたが、そうではないようだ。
「でもねぇ母さん。
それじゃあつまり、僕達の味方ってことだよね〜?」
「そうよ。だからこそセッティングしたのよ、この喧嘩」
この二人は親子、そうではあるらしいのだが。
その雰囲気はまるで、相容れない。
「ふーん、わざわざねぇ〜
死ぬよ、あの程度じゃ……二人共」
「だったら良いじゃない。
私達の計画は決して邪魔されることはない。
そうでしょ、羅刹?」
次回へ続く。