兄のプライド
ファントの喜びの突進を受けきれずにエレフは吹っ飛んだが、エレフは平然な顔をして戻ってきた。
「兄ちゃん、ごめん、大丈夫?」
「大丈夫に決まってるだろ? 俺を誰だと思ってる、兄ちゃんだぞ。ファントがあんなに力強い突進ができるようになるとは、兄ちゃん感動したぞ!」
「流石兄ちゃん、ぜんぜん平気なんだね!」
「当たり前だ。あんなのただの挨拶だろ? ちょっと踏ん張らずに受け入れたら、どこまでのパワーなのか試したら吹っ飛んだだけだ!」
「やっぱ兄ちゃんはすごいね!」
これが兄ちゃんの業というものなのだろうか、ほんとはかなりきつい一撃だったはずなのに、その様子をおくびにも出さない。するとファントは、喜んで今度は勢いよく飛びつきはしなかったが、鼻でぎゅ~っとした。
「むごご、すごい力だなファント。兄ちゃん感激だ!」
「うん、きっとこれだけじゃないんだよ。もっといろいろ出来るよ!」
「ああ、兄ちゃんも期待してるぞ!」
ぴぴ達はファントの背中に乗って、みんなで2人の家まで進んでいくが、どうにもエレフの様子がおかしい。ファントの背中で内緒話を始める。
『ねえぴぴ、ぷう、我輩の気のせいじゃ無かったら、エレフちょっとふらふら?』
『うん、あのタックルと鼻絞めが相当効いてたみたいだね』
『夜のときと違って、回避動作をぜんぜんとれなかったみたいだからね、しっかりまともに入ってた分あの時より痛かったんじゃないかな?』
『それに、他の象さんを見るまでは気づかなかったけど、エレフって大きさはともかく、肉付きがよくない気がするね。栄養価の高い食べ物をファントにあげて、自分は栄養価の低い草ばっかり食べてたんじゃないかな』
『だね。それに、もしかするとファントが心配で昨日あんまり寝てないのかもだね。昨日より覇気が無いもん。普通なら昨日の会議で2人の食事の件が解決したんだから、うれしくて覇気も出るよね』
その後もファントはうれしそうにどっすんどっすんと、エレフはちょっと疲れたようによたよたと歩いていく。ファントの背中に乗っているぴぴ達からすると結構迷惑だが、元気いっぱいで喜んでるのを邪魔する気もないため、のんびり背中で揺られている。
「あっはっは、いいぞファント! すさまじいゆれだ!」
「そ~れ、もっとゆらしてやる~!」
「あっはっは、いいぞ、その調子だ!」
でも暇が嫌いな妖精イブキは、この状況すらアトラクションがわりに楽しんでいた。
「あ、川だ~!」
ファントはざっぱ~んと喜んで飛び込む。ぴぴとぷうは濡れたくないので素早く脱出だ。そしてハピも、濡れるとぴぴとぷうが近寄ってくれないので一緒に脱出だ。少し遅れてイブキも脱出していた。
どうやらここは、昨日エレフと出合った場所みたいだ。この川沿いを歩いていくと2人の家に到着する。ファントは川の中に入ると、鼻で思いっきり水を吸い込んで、ぶっしゅ~っとそこら辺に水を撒き散らす。辺り一帯びしょ濡れになったが、ファントは実に楽しそうだ。
「なるほど、これを恐れてお前ら脱出したのか、危なかったぜ。あのまま乗ってたら俺もびしょ濡れだったぜ」
イブキも流石にびしょ濡れになりたくは無かったようだ。だが、そんなイブキの水浴びに、1人うれしそうに巻き込まれている象がいた。
「ファント、なかなか豪快な水撒きだな! 兄ちゃん感激だぞ!」
「ほんと? よ~っし、兄ちゃ~ん、食らえ~!」
そしてファントはもう1度思いっきり水を吸い込むと、勢いよくエレフ目掛けてぶっ放した。
「なっ、ちょっ、まっ!」
そしてエレフはファントからの水魔法交じりの放水を盛大に食らうと、またしても吹き飛んだ。
「ねえ、ぴぴ、今のって」
「うん、悪意の類はまったくないんだろうけど、鼻から吸い込んだ水の放水だけじゃなくて、水属性の攻撃魔法もまざってたね」
「だよね。草食動物達は攻撃魔法苦手って聞いてたけど、結構強めだったね」
「だね。ちゃんとした戦闘訓練をすれば、いいかんじになるかもね」
「なら、バトル大会に招待するか? いい刺激になると思わないか?」
「うん、面白そうだし、いいんじゃないかな? うめにも相談しないとだね」
「おう、戻ったら梅様に聞いてみるとするかな」
その後は川沿いを歩いて二人の家まで歩いていく。ぴぴ達は流石に背中までびしょ濡れのファントの背中に乗る気はもうしないので、夕焼の背中に乗ることにした。夕焼も牛さんなので、そこそこ背中は大きい。
「ねえ兄ちゃん、兄ちゃんが普段食べてる川沿いの草って、ここの草?」
「ああ、そうだぞ。味はそんなに美味いわけじゃない。まあまあってかんじだな。でも、見ての通り量は多いからな、遠慮なくいつも食ってるぞ」
「僕も食べていいかな?」
「ああ、かまわないぞ」
ファントは鼻を使って器用に草を毟って食べる。だが、その横でエレフはもっと器用に草を食べていた。
「兄ちゃん、なんでそんなに草をいっぱいつかめるの? 僕の鼻のほうが大きいはずなのに、兄ちゃんほどたくさんつかめないよ」
「ああ、これにはコツがあるんだよ」
「教えて教えて!」
「もちろんだ。まず、足から土魔法を地面に流して、地面にある草を集めるんだ」
するとエレフの目の前の地面がもぞもぞと動き出し、草がたくさん集まった。そしてそれを鼻でむんずっと掴むと、口に放り込む。
「おお~、兄ちゃんすごい」
「慣れが必要な技だが、慣れてくると歩きながら周囲の草を集めて、いっぱい食べれるようになるぞ」
エレフは歩きながら、周囲3m幅くらいの草を集めて、もぐもぐしながら歩いていく。
「すごいすごい、流石兄ちゃん。よ~っし、僕もやっちゃうぞ! 草よ集まれ、草よ集まれ、草よ集まれ~!」
ごごご~ん!
ファントの放った土魔法は、周囲の地面を波打たせ。地面ごと草をファントの元へと集めた。そして、大量の土をかぶってファントは小山に埋もれてしまった。
「ファント!?」
エレフが慌てて掘り起こそうとすると、再び土に魔力が流れ始める。そして、ファントが埋まっていた小山が爆発して周囲に土が飛び散った。ぷうは素早く土の壁を作りだしてこれを防御したが、エレフは土に魔力が流れたことに気づかずに至近距離でこの攻撃を食らい、またしても吹き飛んでしまった。
「ぷは~、驚いちゃった。魔法って難しいんだね」
「ふう。よかった、無事だったか」
よろよろとしながらもエレフは起き上がる、表情は弟が無事だったことを心から喜んでいるように見えるが、体のほうは流石に限界だろう。もうふらふらで起き上がっただけで限界に見える。これは仕方ないだろう、ファントがエレフを吹き飛ばすために繰り出した技の数々は、旧王都ではかなり強力な攻撃技のはずだ。むしろ弟への愛情だけで良くぞ受けきれたといえるレベルだ。
「エレフ、昨日ファントが心配であんまり寝てないんでしょ? わたしが運んであげるから、この猫トラックの荷台でのんびり寝てていいよ」
そう言うとぷうは後方が平らなタイプの猫トラックを作り出す。そして土魔法でその辺の草を集めて寝床として下に敷く。
「そうなの? 兄ちゃん?」
「ああ、実はぷうが言うように、ファントのことが心配で、昨日あまり寝て無くてな」
「うん、わかったからゆっくり寝てて。象さんの大風車を見るついでに、ファントにも魔法教えとくから」
「うん、僕なら大丈夫だから、兄ちゃんはしっかり寝てて!」
「ああ、そうさせてもらうぜ。それじゃ、おやすみ」
「うん、おやすみ、兄ちゃん」
流石社交的な猫、ぷうである。本当は眠気なんかよりもファントの攻撃によるダメージでふらふらなのだが、ファントにそのことを一切気づかせずにエレフを救出した。そして、さりげなく回復魔法でエレフのダメージを癒す。そして、ファントに気づかれないように内緒話を始める。
『すまんぷう、助かった。実はもう限界だったんだ』
『気にしないで。それより、ファントにきちんとした魔法の知識を与えないとまずいね。それに、エレフも本来の力を出せてないよね? ファントに栄養価の高いご飯をゆずってたから?』
『・・・・・・あんまり言いたくはなかったが、恩人であるお前らに隠し事をすることも出来ない。率直に言えば、その通りだ。俺も魔力不足でここ数10年、体が徐々に小さくなってきてたんだ。もっとも、本来の力があっても、ファントの攻撃はそこそこ辛いと思う。なにより家の中で使われたら、家が持ちそうに無い』
『そこは任せて。今日中に最低限のことは教えるから。それより、家に着いたら魔力豊富な果物をいっぱい出すから、それ食べて回復してね。エレフなら1人でも問題ないと思うけど、もしものために私達の中から1人エレフについてるね』
『すまん、なにもかも悪いな』
『気にしないで、乗りかかった船っていうやつだからね』
ぴぴ達が猫トラックの運転席へ乗り込み、エレフが荷台に寝転ぶと、一行はエレフとファントのお家目指して進んでいく。




