巨象ファント
着々と会議が進む最中、ハピと一緒に見学しながら、ハピの横でもりもり果物を食べていたファントに異変が起きた。
「けふっ、お腹いっぱいになったからかな、なんか、眠くなっちゃった」
2人の食事の件に関してはもう終わったが、巨大風車の再建とか、会議はまだ続きそうである。
「会議はまだ続きそうだから、ここで寝ちゃえばいいんじゃない? なにかあったら起こしてあげるよ」
「ハピ、ありがと、おやすみ」
そしてファントは横になった。普段エレフにしているみたいに、ハピに寄りかかって。
「みぎゃ!」
そう、ハピに寄りかかってだ。ハピは猫としては破格のボディサイズだ。なにせ普通の猫が3kgくらいしかないところ、まさかの30kgという大型わんこ並みの大きさなのだから。こんな巨猫、猫の国にもそうそういない。ぴぴ達の参加していた猫集会のメンバーでいったら、ハピの次に大きいのは猫将軍の20kgあった。まあ、筋肉もりもり猫であった猫将軍は、筋肉もりもりなだけのことはあり、きゅっと締まった見た目なこともあって、だいぶハピとは見た目の分類が違ったが。
そして、寄りかかりながら寝てしまったファントは、ハピを押しつぶしたことに気づくこともなく寝落ちした。
(重い、重すぎる)
ハピはがんばってファントの下からの脱出を試みる。なにせ象は産まれ立てでさえ100kgくらいは普通にある。ファントは小象ではあるが赤ちゃん象ではないのだ。数トンクラスの重量は余裕であるだろう。しかも、普通の象さんの10倍は食べているため、食べたものだけでも2~3トンはあるはずだ。もしここが魔力のない宇宙だったら、即死案件だ。
(ううう、重すぎる)
幸いなことに、ハピも着ている毛皮の性能自体はかなりいいので、匍匐前進でもじもじと脱出を試みる。いや、思いっきり起きればファントを吹き飛ばすことも不可能ではないはずだが、気持ちよく寝てる小象を起こすほど、ハピもいけずじゃない。
「ぷはあ、なんとか顔だけでた」
ハピはがんばってなんとか頭だけ脱出に成功した。しかし、ここで異変が起きる。ハピにのしかかっているファントの体が、淡い光を放ち始めたのだ。
「ぴぴ~、ぷう~、ファントが光り始めたよ!」
「あ、ほんとだ~」
「うん、光ってるね」
「おい、ファントになにがあったんだ!?」
「落ち着くのじゃ、エレフ。あの光は問題ない。魔力の流れを見るのじゃ、ファントの体内で、いままで成長しきれずに細いままだった魔力の通り道が拡張されて、全身に魔力がいきわたってるのがみえるじゃろ?」
「いや、うめ様、魔力の流れなんて普通見えないだろ」
「ん? そうかい? まあ、問題ない。弟の成長を黙って見守っておれ」
「ああ、すまなかったな」
ファントの体は光るだけじゃなく、徐々に大きくなっていく。
「なあ、なんか大きくなってないか?」
「恐らく、いままで命の魔力として蓄えられていた力が、魔力の通り道の開通によって全身にいきわたっておるのじゃろう。急激に成長しておるの」
誰の目から見てもファントの姿は大きくなっていく。さっきまで小象だったファントは、今では長老の象さん並に大きくなっていた。でも、それだけでは収まりそうもない。じょじょにではあるが、もっと大きくなりそうだ。
そのころハピは必死だった。せっかくもじもじして、ファントの下から頭だけでも脱出できたのに、ファントが大きくなったせいで再びファントの下敷きになってしまった。しかも、さっきまでよりなんか重い。恐らく、いままでは重さの無い命の魔力として蓄えられていたものが、肉体へと変化したのだろう。
「ふぐぐぐぐぐ!」
ぜいぜいしながらも何とか脱出を試みるが、今度はさっきより重いせいでなかなか動かない。みんなファントの成長に目を奪われ、だれもハピのことなんか気にしていないようだ。だが、気合を振り絞り、なんとか頭だけファントの下から脱出したハピだった。
「ぷはあ、今度こそ脱出してやる」
「あれ? ハピ? そんなところでなにしてるの?」
「ファントが寝るとき、よっかかられたと思ったら、つぶされた」
「大丈夫?」
「うん、でもなかなか出れない。引っこ抜いて」
ハピはぴぴとぷうに引っこ抜いてもらってようやく脱出できた。
「ふむ、これは困ったねえ。会議どころじゃないねえ。会議はまた今度やってもらっていいかい? あたしらが必要なところは、もう終わってるだろう?」
「ええ、そうですね。ファント君はどうなるのでしょうか?」
「どうなるもなにも、しばらくこの状態が続くだけじゃ。まあ、明日の朝には今まで溜め込んでいた命の魔力が体にいきわたり、おさまるじゃろう」
「そうか、じゃあ、俺が朝までついてる」
「お主は帰るのじゃ。ここはあたしが見てる」
「いや、そういうわけには」
「デカイのにいられると邪魔なんじゃよ」
「ファントや、ここはうめ様にまかせるとしよう。わしらがいたところで、何も出来ることはない」
「わかった。うめ様、弟をよろしく頼む」
「ああ、まかせとけ。まあ、あたしだけじゃなく、ぴぴ達もいるんじゃ、万が一なんて起きないさ」
「ぷう達も頼んだぞ」
「うん、まかせといて」
そしてその日の会議はお開きになり、翌朝にはファントの体の光も収まった。
「ふあ~、なんかすっごい気持ちよく寝れたかも。あれ? ここはどこ?」
会議場で寝たのは覚えているが、まさか誰も起こしてくれず、朝まで寝ていたことにファントは少し困惑していた。
「おはよう、ファント」
「おはよう、なんで僕ここで寝てるの?」
「昨日のこと覚えてない?」
「昨日のこと? 会議中に寝ちゃったことなら覚えてるよ。でもなんか、すっごい気分がいいや」
「そっか。ファント昨日ね、美味しいものいっぱい食べて、体調もばっちりよくなったんだよ」
「そうなんだ! 美味しいものをいっぱい食べればよくなるって兄ちゃんいつも言ってたけど、本当にそんなことで治っちゃうんだね!」
ファントは大きく伸びをしながら、起き上がる。起き上がったファントは、大きかった。それこそ旧王都にいる象の中でも最大クラスの象である、長やエレフと比べても、3割増し位の大きさだ。
「あれ? ぷう達って、そんなに小さかった?」
「うん、わたし達の大きさは一緒だよ。ただ、ファントは大きくなったけどね」
ぷうはファントに昨日から今朝まで、ファントが寝ていたときのことを説明してあげる。
「じゃあ今の僕って、大きいの?」
「うん、エレフとか長象さんよりも大きいよ」
これにはファントも驚いた。なにせいままで見上げることしかなかった兄ちゃんが、自分の視線より下に見えるというのだから。
「そうだ。兄ちゃんは?」
「エレフには1度帰ってもらったんだ。だから、お家に居ると思うよ。呼んできてもいいんだけど、この様子なら外歩けそうだよね」
「うん、大丈夫だと思う」
「だったら、家まで送ってくね」
「え、いいよ。家までなら歩いて帰れるし」
「今日、象さんの大風車の修理についての話し合いを、朝から現地でするっていうから、わたし達も行きたいんだ。たしかファント達の家のほうだよね」
「あの壊れた大風車の跡地だよね。そうだよ僕の家のほうだよ」
「だから、ファントの家の近くまでは、わたし達も行かないとだから、一緒にいこ」
「うん、そういうことなら一緒に行こ。そうだ、ぷう達って、兄ちゃんの背中に乗って昨日は家に来たんだよね。なら今日は、僕が背中に乗せてってあげるよ」
「ほんと? ありがとう! うめ達はどうする? 一緒に行く?」
「あたしは一晩中起きてたから、これから寝るよ」
「では、私もうめ様についております」
「あ、俺はぴぴ達についてくっす」
「夕焼はどうする~?」
「出来ることならお供させていただきたいですね。昨日の件もあり、気になりますので」
「あたしは寝てるだけだから、ぴぴ達についていってやりな」
「ありがとうございます」
こうしてぴぴ達は猫3人、妖精1人、牛1人、象1人の6人でお出かけしていく。ぴぴ達はファントの希望によりファントの背中だが、夕焼だけは徒歩だ。いくらファントが大きくても、流石に牛を背中に乗せるのは大変だ。
そして、大風車を出ると、エレフがそわそわしながら待っていた。どうやらこの兄象は、弟が心配で朝早くから外で待っていたようである。
「あ、兄ちゃん!」
「ファント、ファントなのか?」
「うん、僕だよ。ぷう達から聞いたんだけど、すっかり元気になって、大きくなったんだ」
「そうか、よかった、本当によかった」
エレフは泣き出してしまう。そしてファントは思った、ここは感謝の気持ちを込めて飛びついて、思いっきり抱きつくべきだと。
どっす~ん! どっす~ん!
そして、ファントは走った。いつも兄ちゃんが帰ってきたときのように、いや、それ以上、過去最大の喜びを、全力の飛びつきからの鼻まきつけという愛情表現で示すために。
「兄ちゃ~ん」
「や、ちょっ、まっ、ファント!」
「兄ちゃ~ん!」
どっか~ん!
そして、その全力の愛情表現を、エレフは受け止めきれずに吹っ飛んだ。それこそ先日、夜に吹っ飛ばされたときのような勢いで。




