ぴぴ達と象さんと
牛達と楽しいお夕飯を食べた次の日。ぴぴ達は旧王都の観光へと繰り出した。案内は夕焼が申し出てくれたけど、断った。3人でのんびりしたかったというよりも、うめ達のお世話をお願いしたかったからだ。
なぜなら、昨日の夜、食事を出せなかったお詫びとばかりに、お酒が大量に出た。お酒の材料は穀倉地帯である旧王都にはいっぱいあるため、旧王都はチーズ作りだけじゃなくて、お酒造りもさかんなんだとか。それどころか、この退屈とわかりきっている旅にイブキが付いてきたのは、お酒目的だったらしい。そのため、イブキはいっぱい飲んだ。新月も一緒になってそれはそれはいっぱい飲んだ。そのせいでイブキは、朝起きた時からハイパーグロッキー状態だったのだ。イブキだけかと思えば、うめとマルバまで結構お酒を飲んでいたらしく、今日1日は動きたくないとか言い出す始末だ。なので、夕焼に二日酔いトリオの世話を押し付けて、ぴぴ達はお出かけというわけだ。お酒を出したのは夕焼の上役にあたる新月なので、そのくらいは許されるだろう。
3人は一面穀倉地帯の旧王都をてくてくと歩く。でも、あんまり面白くはない。なにせ見渡す限り穀倉地帯しかない。ところどころ大きな風車があるが、見える範囲で一番大きい風車には今までいたし、勝手にお邪魔するのも迷惑になりそうだからと、立ち寄れなかった。それでも美味しい空気を吸いながら歩いていると、象さんが水路の隅でなにかしていた。
「あれ? 昨日の象さんじゃない?」
「あ、ほんとだ。昨日の象さんだ」
「昨日の象さん?」
「ほら、昨日お夕飯に乱入してきて、夜に吹き飛ばされてた象さん」
「それは覚えてるけど、よく2人とも昨日の象さんってわかったよね。我輩象さんの個体識別なんて、出来る気がしないよ」
「会ったばっかりだからね。魔力の波長を覚えてただけだよ」
「うん、外観から見分けるのは、わたしも無理かも~」
「何してるんだろうね?」
「声かける?」
「うん、そうしよう」
「じゃあ、声かけるね!」
さっそくぷうが突進していく。
「ねえねえ象さん、象さんって昨日の象さんだよね? こんなところでなにしてるの?」
「うおっ、驚かせるなよ。ってか、昨日の象さんってなんだよ。っつうかお前こそ誰だよ」
「わたしはぷうだよ。あっちにいる小さいのがぴぴで、おっきいのがハピ。昨日牛さん達とお夕飯食べてたんだけど、気づかなかった?」
「牛さん達って、新月とか夜のことか?」
「そうだよ」
「そうか、ならあそこにいたのか、悪いことしたな」
「それはいいんだけど、ここでなにしてるの? あと、昨日なんで突撃してきたの?」
「ちっ、質問が増えてるぞ」
「別にいいでしょ~。ちなみにわたし達はぷらぷらしてただけだよ」
「そうだな。ここでなにしてるのかって質問の答えは、お前らがぷらぷらこの辺にいるのと同じ理由だ。俺もぷらぷらしてただけだ。まあ、ついでにこの水路沿いの草も食ってたけどな。昨日牛達の宴会場に乗り込んだのは、新月達が美味い美味いと自慢してた果物がほしかったからだ。わかったか?」
「うん、わかった」
ぴぴ達が来てから新月が果物を自慢して回る時間は無かったはずだから、前もってうめがサンプルとして送った果物のことなのかな。でも、なんでこうもピンポイントでぴぴ達が来たのがわかったのだろうか。疑問は聞いちゃえばいいだろう。
「なんでわたし達が美味しい果物と一緒にいるってわかったの?」
「なんでって、妖精達があちこちに言いふらしてたからな」
「なるほど」
そういえば旧王都に来た時に、見張りの要塞にいた妖精達が、草食動物達にぴぴ達の来訪を知らせに飛んでいっていた。それで知ったということか。
「でも、昨日のお夕飯はチーズ作りの上手な牛さんヤギさん、羊さんがメインだったけど、草や果物は別にチーズ作りが上手な人たちが独占するわけじゃないんでしょ?」
「ああ、俺達象にも後で配分があるらしい」
「じゃあ、それを待ってれば良かったんじゃないの?」
「それはそうなんだが、いくら配分があるとはいえ、俺のところまで十分な量が回ってくるとは思えん。今回はあくまでもチーズ作りの上手いやつら優先って、念押しまでされてたしな。それに、俺達象は食う量も多いから、とてもじゃないが全員分はないだろ? そもそも、そういう外部から持ち込まれた美味い食い物は、大抵大きな群れの連中が食い尽くしちまうことが多い。だから、俺みたいな少数で動いてるはぐれ者のところまで、十分な量が回ってくる可能性なんて0なんだよ」
「はい、これあげる」
「なんだこりゃ、房になってるスイカか?」
「違うよ。どうみてもただのぶどうでしょ? 色だって普通のぶどうの色でしょ?」
「いやいや、普通のぶどうって、どう見ても一粒のサイズがスイカ並だろ!?」
「そうかもだけど、今回持ってきた果物は全部こんな感じだよ。というわけで、召し上がれ」
「あ、ああ、ありがとうよ。もらってくぜ」
「あれ? 食べないの?」
「ん? 別に俺がどこで食べようと俺の勝手だろうが。じゃあな」
象さんはどすどすと歩いていく。当然ぴぴ達は暇なのでついていく。
てくてくてく
どすどすどす
てくてくてく
「何で付いてくるんだよ?」
「ん~、暇だから?」
「はあ、面倒くさいやつらだな。もういい、背中に乗れ」
「いいの?」
「ああ、お前たち3人乗るくらいどうってことねえよ。ただ、行き先は俺の家だから、面白い場所じゃあねえぞ」
「じゃあ、お邪魔するね」
ぴぴ達は象さんの背中に乗ってどすどす歩いていく。そして到着したのは、明らかに他の風車よりも小さい小型の風車だった。
「ついたぜ、ここが俺の家だ。なんだ? 小さいって言いたいのか?」
「う~ん、微妙なところ? わたし達のお家なんかと比べたら大きいんだけど、他の風車と比べると小さいよね」
「そうか、種族のサイズ的にもお前らの家と比べたら、そりゃあでかいか。ふむ、悪いこと聞いたな」
「別にいいよ~」
「でかい風車はさっきも言った群れの連中に取られちまってな。元々は俺の家だった大風車もあるってのに。まあ、お前らに愚痴ってもしょうがないな。さっさと入りな」
「「「うん」」」
「帰ったぞ!」
「お帰り兄ちゃん」
象さんの家に入ると、かなり小さめの小象がいた。
「おう、元気にしてたか? 美味いぶどうをもらったんだ。食え」
「うん、ありがとう兄ちゃん。その人たちは?」
「ああ、この3人がそのぶどうをくれたんだよ」
「ぴぴだよ」
「わたしはぷうだよ」
「我輩はハピだよ」
「僕はファントっていうんだ。エレフ兄ちゃんの弟です」
「そういや、名乗ってなかったな。俺はエレフってんだ」
「もう、兄ちゃんは美味しいものくれた人にまで無礼なんだから」
「悪い悪いファント。だが、この3人はそんなこと気にする連中じゃないからな。そうだよな、ぷう?」
「え~、わたしは自己紹介ちゃんとしたんだけどな~」
「はあ? 今の今まで俺の名前なんてまったく気にしてなかっただろうが」
「兄ちゃん!」
「くそ、名乗りが遅くなってすまなかったな」
「いいよ~、わたしは心が広いからね。許してあげる~」
「ちいい、むかつくぞ、ぷう、てめえ!」
「兄ちゃん!!」
「あ、ああ、悪かったな。大丈夫だ。もう仲良しだからな。なあ、ぷう」
「うん、そうだね」
「でも、まさか兄ちゃんが他種族、それも肉食動物と仲良くなるとは思わなかったよ。ごほごほっ」
「おい、大丈夫か?」
「うん、大丈夫、ちょっとむせただけ。今日は比較的調子良いから、大丈夫だよ」
「そうか、ならいいんだが」
「小さい象さんは病気なの?」
「う~ん、それが、よくわからないんだ。お医者さんに調べてもらっても原因不明って言うし。ただ、体質で体が弱いだけの可能性もあるって話なんだ。でも、僕の体のせいで兄さんには迷惑かけちゃってて、申し訳ない限りだよ」
「お前は余計なことを気にするな。とにかくよく食べて体を頑丈にすることだけを考えてればいいんだ」
「うん、わかったよ、兄さん」
なるほど、どうやらこの象さんことエレフは、この虚弱体質の弟象さん、ファントのために美味しい果物をほしがったようだ。まあ、今回ぴぴ達が持ってきた果物は美味しいだけじゃなく魔力もすっごい豊富なため、ちょっとくらいの虚弱体質なんて、食べただけで治しちゃうほど効果が出るだろう。
「それじゃあ、いただきますね」
「うん、どうぞ召し上がれ」
ファントはもりもりぶどうを食べ進める。そして、ぺろっと平らげてしまった。おや? このぶどう、一粒がスイカ並みの大きさだから、いくら象さんとはいえ、体の小さいファントが食べきれる量じゃないはずであった。
「もっと食べる?」
「いいんですか?」
「いっぱいあるからね」
「なら、お言葉に甘えて」
「うん、どうぞ召し上がれ」
その後もぷうが出した果物をどんどん食べていく。でも、食べた体積がどう考えてもおかしい。シクラメンみたいに、体の体積より多く食べれる、底なしの胃袋持ちなのだろうか? 結局ファントは自身の体積の3倍くらい食べてようやく満足した。
「はあ~、僕幸せだよ。こんなにお腹いっぱい食べれたのは、本当に久しぶりかも。ありがとう、ぴぴさん、ぷうさん、ハピさん」
「ううん、気にしないで~」
コンコンッ
「ん? 誰か来た様だな。今行く」
エレフは来客の対応に行ってしまった。その間にファントに話を聞く。
「ファントは普段あんまりご飯食べてないの?」
「そうだね。今なら兄ちゃんもいないし、ぷうさん達になら言っても大丈夫かな。実は、見ての通り、あんまり裕福なお家じゃないんだ。僕もお腹いっぱい食べたいんだけど、そんなわがままあんまり言えなくてね。兄ちゃんなんて、いつも僕の5分の1くらいしか食べてないんだ。なのに、満腹になるまで食べたいなんてわがまま、そんな簡単に言えないでしょ?」
「そっか、そうだね」
これは、どう考えてもファント君の食欲が、シクラメンクラスにおかしいだけだと思う3人であった。ただ、虚弱体質は果物パワーで治っても、底なしの食欲だけはどうしようもない。
「たったこれだけだと!? ファントが虚弱体質なのは知ってるだろう? いつまでもこのままでいいとお前らは言うのか!?」
すると、エレフの怒号が鳴り響く。
くんくん。どうやら果物を分けに来た人がいるようだが、配分でもめているのだろう。
「もういい、帰れ!」
バタ~ン!
エレフは怒ってお客を追い返してしまったようだ。お客が持ってきたであろう籠を鼻で持って、エレフはドッスンドッスン帰ってきた。
「兄ちゃん、大丈夫?」
「ああ、お前は気にするな。くそ、あいつら、この程度の量じゃあファントが満腹になるのにも、量が足りねえっていうのに。これで2人分だと、ふざけるな!」
でも、ぴぴ達視点では、そこにはけっこうな量の果物と草が入っていた。どうやら、大食いというかなりの難問に首を突っ込んでしまったようだ。




