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牛の女王、夜

 ぷうとハピ、イブキも起きてきて、ついにこれからお夕飯だ。夕焼が言うには、大食堂でいろんな牛さんやヤギさん、羊さんなんかと食べるらしい。旧王都には象さん、きりんさん、馬さんなどなど、数多くの草食動物さん達がいるらしいのだが、今回はチーズ作りが上手な3種族が中心になっているようだ。


 ぴぴたちは、食堂に行く前に、まずはキッチンに行っておいしい草を全部取り出す。この草の中には、一部穀物も混じっているが、3人にとっては穀物も草なので、草だ。さらに、果物も自分達で食べる分以外を渡す。これで準備完了だ。給仕の人たちが大急ぎで食堂の準備をし始めたので、ぴぴ達もキッチンを出て食堂へと向かう。


 ぴぴ達が大食堂にはいると、草食動物達が大歓迎で迎えてくれた。大風車の前まで出迎えに来てくれた新月もいる。どうやら各種族ごとにテーブルが分かれているようだ。テーブルはそれぞれの種族が食べやすい高さに設置してあり、椅子はなかった。出てきた料理はそのまんまの生草だった。


 ぴぴたちも用意されたテーブルに座る。ぴぴたちのテーブルには椅子もきちんとあった。ちなみに、ぴぴ達のご飯は自分達でもってきた料理だ。


「ではみんな、宴の準備は出来たも! もうすでによだれをたらしている者もいるから挨拶は手短にするも。こちらのテーブルにいらっしゃる方が、今回のこのおいしそうな草を持ってきてくれたぴぴ様、ぷう様、ハピ様なんだも、感謝して食べるんだも!」

「「「「「も~!」」」」」

「「「「「め~!」」」」」


 みんなが一斉に食べだす。ただの草なんだけど、どうやら気に言ってもらえたようだ。ちなみにも~! と喜んでくれたのが牛さん達で、め~! と喜んでくれたのがヤギさんと羊さんだ。羊さんも鳴き声はめ~、なのだ。


 食事が始まりしばらくすると、一頭の黒牛がぴぴ達のテーブルにやってきた。斜め後ろには新月もいる。


「ご挨拶させて下さい。私は新月の妻の夜と申します。牛達の中には私を女王と呼ぶものもおりますが、気楽に夜とお呼び下さい。このたびは美味しい草を提供していただき、ありがとうございます」

「私がぴぴだよ」

「わたしがぷう~」

「我輩がハピだよ。草のことは気にしないで、我輩もチーズがほしかっただけだからね」

「そう言っていただけると幸いです。それと、皆さんの食事をご用意できず、申し訳ありませんでした」

「ううん、気にしないで。私達は肉食だからね。この辺りはモンスターも少ないみたいだし、草食のみんなだと、取ってくるのも大変でしょ?」

「重ね重ねのご配慮、ありがとうございます」

「ところで、1つ聞いてもいい~?」

「はい、ぷう様、何でしょうか?」

「みんなそのまま食べてるけど、料理とかはしないの?」

「普段は料理していただくことも多いです。ですが、今回は美味しい草ということで、まずは素材のまま加工なしで楽しみたいということになりまして、このような形になっております。とはいえ、ドレッシングをかけただけの、サラダで食べることを好む者も多いので、私達には生草でも十分にご馳走なのですわ」


 なるほど、ハピは付き合えないし、ぴぴやぷうもそういう趣味はあまり無いが、猫の国の猫達の中には、生肉こそ至高という勢力もけっこういた。それと同じことなのだろう。いや、ハピの場合は、肉はともかく、魚は刺身も十分に好きだった気がする。ぴぴとぷうは魚も加工品のほうが好きだったが。


「今回チーズ作りをお願いしたいんだけど、大丈夫なのかな?」

「はい、もちろんです。うめ様からも聞いておりましたので、準備万端整えております」

「でも、誰かが妊娠しないとなんだよね?」

「それでしたら、これから出産ラッシュになる予定ですので、何の問題もありません」

「そうなの?」

「ええ、これほど美味しく、栄養素の高い草が大量にあるのです。私達としても、この草があるうちに妊娠出産をしたほうが、強い子供を産める可能性が高くなるのですよ。ですので、ぷう様達のために無理に妊娠をするというわけではけっして無いので、ご安心下さい」

「そっか、そうだよね。なら安心かな」

「そのあたりの事情は、あまり御気になさらないでください。旧王都は各種族共に人口は非常に多いので、常に誰かしら妊娠しております。そして、チーズは王都での売れ行きもいいですからね。わが子に与える分だけ確保して、他はチーズ工房に売る者が、元から非常に多いのですよ。ですので、普段から常にチーズは売っておりますよ」

「なるほど、そうなんだね」

「ええ、そして今回は、この草と果物なら、過去に無いレベルの美味しさのチーズが出来ることでしょう。妊娠からになるので時間はかかるかと思いますが、楽しみにお待ちになってください」

「うん!」


 その後もまったりと夜とお話しをしていると、食堂の入り口が騒がしくなってきた。


「なんかあっちが騒がしいね」

「本当ですわね。あなた、様子を見てきてくださるかしら?」

「了解だも!」


 新月が牛族の長って話しだったけど、夜のほうが立場が上なのかな? そういえば夜は自己紹介で牛達の間で女王って呼ばれてるって言ってたけど、長と女王、どっちが上なのだろうか? ちなみに新月は、夜がおしゃべりしている間、ずっと従者みたいに斜め後方に控えていた。


 新月が入り口から出て外の様子を確認していると、騒動に怒声が混じり始める。どうやら新月が大声を出しているようだ。招かれざる客でも来たのかもしれない。すると、大食堂の入り口のドアが吹き飛ばされて、1頭の象さんが現れた。


「ほう、美味そうなもん食ってるじゃないか、俺にもよこせよ」

「出て行くんだも、今はお客様が来ているんだも!」

「あ!? 手前らだけで独占しようっていうんじゃねえのか?」

「そんなことはしないも! 各種族に配分することは事前のおさ会議で決定しているんだも。お前のところの長に確認すればいいんだも」

「うっせえ、だまれや! ぶっとばされたいのか!」


 その後も新月と象さんの言い争いは続く。


「はあ、しょうがないですわね」

「知り合いなの?」

「そうですわね、名前までは存じませんが、見たことのある象ですわね」


 見たことがあるだけで象の個体識別が出来るとは、夜の観察眼はなかなかすごいようだ。ぴぴ達3人からしたら、同じ色、同じ性別というだけで、ここに居る牛さん達の個体識別すらなかなかに困難だろう。


「それにしても困ったものですわね。オスの象は群れを作らず、一人でいることが多いのですが、どうにも傍若無人の振る舞いをするものが多いのですよ。困ったものです。少しお灸を据えないとですわね。少し失礼致します」

「うん」


 そういうと夜は象さんのほうに向かって歩いていった。


 一方その頃、象の周りには美味しい草の横取りは許さんといわんばかりに、主にメスの牛さん、ヤギさん、羊さんが象さんを取り囲んでいた。象さんも大量の牛さん達に囲まれてたじたじだ。牛さん達は恐らく追い返したいんだろうけど、象さんを完全に取り囲んでいる。逃げ場が無いので、象さんも動けない。


「な、なんだ手前ら、やる気か? おい!?」

「やめるんだも! 今は夜がいるんだも。しゃれにならないんだも!」

「なに? 夜だと?」


 新月も長としてどうどうと象さんと対峙している。そして必殺の一言、夜が居るぞ攻撃を繰り出した。だが、象さんはますますたじたじになったものの、囲まれているために逃げれない。


「道を」


 囲いに到着した夜は、静かに一言いっただけだったが、牛さん達は素早く道を空ける。そして、夜は象さんと対峙する。


「さて、私はあなたと言葉を交わす気はありません。わかりますね?」

「てめえは夜か! やる気か、この野郎!」


 たぶん、さっさと出て行けっていう警告なんだろうけど、象さんは完全に囲まれていてどこにも逃げ場なんて無い。


 すると夜は、闘牛のように頭を低くし、足を数回威嚇するかのように蹴ると、一気に突っ込んだ。


「ぶも~!」

「ぱおぱおぱお~ん!」


 象さんもこれはやばいと思ったのか、大慌てで逃げようとするが、夜の体当たりが象さんにヒットする。そして、そのまま象さんを吹っ飛ばした。周囲を囲っていた牛さん達は、夜が戦闘態勢を取った瞬間にどうやら退避していたようだ。象さんだけが盛大に吹っ飛んで、巨大風車の壁をも突き破って外に吹き飛ばされた。


「さあ皆さん、こんなことで楽しい宴を終わらせるわけにはいきません。この後もいっぱい食べましょう!」

「「「「「も~!」」」」」

「「「「「め~!」」」」」


 どうやら夜の体当たり1発で終わったようだ。それにしても、夜は自身よりはるかに大きいオスの象を軽々吹き飛ばした。なんだかこの夜っていう牛、周囲の牛さん達と比べても、ちょっと強いのかも知れない。


「申し訳ございません。お見苦しいところをお見せしましたね」

「ううん、夜って強いんだね」

「ふふ、この夜って牛は、旧王都にいる草食動物どものなかじゃあ最強格だからね。いくら成象とはいえ、若造が勝てる相手じゃないよ」

「うめは知り合いなの?」

「ああ、この夜は以前王都で暮らしていたことがあるからね」

「そうなの?」

「基本的には草食動物達は旧王都から出ないんだが、極まれに外の世界に興味をもつやつらがいるのさ」

「うめ様おやめ下さい。若い頃の話ですわ」

「王都の周辺には牛モンスターがいるだろ? あそこも草原だったの覚えてるかい?」

「うん、あそこは草が豊富で、牛モンスターも暮らしやすそうだなって思ってた」

「こいつもあそこの草が気にいったようでね。しばらくあそこで暮らして、草を食べまくってた時期があるんだよ。あそこの牛モンスターを、体当たりで次々に蹴散らしながらね」

「若い頃の話ですわ」

「ボス牛の時の熊パーティー覚えてるか?」

「うん」

「確かあいつらは若い頃、夜を牛モンスターと間違えて攻撃して、返り討ちにあってたさね」

「もう、うめ様! 若い頃の話ですわ。もう覚えておりません!」

「牛モンスターどもと比べると、夜は小さいのに、何で勘違いするかねって思わないかい?」

「うん、思う」

「もう、うめ様!」

「あはは、悪かったね」


 その後も、うめと夜の昔話なんかも交えながら、ぴぴ達は楽しいお夕飯タイムを過ごすのだった。




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