ボス牛のお肉料理
ついにお昼になった。ぴぴ達はボス牛のお肉を抱えて、いつもの王城の高級食堂にやってきていた。だが、今回はいつもと違う点が合った、そう大人数だったのだ。ぴぴ、ぷう、ハピ、アオイのいつものメンバーに加え、王都ハンターギルドのギルマスであるリオン、ハンターギルドの指南役にして元☆7ハンターのエルフ、カリン。さらに、妖精トリオことグラジオラス、シクラメン、ローズ。アオイや妖精トリオの上司であり、近衛師団団長兼第1部隊隊長ナノハナだ。そこに、王都商業ギルドのギルマスに、エルフとドワーフの国の商業ギルドのギルマスが加わった大所帯になっていた。
しかもまだまだこれだけじゃない。ボス牛と最初に戦っていたハンター18人も呼んでいるし、武器を作ってくれたドワーフの親方も呼んでいた。さらに、昨日の夜には料理長に言っておいたので、今日のランチはボス牛の肉がでることは王城中に広がっているだろう。わんこ大臣のうすきや、クロ将軍達、あの食いしん坊おばあちゃん妖精のうめとさくらなんかも来るに違いない。
「ちわ~」
一応、妖精の国一番の高級料理店なのに、近所の居酒屋にでも入っていくかのような軽い挨拶をしながらアオイは入っていく。食堂の中はすでに混雑していた。わんこ達やおばあちゃん妖精達はすでにスタンバイ済みだ。
「おお、来たか、アオイ、待っておったぞ」
「お肉はどこにだせばいい?」
「ぴぴ様、こちらの台にお願いいたします」
「はい」
料理長の用意した台に大量のお肉をどすんと置く。ハンターギルド職員が解体をがんばってくれたおかげで、いろいろな種類のボス牛肉がある。肩ロース、リブロース、サーロイン、ヒレに中外のバラなどなどだ。解体にはまだまだ時間が掛かっていることもあって、ホルモン系は今回は無かった。
「おお~、これは、すばらしい」
「さて、俺達はテーブルに行ってるからな、あとで注文取りに来てくれよ」
「はっ、失礼しました。ぴぴ様、ぷう様、ハピ様、ささ、どうぞこちらへ」
料理長がテーブルまで案内してくれる。昨日の内に連絡したのがよかったのか、流れが実にスムーズだ。今日はみんなでステーキを食べることにした。部位は料理長にお任せだ。
「はい、かしこまりました。ステーキ4人前ですね。それでですね」
「今日持ってきたお肉はプレゼントだから、好きに使っていいよ~」
「ありがとうございます」
全長100mのボス牛の肉などそうそう食べきれるものではない。こういうのはみんなで食べたほうがおいしいに決まっている。なにより、一度食べた料理ならハピのご飯皿で再現できるので、大事に食べるという概念もぴぴ達にはあまりない。
「あたしらまでご相伴にあずからせてもらちゃって、わるいねえ」
「本当にありがとうね」
食いしん坊おばあちゃん妖精のうめとさくらが声をかけてくる。どうやらうめとさくらのテーブルはぴぴたちのテーブルの隣のようだ。
「ううん、気にしないで、いっぱいあるからね」
その後も何気ない雑談をして料理が出てくるのを待っている。
「なあ、ステーキってただ焼くだけだよな? みょ~に時間掛かってねえか?」
「それは前処理に時間がかかってるんでしょうね」
「前処理?」
「そうよ、お肉って言うのはねどんなに気をつけて殺しても、すぐには美味しく食べられないの。通常は熟成といって、お肉を寝かせるの。死んだ直後のお肉は風味が足りないし、その後しばらくは死後硬直で硬くなっちゃうの。これは死んだときにモンスターが身体強化魔法で硬くなっているのとは無関係よ」
「ああ、じゃから普通は熟成っていってね、食べる前にあえて時間を置くんだよ」
「そうなんだ。じゃあ、30分くらいかかるってことか?」
「おばか、そんなに短いわけないじゃろう。牛肉の熟成は、通常なら10日ってところさね。じゃが、こんなに美味しそうなお肉を、そんな最低限食べれる程度の熟成でここの料理長が出すとは思えん。30日程度の熟成はさせるじゃろうな」
「はあ? 今日食えねえじゃん!」
「おばか、それは普通に熟成させた場合じゃよ。料理長の料理魔法なら1分1日くらいの熟成加速なら片手間で出来るじゃろうな。それどころか、通常の熟成では腐敗の関係で難しい、より長期の熟成であっても、あの料理長なら出来るはずじゃ」
「な~んだ。そうなのか、安心したぜ」
「今日は初めての調理だから、恐らく30日以下の熟成時間だと思うわよ。長期熟成のお肉がおいしいと思うかは、人それぞれですからね。調理に時間が掛かってるのは、みんな同時に食べられるように、焼くお肉の数が多いからじゃないかしら」
そうして少しすると、ウエイターが全員分のステーキを持ってきた。そして、乾杯をして、食べ始める。
「「「「「・・・・・・」」」」」
本当に美味しいものを食べるとき、人は無言になる。そんな中、別の意味で無言になっている猫がいた。
(負けた・・・・・・。完璧にこっちのほうがおいしい)
どうやらハピはまたも料理長に敗北したようだった。心の中で泣く事にした。
「「「おかわり!」」」
一瞬で食べ終わり、おいしいと一言も発することなく御代わりを要求したのは、わんこ達とライオンギルマスのリオンだった。
「あらあら、こんなに美味しいものをばくばく食べるなんて、うすきちゃんもりおんちゃんも若いわねえ」
「あっはっは。あいつら食いしん坊だよな」
「あら、アオイちゃんも妖精族にしてはよく食べてない?」
「俺はまだまだ若いから当然だぜ!」
「それもそうね~」
アオイとさくらも楽しそうにしゃべりながら食べている。うめ? うめはばくばく無言で食べている。だが、うめに食いしん坊云々を言う妖精は1人もいない。
「う~ん、美味しいけど、恐竜のお肉よりは劣るかな?」
「そうかな~? 同じお肉だけど、恐竜のお肉とは味が違うから、好みの問題じゃないかな?」
「そうだね、どっちも美味しいから、我輩としてはその日の気分で食べ分けたいかな」
ぴぴたちもお肉談義にはなをさかせる。そして、ふとハピは思った。チーズやバターの原料はもちろん牛乳である。ヤギとか他の乳を原料にしたものもあるが、牛乳から作るのが一般的である。原料が美味しければ完成品も美味しいのは常識である。
「そういえば、このボス牛の牛乳ってあるのかな? それでチーズとか作れば、超美味しそうじゃない?」
「なるほど、それはいいアイデアかもね」
「うん、あとで牛乳が手に入ったか、ギルマスに確認しないとだね」
「あら、面白そうな話をしているのね。詳しく聞かせてくれない?」
ハピは説明する。女王様達の依頼でおいしいチーズやお酒を探していることを。
「そうねえ、今回のボス牛からは牛乳は取れそうに無いかしら。私のところにも報告は上がっていたけど、子供を産んだりした報告は無いのよね。もっとも、仮にメスだったとしても、あの大きさでしょう? パートナーがいなかったんじゃないかしら」
「そっか、妊娠しなきゃ、牛乳は出ないもんね」
そう、地球にいた乳牛、ホルスタインとかは基本的には人間が強制的に妊娠させていた。大体1歳~2歳くらいのメス牛に、人工授精させて300日の妊娠期間の後に出産させ、産後60日くらいでまた人工授精させるのだ。これによりずっと搾乳できるようにする。大体これを数サイクルさせて、6歳くらいになって牛乳の出が悪くなると処分して牛肉として売る。大体こんな感じだ。欧米などではそんなのは動物虐待が過ぎると、もっと牛に寄り添うような酪農をしているところも多いが、日本などのアジアではまだまだ商業的な扱いをしている場所が多かったはずだ。もちろん中には欧米方式の酪農を取り入れ、そんなに無理をさせずに、10年以上いい牛乳を出してもらうような牧場もあるだろうが、そんなに多くは無かったはずだ。
「じゃあ、超美味しい牛乳を入手して、超美味しいチーズを作る作戦はだめなのか~」
「あら、そんなことは無いわよ」
「そうなの?」
「ええ、牛モンスターがダメでも、他の上質な牛乳をたくさん出すモンスターを倒すという方法があるわ」
「ボス牛以外にもそんな可能性のある牛型モンスターがいるの?」
「ええ、いるわよ。普通の人にはとても提案できる内容ではないけど、あのヒッグヘッドランドドラゴンすら容易く倒せるあなた方なら大丈夫かな? この大陸の西部に妖精、エルフ、ドワーフの国があるのは知ってる?」
「うん、もちろん。一番南がこの国で、真ん中がエルフ、北がドワーフだよね」
「ええ、正解よ。そして、私達と敵対しているモンスターの国が、大陸南東にいるゴブリンの国と、大陸北東にいるオーガの国ね。そして、オーガの国には、ミノタウロスという大型の牛の2足歩行のモンスターがいるの。どうやらオーガと共存しているようなのよね。でね、このミノタウロス族最強のモンスターが、ミノタウロスクイーンというメスの牛モンスターなの」
「おお~!」
「しかもこのミノタウロスクイーンは、年中妊娠出産を繰り返し、常に母乳がでるという噂なのよ。さらに、ミノタウロスクイーンミルクは非常に良質な栄養素のかたまりで、これを飲んで育ったミノタウロスは、強力な個体になるっていう話もあるわね。どお? 期待出来そうじゃないかしら?」
「うん、期待出来そう」
「後は大陸中央部、巨木の森の中で出産しているモンスターを倒すというのもいいかもね。ボス牛よりさらに強いモンスターばかりだけど、むしろそういうモンスターがいっぱいいる巨木の森なら、強いモンスターが子連れでいる可能性もあるきがするでしょう?」
「なるほど、それもいいね」
ちなみに恐竜はダメだった。ドラゴンは種類によって卵生か胎生か違うようなのだが、ハピ達が恐竜といっているドラゴンは、子育てするけど卵生だったようだ。ミルクを入手することは出来なかった。
「他の手段としては、美味しい草を提供して、いいミルクを作ってもらうのはどう?」
「そっか、牧場があったもんね」
「ううん、そこじゃないの。王都の牧場は、あくまでも牛や豚、鶏などのモンスターの中でも、弱くて気性の優しい種類を家畜にしているの。でも、モンスターならそれこそ強いモンスターじゃないと、美味しいものは期待できないでしょう? だから、モンスターではなく、ふつうの草食動物達に頼むの」
「え、いるの? メイクンで知性を持つ動物は、肉食獣だけって聞いたんだけど」
「あら、誰がそんな事を言ったのかしら? 王都にはいないけど、妖精の国の南西部にはずっと昔から住んでるのよ? そういえばあなた達の依頼者はうすきちゃん達になるのよね。だったら、記憶から抜け落ちていたかもね」
「そうだったんだ。でも、なんで王都にいないの?」
「そもそもこの王都は新しい王都なの。南西の地こそ、妖精の国の始まりの地といわれ、旧王都があった場所なの。自然豊かな場所でモンスターもあまりいない土地だったんだけど、多くの妖精や肉食獣達は、もっといいエサ、土地を求めてどんどん散らばっていったの。魔力が豊富なモンスターの肉は美味しいだけじゃなく、魔力の回復力にも優れているから、より強くなれるし、より強くなれれば、もっと強いモンスターのいる土地へ移動できるからね。そういう拡張の時代があったそうで、いまの王都もその時に出来たのよ。ただ、草食動物の子達は、基本的に戦闘を好まなくてね。多くの子が防御魔法や回復魔法、あとは逃げるための魔法なんかに特化しているの。それで、旧王都から出ることがあまりないのよね」
「そうなんだ。それで我輩達が知らなかったんだね」
「ええ、昔はそれでも美味しい草を求めて旅をする子もいたんだけどね。前回の巨木の森のモンスターが溢れるほどのモンスターの時代のときに、みんな意気消沈しちゃったみたいなの」
「そのモンスターの時代の話って時々聞くけど、草食動物たちはどうやって乗り切ったの?」
「旧王都周辺のモンスターは元が弱すぎて、モンスターの時代が来ても、たいした影響がなかったのよ。妖精族としても、一応守備隊を配置していたしね。おまけに、旧王都周辺は魅力がなかったんでしょうね。他所のモンスターの領域から出てきた強いモンスターほど来なかったわ。そのうちモンスター同士の争いで数が減って、最後は自然界の魔力の減少と共に、元に戻ったのよ」
「わんこ大臣からは、隠れて生き延びたらしいとかって聞いたけど、この王都も無事だったの?」
「ええ、今の王都は、各所のモンスターの領域へのアクセスのよさと、妖精の木が集まっているという理由でここにあるの。だから、この土地自体は、旧王都より多少自然界の魔力が強い程度で、強いモンスターが生まれるほど、自然魔力が強い場所じゃないのよ。だから、今の王都も無事だったわ。念のために子供達や、戦闘力の低い子は旧王都へ避難させたんだけどね。さて、ちょっと脱線しちゃったわね。そういうわけで、魔力豊富な土地の草や大豆、トウモロコシなんかを持って、旧王都の牛やヤギに、上質なチーズを作ってくれって依頼をすれば、作ってくれるはずよ。直接持っていかなくても、商業ギルドにお願いするだけでいいわ。旧王都と今の王都の間は、商業的な交流はいまも盛んなの」
「なるほど、それなら巨木の森とかいうところにいって、採取してこようかな」
「ええ、それがいいわ。美味しいチーズが出来たら、私にも味見させてね」
「うん、もちろんいいよ」
「じゃあ、商業ギルドには私から話をしておいてあげるわね」
「ありがとう」
「どういたしまして」
他のテーブルでもみんなそれぞれの会話にはなをさかせ、楽しそうに肉料理を食べていた。商業ギルドの3カ国のマスター達は、妖精の国の軍のお偉いさんであるナノハナやクロ、ハンターギルドのリオンとカリン、それに武器屋の親方ドワーフ、さらに食いしん坊おばあちゃん妖精のうめを交えて、すさまじい交渉を繰り広げていた。内容はボス牛の皮、角、肉の取り分を、3カ国でどうするかの取り合いの様であった。そもそもエルフとドワーフの商業ギルドのギルマスは、恐竜の素材の奪い合いに来ていた。だが、ボス牛の素材も恐竜には負けるもののすごい魅力的なものだったようだ。☆7ランク相当の防御力を誇る皮は、大変いい皮鎧が作れるし、肉に関しても申し分ない魔力回復効果が得られるとのことだ。しかも、使い勝手のよさという面でみれば、めったに出回らない恐竜の素材よりも、加工技術が確立されているボス牛の素材のほうが、扱いやすく便利なんだそうだ。
昨日の、妖精トリオ商業ギルド襲撃事件より、はるかにピリピリした空気で、とてもじゃないけど近づきたくなかったハピだったが、さくらはまったく気にせずにどうどうと話に割って入り、ハピのチーズの件の話をしてしまった。返事は全面的に協力するということだそうだ。その後は普通にハピと、草食動物達がおいしいチーズを作るのに良さそうな草とかの話をした。巨木の森の内部のことに関しても、さくらは誰よりも詳しかった。わんこ大臣こと、うすきのことをちゃん付けで呼んだり、相方のうめが重要そうな話し合いに参加しているあたり、うめとさくら、この2人のおばあちゃん妖精は、ただの食いしん坊妖精ではないようである。誰かに聞けばよさそうな問題であるが、ハピは興味の無いことは、すぐ忘れてしまう性格だった。
ぴぴとぷうとアオイは、昨日のハンター達が来てからは、そっちに行ってわいわい騒いでいた。ハンターギルドの医者の魔力点滴というのが効いたらしく、今朝には無事に全員意識を取り戻していたようだ。命の恩人との対面に泣いて喜んでいるハンターもいた。それとは別に、ぴぴとぷうが少しやりすぎたのか、古傷が治っていたと、別の意味で感謝しているハンターまでいた。ぴぴとぷうとアオイは照れくさそうにしながらも、今度一緒に狩りに行く約束などをしていた。
妖精トリオ達は、3人で大食い対決のようなことをしていた。胃袋に関してはシクラメンの圧勝だったようだ。ハピが遊びに行くと、グラジオラスとローズが食べすぎで死んでいる横で、シクラメンだけが元気にお肉を食べ続けていた。
その後もランチは続いた。そう、ランチなのになぜか夜遅くまで続いたのだった。




