妖精の国とわんこ大臣
ゴブリン王を倒し、ゴブリンの王都も恐竜により消滅した。ドラゴンステーキも食べて満腹になった一行は、いざ妖精の国へと気合を入れるのだった。
「あれ? すっごい遅いよ」
「ちょっとハピ見せて~、ふむふむ、わかった。積荷が重すぎてこの制御石だと荷台の空間拡張と状態保存だけで目いっぱいだね~。ちょっとまって、この石を荷台用にして、新しく移動用の石を作ろうか。CPも2倍使うけど平気?」
「ぜんぜん平気。むしろ移動用の石をもっと大きくして、スピード出せるようにしてほしいな」
「いいよ~」
ぷうはすばやく猫トラックを改造するのだった。
「おお~、CPもたくさん減るけど、これは速いね」
軽く走らせただけで、先ほどまでよりもかなり速いのがわかったようだ。
「ぴぴもぷうも休んでていいよ。おきたら妖精の国だからね」
「「ありがとう~」」
そう言ってハピはどんどん加速する。昨日の街は南東方向、妖精の国は西だ。もどるのは手間なので森の中を突っ切って南西方向に走っていく。直接西に行けば、西にあるゴブリンの要塞まで道があった可能性もあるが、最前線の要塞にいったりしたら、場合によっては進行中の妖精の国の軍隊と鉢合わせる可能性もあった。メイクンに着いたら、他の知的生命体と出会う前に妖精の国のわんこ達に出会わなければいけかったため、あえて南回りでゴブリンの要塞を避けながら進むのである。猫トラックは車輪ではなく、普通の猫みたいに走る。ちょっとサイズが大きいけど、森の中だって走れないこともない。ときどき木に当たったりもするが、お構いなしに爆走だ。
「わっがっはい~は猫である♪ ふふん♪ さっいそっくの~猫である♪」
ハピはいつになく上機嫌だった。ぷうのゴブリンゴーレムにも食いついたように、ハピは乗り物好きだ。乗り物好きなのにお家大好きとは矛盾しているようであるが、ハピが好きなのは乗り物を思う存分乗り回すことだ。自分で運転できない乗り物に乗るのは別に好きではなかったし、道路で他の車がいる状況でちまちま乗るのも、性に合わなかった。乗り物とは少し違うが、だれもいないゲレンデで、スキーで爆走したりするのは大好きだった。
「ハピハピ、なんで森の中にいるの?」
「ショートカット!」
「木とかに思いっきりぶつかってるけど、ぶつかるたびにCP消費するから、大変じゃない?」
「ぜんぜん!」
「ならいいんだけど。猫トラックはオフロードでも走れるし、虫モンスターくらいなら体当たりしてもいいように作ったけど。この辺の魔力をたっぷり含んだ丈夫な木に、がんがん当たって平気なほどの強度はないからね。ぶつかるたびに防御にけっこうCPもってかれるからね。気をつけてよ~」
「大丈夫だって、見よ。我輩のドライビングテクニックを」
ぐらんぐらん、どかんどかん
ぴぴとぷうが昼寝をすることは、出来そうになかった。
森の中には大量のモンスターがいた。相変わらず多い虫モンスター。せめて地球サイズならハピも大丈夫なのに、蝶や蛾は胴体の長さが2mとかあり、羽を広げれば10m以上ある化け物だし、芋虫もあいかわらず直径1m越えだ。蜘蛛も本体が気持ち悪いだけじゃなく、糸の太さがロープなみに太いし、蜂は尻尾のとげからなぞの液体を消防の放水ばりの勢いで飛ばしてくる。
(きもいきもいきもいきもい)
ハピにとっては虫モンスターはとにかく気持ち悪い。虫モンスターの縄張りは猛ダッシュで走り抜けていく。そんなハピの心を癒してくれるのは、時折見かける動物形モンスターだ。トラックよりも大きいイノシシや、そんないのししよりさらに大きい鹿、1mくらいあるウサギなど、とにかく大きいが、虫と違って動物は大きくてももふもふだ。モンスターといえども、癒しパワーが半端ない。一応食べられそうなため、動物モンスターはどんどん倒して荷台に積み込んでいく。
森の中を走り続けること数日、一行はようやく大森林地帯を抜けた。女王様からもらった地図によると、妖精の国は肉球大陸の東の部分にあたる指球大陸、通称東の大陸にある国家のひとつで、丸い大陸の南西に位置している。北にエルフの国、東はゴブリン達と国境を接している。妖精の国にある都市は、妖精の国のほぼ中央にある妖精達の王都が1つと、西の海沿いに大きな港街が1つ、猫をはじめとした知性のある動物達が暮らす集落が多数、さらに北と東の国境沿いに多数の要塞の町があるという分布になっている。厳密には妖精の国といいながらも、きちんと安全の確保された場所は都市の中だけである。それ以外だと主要な交易路が気持ち安全なくらいだ。面積や距離はわからない。モンスターが溢れるこの世界で、測量をするのはなかなかハードルが高いらしい。
「ぴぴ、ぷう、見て。やっと森林地帯を抜けたみたいだよ」
ぴぴ達の目の前には一面の花畑が現れた。もちろんすべてが花というわけではない、草もたくさんあるし、木もまばらにある。遠くには、大森林地帯ほどではないが森も見える。だが、大森林地帯のような巨大な木ではないし、花も地球サイズだ。
「すご~い、きれいだね」
ハピはちょっと感動だ。いままでのうっそうとして暗ぼったい森から、ようやく開放された。しかも、これでハピの嫌いな巨大虫モンスターともおさらばだ。
「ぷう、自然の力が変わったよね?」
「うん、大森林の中とは明らかに力の質が変わったね」
ぴぴとぷうはまじめになぜ大森林がいきなり消えたのか、考察していた。メイクンでは自然界の魔力の分布によって自然環境が決まるのだろう。そして、大森林の中は自然界の魔力が強く、しかも、木の力の比重が多かったために、あの大森林になったのではないかということだ。逆に花畑のほうは自然界の魔力自体がそこまで強くなく、光、風、木とバランスよく力が分散していた。そのため、風通しのよく、草花が生える、日当たりのいい場所になっているとのことだ。
「そんなに変わるんだね。我輩あんまりよくわかんないや」
「大森林はかなり自然界の力が強かったんだよ。だから植物が大きくて多かったし、その植物と共存関係の虫も大きかったんだろうね。私の予想だと、私達が壊した街や村すら、半年もかからずに森に飲み込まれると思うよ」
「環境破壊とは無縁ってことだね」
「そうだね、この森は強すぎるね」
大森林を抜けたため、この辺りはもう妖精の国の勢力圏内である。まずはわんこ大臣のいる王都を目指す。ちょっともったいないが、道がないため花畑を猫トラックで爆走していく、ぴぴとぷうによれば、この花も地球のそれとは比べ物にならないほど再生力が高く。猫トラックの足跡くらい1週間もすればわからなくなるんじゃないか、とのことだ。東部の要塞の町をスルーして、妖精の国の中心にある、妖精達の王都を目指す。走り続けること数日、やっと王都へ到着した。
妖精の王都は平原にある城壁都市で、大きな河が街の中を流れるように出来ている。そして、何より目立つのは数本の巨大な木が立っていることだ。あまりにも大きく、10m程度の高さの城壁が小さいものに見えてしまうほどだ。王都そのものはかなり広そうだ。ゴブリンの王都にも壁の高さはともかく、広さなら負けないんじゃないかと思うほど広かった。
「あそこが妖精の国かな?」
「我輩もそうだと思う、河が流れ込んでるし、大きな木もあるからね」
「うん。門番はわんこが担当してるから、ここでよさそうだよね~」
「じゃあ、門番のところへ行こうか」
そうして一行は門の行列に並ぶのだった。行列にはいろいろな種族が並んでおり、妖精族だけじゃなく、猫、犬、熊、狐、虎、獅子、タカ、ワシなどが馬車などに乗って、順番を待っていた。まるで肉食獣限定の動物園のようである。モンスターではないため、大きさは基本的には地球サイズだ。ハピは普通の猫より大きすぎて、女王様からモンスターに間違われるかもと釘を刺されていたので猫トラックの中でかくれんぼ中だ。運転はぷうにチェンジしている。猫トラックも目立つかと思ったが、どうやらこういうゴーレムを使うのは割とあることらしく、似たようなゴーレムが複数いたため、悪目立ちすることはなかった。
そしてこの城門、すごく大きかった。そもそも門が横に5つ連なっており、真ん中の門はちょっと豪華で大きくなっている。門一つ一つが縦横5mくらいはありそうだった。そして、城門のある部分の上には、見張り台なのだろうかちょっとした建築物が建っていた。左の2つが街に入るための門で、右の2つが街から出る門のようである。
「次の方どうぞ~」
1時間ほど並んでいると、ぴぴ達の順番になったようだ。シェパードのような門番わんこが対応してくれる。
「身分証明書をお願いします」
バンダナの中から女王様からもらった外交官と書かれたカードと、丸まった紙に封蝋が押してある手紙を取り出す。たぶんこれが身分証と招待状なのだと思う。
「はい、これでいいのかな。あと、これがわんこ大臣からの招待状」
「拝見いたします」
門番わんこが紹介状を見ると、びっくりしたのか目が丸くなる。
「失礼しました。大臣のお客様でしたか、こちらでお待ちください。すぐに王城へ連絡し、大臣より案内のものを派遣していただきます」
びっくりしたのを見られて、ちょっとだけ恥ずかしそうだ。門番わんこについていくと、門の内側の門番の待機スペースみたいな場所につれてこられた。門の内側は広場になっており、人の往来も多くて活気があった。そこでしばらく待っていると、王城からの案内人がやってきた。
「よう、お前らが、ぴぴとぷうとハピか。なるほど、強そうだな。俺はアオイ、近衛師団第8部隊の隊長だ。よろしくな。堅苦しいのは苦手なんだ。気楽に頼むぜ」
軽く手を上げて挨拶してきたのは、1人の妖精族だった。短く青い髪、背は40cmくらいだろうか。背中には半透明の羽が2枚1組浮かんでおり、パタパタと動かしている。来ている服は制服なのだろうか、どことなく軍人が着る礼装のような雰囲気がある。そんな服をまるで不良少年のように着崩して着ている。性別はたぶん男の子だろう。しゃべり方と雰囲気がそれっぽい。
メイクンモンスター辞典にはこう書いてあった。モンスターじゃないけど載っているようだ。
妖精族。身長は30~50cm。非常に長命。耳は先端が少し尖っている。魔力で出来た羽を持ち、空を自由に飛べる。身体能力は低い傾向があるが、魔力が強い。種族全体の傾向として花が好き。見るのも食べるのも好きらしい。むしろ主食が花。また、やる気と好きなこと、楽しそうなことを重視する。長命すぎるがゆえに定期的にやる気がなくなり、グータラする時期がやってくる。集団生活する種族にしてはめずらしく。上下関係とかが希薄。王ですらやりたいやつがやればいい主義なため、1日以下で王が交代することもあれば、複数の王がいることすらある。一説には王または、女王経験者は妖精族の50%を越えるとか。年齢の質問は無意味である。長命ゆえに自分の年齢をカウントしてる人なんていない。暦も季節も日数も全部妖精達にはどうでもいいらしく、生まれ年すら知らないらしい。見た目も死ぬまで変わらないため、年の上下すらよくわからない。
体が小さく魔力が強い。おまけに好きなことをやる性格。ぴぴ達そっくりで仲良く出来そうだ。
「うん、わかった~。わたし達猫も単独行動が多いから、そういうの苦手なんだよね」
「だよな~。妖精族もそういうのないんだよ」
「わたしはぷう、こっちがぴぴ、この大きいのがハピ」
「馬車は要らないって聞いたが、面白い乗り物だな。俺も乗せてくれよ」
「うん、どうぞ~」
「ただ、なんかキズだらけ?」
「あはは、気にしないで~」
アオイを猫トラックに乗せて、一行は進みだす。目指すはわんこ大臣のいる王城だ。
「へ~、意外と乗り心地いいな」
「でしょ、わたしの自信作なんだよ」
「ほう、ぷうはゴーレム使いか」
「ううん、ゴーレムは補助で使うことが多いよ。メインは遠距離攻撃とこの牙だよ」
「お前ら強そうだし、今度模擬戦してくれよ~」
「うん、いいよ~」
「お、サンキュー。じゃあ王城へつくまで時間もあるから、王都の説明でもしてやるよ」
「ありがとう」
アオイとおしゃべりしながら猫トラックはゆっくりと進む。街中ではさすがに暴走禁止だ。道路は石畳だろうか、きれいで清潔感がある。道幅も広く、門から続く大通りとはいえ20mくらいはありそうだ。そして、馬が引いているタイプの馬車が多いのに糞で汚れていない。街並みは摩訶不思議だ。太い木が道路脇に整然と並び、ドアや窓が付いている。街路樹の類ではなく、太い木の内部が住居やお店になっているようだ。しかも、この住居のような木は、きれいな花を咲かせていた。
「さて、まずは、大抵のやつが真っ先に気になるのは、あのでっかい木だろ」
「うん」
「あの木は俺達妖精族が、昔住みかにしていた木だな。そのせいで妖精の木って呼ばれてる。この河の周辺によく生えてるんだけどな、大きくて頑丈だから、要塞兼住居として使ってたんだとよ。地上のモンスターは木の上から魔法を撃ってるだけで撃退できるし、空を飛べるモンスターが相手でも、枝の中に隠れてやりすごすか、向こうが襲ってくるのを待って、枝の中に引きずり込んでから倒したって話だぜ」
「今も木の上に住んでるの?」
「いま住んでるのは極少数だな。俺もだけど、多くの妖精は地上に住んでるぜ。やっぱ便利だしよ。だから、最近じゃ、軍事利用しかされてないな。もうちょっと早い季節に来てくれてりゃ、花が咲いてたんだけどよ。もう全部散っちまって、葉っぱしかないからな」
「それは残念だね~」
「まあ、来年見りゃ良いだろ。でだ、この街は東西南北を十字に走る大通りによっていろいろ区分けされてるんだ。今いるのは東街道だから、南側が田んぼとか畑のある農耕区域、北側が馬とか牛とかを飼ってる放牧区域だな。もっとも、見ての通り街道周辺は商業区に指定されていて、商店や宿屋ばっかだけどな」
「道路は何で出来てるの? すごい綺麗だよね」
「魔法で作った石だぜ。地下に状態維持のための魔力パイプが流れてるから、丈夫で長持ちってわけさ。あと、排水溝の中にはスライムがいるからな、馬の糞とかはスライムが出てきて処理してくれるんだぜ。だから清潔で綺麗なんだ」
「なるほど~」
「建物もかわいいよね。木の中に住んでるの?」
「おう、昔の研究者が作り出した。ツリーハウスだな。木の魔法で簡単に好きな大きさに出来る上に、外は頑丈で中は柔らかいから、中を好きに削って空間を作れる。乾燥させた木材と違って、生きてるから火事にも強いしな。石があまりとれないこの辺じゃ、重宝してるんだぜ。ぷうもこんなゴーレム作るくらいだから知ってるだろうけど、魔法で作った石は魔力が流れ続けてないともろいからな。道路や城壁はともかく、一般住居向けじゃないよな」
「建物の前に花壇が必ずあるけど、あれはルール?」
「おう、この辺も元は外と同様草花が生い茂っていたからな。せめて花だけでも植えようってことになってるぜ。枝の部分の花も同じだな。地面から生えてる花とはちょっと違うが、花を多くってやつだな」
「この木のお家の花もシーズンとかあるの?」
「いや、そっちは年中咲いてるぜ。正確には30日くらいで枯れて新しい花にかわるらしいんだが、基本は年中咲いてるな。そういう風に品種改良したって話だぜ。妖精の木のほうは自然のままだからな、年1でしか咲かねえんだよな」
その他にも下水道完備、道路の下の魔力パイプから魔力線を引くことにより、ツリーハウス内の環境もいいという話だった。そんな話をしていると、別の門と城壁が現れた。大きさはさきほどのものと同じくらいだろうか。
「ここが内門だ。昔はここまでしか街がなかったらしい」
「また門番がいるの?」
「いや、門番はいないな。詰め所はあるけど、巡回警備の連中の拠点になってるだけだ」
そして内門をくぐる。
「あんまり変わらないね」
「そりゃあ、内門の中も外も街だからな。しかも街道沿いは基本店だしな。一応内門の中は住宅街になってるんだぜ。もうちょっとすれば、街の中心を南北に流れる河と、川沿いに沿って走る南北街道が見えてくるぜ」
「そういえば、王都ってすごい広いけど、何人くらい住んでるの?」
「ん~、確か、妖精族と動物達全部合わせて2000万人だったかな。妖精の国は街の数が少ないから、どうしてもひとつの街がでかくなっちまうんだよな」
さらに進むと大河と巨大な橋が見えてきた。
「お、見えてきた、ここがこの街の中心だな」
「大きい河だね~。なんていう河なの?」
「フラワーリバーだ。幅は200mだったかな。護岸工事もばっちりだから、綺麗に南から北に一直線にながれてるぜ。川沿いの道路が南北街道だ。ところどころ橋が架かってるぜ」
「フラワーリバーか~」
「ネーミングセンスについてはとやかく言うなよ。俺も微妙じゃないかって思ってるんだから。ちなみにこの街の名前はフラワーガーデンで、お城の名前はフラワーキャッスルだ。まあ、名前に関してはみんな微妙だと思ってるのか、普段は王都、城、河としか言わないがな」
「うん、わたしもそうする~」
一行は河を渡り、反対側へと進んでいく。
「河の西側はなにがあるの?」
「内門の中はこっちも住宅街だ。で、内門と外門の間なんだが、西街道の北側に工業区と港があって。南側に行政区がある。城も行政区にあるから、俺らの目的地もそこってわけさ」
西街道を進み西の内門をくぐる。
「この南側の壁の向こうが行政区だ。行政区はいざという時篭城できるように、専用の城壁で守られてる。そこを左に曲がって行政区の門をくぐってくれ」
門をくぐると広場になっており、大き目の建物がいっぱい建っていた。
「この門には門番いないんだね」
「ああ、行政区でも内門周辺は市民サービスの部署がメインだからな。人の出入りもかなり多い。あの右に見える二つの門の内、北側の豪華な門に行ってくれ、あそこが城の正門だ」
一行は豪華な城の門に到着した。
「ちょっと待っててくれ」
アオイはそう言うと門番のところに飛んでいった。門番はわんこじゃないとダメなのだろうか。ここの門番はドーベルマンっぽいわんこだった。
「許可もらってきた。このまま進もうぜ」
先に進むと、道路の両側に優雅な花の庭園が広がっていた。
「きれいだね~」
「ああ、家の前に花壇があるんだから、城の前にはその代わりの花の庭園ってことらしいぜ」
さらに進むと、城の車寄せにわんこが数匹待っていた。車寄せで猫トラックを止め、降りていく。
このお城、最初ぴぴ達はお城とは認識できなかった。アオイの話から城が近くにあるはずだからと、きょろきょろ探したくらいだ。普通お城といったら巨大建築物を想像するだろう。日本のお城も西洋のお城も大きい建物なんだから。だが、このお城、確かに大きいし高い巨大建築物なのだが、まさかのツリーハウス製だった。そのため、外観が変わった形のでっかい木に、窓やテラスがくっついただけにしか見えないのだ。
「ようこそお越し下さいました。私は犬大臣の筆頭秘書を勤めております、ブランシュと申します」
「わたしはぷうだよ」
「ぴぴよ」
「我輩はハピ」
ブランシュと名乗ったわんこは、ちょっと年をとった、真っ白なグレート・ピレニーズのようなわんこであった。流石大型犬というくらいに大きかった。
お城の中をブランシュの案内で進んでいく。廊下は床も壁も天井も木がむき出しだ。窓の配置のせいなのか、魔法によるものなのか、廊下は木漏れ日の中にいる思うかのようなやさしい明るさだった。また、妖精族の美的センスによるものなのだろう、廊下には豪華な美術品のようなものは一切なかった。その代わりにあちこちに花が植えられていた。妖精族にとっては花こそ最高の美術品なのだろう。
しばらく進むと、大臣の部屋に到着した。部屋の前にも2匹のわんこがいた。扉の横には犬の大臣室と書かれたプレートがあった。ぴぴ達はこの世界の文字は知らないが、テレパス系の魔法の一種なのだろう。なんて書いてあるのか読もうとすると、テレパスでイメージで伝わってくるという魔法が使われていた。
「わんっ」
一行が近づいてくるにきづくと、部屋の前のわんこが一声鳴いた。
「わんっ」
部屋の中からも鳴き声が聞こえた。
「どうぞ、こちらです」
ブランシュの案内で中に入る。案内された部屋のなかは、廊下とかわらず木がむき出しで木漏れ日のような明るさまで同じだった。ぴぴ達が案内された部屋は、奥に大臣用の大きな机が1つ、手前にソファーとテーブルのセットがあるという、レイアウトだった。さらに、壁には本棚などがあるが、机も椅子も全部木製で出来ており実に落ち着いた雰囲気のいい部屋だった。ただ一点、なんとも微妙なのが、犬大臣の趣味なのだろうか、大きな骨がどうどうと真正面の壁の一番いいところに飾られていた。また、扉はぴぴ達が入ってきた扉以外にもあることから、別室もあるようだ。
「大臣、お連れいたしました」
「ようこそおいで下さいました。私が犬の大臣を勤めさせていただいております、うすきと申します」
「わたしはぷうだよ」
「ぴぴよ」
「我輩はハピ」
うすきと名乗ったわんこ大臣は淡い黄色の毛をもつ、ラブラドール・レトリーバーっぽいわんこだった。うすきもそこそこの年に見えた。それにしてもブランシュにしろ、うすきにしろ、名前が毛色なのはそういう文化なのだろうか。
「まずは掛けて下され。ブランシュお茶の用意を」
「うん」
「俺も失礼するぜ」
ブランシュはメイドわんこにお茶を頼むと、一緒に座るようだ。ソファーに5匹が座った。ぴぴ達3匹とわんこ大臣、ブランシュ、アオイが向かい合うような形だ。
「さて、堅苦しい話方はなしでいいかの?」
「うん、わたし達猫は単独行動が多いからね。そういうのよくわかんないし」
「ほっほっほ、たしかにそうじゃのう。では、楽に話させてもらうぞ。さっそく本題に入らせてもらっていいかの?」
「うん」
「まず、最初の話題はそもそもなぜわしのところに来てもらったのか、その理由を知っておるかの?」
「ハピが大きすぎて、新種のモンスターと思われて攻撃されるリスクがあるからって聞いたけど」
「うむ、それも間違いではないの、じゃが実際には他にもちょっと面倒なことがあるのじゃ。まず、我々が普段使うテレパス、これを種族全員使えるのが妖精達だけなんじゃ」
「え、そうなの?」
「うむ、そうなのじゃ。例えば同じ大陸に住んでおるエルフやドワーフでさえ使えるものが少なくての、多くの連中はテレパスを使えん。テレパスを使えない連中は、自分から発信するだけじゃなく、受信も出来ないらしくてな。テレパスが精神系攻撃かなにかに感じるらしいのじゃ。そのため、たびたび揉め事が起きておる。そのせいもあってか、知性をもち、意思疎通できる存在は、人型で、声で会話できるものだけじゃと考えておる連中が多いのが実情じゃ。なのでそもそも妖精族以外に動物の姿のまま、テレパスで話しかけるのは、あまりよくないのじゃ」
「思ったより深刻な問題なんだね~」
「そうなのじゃ、わしらにとっては一般的なコミュニケーション手段でも、他の種族には極一部の連中が使うマイナーな手段というわけじゃ。幸いテレパスは、軍やハンターでも上位者は使えることが多いから、揉めごとになってもなんとかなるケースがほとんどじゃがな。とはいえ、揉め事を起こさないことが肝心じゃ」
「うん、それはそうだね~」
「というわけでじゃ、戦闘のときはともかく、街の中にいるときように、変化の術を学んでほしいのじゃ」
「なるほど、人型に化けて声によるコミュニケーションをしようということね」
「そういうことじゃ、これまでそうやってごまかしてきた歴史すらあるからの。戦闘時に動物の姿になり、それ以外のときは人型になる。そんな存在のことをこの世界では動物妖精と呼んでおる。わしらなら犬妖精、おぬしらなら猫妖精といった形じゃな」
「化け猫の術はいちおう使えるんだけど、完全に人に化けれるのは得意な一部の猫だけなんだよね」
「細かいことは気にしなくて良いぞ。なにせ獣人や魔族すらいる世界じゃからの。とりあえず2足歩行で物理的な音声が出れば問題ないわい。猫にもケット・シーみたいな、2足歩行してしゃべれてるだけで、外見はほぼ猫のままのようなやつとかもおったし。熊なんかだと一切化けることなく、がんばって2足歩行して、会話は風魔法でしゃべってる風を装うだけのやつすらおるぞ。だが、それで十分なのがこの世界なのじゃ」
「ふふ、それはちょっと笑っちゃうね」
「じゃろ?」
「でも、わたし達、この世界の言葉も文字も知らないよ」
「そこはこれがあるから大丈夫じゃ」
わんこ大臣はそう言いながら3個の玉を取り出した。
「これは知恵のオーブと言われているものでな。これに魔力を流している間は、なんと普通に会話ができるし、読み書きもできるようになるというすぐれものじゃぞ。大して高価なものでもないから持って行くがいい。ちなみにわしもブランシュも、妖精族の言語すらしゃべれんが、これのおかげでなんの問題も無いのじゃ」
「なんかすごいね」
「うむ、研究者が作ったものじゃから、詳しい原理はわからんがのう。おぬし等のスカーフにある小物入れは、外部から魔力を入れれるタイプじゃよな?」
「うん」
「なら、そこに入れておけばよかろう」
「ありがとう」
「あとは、そうじゃな、身分証明書になるのじゃが、実力を試させてもらってもいいかの? 申し訳ないが、こればっかりは国の信用問題に関わるんじゃよ」
「うん、いいよ。でも、身分証明書なのに、実力を試すの?」
「そうじゃったな、まずこの世界の身分証明書の制度を説明しないとじゃな。まず、身分証明書の種類なのじゃが、大きく分けて4つの種類がある。1つ目に市民カード。これはだれでも取れる普通の身分証明書じゃな。誰でも取れるが、メリットもなければデメリットもない。2つ目にハンターカード。これはハンターギルドに登録するともらえるカードじゃ。ハンターとはいっても、モンスター狩りだけじゃない、採集から護衛まで、街の外での活動をメインにするものたちのためのカードじゃな。3つ目に商業ギルドカード。これは商業ギルドに登録するともらえるカードで、主に商売人のためのギルドじゃ。主に街の中で活動するためのカードじゃな。商業以外にも、農業から工業までいろいろ細部は分かれておる。最後4つ目が役人カード。わしやアオイのような、国の組織に所属しているものが持つカードじゃな。貴族制度のある国家じゃと貴族カードといわれたりしておるよ。ちなみに市民カード以外はランク制度があってな、ランクを上げるほど優遇措置が受けられるのじゃ。もっともそれ相応の義務もおうがの」
「ふ~む、いろいろあるんだね。ぴぴ、ハピ、どれがいい?」
「私はなんでもいいよ」
「我輩は市民カードかな」
「じゃあ、わたしも市民カードでいいかな」
「こりゃこりゃ、ちょっと待つのじゃ。他のカードだとランクに応じて優遇処置があるのじゃぞ。特にハンターカードはお勧めじゃ」
「新参者のわたし達が、いきなり上位のカード持ってたら、トラブルにならないかな? あと、それ相応の義務っていうのがやっかいだよね。わたし達はそもそも害獣駆除に来ただけだからね、それ以外のことをする気はあまりないというか、へんなことすると女王様に怒られるかもだしね」
「なるほど、そういうわけか。その辺は安心してほしい。まず、ハンターカードじゃったら、強いものがランクが高いのは常識じゃ。いきなり上位のカードを持っていても問題ない。目立つのがいやなら、下位のカードを併用することも可能じゃ。下位のランクのものが不正に上位のカードを所持するのは違法じゃが、上位のものが下位のカードを使うのは、場合によっては認められておる。それに、義務がともなうのは妖精の国の場合、商人カードや役人カードの話じゃ、ハンターカードには義務はない」
「そうなの? 強いモンスターがいたら倒してくれとか、街のピンチや戦争に強制参加とかないの? そもそも、アオイみたいな軍人がモンスター倒すのに、ハンターってどういう立場なの?」
「確かに、国が軍隊という対モンスター組織を作っているのに、ハンターという個人、もしくは少人数の力を頼り、さらに高ランク者に優遇処置まで与えるのは不自然な部分があると思うのもとうぜんじゃ。じゃがの、これには歴史的にも深い事情があるのじゃ。まず、ここにいるメンバーだけでも考えてみるのじゃ、わしらは犬、おぬしらは猫、アオイは妖精。それぞれみんな価値観が違うんじゃ。妖精の国はそんな価値観の違う種族の力を、上手くコントロールする必要があった。群れるのを好む犬族や妖精族は群れを作りモンスターに立ち向かい、逆に群れるのを好まない猫系の種族は個人でモンスターに立ち向かった。歴史的にも、犬の集落がモンスターに襲われたときに、猫達が援軍にきてくれたこともあるし、逆に、猫達がモンスターになわばりを追われたときに、犬の集落で保護したこともある。集団の力と個人の力、どちらが上かではない、妖精の国では両方の力が必要じゃったのじゃ。そして、そんな価値観の違う集団が、妖精の国としてまとまっていくなかで、集団の力を上手く使うために軍隊が、個人の力を上手く使うためにハンターギルドが、それぞれ出来たというわけじゃ」
「なるほど~」
「じゃから、ハンターギルドという名称ではあるものの、実体は国営じゃ。ギルド職員は全員役人じゃしの。そして、ハンターの身分も妖精の国所属の軍人扱いなのじゃ。ピンチのときの強制参加なんじゃが、基本は自由じゃ。いろいろと相性もあるからの、軍隊だって相性の悪い隊員は下げさせる。それはハンターも同じで、相性の悪いやつは受けさせん。逆に相性のいいやつはもともと狩ってるやつらが多いから、ゲリラ的にどんどん狩ってくれることが多い。わしら軍隊を作る種族がハンターに求めることは、相性のいいモンスターをがんがん狩って間引く、これに尽きるのう。逆におぬしらハンターが軍隊に求めることは、街の安全の確保と昔から言われておる」
「なっとくできた」
「ただ、今までの話はあくまでも妖精の国での話じゃ。ハンターギルドのような仕組みはいろいろな国にあるし、一応似たような組織ということで、他国のギルドとも交流はあるがの。じゃが、もし他国へ行くことになった時もハンターランクが高いと便利じゃぞ。たとえば、王侯貴族の権力が強い国でも、他国の上位ランクのものへの命令は出来ないルールなのじゃ。どのカードであっても、上位ランク者は国の重要人物。そんな人物に命令してなにかあれば戦争になることすらある。じゃから、トラブル回避のためにも、妖精の国で高ランクになるのは悪くない選択肢なのじゃ」
「なるほど、そういうことなのね。あれ? 妖精の国も王国じゃないの?」
「妖精の国は王国じゃが、いわゆる立憲君主制というやつでの、王侯貴族は名誉職なんじゃ。女王も儀式的なことはするが、政治家ではないからの。しかもじゃ、妖精王、妖精女王なんて挙手制じゃぞ。やりたいやつがやるらしい。対外的にはそれじゃこまるから、ある程度固定でやってもらってるがの。実際の政治は、各種族や集落の代表者、有力者が集まる議会、代表者議会とよばれる組織が行っておる」
「わかった」
「話を戻すが、メリットも絶大じゃぞ。どのカードにもいえることじゃが、街に入る際のチェックが、通常の門とは別口で受けれて、スムーズに入れるようになる。店の中には高ランク専用の店もあるが、そこにも入れる。ハンターなら、高難易度ダンジョンの入場条件になってることもある。さらに、高ランクハンターにしか開示していない情報なんかもあるのじゃ。ギルドで危険地帯指定されている地域の情報とかじゃな。低ランクじゃと、近寄るなで教えてもらえん」
「じゃあ、デメリットはないの?」
「基本的にはないのう。討伐報酬は軍人の給料扱いで無税じゃし、素材買取時の税金も10%固定じゃしのう。高ランクだからと下位のモンスターを倒してはいけないということもないのう。ただ、国によって当然違うから、そこは注意するのじゃぞ」
「まあぶっちゃけ、高ランクハンターのデメリットは、高ランクになることそのものじゃね。高ランクになるためには高ランクのモンスターを倒す必要があるけどよ、いざというとき、軍の助けもなしに高ランクモンスターに挑むとか、なかなか無謀だぜ」
「ほっほっほ、確かにそのとおりやもしれぬな。では、ハンターカードで良いかの?」
「うん、いいよ。あ、美味しいもの探しもしてるんだけど、商人じゃないと入手できない食材とかってあるのかな?」
「いや、ないの。高ランク商人じゃないと取り扱えないものはあるが、それはあくまでも中間業者の話じゃ。食べ物などの消費に関しては、高級店とかがランク指定している場合もあるが、そこに入るのはどのカードでも問題ない。そもそも高級食材は高ランクモンスターや、高ランクモンスターがいる場所でしか取れないものが多いからのう。もし、そういった食材を手に入れたら教えてほしい。わしもご相伴に預かってよいのなら、王城の料理人に調理させるぞ」
「お、いいな、俺もまぜろよ」
「お主は自分で取ってこれるじゃろ」
「ぴぴとハピもいいかな?」
「「うん」」
「じゃあわんこ大臣、ハンターカード頂戴」
「うむ、では、実力を見せてもらおうかのう」
「「「うん!」」」
「ブランシュ、闘技場に行く。ブラウンとシュバルツを呼んでくるのじゃ。それと、万が一のために救護班の手配も頼む」
「はっ」
「ちょっと待って、わたしとぴぴは戦闘職だけど、ハピは後方支援なの」
「わかっておる。ハンターにとって大事なのは、パーティーでの力量じゃ。わしら犬とてそうじゃ、作戦を考えるのが上手いもの、追い込みが上手いもの、仕留めるのが上手いもの、それぞれおるが、パーティーとしてハンティングが上手ければ、なにも問題ない。そうでなくば、攻撃手段に乏しい回復職なんかは、ランクをあげられないからのう」
「わかった」
「最初に言っておくが、ブラウンとシュバルツは門番じゃが、妖精の国の軍人の役人ランクは、ハンターのそれと同じにしてある。ブラウンは☆4、シュバルツは☆5の実力者じゃ」
「俺ともやろうぜ」
「うん」
「ほっほっほ、もしシュバルツに勝てたら、それもいいじゃろう」
こうして一行は、闘技場へと移動するのであった。




