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第4話 いきなり妨害者

「ぎょ、魚雷?」

 舵輪を握ったまま、ショーコが固まった。

 その上に浮かんでいる情報モニターが、赤い枠の緊急情報のものに変わる。

「魚雷、距離八〇〇〇、当船にではありません。北東方向です!」

 反射的にリンシアが、船の右前方を見た。

「左でしょ!」

 ショーコが訂正する。()(さき)が向いてるのは、ほぼ東だ。

「あれ? フライング・クラウドが出港してません」

 改めて左を見たリンシアが、隣の船が動いてないのに気づいた。

「安全確認が終わるまで、出港を見送る判断でしょう」

 そういう推論を言ってきたのはリグだ。

「安全確認ですか?」

「出港前に時限発火装置が見つかったと教えてくださったでしょう。洋上で火災が起きたら大変ですから、そうならないために確認を終えるまでは出港しないと判断されたのでしょう」

「ああ、なるほど……」

 リンシアは話を聞いて、自分にそういう発想がなかったのに気づいた。

「ところで、この船では?」

甲板員(こうはんいん)に確認するように指示を出しておきました。何かあれば連絡が来るでしょう」

「着弾します!」

 シャンの言葉で、魚雷のことを思い出した。

「魚雷は四本。うち二本、当たります!」

 シャンが言った直後、左に見える海上に大きな水柱が二本できた。狙われたのは中型の青いコンテナ船だ。船の真ん中と船尾が持ち上げられて、上に折れ曲がる。次に海に落ちて下へ折り曲げられ、船体が三つに千切れた。

『爆発です。何があったのでしょうか?』

 レースの中継映像でも、先ほどの爆発の様子が流れた。黒い煙が広がり、折れた前半分が横向きのまま流されて離れていく。

『レース用に改造した機関が爆発したのでしょうか?』

 中継スタッフのところには魚雷の情報がなかったのだろうか。

 少し遅れて、別のところでも水柱が上がる。

「アオバ先生。これは……?」

「今年の参加者の中に、相当なせっかちがいたんだろうね」

 情報を欲しがるショーコに、アオバが平然とした態度で答える。

「さっきもお隣さんの航海長が言ってただろう。ライバルの妨害(ぼうがい)だ。でも、いきなり港で仕掛けるのは気が早いなあ」

「妨害? いやいやいやいや、魚雷は妨害のレベルを超えてるでしょ」

「ショーコくん。誰が魚雷だけだと言ったかな?」

「キリッとした顔で言わないで!」

 アオバの物言いに、ショーコが悲鳴じみた声を上げた。

 一方でアオバは説明をしながら、何かの準備をしている。

「シャン。魚雷の出どころは?」

「射出音のあった付近に船舶(せんぱく)はありません。おそらく潜水艦です」

「それは厄介(やっかい)だね。()発装塡(はつそうてん)される可能性もあるし、潜水艦が一隻とは限らないし……」

 そう言ったアオバが、次にリンシアに顔を向ける。

「リンシアくん。この船の機能は、どのくらい理解してもらえたかな?」

「すみません。まだ説明書の半分も目を通せてません」

「別に(あやま)らなくてもいいよ。そもそもいくら優秀でも、書類だけ見て覚えられるなら誰も苦労しないよね」

 そう言いながら、アオバがテーブルに置かれたプリントアウトされた紙を見る。

「この機会に、機能を動かしながら覚えようか。さすがに港の中では最高速度の試験はできないけど、それ以外はここで試してもいいだろう」

「やりながら覚えられるんですか? それは有り難いです」

 リンシアがプリントアウトした紙を地図の上に並べた。

「そうそう、船長。緊急事態です。オペレーターの増員をお願いしますよ」

「何人ですか?」

「では三人……」

「わかりました」

 船長席の後ろにある壁がプシューッと音を立てて開いた。そこには四体のヒューマノイドが(しゅう)(のう)されている。

「ハオ、チア、ノン、起動してください」

『了解しました』

 ユイウェンの呼びかけに、右側から三体が動きだして壁から出てきた。

「シャンは通信に専念してください。情報収集はハオが担当……。先輩、あと二人は?」

「監視ドローンを二機出します。この操作と周囲の探索(たんさく)を任せるよ」

 天井からオペレーター用の席が二つ下りてきた。これがドローン操作用の席だろう。他にシャンの席の後方にも席が現れる。

 ヒューマノイドたちはすぐにその席に座り、そのまま任務を始める。

「監視ドローン、射出する」

 船首に置かれたコンテナが開き、中から二機のドローンが飛び立った。それが左右に別れ、上空から会場の様子を伝えてくる。

「リンシアくん。いつでも加速できるよ」

「わかりました。では、最初に(スーパー・)(キャビレーション)航法を試したいですね」

「お、チャレンジャーだね。船体が壊れるかもしれないよ」

 リンシアの要望に、アオバがニヤッと微笑む。ところが、それを聞いて、

「船が壊れる航法って、何よ? いきなり危ないことしないで!」

 と、ショーコが舵輪を握らなが文句を言った。

「アオバ先生。(スーパー・)(キャビレーション)航法って、失敗したら浮力を失って、海に引きずり込まれるんじゃないですか?」

「ああ、その可能性もあるねぇ。でも、(あわ)の大きさより船は沈まないぞ」

「言われてみれば……そうですね」

「どういうこと? スーパーキャーなんとかって何?」

 ショーコだけが会話の蚊帳(かや)の外だった。

(スーパー・)(キャビレーション)航法っていうのは、船の周りに小さな泡を作って、水の抵抗を弱める技術です。この技術の難点は、泡が割れる時に船体を削ることがあるんですよ」

「燃費を減らすための技術なんだけどね、たまぁ〜に船の修理費が減らした燃費よりも高くつく失敗があるんだよねぇ」

「うまくすれば船底に着いたフジツボを削り取るなんて話もありますよぉ」

「リンシアくん。それは都市伝説だ。フジツボはしつこい」

 魚雷騒ぎがあったのに、リンシアとアオバは落ち着いていた。

「右前方、潜水艦の影を発見しました」

 そこへノンが、敵影の発見を告げてきた。その情報はただちに、シャンを介して大会運営本部へももたらされる。

「船を潜水艦の方へ向けてください。そのまま前方に見える緑のコンテナ船の後ろをまわって、港の出口へ向かいます」

 リンシアから最初に指示が出た。前に見える船は、先ほどフライング気味に動いていたコンテナ船だ。すでに港の真ん中まで出てきている。

「潜水艦の方へ? 射たれに行く気なの?」

「いや、潜水艦にまっすぐ向かった方が射たれないよ」

 ショーコの不安を、すぐにアオバが否定する。

(スーパー・)(キャビレーション)始動。最大の加速をしつつ、南東へ向かってください」

「了解。(スーパー・)(キャビレーション)始動。電磁ジェット推進、最大加速!」

 リンシアの指示を受けて、アオバが機関出力を最大にした。

「ええええ〜? 外に出てるアンドロイド、落ちないよね?」

 貨物船としては有り得ない加速に、ショーコが顔を(あお)くした。

 ショーコが心配したのは、甲板でコンテナを調べている作業員だ。その様子が船橋(ブリッジ)の窓から見えているのだ。

「心配ありません。船の動きは逐一(ちくいち)ヒューマノイドたちに伝わっています。それで海に落ちるようなら欠陥品(けっかんひん)です」

 リグの発言だ。ショーコの不安を否定している。

「ショーコくんは心配性だなぁ。というよりも勉強不足、知力に見合う知識が足りないんだな。不安になるのは、足りない知識を悪い想像で埋めるせいとも言うからね。これはあとでみっちりとお勉強だな」

「アオバ先生。今はそういう話は……」

 ショーコに方向性の違う不安が襲ってきた。

「速度三〇ノットを超えました」

 ハオが速度を読み上げる。

「できるだけ潜水艦の真上を通ってください」

「ぶつける気なの?」

「誰もそんなことは考えてません!」

 ショーコの悲鳴じみた確認に、リンシアがきっぱりと答えた。

「速度三五ノット……」

「リンシアくん。船を浮上させてみるかい?」

 アオバがそんな提案を持ちかけてくる。

「荷物を積んで二万トン近くあるんですよ。持ち上がりますか?」

「だから早いうちに試してみるんだ。壊れたら、今後は使わなければいい」

「そうですね。じゃあ、やってみましょう」

 二人だけで方針を決めてしまった。

「浮上って何? 何が起こるの?」

 舵輪を握りながら、ショーコがまた不安を覚える。そのショーコに、

「何が起こるって、船の操作マニュアル、読んでないのか?」

 と、アオバが聞く。()(けつ)だった。

「読んだけど、理解できませんでしたっ!」

 正直に答えた。

「わかった。あとでショーコくんには特別補習をしてあげよう」

「はぅ〜、それもイヤ……」

 ショーコが目に涙を浮かべながら、指示された方向に船を進める。

「速度四〇ノット……」

 その間も船の加速は続いていた。時速に換算したら七五キロだ。

 海上を跳ねるように走るため、船が激しく上下に揺れる。

「ジェットフォイル展開。浮上させるよ」

 窓から見える水面が、下へ動いていく。船が持ち上がっているのだ。

 その直後、船橋(ブリッジ)で感じていた揺れがピタッと収まる。

『おおお〜、何だ? いきなり帆船が浮き上がったぞ!』

 流しっ放しの中継から、そんな声が聞こえてきた。

河南(ホーナン)学園の船ですね。これはとんでもない武器を隠し持ってました』

 解説が興奮(こうふん)した声で語っている。この船の様子が全世界へ中継中だ。

「ジェトホイルって何?」

「ジェットフォイル。水中翼だよ。船底に波が当たったような音が聞こえないから、八メートルは持ち上がったんじゃないかな」

 アオバが計器表示を見ながら、ショーコの疑問に答える。

「速度八〇ノット……。九〇ノット……」

「は、速い、速い……」

 ショーコが別の意味で悲鳴を上げた。速度九〇ノットは時速一六〇キロだ。

 予想外に加速があったため、前にあるコンテナ船の船尾が一気に迫ってくる。

 衝突を避けようとしたショーコが、進路を更に右へずらす。

「緊急警報! 魚雷の発射を確認しました!」

 そこへハオが非常事態を告げてきた。

「左方向、距離三〇〇〇、狙いは当船、コンテナ船の(かげ)から来ます。六本です」

「イヤァァァ〜〜〜〜〜!」

 ショーコが悲鳴を上げた。

「コンテナ船の背景に、他の船は?」とはリンシアの確認。

「六八〇〇後方に一隻あります」とはチアの答えだ。

 そのやり取りの間に、船はコンテナ船の後ろをすり抜けた。航跡(こうせき)に乗り上げたはずだが、その揺れは伝わってこない。

取舵(とりかじ)いっぱい! 旋回半径(せんかいはんけい)のテストをします」

「と、取舵(とりかじ)ぃ〜〜〜〜〜……」

 ショーコが泣きながら舵輪を左に回した。

 姿勢制御のためだろう。船が左側へ傾いていく。

「魚雷の航跡を確認。二本、当船の航路上……」

 上空からドローンで監視するチアだ。

取舵(とりかじ)いっぱいのまま(ゆる)めないでください。船を魚雷の方へ向けて!」

「なんで、そんな怖いことするのよぉ〜?」

「魚雷に向かった方が当たらないんですよ」

「それ、絶対に都市伝説ぅ〜〜〜〜〜!」

 船が急旋回したまま、後ろをすり抜けたコンテナ船を追い越していく。

「舵、戻〜せ〜! 面舵(おもかじ)一〇度!」

「ひぃぃぃぃぃ〜……」

 リンシアの指示に、ショーコが泣きながら舵輪を右に回す。

「着弾回避。魚雷、自爆しました」

 船の左後方に水柱が上がった。少し遅れて二本めの水柱も上がる。

『これは、とんでもない運動性能です! とても船の動きには見えません』

 解説者の興奮は続いていた。

『中継用のドローンが追いつけません。このままでは最高の映像が……』

 レポーターは別の心配をしている。

「中継するなら、魚雷のことを伝えてぇ〜!」

 ショーコの悲鳴は、ごもっともだった。

 中継用のドローンの下を、華駿(フォーチュン)号の監視用ドローンが追い越していく。

「潜水艦発見しました。急速潜行しています」

「それなら無視していい。攻撃はないはずだ」

 ノンの報告に、アオバがそういう補足を加える。

「リンシアくん。このまま行けるところまで行ってしまおう。犯人もこんなに速い船は想定してないだろうから、その方が攻撃を受けないだろう」

「『三十六計逃げるにしかず』、(そん)()(ひょう)(ほう)ですね」

 また二人で方針を決めた。その間ショーコは、

「右、右、ここも右……」

 近づいてくる船の右を通るように、必死に操舵している。

 船舶の国際法では『接近する側の船は常に相手を左側に見るように』とされているのだ。

 港の中とはいえ広いため、海上には何隻もの漁船が操業している。

「それでは、このまま船を出口へ向けてください。アオバ先生。浮上したまま何キロぐらい航行できますか?」

「計算上は四〇〇キロ……かなぁ?」

 リンシアの質問に、アオバがおおよその距離を暗算で答えた。

「だいたい安徽(アンホイ)水道の出口ですか」

「でも、それをやったら夜間の電力が足りなくなるよ。だから半分で……」

「わかりました」

 おおよその目安を聞いたリンシアが、それを広げた海図にメモする。

「あ、ショーコさん。まっすぐ走らせると船の動きが読みやすくなるので、魚雷に狙われますよ。不規則に蛇行して、進路を読ませないようにしてください」

「そーゆー大事なことは、もっと早く教えて!」

 ショーコが慌てて、船を蛇行させた。魚雷の回避運動だ。

「お風呂掃除のメイド隊から連絡。お湯がすごい勢いで(あふ)れて掃除できないそうです」

 シャンが船内の状況を知らせてきた。伝える相手は執事長を兼ねるリグだ。

「何が起きてるのですか?」

「船を蛇行させたせいですか?」

 リグの疑問に、リンシアがそんな理由を聞いてくる。船を蛇行させるように言った直後の連絡だけに、責任を感じたようだ。だが、アオバは、

「ああ、それはフルパワーで発電してる影響だよ」

 と、リンシアの心配を否定してきた。

「発電で余分に出てきたお湯、お風呂場に捨ててるからなぁ。一時間に八〇トンぐらい……。何か対策を考えた方がいいかな?」

 とアオバの言った言葉を聞いて、リンシアがお風呂場が大きいわけだと思った。

「若さま。こういう状況では無理に掃除しなくても良いと思いますが、許可をいただけますか」

 リグがそういう方針を言って、話をユイウェンに振る。

「うむ。神経質になる必要はありません。良いように取り計らってください」

「では、フルパワー発電してる時のお風呂掃除は中止です。伝えてください」

 リグの決定をシャンが仲間に伝える。

 その間に船は、高速航行のまま港の出口に近づいてきた。あと五キロぐらい。

 右側に大きな岩山が見える。出口の真正面にも(とう)のような岩山が立っている。

 その先は細長い水路だ。

「あの岩の塔の右側から進入。この先はしばらく幅二キロと狭いです」

「岩の塔の近くに潜水艦を発見。出口から狙ってます」

 発見したのはチアだ。監視用のドローンは左前方で岩の塔へ向かってる。

「魚雷、射出されてます。本船の前方へ四本。このままだと直撃します」

 魚雷を見つけた時には、すでに放たれたあとだった。

「と、取舵(とりかじ)ぃ〜〜〜〜〜っ!」

 ショーコが反射的に左──魚雷が来る方へ(かじ)を切ろうとする。だがリンシアは、

「進路はこのままです。それよりも出力ダウン! 減速してください!」

 別の指示を出してきた。

「な、何でよぉ〜?」

「出力はそのままだ。それよりも着水させるよ!」

 ショーコとアオバの言葉が重なる。

 ──ビィィィィィ〜〜〜〜〜

 船内に警告音が響いた。それと同時に、

『強い衝撃が来ます。各自、衝撃に備えてください。強い衝撃が来ます。各自、衝撃に備えてください』

 機械音声によるアナウンスが流れてくる。直後、船が後ろへ傾き、急制動がかかった。

「ひゃああぁ〜ですぅ〜……」

 キティがイスから投げ出された。

「アオバ先生、今のは?」

 リンシアはテーブルに乗り上げていた。そのリンシアの質問に、

「後ろのジェットフォイルを(しゅう)(のう)したんだ」

 と、半分イスからずり落ちているアオバが答える。

「出力そのままだから、再加速させるよ。(スーパー・)(キャビレーション)再始動。電磁ジェット推進、最大加速」

 速度が落ちたことで、船の前の方も着水していた。だが、機関が最大出力のままのため、すぐに波に乗り上げながら加速を始める。

「魚雷、すべて当船の前を通過しました」

 これを伝えたのはハオだ。続いてチアが、

「潜水艦に動きが見られます。恐らく再装塡(さいそうてん)してまた狙ってくると思われます」

 と言ってくる。

 そのチアの操るドローンが、岩の塔の前で旋回を始める。潜水艦の真上に来たようだ。

「潜水艦の位置情報、()(なん)軍とリンクしました。展開中の対潜(たいせん)(しょう)(かい)機、右から来ます」

 これはシャンのアナウンスだ。

 右の空を見ると、海上を旋回する大型機が見える。背景に見える山よりも低く飛んでいる対潜哨戒機だ。その大型機が徐々に機首をこちらへ向けてくる。

 その山の向こうから大型機の編隊が見えてきた。中央を飛ぶひときわ大きな飛行機を、八機の大型機で囲む編隊だ。

「あれは()(なん)軍の空中機動部隊じゃないか。こりゃあ潜水艦に対面(たいめん)(つぶ)されたから、メチャクチャ怒ってるなあ。一隻残らず沈める気だろうね」

 アオバがそう言ってる間に、先に飛んできた対潜哨戒機が爆雷を三つ落とした。

「一つでも十分なのに三倍返しだ……。マジでメチャ怒りだなあ」

 攻撃を見ていたアオバのひとことだ。

 直後、水中で三つの爆発が起きた。白い爆煙だ。だが、そのうちの一つが潜水艦を(とら)えたのか、白い爆煙を突き抜けて大きな爆発が起きた。魚雷などに誘爆(ゆうばく)したのだろう。黒い煙が空へ昇っていく。

「魚雷、確認できません。射出はなかったと思われます」

 ハオがすぐに状況を伝えた。

「リンシアくん。今のうちに港を出るよ」

 アオバが機関操作に戻った。それに続いてハオが、

「速度四〇ノットを回復しました」

 と、速度に関しても伝えてくる。

「ジェットフォイル、いつでも展開できるよ」

「いえ、多宝(ターパオ)山をまわるまでは、このままで……」

 リンシアがショーコを見て、そうアオバに答えた。

 多宝(ターパオ)山は出口の右側に見える大きな岩山だ。

「ショーコさん。もう蛇行しなくていいですよ。というか、ここから先は水路が狭くなるので、蛇行しない方がいいです」

「もう、いいの? 本当に?」

 ショーコは恐怖に駆られて、考えなしに蛇行を続けてる状態だった。

 その船が潜水艦の沈んだ、岩の塔の横を通って港を出ていく。

「リンシアくん。航行規制がかかってるから、前から来る船はないはずだよ。できるだけ加速した方が良くないかな?」

 アオバが意見してきた。

「いえ、この先の直線になったところで加速試験をやってみたいんですよ」

「加速試験?」

「はい。水路の真ん中までに、どこまで加速できるか知っておきたいんです」

「水路の真ん中ってことは、三〇キロでどこまで加速できるか……か。それはいいねえ。その考えに乗った!」

 リンシアの考えに、アオバが乗り気になった。

 船は大きな岩山──多宝(ターパオ)山を右に見ながら、水路なりに曲がっていく。港の出口は水路が狭く、幅は一キロほどしかない。だが、

「お待たせしました。ジェットフォイル、展開してください」

「了解。華駿(フォーチュン)号、浮上するよ」

 多宝(ターパオ)山の横を抜けた途端、その先は長い直線になった。水路の幅は五キロから一〇キロ。それが何十キロも続いている。

 船の加速が始まったところで、また持ち上がる感覚がしてきた。やがて船の揺れが収まり、速度もどんどん上がっていく。

「ショーコさん。水路は右側通行ですけど、前から船は来ないはずですから真ん中を走っちゃいましょう」

「は、速い。マジで速い。速すぎる……」

 ショーコはあまりの速さに、返事をする余裕もなかった。

「一五〇ノット、一六〇ノット……」

 ハオが淡々と速度を読み上げる。一六〇ノットは時速三〇〇キロだ。

「監視用ドローン。追いつけません」

「安全確認に支障が出ています」

 ドローンを操作するヒューマノイドが、そういうことを言ってきた。

 いつの間にか船は、監視用のドローンを追い越していたのだ。

「あぁ〜。これはまったくの見落としだぁ。まさかドローンの最高速度が……」

 そう言ったアオバが天井を(あお)いだ。

 その天井には今もレースの中継映像が流れている。

『港から最初に出ていったのは、河南(ホーナン)学園の華駿(フォーチュン)号でした。あまりにも速すぎて、撮影クルーが到着する前に通りすぎてしまいました。ご覧の映像は多宝(ターパオ)山にある定点カメラのものですが、何でしょうねぇ、この速さは……。あっという間に水平線の彼方(かなた)です』

『まさかこのまま地球を半周しないでしょうね?』

 中継では他の参加者はそっちのけで、華駿(フォーチュン)号の情報ばかりが流れていた。

「リンシアくん。このままだと安徽(アンホイ)水道に出る時に、十分な安全確認ができなくなりそうだ。このあたりで一度加速を止めようか」

 アオバが視線を戻して、そんなことを提案する。

「そうですね。ドローンが合流地点までに追いつけるように、速度を落としましょう。一二〇ノットぐらいですか?」

「六〇、六〇、六〇!」

 アオバが答えるよりも早く、ショーコがそう訴えてきた。

「じゃあ、中を取って一〇〇で」

「真ん中じゃな〜い!」

 アオバの答えに、ショーコが悲鳴じみた声を上げる。

 そんな一同を乗せた船は、常識離れした速さで長い水路を疾走(しっそう)していく。

 そしてわずか一五分後には水路を抜けて広い安徽(アンホイ)水道へ出た。そこで進路を東へ変え、太平洋を目指して駆け抜けていく。

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