祖父と孫
「栗羊羹があった、ついている。よかったらどうぞ」
部屋に戻った三門はお茶のグラスと一緒に羊羹を乗せた小皿をボクの前に置いてくれた。
「もらう。美味しそうだね」
疲れたからボクは素直に喜んで羊羹を口にした。
中の大ぶりな栗が甘く香ばしくて、すごく美味しくて気持ちが和む。
「すごく美味しい」
「うまいよな、俺は栗が大好物なんだ」
羊羹を口に運びながらしばらくお茶を飲んで、三門はボクに言った。
「さて身代わりも置いたし、お前は今日からうちで暮らせよ。部屋ならあるから心配ない、そしてこれからのことを考えよう」
「え、ボクここに住むの」
「だってお前、仕方ないだろ。今すぐ解決はできないし、糸口を見つけるには、どうしてこうなったかを探らないとさ」
この流れでいきなり今夜から、三門の家で一緒に暮らすの。
そんなこと許されるの。
グルグル悩むボクが黙っていたら、
「あのさあ、妙に考え込むことか。家には帰れない、夜に外で寝泊まりもできないだろ。うちにいれば安全だし飯も食える。どうしても嫌ならいいけど」三門は淡々とそう言った。
まあ確かに、このまま家には帰れっこない。
さっきの黒い化け物がまた現れたら、と思うと怖いし。ここは腹を括るしかないか。
栗羊羹とお茶のおかげでなんだか気持ちが整ったボクは答えた。
「それもそうだね。でも、家族の人になんて話すのさ」
「うん、そこはもう考えてあるんだ。俺の爺さんにまず話す。一緒に来いよ」
立ち上がった三門は和室からまた縁側に出て、雪駄を履いた。
ボクも草履を履いて庭に出た。
この慣れない着物だと動きづらいなあ。
でもヒンヤリする肌あたりや、動くたびシュッと布の擦れる音が心地いい。
三門の後をついて庭を回って行くと、家とは別の平屋の木造家屋があって、やはりそこも縁側が作られている。
こういう造り、離れって言うのかな。
ちょうど、オールバックの白髪に茶色の着物姿のお爺さんが、そこのガラスの引き戸を閉じようとしているところで、その人に三門が声をかけた。
「お爺さん」
「おお清悠、日が暮れるからここはもう戸締まりするぞ。おや、そちらは」
お爺さんはボクに目を留めて言った。
「彼は織戸正道と言って、僕の旧い友人です。お爺さんに相談したいことがあって。上がってもいいですか」
「そうか、なら上がりなさい」
お爺さんはそう言ってくれて、ボク達はまた縁側からお邪魔した。
この部屋は畳に布製のラグを敷いて、木枠に織り地の張られた低くて小ぶりなソファがある。
お爺さんは一人掛けの椅子に腰をおろした。
「掛けなさい」と勧められると「正道座れよ。僕はここで」と三門はボクにソファを指して、自分はラグの上に正座した。行儀がいい。
「織戸君か、初めまして。私は清悠の祖父で三門清柾と言います。その狩衣姿、なかなか良い着こなしだ、お似合いですよ」
姿勢良く上品な感じの清柾さんは、柔らかくボクに微笑んでくれた。
「初めまして」とボクも礼をした。
とても素敵なおじいさんだなあ。
「お爺さん、相談というよりお願いに来ました。実は今夜から、この正道をうちに置いて欲しいんです。まだ両親には伝えてないんですけど、その理由をまずお爺さんに話したくて来ました」
正座した三門は、真剣に清柾さんに語りかけた。
ズバッと行くなあ三門。
ボクも知らず識らず、膝の上で両手を握りしめていた。
「また急だね。理由とはなんだ、言ってごらん」清柾さんが三門を促す。
「はい。今日この敷地内に妖魔が現れ、僕がそれを封じ込めに向かったら、この正道が僕の前に現れたんです。ここに妖魔が出たのは初めてで、それと同時に正道が現れたのは、僕の豊滝としての前世の縁が呼び寄せたに違いないと思うんです」
ボクは無言のまま息を飲み、目を見開いた。
ちょっと三門、いきなりお爺さんにこんな話して大丈夫。
そして普通に話してるけど、あの妖怪との戦いは三門にとっては想定内だったの。
それに前世の縁って、三門にとって正道はただ普通の友達ではないの。
話の見えないボクはまた心配になって来た。
「清悠、お前がそう言うのならそうなのだろう。しかし正道君の様子がおかしい。彼のこの姿と魂とがきちんと重なっておらんようだが、それは私の見立て違いかな」
腕組みした清柾さんは驚く様子もなくそう言って、ボクはそれにどきっとした。
見抜かれている。
ボクの姿と心がバラバラだってことを。
三門も、それに清柾さんまでも。
この人たちは何者だろうか。
「ええ、それが問題で。実は彼の姿は正道のものですが、魂が別の人物なんです。魂と実体が一つずつ見つかりません。単純な入れ替わりではないんです」
「それはまた込み入ったことになってしまったなあ、かわいそうに。正道君、魂の本来の名は」
清柾さんに訊かれた。
答えていいぞ、と言うように三門もうなづく。
「私は、安野一香と言います」
「安野さんは、僕と同級生の女子なんです。このままでは帰れないのでやむを得ず、形代を使い僕の式を彼女の家に帰しました」
三門の言葉を聞いた清柾さんは、額に手を当てた。
「いやはや、なんと女の子だったか。なるほど形代を用いて、か。それはあまり賛成できんが、苦肉の策だな清悠」
「おっしゃる通りです。彼女のために、早々に解決したいと思っています」
「お前の頼みはわかったぞ、清悠。安野さんは、そうだな、以前に私が知人から頼まれたように、この織戸正道君を私がお預かりしたという形にしよう。いいかな安野さん」
「え、あの。お世話になっていいんですか」
「いいよ、もう大丈夫」と三門は言って、清柾さんに「お願いします、ありがとうございます。今後彼女のことは正道と呼んでやって下さい」と頼んだ。
ボクのことは、清柾さんからご家族に紹介してもらうことになった。
ボクらはまた縁側から清柾さんの部屋を出ると、最初の和室に向かった。
外はもう日が暮れて、静かな林に囲まれたこの庭ではコオロギや鈴虫の鳴く声が聞こえる。
今頃、ボクの身代わりはどうしてるだろう。
ちょっと生意気な妹の優香とは、うまくやってるだろうか。
うちではもうじき夕食だな、好き嫌いとかもちゃんとボクと同じなんだろうか。
それにしてもボクはいつ、もとの姿に戻れるのかな。
「心配か、安野」
ボクの手前を歩いていた三門が足を止めてボクを振り向いた。
こんなことが起きてからずっと、三門はボクのために動いてくれてたんだ。
そう、心配だし不安だ。
でも、こんなに良くしてもらって、自分でもしゃんとしてなきゃ。
「うんまあ、ね。でも色々ありがとう、ここでお世話になるよ。それに三門のお爺さんて素敵な人だよね。着物が似合ってかっこいいよ」
「だろ、俺は爺さんのことすごく尊敬してるんだ。家族みんなが尊敬してる。爺さんは霊感がすごく強くてさ。俺はさっき見た通り、術を使ったりするんだけど爺さんだけがそれを知ってるんだ」
「そうなの。私、まだ詳しいことがよくわからないよ。でも知りたい。だから教えてよね、自分に関係あることだしさ」
「そうだな、後から話すよ。そうだ正道、いや安野。その狩衣は着替えよう、さすがにインパクトありすぎる。俺の服しかないけど何か持ってくる。ここの雨戸閉めておいてくれるか」
「いいよ。あのさ三門、ボクのことはもういつでも正道って呼んでいいよ。何かと紛らわしいしね、そう呼んでよ」
ここにいるからにはその方がいいだろう、そう思ったんだ。
「そうか、ならそうする。じゃあお前も俺のことは清悠って呼べよ。うちは全員、三門だしな」
最初の縁側から和室に上がると、三門は笑顔でボクにそう言った。




