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三門戻り橋 魔封じの銀鈴  作者: のすけ
15/22

丑三つ時の雨音

 ユイは清悠に振られ、ボクも四年近く片想いしてきたユイに振られてしまった。

 でも今、やけにさっぱりした気持ちだ。

 どうしてこんなに清々しい気持ちで居られるんだろう。

 きっと、女子の安野一香として、ずっと隠し続けてきたユイへの気持ちをついに直接言えたことが、ボクの心を軽くしてくれたに違いない。

 織戸正道として暮らすようになって、もう三週間が過ぎたけど、こうなって良かったと思えることも確かにある。

 まずはここ、心温かい三門家の人々に助けられていることがそうだ。

 それに神社の日常を知ったり、弓が扱えることで清悠の魔封じの手助けも何とかできる。

 自分の家に帰れないし、心細くて困った事態ではあるけど、こうなったことで自分が一つ前進した気がするのも確かだった。

 清悠は、ユイとの事をボクに話しては来なかった。

 でも身代わり一香との夢の同期で、ボクは学校でのその後のユイの様子も知ることができた。

 健気なユイは、失恋してからも学校ではこれまでと変わりなく振る舞っていた。

 ユイって本当にいい子なんだ。

 でも、実際に段々と元気を取り戻しているようだったし、身代わり一香が親友としてユイを支えてくれているみたいだったから、ボクはホッとした。

 確かに清悠が言った通り、身代わり一香はデキる式神だよね。

 ボクも元に戻れる糸口さえつかめたら、ユイと遊んだり励ましたりしたい。

 失恋した者同士だから。

 十月も半ばを過ぎた今は、三門神社の木々も赤や黄色に紅葉してきて美しい。

 そんなある夜更けのこと。

 夢うつつの頭でボクはまた、あのリーンという鈴の音を聴いた。

 それと同時に。

「正道。起こして悪い、正道。一緒に来てくれるか、また妖魔が現れた」

 寝ていたボクの枕元に、清悠が膝をついて小声で話しかけていた。

「わわっ、ああ清悠か」

 驚いて、暗がりの中で急に目が冴えてくる。

「オッケー、支度する。ちょっとだけ待ってよ」

 そう答えたボクはすぐにパジャマをジーンズに穿き替えてパーカーを頭からひっ被ると、裸足にスニーカーを履いた。

 そして清悠と二人そっと家を抜け出すと、再び三門戻り橋に向かって駆け出した。

「ごめんな、こんな時間に」済まなそうな清悠。

 そんな事ちっとも気にしないでいいんだ。

 君を一人で行かせたくないから。

「ううん。ちゃんとボクを呼んでくれて嬉しい、今何時」

「二時過ぎ。丑三つ時ってやつ」

「へえー、風情あるじゃん」ボクは走りながら清悠に返した。

 清悠だって『明日は数学の小テストがある』って言ってたのに。

 早いとこ決着つけてやるぞ、そんな闘志が湧いて来た。

 戻り橋を渡りきったボクたちが躍り出た場所は、古い家々が立ち並ぶどこかの山林の村らしく、天気がひどく荒れている。

 激しい風とともに冷たい雨が叩きつけ、稲妻が閃き、時々ゴロゴロと雷が鳴っていた。

 あっという間に二人とも全身ずぶ濡れになる。

 こんな雷なんか、怖いもんか。

 ところがミシミシ、ゴゴゴゴ……、と地鳴りがして。

「わ、揺れてる」

 急に足元の地面がグラグラと揺れた。地震だ。

「あいつの仕業だな」

 清悠が、瞬く間に雨に濡れて顔に張り付く髪を指で避けながら言った。

「何あれっ、気持ち悪っ!」ボクは思わず叫んだ。

 公園にあるジャングルジムくらいの大きさの牛に似た妖魔の姿が、闇の中に浮かび上がった。

 そいつの顔はなんと、人面。

 土みたいな肌色をした皺くちゃで醜い、口の端から(よだれ)を垂らした凶悪そうな男の顔だ。

 顔が人間、そして体は蹄のある四つ脚で黒い毛に覆われた牛の姿だ。

「あれ、(くだん)かなあ。地震も起きてるし、やけに好戦的」と清悠。

「くだん?」

「そう。ニンベンに牛って書くやつ。あいつ、この雨の中土砂崩れを起こす気だ。ここら一帯生き埋めになっちまう。正道行くぞっ」

「うんっ」

 ボクは弓に矢を番え、清悠は呪文の詠唱を始めた。

「グオオオオオオッ!」と妖魔はこちらを睨みながら吠えて、闘牛みたいに自分の足元の地面を蹄でガリッガリッと掻いた。

 バンッと勢いよくボクの矢が飛んだ。

 が、雨に滑って手元が狂い、外してしまった。

「イヒヒヒヒヒッ、ハアー、ズウ、レエエエエエエーーー!」

 妖魔の人面が嗄れた声であざ笑い、涎をダラダラ垂らしながら、たどたどしく人の言葉を発し、それと同時に地面がグラグラと揺れた。

「いやっ、本当キモい!」

 唐突な妖魔の人語に度肝を抜かれて、ボクは一瞬男子の仮面が外れた。

 でも替わりに清悠の放った光の螺旋が飛んで行き、妖魔に絡みついた。

「グオッ、グオオオオオッ!グオオオオオオッ!」

 妖魔は唸りながら体を揺すり、ロデオの暴れ牛さながらに何度も後足を跳ね上げて呪文を振りほどこうとする。

 ボクも気を取り直して矢を放った。

 ドシッと鈍い音が響いて矢は命中し、妖魔の黒い毛並みの胴体から血が流れるのが見えた。

「イーーー、ダーーー、イイイーーーー!」

 再び人語で叫びながら、妖魔は瞳孔が小さく灰色に濁った目でこちらを睨みつけた。

 その間にも清悠の光の螺旋は妖魔の体全体に蔦のように伸びて絡み、縛り付けていく。

 激しい雨風に打たれ、黒髪からポタポタ雫を落としながらも、清悠は妖魔をひたと睨み据え呪文を詠唱し続けていた。

 瞬きすら忘れたそのまつ毛にも一粒、また一粒、雨粒が宿っては頬を伝う。

 清悠すごく集中してる。

 もう一息だ、ボクも負けない。

 三度弓弦(みたびゆづる)を引き絞り、ボクは矢を放った。

 よしっ、命中した!

「グオッ、グオオオオオッ!グオオオオオオッ!」

 一段と高く妖魔が唸って、口から泡を吹き出し後足を跳ね上げながら、こちらに向かって突進して来た。

「正道下がれっ!」

 清悠が手でボクを制すると、蹄を鳴らして迫る妖魔の前に踊り出た。

 呪文を詠唱し、宙を手で斬りつけ「やあっ!」と気合いを掛けて、妖魔を押し返すように掌を向けた。

 ドッと鈍い音がして、ボクらの目と鼻の先で妖魔が四本脚の膝を折って倒れ込んだ。

 光の白い螺旋がやつの身体中を締め上げている。

 今度こそやった、と思った時。

「トオー、ヨオータアキイノオーー、ケツウ、ミャアクウーーメガアアアアッ!」

 妖魔は立ち上がれないまま濁った目で憎々しげに清悠を見上げながら、人語で叫んだ。

 そして「ゴフッ」と音を立てて口から毒々しい濃い紫色の煙を吐き出し、清悠に吹きかけた。

「清悠っ」

「ゲホゲホっ、(けが)れにやられる……。早く、しないと」

 紫煙に巻かれ咳こんで、苦しげに顔を歪めた清悠が、負けじと封印の白い半紙を高く宙に掲げた。

 断末魔に捨て台詞を吐いた妖魔はその場に倒れ、螺旋の緊縛が放つ白い光に包まれて、半紙の中に吸い込まれた。

 不気味な地鳴りがフッと途切れて止み、地震も急にすっかり治まった。

 けど同時に、清悠が突然バタッと地面に倒れた。

 ぐしょ濡れの体に絶え間なく雨が降りかかる。

「清悠どうしたの、しっかりして」

 ボクが叫んでも体を揺すっても、ピクリともしない。

 さっきの紫の煙のせい。

 息はしてるの、心臓は動いてるの。

 呼吸が浅いのか胸の動きがわからない。

 嘘、まさかだよね、ねえなんとか言って。

 生きてるよね、清悠。どうしたらいい、どうしたら。

 ボクは清悠の胸に耳を当て、激しい雨音の中で心臓の音を捕まえようと目をつぶった。

 あ、聴こえる。心臓の音がしてる。

 胸も動いて、息してる。

 よかった、ちゃんと生きてる、きっと気絶してるだけなんだ。

 でもこんなところで雨に打たれてるわけにいかない、帰らなきゃ。

 でもどうやって。

 清悠のあの青い根付けの鈴、そうだ。

 ボクは清悠の黒いジーンズのポケットを探り、あの鈴を取り出した。

 神様、どうかボクらを三門神社にお連れください。

 そう願いながらボクは鈴を振った。

 リーンと、清々しい音色が響くと、三門戻り橋のたもとにボクら二人は戻って来ていた。

 こちらは雨も降ってないし、静かで辺りもまだ暗い。

「清悠」

 ボクは気絶したままの清悠の上半身を抱えるようにして、また名を呼んでみた。

「うう……」と目を閉じたまま苦しそうに唸ったけど、清悠の目が開いた。

「ここは、どこ。戻ったの」

「そうだよ。清悠、気絶してたみたい。だから勝手にあの鈴使ったけど戻れたよ」

「そうか、悪い」

 言葉少なにゆっくり体を起こすと、清悠は立ち上がった。けれどその足元がふらつく。

「危ないよ。ボクに掴まって」

 ボクは清悠の腕を取り、肩を貸して家に戻った。

 妖魔が突進して来た時、清悠はボクを庇ってあの煙を浴びた。だからこんなことに。

 そう思うと悔しくて、ボクは唇を噛んでいた。

 家に着くと、話す気力さえ尽きたみたいに、清悠は階段の手すりを捉まえながら二階の自室に引き揚げた。

 もうじき夜明けだ。

 大丈夫かな清悠、こんな状態で学校に行けるんだろうか。二人分のびしょ濡れの服は回収してボクが洗濯機に入れ込んでおくとして。

 ぐるぐると考えを巡らすうちにウトウトして来て眠りに落ちた。

 目覚ましが鳴った。五時半、起床だ。

 いつも通り、しゃんとしなきゃ。

 気を張ってボクはガバッと起き上がった。

 でも、いつもと違ってボクの着替え終わっても二階から清悠の足音がしない。

「正道、おはよう」ってやって来るはずなのに。

 あれからずっと体調が悪くて起きられないんじゃないかな。様子、見に行こう。

 ボクは部屋を出ると二階に上がった。


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