新月に祈る
「その傷、痛むか。血は止まってるね」
ボクの右頬の傷を見て、清悠が言った。
「大したことないよ、お母さんが薬つけてくれたし。木の枝に引っ掛けたって言っちゃった」
「そうか、ごめん。俺のせいで怪我して、嘘つかせて」
学校から戻った清悠は今、ボクの部屋に居る。
帰って来るなりこの部屋に来て、今日はおやつも忘れて。
でも、そんな言い方されたら逆に困る。
あの時、清悠は呼んでないって言ったのに、一緒に行くって言ったのはボクだし。
自分だけ悪いみたいな言い方は良くないよ。
「違う、ボクが一緒に闘いたいって思った。だから俺のせいなんて言わないでよ」
「わかった。ありがとう」
そうは言ったけど、なんか清悠、元気がない。
「ねえ、これまでにも今日みたいなことしていたの」
「そうだな。十二の時、数え十三の時からね。でも今よりもっと少なかったな。年に数回だった」
じゃあ最近は、妖魔が現れる頻度がグンと上がってるよね。
「今日のカマキリみたいなヤツ、かなり強かったの」
「まあな、かまいたちの仲間で素早いヤツ。俺、術が破られたのは初めてなんだ」
「そうだったの」
「俺の力不足だ。今日みたいな時は自分の身代わりを置く。そうなると安野も含めて、二つの式を同時に動かす。それと豊滝にジャックされないようガードして。そうして戦うと、もうアウトだ」
それでも豊滝は現れたんだよね。
「そうか。ねえ、これからもボクを連れて行って。自分に関係あることを清悠任せにしたくない。闘いたい、だから呼んで。約束してよ、ね」
ボクにできることをちゃんとさせて欲しい。そう思うんだ。
「うーん、でも妖魔は夜に出ることもある。しかも夜に行動するのは強いやつが多い」
歯切れの悪い清悠、ボクを心配してくれてるの。
「だとしても、ボクは行くからね。でもこれ、きりがないよね」
「そうなんだ。前に爺さんとも話したんだけど、本当は結界をちゃんと結び直せばいいんだ。でも今の俺には無理で、だからこそ豊滝が転生して来たんだろうって、爺さんは言うんだ」
「ちょっと話が難しいよ」
「妖魔がこの世に出入りできないように、ガーンと丈夫な扉を締め切ってしまいたい。大きな力を持つ豊滝ならできるからこそ、豊滝が今、生まれ変わって来たってことさ」
「力が必要だから、か。でも豊滝は、あまりそっちに興味なさそうだよ」
今日だって豊滝が現れたきっかけは、正道が妖魔に傷つけられたせいだった。
情け容赦なく一気に妖魔を追い込んで。
あたりの惨たらしい景色に見向きもせず、豊滝は正道を呼んでた。
豊滝って、よっぽど友達の正道が大切で、会いたいんだな。
傷ついた正道を前にした豊滝の激しい怒りと心の痛み。
それは、はっきりと伝わった。
「豊滝は天才だから、大技でボスキャラみたいなヤツも余裕で倒せる。だから大した事じゃないって思ってるんだろうな。俺も抵抗したけど結局ジャックされたし」
「でもそうだ、清柾さんに貰ったあの鈴を鳴らしたら、豊滝は離れたよ。正道じゃないって言って」
清悠の顔がパッと明るくなって、身を乗り出した。
「そうか、良かった。お守りの効果あったんだな。それは安心した」
「あったよあった。でもその前に、正道出て来いって言われた」
豊滝はいつもボクを正道って呼ぶけれど、今度こそちゃんとわかった事がある。
その瞳はボクを見ているわけじゃない。
ボクの中に正道の心を、魂を探しているんだ。
「そうか、お前の中に正道の魂はまだ隠れているんだな。正道はお前の体だけジャックして、弓を持って俺を助けてくれてる。そうなんだな」
ボクと清悠は座卓越しに顔を見合わせた。
ボクも清悠も同じ状況なんだ。
一つの体に二つの魂を宿している。
「安野も俺みたいに、そもそも正道の生まれ変わりなのかなあ」清悠はそう言って畳の上に寝転んだ。
「ボクが正道の」
だとしたら、もっとちゃんと豊滝と話して、協力してもらえるといいのに。
でも今のボクは、いざ豊滝に出会うと、あの雰囲気に呑まれて何もできなくなる。
豊滝って、綺麗で真剣で本当に強くて、逆らえない感じなんだもんな。
どうしたらいいんだろう。
正道の魂なら、なんとかしてくれるかな。力を貸して欲しいよ、正道に。
ん。
考えていたボクのそばで寝息が聞こえて来た。
ふと見ると、畳の上で清悠がコトンと眠っている。
ついさっき、横になった途端に眠ってしまったみたい。
安らかなその寝顔は、閉じた瞼のまつ毛が長くて唇は薄めで綺麗な形をしている。
スヤスヤ眠ってるなあ、これはきっとバトル疲れだね。
さて、どうしたものか、と思って眺めていたらちょうど綾子お母さんが来た。
スヤスヤ眠る清悠を見たお母さんは、
「あら。帰って来たはずなのに、今日はおやつの要求にも来ないと思ったら」と笑って清悠にひざ掛けをかけた。
それからボクに「そのうち起きるでしょ。正道君、私とお茶にしましょう。今日はカステラあるわよ」と言った。
とうとう十月九日になった。
「今夜は新月だ」
清悠がそう言って、月の出ていない夜空は薄い雲の間にまに星が煌めいている。
チカチカと瞬く星の光にボクは思った。
ああ、いよいよ明日は清悠の誕生日。
ユイが清悠に告白する日だ。
そしてその夜、ボクは夢を見た。
夢でボクは身代わりの一香と記憶の同期をしたみたいで、学校での出来事とかユイとの会話とか、またたくさんの情報が流れ込んで来た。
「帰りに三門君に声かけて、体育館の裏のとこで告白する。お菓子と一緒に手紙渡すんだ。頑張るよ」
一香の記憶のユイは、頬をピンク色に上気させて真剣な顔でそう言っていた。
やっぱり可愛い、ユイ。
お菓子作りも得意だし、何を作るのかなあ。
夢の中でさえボクの胸は痛んだ。
でも、やっぱりユイが幸せになれるように。
笑顔になれるように、友達であるボクはそう思う。
新月の日っていうのは願い事が叶いやすい、そう聞いたことがある。
だから寝る前にボクはユイのために、お祈りをした。
頑張って、ユイ。どうか、告白がうまくいきますように。
そして十月十日、清悠の誕生日が来た。
ハラハラしながらボクは清悠の帰りを待っていた。
情緒に疎いマン清悠のやつが、ユイの告白をどんな風に受け止めたのか。
六時前に玄関の引き戸をカラカラと開ける音がして、「ただいま」と清悠が帰って来た。
今日はいつもより遅い。部活がらみか生徒会の仕事だったのかなあ。
おや、なぜか今日はこの部屋に現れない。
来ない、と思うと気にかかる。
今夜は夕食が清悠のリクエストした誕生日のお祝いメニューで、ボクは綾子お母さんを手伝うことにしていたから、しばらく台所にいた。
エプロンを借りて綾子お母さんに手順を教わりながら、ちらし寿司や茶碗蒸しの支度をして行く。
リクエストするメニューが清悠はシブい。
でも、お母さんは唐揚げも作っていたし、ケーキもある。
こんな風に清悠の誕生日を家族と祝うことになるなんて、夢にも思わなかった。
結局、落ち着いて清悠と話したのは夕食会の終わった後だった。
「今日さ、倉見に手紙もらったんだ」
ついにボクの部屋に来た清悠が打ち明けてきた。
はやる気持ちを抑えて、ボクはクールに振る舞う。
「うん。そっか」
「今日のこと、やっぱりお前知ってたの」ボクが驚かないのを見た清悠が言った。
「実はね。ボクがこうなったあの日もさ、二人で今日のためのお参りに来たんだ。ここは有名な縁結びの神様だからね」
「そうだったのか。はーん、それで例大祭に倉見を誘えとか俺に言って来たわけだ」
やっと気付いたのかい、君ってやつは。
まあそれは正直なところ、ボクがユイの顔を見たいって気持ちが言わせてる面もあったけど。
清悠、これからどうするつもりなのかな。
内心ヤキモキして来たボクは清悠の表情をうかがって見たものの、彼の気持ちは掴めない。
気になるところだけど、ここは焦らずつっこまず慎重に見守らなきゃ。
恋心はデリケートだから、慌てちゃダメダメ。
そう思ったボクはそれ以上のことは聞かなかったし、清悠も話しては来なかった。




