金鍔かトラ焼きか
三門神社例大祭の土曜日。
清悠とボクはいつも通り朝の拝礼に始まり、お掃除をして授与所で使う補充物を運んだり、お客さんへのお茶出しを氏子さんや綾子お母さんと一緒にこなしたり、午前中はとにかくお手伝いをした。
やがて巫女さん姿で授与所のお手伝いを務める大学生のお姉さん達もやって来た。キリッとした緋の袴姿はやっぱり憧れるなあ。
お昼ご飯の後で清柾さんから清悠とボクに、お小遣いを頂いた。
ボクにまで申し訳ないなあと思ったけど、やっぱり嬉しかった。
晴れていいお天気だし、それも手伝って境内も参道も人で賑わっている。
午後一時、安野一香と倉見結菜が連れ立ってやって来た。
「こんにちは。遊びに来ました」
ボクと清悠は玄関で二人を迎えた。
「いらっしゃい、どうぞ。上がれば」と清悠。
いやいや、それはないでしょ。
せっかくだからお祭りを案内したりとかさあ、ワンクッション入れようよ。
「こんにちは。清悠、二人とも同じクラスの人」とボクは一男子の正道として、二人の女子の紹介を求めた。
「そうだよ。こいつは俺の友達で、高一の織戸正道。それで同級生の安野一香さんと、倉見結菜さん」
「倉見さん、あれから体調は大丈夫」ボクはユイに尋ねた。
会話のきっかけきっかけ、それが大事さ。
「あ、はい。大丈夫です。織戸さん、あの時はご迷惑おかけしました」ぴょこんとユイがボクに頭を下げる。
ユイってば、やっぱり可愛いなあ。
「倉見さん、正道って呼んでください。清悠もそう呼ぶんで」とボクは距離を詰めてみた。
「あ、はい。じゃあ正道君」と、はにかむユイ。
うわー、なんかいい。
これ、いいよー。男の子としてユイと話せるって新鮮だあ。
ボクは一人心の中で盛り上がった。
「二人ともお参りはすませたの」と清悠。
ちらっとボクの方を見たから、こっちのテンションにやっと気づいたのかも。
「ううん、まだだよ」と一香。今日も元気そうだな、身代わりの自分よ。
「お参りは先にした方がいいな。じゃあ一緒に行こう」
清悠が言って、そうして四人で外に出た。
やったー、こうなるとお祭りデートっぽいなあ。
ユイは清悠を意識してコチコチに緊張しちゃってる。それを見るとやっぱり切ない。
でも、応援してあげたい。
ユイと一香がお参りしている間に、「お前さあ、今日は安野と同期したかったんじゃないの」
早くも人混みに萎えた感じの清悠が言った。
そうだった、盛り上がって早速今日のテーマを見失ってた。
「だって、ユイともちゃんと会ってないし。もうちょっといいじゃん」
「しょうがないやつだなあ」
でも現実問題、今のボクは男子なのだから、すごく勝手が違うのだった。
女子同士だと流れで手を繋いだりとか、気軽に体に触ったりとかできるんだけど、今日はそれができない。
できない、と思うと、したい。
でも、できない。妙に意識しちゃうんだ。
それは自分の身代わりの一香に対しても同じことで、軽く接触すればいいだけという同期の機会を伺うけど、軽くなんて無理。
男子の姿で女子に気軽に触るなんて、ほんとに無理。
ボクはいったん考えるのをやめて、みんなでりんご飴を買ったり、射的にチャレンジして、お祭りを満喫した。
そうしたらだんだんと、ユイの緊張も解けてきたようだった。
今は清悠とも笑顔で話してるよ、やっぱりちょっと妬けるけどさ。
その一方で、ユイ良かったね、頑張ってっていう気持ちもある。
ユイの様子に安心したら本来の目的、一香との同期が気になってきた。
その時、鮮やかな赤や青のかき氷を手にして友達とキャアキャア騒いでいた小学生が、白いTシャツを着た一香にぶつかりそうになった。
あ、危ない。
とっさに一香の腕を引いて、自分の方に引き寄せた途端。
うわっ。
急にぐわんぐわん激しいめまいがした。
身代わり安野一香の中にある数えきれない会話や経験の断片、その記憶が一気にボクの脳裏になだれ込んで来て、クラクラした。
まるで映画と写真とテレビやラジオをすごい音量で、同時に見たり聴いたりしてるみたい。
すごい、すごい情報量。
思考が止まり、まっすぐ立っていられない。
グラグラ目が回って倒れかけたボクを支えてくれたのは、清悠だった。
「正道、どうした」
「気分悪い」
「あ。お前、今同期したな」
小さくそう言うと、清悠はボクを抱えるようにして一香とユイに言った。
「正道が人混みに酔ったみたい。連れて帰る」
しばらくして頭がはっきりしてくると、いつもの部屋で横になったボクの額に、ユイが冷たいタオルを載せてくれていた。
「正道君、大丈夫」とユイ。
「横になったら治ってきた。ごめんね、せっかく遊びにきたのに。僕はもう平気だから、みんなはお祭り見ておいでよ」
そう言ったけど二人とも首を横に振った。
ここまでたどり着いたことすら、はっきりしない。
清悠がいつもより大きい四角いお盆を運んで来た。麦茶のグラスが四つとお菓子が載っている。
姿勢が良く、うやうやしい感じでお盆を掲げる白シャツ姿の清悠は執事っぽい。
「お茶をどうぞ。今日は金鍔とトラ焼きが半端にあった」
お皿に金鍔とトラ焼きが三個ずつあった。
「好きなのを」と清悠がユイに勧めると、「三門はどっちが好き」と一香がきいた。
そうそう、いい質問だね自分、と思うボク。
ユイは清悠をそっと見つめる。
好きな人の好みって、ちょっとしたことでも知りたいよね。
「俺はトラ焼きが好きだけど、この金鍔はいいやつらしい。爺さんが言っていた」
清悠の推しはトラ焼き、清柾さんの推しは金鍔。
ユイと一香はトラ焼きを選び、ボクは金鍔、そして清悠は。
トラ焼きを推しておきながら、金鍔を選んだ。
トリッキーな。でもこれが清悠の素だ。
本当にそれから気分は落ち着いて、この縁側のある部屋で大富豪をしたり、清悠とボクとで一香とユイに囲碁を教えたりして遊んだ。
そうして夕暮れ時、二人が帰った後。
「迷惑かけてごめん。同期ってすごいね。一気にいろんなことがわかったけど、頭壊れるかと思った」
「こっちこそ、不勉強でごめん。まさかの展開だった。今後は方法を考えないとな」と縁側に寝そべる清悠は言って、何か考えをめぐらしているようだ。
さっき頭に流れ込んできた、一香の記憶からわかったことがある。
清悠は学校で、身代わり一香のことを結構気にかけてくれているようだ。
特にボクが正道になった翌日、初めて身代わり一香が学校に来た日は、清悠と一香が日直だった。
清悠は自分から一香に声を掛けて、一緒に職員室やクラスで配るプリントが入れてあるボックスに行ったり、授業の合間も話しかけてくれていた。
ユイと一香が一緒にいる時も、何気なく挨拶したり話しかける。
俺の式は忠実で物覚えがいい、などとボクには自慢めかしておきながらも、身代わりがうまくやれているか、見守ってくれていたのだ。
でもそんな清悠の行動は、ユイの気持ちに波紋を呼んでいた。
つい最近の身代わり一香とユイの会話のリプレイから、それがはっきりした。
「三門君、イチカのこと気になってるんじゃないかな」とユイ。
「どうして」と一香。
「だって、なんかこの頃よくイチカに話しかけて来ない。それに、よくイチカの方見てるよ。チラッて」
それに、今日のお祭りに二人を誘ったときも清悠は自分で言っていた通り、一香に声を掛けた。
「倉見と予定合わせて一緒に来いよ」って。
ユイに誤解されたフシがある。いや、されてる。
でも、この件を情緒に疎いマンの清悠に言うのは微妙だな。
今日で挽回できていたらいいんだけど。
でも今日は貴重な経験をした。
男の子の姿でユイと過ごして、ボクは思った。
女子の一香でいる時みたいに気軽にポンって、体に触ったりはできない。
でも、代わりに正道でいる今は恋してる心のままにユイと向き合える。
一香でいる時に感じる、嫌われるのが怖いとか、どうせ無理っていう諦めが入り混じった窮屈な好意じゃなく、真っ直ぐユイのことを想える。
今なら。
ボクが正道としてなら、ユイに好きって告白できるんじゃないか。
ユイは清悠が好き、そんなのわかってる。でもボクはずっとユイが好きだった。
気持ちを伝えてみたい、たとえ振られたとしても。
これまでにない強い気持ちが湧き上がる。
元の自分を取り戻したいという気持ちとは裏腹に、もし自分がこのまま正道として暮らせたらって、思ってしまう。
織戸正道でいるボクは気持ちがとても楽で、自然に感じるんだ。




