秋高し
遠くの山は、寒さに赤くなるかのように紅葉を始める。そこら中を赤蜻蛉が飛び交う。空は、快晴。
私の部屋の窓から見える景色は、私だけの「絶景」である。
私は、昔から秋が好きだった。こどもの頃から、現在――中学三年生に至るまで、この、少し肌寒い季節をなんとなく気に入っているのである。夏の鬱陶しい暑さがすっと消えていく、多くの日本人にとってはきっと快適であろうこの季節。ただ、雨が多いところだけは少し苦手だ。
朝の眠気のせいか、私は少しぼーっとしながら、窓から遠くの風景を見つめ、そんなことを考えた。
「さやかー、もう時間よ」
母の声ではっとした。わが校――柴埼中学校の登校時間は8時30分まで。現在時刻は…8時15分。家から学校までの距離、実に20分間。間に合わない?いや、全速力で走ったら、5分くらいは短縮できるだろう。そう瞬時に考えた私は、少しぼろい、姉のお下がりの鞄を手に取り、部屋を出て、階段を下りて、猫のようなすばやい動きで家を飛び出した。秋の冷たい空気が、私の頬と足を刺す。
田舎の朝は静かだ。特に私の住んでいる地域は人口が少ないので、朝に歩いている人すらなかなかお目にかかることはない。そんな中を鞄を片手に必死な顔して駆け抜ける女子中学生。傍から見たら、さぞ異様な光景だろう。
「ギリギリじゃん、鈴森」
「…はぁ…うるっ…さいな……」
教室に入り、自分の席に座る。黒板の上の時計を見ると、現在時刻、8時29分。なんとかギリギリ間に合ったようである。人が息を切らしているというのに、わざわざ隣の席から話しかけて来たのは、菅原という男子生徒だ。菅原は、その中三にしては子供っぽい目つきをこちらに向け、にやにやと笑っている。
「なんで遅れたの?普段は10分位には来てんのにさ」
少しチョークの粉がついた、あまり綺麗とは言えない時計を見上げながら、菅原は言った。
「……景色」
「は?」
「ずっと景色見て、ぼーっとしてた」
「それで?」
「それだけだよ」
そう言うと、菅原は軽く噴き出した。ハハ、と少々幼げな笑い声を彼はあげる。
「いやー、鈴森らしいわ、そういうの」
「はぁ?何笑ってんの。うっざ」
「だって、なんかそういうの似合うし、お前。そう怒んなよ」
菅原がそう言った途端、教室の扉がガラガラと音を立てて開いた。担任の先生が入ってくる。扉の向こうから、やわらかな風が教室に流れ込んでくる。
私は、先生が出席をとる声を聞き流しながら、まためんどくさい一日が始まってしまうのか、なんてことを考え一人嘆いた。
風は、少し冷たい。