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巻き上がった土煙がしばらく視界をふさいだ。目が痛いのと喉が苦しいのとを必死におさえて、顔を上げたアタシは、しばらく言葉を失って立ち尽くしてしまった。
なにか巨大なモノが突っ込んできたらしい。大広間の壁が崩れている。
パーティに来ていた客たちの悲鳴が響き渡る中、それがゆっくりと頭をもたげた。
有名RPGに一通り手をつけてみるライトユーザーなアタシには、それの形容が一発でできた。
人間より五倍以上も大きい、黒の、ドラゴン。
ソイツが、バサアっと背の翼を広げて、ずらりと牙の揃った口を開けて、アタシの姿を見つけると、一声、やたら嬉しそうに吠えた。
あっれー、どうしようか。
場違いなくらいノンキにそんな事を考えた時。
「逃げろ」
フェルナンドがアタシの前に立って、腰に帯びていた剣をすらりと抜いた。
「逃げろって、アンタはどうするのよ」
「俺はこの国の王子だ。皆が無事に逃げるまでここで戦う義務がある」
「義務って……勝ち目はあるワケ?」
「無い」
あまりにあっさり言うもんだから、アタシは一瞬、コイツ本当は隠し玉でも持っているんじゃないかと疑ってしまうほどだった。
だけどどうやら、真剣な表情で剣を構える姿を見るに、そしてリーティアが「蓮子様、お兄様、お逃げください!」と必死に叫ぶのを聞くに、本当に勝つ算段はないらしい。
やけにゆったり見える動作で、ドラゴンが大口開けてアタシたちを威嚇する。。
どうしよう。
もう一度考えた。今度は深刻に。
リーティアはアタシを、女神アリスタリアに選ばれた戦巫女だと言った。
それなら、今。
今、その力をちょうだいよ、アリスタリアとやら!
そう願った瞬間。
『望むなら与えよう、戦巫女よ』
知らない誰かの声と共に、きぃ……ん、と、アタシの中で何かが弾ける音がした。
わかる。
力が、わいてくる。
そして、その力をどう使えばいいのかも。
何故か一瞬、アタシをフッたあの男の、オモテヅラのいい笑顔が横切った。
違う! 今欲しいのは、あのドラゴンをブッた切る力!
ついでにアイツのウソつきな顔もブッた切ってやれる力だ!
そう願うと、右手が熱くなる。
光が、集って。
アタシの気分にピッタリの形を取った。
銀色の、巨大な斧。
全然重さを感じないその斧を、両手で持って。
「うおりゃああああ!」
乙女にふさわしくない掛け声あげ。
コルセットが食い込む苦しさも忘れ。
髪の毛が乱れるのもおかまいなしに。
アタシは、とん、と床を蹴って。
飛んだ。
文字通り、人間の常識を超えた跳躍力で、飛んだのだ。
そして、一刀両断。
ドラゴンの首はあっけないくらいさっくりと斬れ、血の代わりに黒い粒子を撒き散らしながら、消滅した。
「お見事でした、蓮子様!」
現れた時と同じくらい自然に、斧が光になって消えると、リーティアが興奮した様子で駆け寄ってきた。
「ご降臨されてすぐに、力の使い方を身につけられるなんて! 歴代の戦巫女様でも、それほどの方はいらっしゃいませんでしたわ!」
「そ、そうかな」
正直言えば、気持ちと身体が勝手に動くのに引きずられていただけのような気もするのだが。
少々浮かれていたアタシだったが、リーティアの続けた言葉に、気分がはっと現実に戻った。
「これで魔族が蓮子様を狙って来ても、心配は要りませんわね!」
「……え。ちょい待ち。まさかあんなのがこれからもワンサカやって来るってこと?」
「何、当たり前の事を言っているんだ」
フェルナンドが仏頂面で答える。
「戦巫女は魔族を脅かす存在。抹殺しようとするのは当然だ」
急に、コルセットの苦しさが蘇った気がした。
「ご心配なさらないでください、我々が全力をもって蓮子様をお守りいたしますから……!」
「まあ、それが王族の務めだからな。お前もせいぜい簡単にやられないようにしてくれ」
リーティアのフォローも、フェルナンドの嫌味も、遠くに聞こえた。
ぜっっったい、生きて元の世界に帰ってやる。
そうひっそり決意した、矢田蓮子の戦巫女デビューだった。