3.5-2
いつも通り、魔物退治を終えてフェーブル城に戻り、お腹いっぱいご飯を食べて、アタシにあてがわれた部屋で、ぐーすかぴーひょろ眠った次の朝。
廊下を歩いていると、なんか、周りの目がアヤシイ。
ぽーっと頬を赤らめて熱い視線を送る兵士。やや引き気味にこちらを見ながらこそこそ話し合っているメイドさん達。
なんだこりゃ? と思っていると、執事さんがそっと近づいて来て、
「戦巫女様、あまり無造作に色気を振り撒いては、城の者も私も誤解しますので」
と耳打ちして行った。
イロケヲフリマク? イロケフリーマーケット?
何が何だかわからないまま朝食をとりに食堂へ行くと、いつも一緒にご飯を食べているフォル王様、フィー王妃様、リーティアまでもが、一様に困った顔をしながらアタシを出迎えた。
「あー、蓮子ちゃん、蓮子ちゃん」
席に着いて、食事が運ばれて来る間に、フォル王様がわざとらしく咳払いをした後に、小首を傾げて訊ねて来る。
「蓮子ちゃんは昨夜、ずっとお部屋にいたのかな?」
当たり前の事を言われてアタシが「はい」とうなずくと、フォル王様は小さく唸って眉間にシワ寄せて腕組みしてしまった。リーティアは恥ずかしそうにうつむいている。
「あのね、蓮子ちゃん」
王様の代わりに、フィー王妃様が説明を引き受けてくれる。本当にみんな一体なんだっての。気まずさを誤魔化そうと、コップに注がれたオレンジジュースを口に含んだ時。
「実は昨夜から、蓮子ちゃんが城のあちこちで老若男女問わず色んな人達を誘惑してるって、もっぱらの噂になっているのよ」
ぶっふー!!
アタシは口の中に残っていたオレンジジュースを、余す事無く噴き出した。
「なっ、なっなっなっなっ……」
なんじゃそりゃあああああ! と、二十世紀の刑事ドラマばりの台詞は、声にならなかった。
それで皆のあの反応か! しかも老若男女問わずって、なんだその見境の無さ!
「れ、蓮子様は、わたくしの部屋にもいらっしゃって……」
ずっと赤い顔してうつむいていたリーティアが、ようやくとばかりに口を開く。
「『リーティアが助けてくれるから、アタシはとても助かってる。できればこれからは、個人的にも助けて欲しいな』と、その、頬に口づけを……」
ばっふー!!
もう口の中にジュースは残ってないので、唾だけが思い切り飛び出した。
なんだそれ! 見境無いにもほどがある! っていうかリーティア、一字一句再現しなくていい! 恥ずかしい!
っていうか、アタシはごくごくノーマルで、同性趣味とかおじいちゃん好きとか、特殊性癖はありません!
っていうか、アタシはこれでも学生時代は、恋愛に関しては慎ましさを持って過ごした事で有名でですね! 好きになった男の子にバレンタインチョコを渡すかどうかで、年が明けたお正月の布団の中で既に悶々と過ごしていたくらい純情百パーセント少女だったのよ!
っていうか、「っていうか」を脳内で四回言っちゃったよ!
とにかく、誤解を解く為に必死に弁明する。
「あの、すいません。アタシは昨夜一晩中ぐっすり眠ってましたし、全く身に覚えがありませんって」
「ううむ、だが、城中の誰もが『あれは間違い無く戦巫女様でした』と口を揃えて言うものだからな。蓮子ちゃんが知らないと言うのなら、一体どうしてそんな話が出て来たのだろうなあ」
フォル王様が眉間の皺を深くして、首を傾げる。
いや、もしかしたらアタシは夢遊病で、知らない内にそんなトンデモナイ事かましてたっていうなら、話は別だけど。
誰もが答えを見つけ出せずに、黙りこくってしまう。そんな中、そういえば、とアタシはふっと気づいた。
「フェルナンドは?」
もしアタシがそんな羞恥心ゼロ案件を振り撒いて歩いていたなら、あいつにも何か言った可能性がある。それは恥ずかしい! フェーブル城の屋上からバンジージャンプしたくなるくらいに恥ずかしい!
熱を持った両頬を手でおさえ込んでぶんぶん頭を振っていると、食堂の扉が開く音がする。
アタシ達は一斉にそちらを向いて、そして驚きで絶句する羽目になったのだった。




