番外編6:2009年5月吉日
学校から帰って来た長谷川美里が家の前で最初にするのは、ポストの中身を取り出す事である。これは中学生の時から続く、彼女の役目だ。
夕刊、父名義で引き落とされる家族の携帯料金請求書、母親への化粧品カタログ、就職活動中の兄には幾冊もの企業資料。
そして今日はそこに、随分しっかりした上質の白い封筒が混じっていた。宛先は、自分。
家に入って、リビングのテーブルに新聞と家族宛の郵便物を置くと、自分の部屋へ行く。タイガースのタペストリーや、大好きな選手のブロマイド、背番号が書かれたユニフォームが壁に飾られた室内は、「女子高生の部屋じゃないでしょ!」と、友人達が遊びに来る度にツッ込まれるのだが、美里はあまり気にしていない。気に入ったアイドルやアニメキャラのポスターを貼りまくる彼女らと同じ感覚だと思う。
鞄を椅子の脇の定位置に置くと、制服から着替えるよりも先に、机上の筆記用具立てからペーパーナイフを取り出し、開封する。ハサミでじゃきじゃきと、など、無粋な事はしない。封筒裏に書かれた差出人は、多分そろそろこういうものを送って来てくれるだろう、と云う相手だった。
生真面目で、タイガースに関する事以外では滅多に羽目を外さない美里が、一回りも年上の女性――しかも宿敵ジャイアンツファン――と、どうやって知り合いになったのか。疑問に思う者は多い。
そんな時美里は、インターネットで縁があったのだ、と簡単に答える事にしている。
まさかまかり間違っても、
「異世界で戦巫女をした仲です」
とは言えない。あの経験をした当の本人達以外が聞いたら、頭がおかしくなったのかと思われるのが関の山だ。
まあとにかく、彼女と、もう一人の戦巫女だった少年とは、向こうの世界から帰る前交換したアドレスを頼りに、頻繁にメールを交わす仲になっていた。東京と青森と兵庫。かなりの距離だが、フォルティアとステアとネーデブルグに比べたら、こちらには新幹線や飛行機がある分、会うのはずっと楽だろう。
「近い内に送るから。まあ、気楽に考えて」
前のメールで彼女がそう予告していた通り、中身は、結婚式の招待状であった。やはり紙質の良い淡い色彩のカードに、挨拶と招待の言葉が書かれ、会場への地図と、返信用の葉書も同封されていた。
いとこの結婚式には親と一緒に出席した事がある。だが、美里個人に指名が来るのは生まれて初めてだ。一人前になった気がして、胸がむずむずする。
断る理由は特に無い。それに、久々に彼女に会って直にお祝いの言葉を述べたい。東京に出るなら、折角の機会だから観光もしたい。ああ、あわよくば、ドームでのジャイアンツ対タイガースの試合観戦もしたいかもしれない。
何を着て行くか。ご祝儀は、高校三年生はいくら包めば良いのか。そもそも、一人旅をするつもりなのか。父親に反対されはしないか。
そう言った心配よりも、わくわくする気持ちが先立って、美里は葉書を手に部屋を飛び出すと、
「お母さん」
台所で夕飯の仕度をしている母親の背に、問いかけるのだった。
「『ご芳名』は、芳まで消すんだよね?」




