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負け犬はワルツを上手く踊れない  作者: たつみ暁
番外編:お中元にもらうようなお菓子のアラカルトみたいな小話たち
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番外編3:位置決め煮太郎

 いつもの、何の変哲も無い、正月。

 のはずだった。


 東京駅から総武線快速に揺られて、内房線に入って、しめて一時間ちょい。

 元日恒例の里帰り。

 父さんがついた餅で作ったお雑煮と、今時珍しい母さんお手製のおせち料理が並び、それを皆で囲んで、駅伝か、無駄に長い正月番組をだーらだらと見る。

 それがうちの実家の正月だったのだが。

 今年は、矢田家リビングと云う名の八畳間に、緊張感が満ちている。


 ……いや、緊張してるのはアタシだけか?


「まあフェルナンド君、一杯やりたまえ」

「ありがとうございます。お父さんも」

「いやいやいや、これはすまないね」


 ……こいつ。

 初対面で、何既にうちの父さんと打ち解け合ってるんだよ。

 矢田浩文。アタシの父。中堅株式会社役員。

 元々人当たりは良い方だが、「一人おまけ連れて帰るから」と電話口で言った娘の日本人でもない彼氏をすんなり受け入れるのは、寛大なのか、大物なのか、はたまたアレなのか。

「もう、蓮子が外国人の彼が出来たって言うから、一体どんな片言の子が来るかと思ったら、日本語完璧なのねえ、フェルナンド君ったら」

「はい、日本語学校で習いました」

 お。

 アタシが事前に仕込ませといた台詞で、母さんの疑問を、怪しまれないように無事回避したぞ、フェルナンド。

 母・華子。専業主婦。料理が趣味みたいなもんだから、腕を振るったおせちが次々フェルナンドの腹に収まっていくのが、嬉しくて仕方ないらしい。

 兄貴の一彦も、佳乃義姉さんも、金髪碧眼の男が一人飛び込んで来ても、大した動揺を見せない。

 三歳になる甥の勇樹なんか、アタシにお年玉をせがんだ後はフェルナンドに懐いている。

「フェルナンド、ライダーごっこしようぜ。おれさんじょー、おれさんじょー!」

「俺、参上?」

「なんだよしらないのかよ、おれさんじょー!」

 あのフェルナンドを戸惑わせるとは。

 矢田家、侮れない。

「ところで」

 程よく酔いがまわってきた父さんが、フェルナンドに訊いた。

「フェルナンド君は、日本に来る前は何をしていたのかな?」

 フェルナンド、即答。


「フォルティア王子です」


 ぶほーっ!


 アタシは、口に含みかけていたお雑煮の餅を盛大に吹いた。

「何だよ蓮子、汚ねえなあ」

 隣の兄貴が嫌な顔をしたが、それどころじゃない。

 この馬鹿フェルナンド! そこも上手く誤魔化せって言っといたのに!


 ていうか一番誤魔化すとこだろ、そこ!


 しかしうちの両親は、そんな事くらいでは動揺しない人だっだと、次の台詞で思い知る。

「はっはっは、そうかそうか、フェルナンド君はジョークセンスもなかなかだな」

「フェルナンド君が王子様なら、蓮子ったら、お姫様になっちゃうわねえ」

 父さんも母さんも、のほほんと笑って流したのだ。

 矢田家、おおらかを超えている。

「うわ、蓮子がお姫様なんて、世も末」

 兄貴がぼそりと洩らしたので、こたつの中で思い切り脚をつねってやる。

 顔をしかめた兄貴が、何か言いたげにこちらを向いた時。

「そんな事はありません」

 フェルナンドが口を開いた。


「蓮子さんは素敵な女性です。自分の妻には、蓮子さん以外に考えられません」


 その言葉に、家族だけでなくアタシまで思わず目をみはってしまう。

 あんた普段は、レンコンだの女らしくないだの言いたい放題のくせに、何言っちゃってんの!

 赤くなった顔を隠す為に、下向きながら、手酌した日本酒を口に運ぶ。

 と。

「まあまあ、蓮子ったらフェルナンド君にとっても気に入られているのねえ。母さん嬉しいわ」


「もう嫁ぎ先は安泰だな。子供はやはり一姫二太郎がいいなあ」


 ぶっふー!


 父さんの呑気なコメントに、アタシは兄貴の顔めがけて勢い良く酒を吹いた。

「……いい加減にしろよ、蓮子」

「ごめんごめん」

 渋い顔する兄貴に詫びて、咳払いしたら。

「何だ、位置決め煮太郎とは?」

 フェルナンドの耳打ちに、口の中に残ってた酒が思い切り、ごっくん、と気管に直通し、今度は本気でむせた。

「違う、一姫二太郎。子供を産むなら最初が女の子で次が男の子がいいって云う、日本のコトワザ」

「そうなのか」

 咳がおさまってから説明してやると、フェルナンドは妙に納得した様子で、また空になった父さんのおちょこに酒を注ぐ。

「いやー、こんな娘だがよろしく頼むよ、フェルナンド君」

「結婚式は、洋式も良いけれど、それは一彦達がしたからねえ。金髪のお婿さんの袴姿なんてのも見てみたいわねえ」

 両親は、すっかりフェルナンドを気に入ってしまったようだ。

 まあ、気に入ってもらえないよりは、遙かにマシだけど。確かにアタシもいいトシだけど。


 結婚式の話までなんて、飛躍しすぎだっての。


 結局父さんと母さんは、夜までフェルナンドと語り合った挙句、電車のホームまで見送りに来た。

 二人ともアタシ一人の時は、どんなに遅くなっても、駅の入口までしか送ってくれなかったくせによ……。

 ボックス席にアタシとフェルナンドが向かい合わせで座って、どっさり持たされたおみやげを脇に置き、窓の外を見ると、電車が発車して見えなくなるまで、両親はアタシ達に手を振っていた。

 アタシ達以外に客もいない、がらんとした車内。ガタンゴトンと、揺れの音だけがしばらく続いた後。

「良いご両親だな」

 頬杖ついて窓の外を見ていたフェルナンドが、言い出した。

「フォルケンス父上とフィーネ母上を思い出した」

 どこか懐かしそうに、寂しそうに、微笑を浮かべて言うもんだから、思わず訊いてみる。

「フォルティアに帰りたくなった?」

「いや」

 迷いの無い答えだった。

「郷愁を覚えなかったと言えば嘘になるが、自分で選んで来たのだ、後悔は無い」

 そして、アタシを真正面から見つめる。

「袴とやらがどういう物かは知らんが、お前と一緒に結婚衣装を着る気はあるぞ」

 ……ん?

 これは、


 プロポーズデスカ?


 コンナトコデ?


 ガラにもなく、乙女っぽく頬を染めると。

「一姫二太郎、か」

 奴はよっぽどその単語を気に入ったのか、繰り返す。

「男の子なら利久りく、女の子なら未来みくがいい」

 洩らした言葉に、アタシは思わずぽかんと口を開けてしまった。

「……ちょい待ち。いつの間にそんな事考えてたの?」

「書店で命名の本を立ち読みした」

 一体どこまで先の事考えてるんだ、こいつ?

 怪訝そうに、フォルティアにいた頃の金から青に変わった目を見つめていると。

「ああ、安心しろ」

 奴はふふんと笑う。


「この世界の結婚の申し込み方も学んだ。誕生石の指輪を買える程になったら、改めて言ってやる」


 ……だからなんであんたはそんな上から目線なんですか。

 まあ、アタシの答えも決まってるんだけど。


「はいはい、楽しみにしてます」


 フェルナンドは満足げに頷いた後、

「明日は、浅草寺に初詣にでも行きたいな」

 と、ポツリ。

 本当に、二週間足らずでどこまで日本に馴染んでんだ。

 ま、いいけど。

「とりあえず、家に帰ってこの山片づけてからだね」

 アタシは、隣の座席に積まれたおみやげを眺めながら答える。

 そして、肝心な事をこいつに言い忘れていた事を思い出し、居住まい正して頭を下げた。


「あけましておめでとう。今年もよろしく」


 フェルナンドは、少しだけキョトンとした後、にっと口の端を持ち上げて、やっぱり偉そうに返してくるのだった。


「こちらこそ」

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