5-6
フェーブル城の中庭は、薔薇の季節が終わって、緑一色になっていた。
二ヶ月近く過ごしたこの城とも、もうすぐサヨナラ。
北の地からフォルティアに帰ってきたアタシは、美里ちゃん、翔平君と、携帯番号とメルアドを教え合って別れた。
それから、王様達に挨拶を済ませた。
「今度は遊びに来てね。待ってるわ」
フィー王妃様と、かなわないかもしれない約束を交わし。
「蓮子様、蓮子様はもうわたくしの戦巫女様ではなくなってしまうのですね」
ぼろぼろ泣くリーティアをぎゅっと抱き締めた。
「戦巫女じゃなくなるけど、アタシはリーティアの友達。離れてても、ずっと友達だよ」
それは本音。アタシも、妹ができたみたいで嬉しかった。
デア・セドルにとり憑かれていたフォレストは、その間の記憶が全くないらしい。
「とりあえず、無闇に遺跡に立ち入ったり、封印されてるものを解いたりしないこと」
と、釘を刺した。
一人、庭を歩く。
ここでハピ夫を銃でフッ飛ばしたのが、遠い過去のように思える。
ふと、元の世界ではどれくらい月日が経ったんだろう、という考えが、この世界に来て初めて浮かんだ。
誕生日は確実に過ぎただろう。正月も終わったかもしれない。
竜宮城に行った浦島太郎は、数日で何百年も経ってしまったが、大丈夫だろうな?
そんなことを思っていると。
「こんな所にいたのか」
背後から、声。
さっき王様達に挨拶した時いなかったフェルナンドが、ゆっくりと歩いて来た。
「もうすぐ帰るのか」
「ん~、まあね。願いごとみっつを考えたら」
それを聞いたフェルナンドは、子供みたいに困った顔をして、うつむいた。
……なんだ、どうした?
なんでいつもみたいにつっかかってこない? 気持ち悪いぞ。と怯んでいると。
「最初にお前を見た時は」
フェルナンドがおもむろに口を開いた。
「本当にこんな女に戦巫女が務まるのかと思った。口は悪いし、大雑把だし、女性としてのたしなみも無いし、俺より年上だし」
「あのねアンタ、この期に及んでケンカ売りに来たワケ?」
「最後まで聞け。とにかくだ、こんな女とは絶対気が合わないと思っていた。だが」
フェルナンドは顔を上げて、まっすぐにアタシを見る。
「お前と言い合いをする時、楽しんでいる自分がいた。共に戦う時、頼もしいと信頼している自分がいた。真正面から俺にぶつかってくる女性は、お前が初めてだった。兄上にからかわれて、ありえないと言ったが、あれは本心では無かった」
……え、ちょい待ち。
これはもしかして。
「蓮子」
フェルナンドが初めて、ちゃんとアタシの目を見て、アタシの名前を呼んだ。
「今まで人を好きになったことはあるが、妃に迎えたいとまで思ったのはお前が初めてだ。帰るな。これからも俺のそばで、いろんな表情を見せてくれ」
言い切ったフェルナンドは、耳まで真っ赤だった。
ああ、でも多分アタシも、ユデダコ状態だよ!
お互い初恋でもあるまいに、顔真っ赤にして黙り込むアタシたち。
だけど。
「あのね」
沈黙を破ったのは、アタシの方だった。
「悪いけどアタシ、はいそうですかってよその世界に嫁げるほど、元の世界に未練が無い女じゃないの。大事な家族も、友達もいるし、楽しいこといっぱいあるし。そういうの全部、捨てることはできないよ」
下を向いて、フェルナンドの顔を見られなかった。こいつ怒るか、ヘタすりゃ泣くんじゃないかと思ったから。
ところが。
「やはりな。お前ならそう言うと思った」
フェルナンドのやけにあっけらかんとした声に、目線を上げると、奴はにっと笑っていて。
言った。
「ならば、俺がお前の世界に行こう」
その言葉の意味を理解するまでに、十三秒ほど固まった。
「あ……あんた、自分が何言ったかわかってんの!?」
「もちろんだ。お前がこちらに残らないのなら、俺がそちらに行くまでだ」
「ふ、フォルティアは!? この国はどうするのよ!?」
そんな、アタシ以上に、ホイホイと故郷を捨てられる立場じゃないだろうに!
でもフェルナンドはあくまでケロっとして。
「デア・セドルの脅威は去った。戦巫女に仕えるという、王族の役目も終わった。父上母上に話したら、二人とも許してくださった。国の事なら心配いらん。フォーレ兄上も、これで懲りて多少は落ち着いてくれるだろう。元々は、任せればきちんと仕事をこなしてくれる方だからな」
「でも、もし万一よ、フォレストに何かあったら……」
「その時はその時だ。リーティアが婿を迎えるなり、王家の親戚から誰かを担ぎ出せばいい。王位に就きたがる者は、いくらでもいるからな」
……そんなものなのか?
まあ、長男じゃないから、将来義父母の世話に追われることにはならないけどさ。
「でもどうすんのよ。あんた、こっちの世界についてきて、アタシにフラれたら、路頭に迷うわよ」
「それは無いな」
フェルナンドは余裕すら見せて、ふふんと笑う。
「お前が俺を振るはずが無い。その逆も無い」
こ、こいつは。
その自信、どこから来るんだ?
でも、悔しいが事実だ。
よくわかんないうちに、アタシもこいつにおとされてたんだ。
「――アリスタリア!」
アタシは観念して、女神を呼んだ。
「願いごと、決まったよ!」




