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負け犬はワルツを上手く踊れない  作者: たつみ暁
第5話:物語はハッピーエンドと相場が決まってます
33/46

5-6

 フェーブル城の中庭は、薔薇の季節が終わって、緑一色になっていた。

 二ヶ月近く過ごしたこの城とも、もうすぐサヨナラ。

 北の地からフォルティアに帰ってきたアタシは、美里ちゃん、翔平君と、携帯番号とメルアドを教え合って別れた。

 それから、王様達に挨拶を済ませた。

「今度は遊びに来てね。待ってるわ」

 フィー王妃様と、かなわないかもしれない約束を交わし。

「蓮子様、蓮子様はもうわたくしの戦巫女様ではなくなってしまうのですね」

 ぼろぼろ泣くリーティアをぎゅっと抱き締めた。

「戦巫女じゃなくなるけど、アタシはリーティアの友達。離れてても、ずっと友達だよ」

 それは本音。アタシも、妹ができたみたいで嬉しかった。

 デア・セドルにとり憑かれていたフォレストは、その間の記憶が全くないらしい。

「とりあえず、無闇に遺跡に立ち入ったり、封印されてるものを解いたりしないこと」

 と、釘を刺した。


 一人、庭を歩く。

 ここでハピ夫を銃でフッ飛ばしたのが、遠い過去のように思える。

 ふと、元の世界ではどれくらい月日が経ったんだろう、という考えが、この世界に来て初めて浮かんだ。

 誕生日は確実に過ぎただろう。正月も終わったかもしれない。

 竜宮城に行った浦島太郎は、数日で何百年も経ってしまったが、大丈夫だろうな?

 そんなことを思っていると。

「こんな所にいたのか」

 背後から、声。

 さっき王様達に挨拶した時いなかったフェルナンドが、ゆっくりと歩いて来た。

「もうすぐ帰るのか」

「ん~、まあね。願いごとみっつを考えたら」

 それを聞いたフェルナンドは、子供みたいに困った顔をして、うつむいた。

 ……なんだ、どうした?

 なんでいつもみたいにつっかかってこない? 気持ち悪いぞ。と怯んでいると。

「最初にお前を見た時は」

 フェルナンドがおもむろに口を開いた。

「本当にこんな女に戦巫女が務まるのかと思った。口は悪いし、大雑把だし、女性としてのたしなみも無いし、俺より年上だし」

「あのねアンタ、この期に及んでケンカ売りに来たワケ?」

「最後まで聞け。とにかくだ、こんな女とは絶対気が合わないと思っていた。だが」

 フェルナンドは顔を上げて、まっすぐにアタシを見る。

「お前と言い合いをする時、楽しんでいる自分がいた。共に戦う時、頼もしいと信頼している自分がいた。真正面から俺にぶつかってくる女性は、お前が初めてだった。兄上にからかわれて、ありえないと言ったが、あれは本心では無かった」

 ……え、ちょい待ち。

 これはもしかして。


「蓮子」


 フェルナンドが初めて、ちゃんとアタシの目を見て、アタシの名前を呼んだ。


「今まで人を好きになったことはあるが、妃に迎えたいとまで思ったのはお前が初めてだ。帰るな。これからも俺のそばで、いろんな表情を見せてくれ」


 言い切ったフェルナンドは、耳まで真っ赤だった。

 ああ、でも多分アタシも、ユデダコ状態だよ!

 お互い初恋でもあるまいに、顔真っ赤にして黙り込むアタシたち。

 だけど。

「あのね」

 沈黙を破ったのは、アタシの方だった。

「悪いけどアタシ、はいそうですかってよその世界に嫁げるほど、元の世界に未練が無い女じゃないの。大事な家族も、友達もいるし、楽しいこといっぱいあるし。そういうの全部、捨てることはできないよ」

 下を向いて、フェルナンドの顔を見られなかった。こいつ怒るか、ヘタすりゃ泣くんじゃないかと思ったから。

 ところが。

「やはりな。お前ならそう言うと思った」

 フェルナンドのやけにあっけらかんとした声に、目線を上げると、奴はにっと笑っていて。

 言った。


「ならば、俺がお前の世界に行こう」


 その言葉の意味を理解するまでに、十三秒ほど固まった。

「あ……あんた、自分が何言ったかわかってんの!?」

「もちろんだ。お前がこちらに残らないのなら、俺がそちらに行くまでだ」

「ふ、フォルティアは!? この国はどうするのよ!?」

 そんな、アタシ以上に、ホイホイと故郷を捨てられる立場じゃないだろうに!

 でもフェルナンドはあくまでケロっとして。

「デア・セドルの脅威は去った。戦巫女に仕えるという、王族の役目も終わった。父上母上に話したら、二人とも許してくださった。国の事なら心配いらん。フォーレ兄上も、これで懲りて多少は落ち着いてくれるだろう。元々は、任せればきちんと仕事をこなしてくれる方だからな」

「でも、もし万一よ、フォレストに何かあったら……」

「その時はその時だ。リーティアが婿を迎えるなり、王家の親戚から誰かを担ぎ出せばいい。王位に就きたがる者は、いくらでもいるからな」

 ……そんなものなのか?

 まあ、長男じゃないから、将来義父母の世話に追われることにはならないけどさ。

「でもどうすんのよ。あんた、こっちの世界についてきて、アタシにフラれたら、路頭に迷うわよ」

「それは無いな」

 フェルナンドは余裕すら見せて、ふふんと笑う。

「お前が俺を振るはずが無い。その逆も無い」

 こ、こいつは。

 その自信、どこから来るんだ?

 でも、悔しいが事実だ。

 よくわかんないうちに、アタシもこいつにおとされてたんだ。


「――アリスタリア!」


 アタシは観念して、女神を呼んだ。


「願いごと、決まったよ!」

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