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「終わったな」
フェルナンドが剣についた血を払い、鞘に収めた。
「あ、あんた一体どうして……」
致死量の血が流れ出たはずだ。現に、フェルナンドの髪から服から靴にまでついた赤が、アタシの見た光景が幻覚じゃなかったことを示してる。
「もしかして……」
こいつに吸い込まれた銀色の光を思い出す。
「あれが本当に効いた?」
すると。
「そんな訳なかろ。戦巫女に蘇生の力までは無い。わらわが特別に願いを聞き届けてやっただけじゃ」
後方から高い声が飛んで来たので、アタシは振り返る。いつの間に現れたのか、あたまどピンクの、十一、二歳くらいの小柄な女の子が、腰に手をあてふんぞり返っていた。
「えーと、誰?」
「馬鹿、頭が高い!」
その途端、フェルナンドに頭から押さえられて、一緒に膝をつく形になる。
「この方が、女神アリスタリア様だ!」
……え。
「うええぇえっ!? このちみっこが!?」
我ながらすっとんきょうな声をあげたら、
「この方、だ、馬鹿者!」
馬鹿と二回言われて、さらに床に頭をこすりつけさせられた。
リーティア、顔をはらしたフォレストがすっかりかしこまり、後からやってきたネーデブルグとステアの戦巫女達も、それぞれの王女にならってひざまづく。
た、たしかに。
思い返せばこの声、初めて戦巫女の力を使った時に聞こえたのと、おんなじだ!
「まあよいよい、そんなに改まるな」
アリスタリアはそんなアタシたちを見回して、立つがよい、と手を振った。
「よくやったの、戦巫女に、各国の王族よ。デア・セドルは滅んだ。これより後、この地が奴に脅かされる事は永久に無くなったのじゃ」
「ええと、質問いいですか?」
翔平君が手を挙げる。
「女神様がこうしてこの世界に来られるなら、女神様が戦った方がもっと早く解決したんじゃないですか」
「それではすぐに決着ついてしまって、面白くなかろ?」
女神があまりにのほほんと言うので、アタシ達はずっこけかけたが。
「というのは冗談でな」
アリスタリアは急に真顔になった。
「遙か昔、わらわ自ら、もっと邪悪な存在と戦ったことがあった。そやつを別の世界に封じる事はできたが、奴とわらわの力のぶつかりあいが激しすぎての。この世界は百年以上の間天変地異に晒されるほど、荒れ果ててしまったのじゃ」
そうして、アタシ達一人一人を見回す。
「だから、おぬしらを選んだ。人間は自らの手で困難を乗り越えてくれると信じてな。そしておぬしらは見事に期待に応えてくれた。わらわの見こみ通りじゃ」
アリスタリアはぱん、と手を叩き、
「さて、堅苦しい話はここまで」
とにっかり笑う。
「務めを果たした戦巫女達にご褒美じゃ。何でもひとつずつ、願いを叶えてやろう!」
ご褒美?
アタシと美里ちゃん、翔平君は、思わず顔を見合わせる。
「えーとそれって、元の世界に帰りたい、で終わりとかじゃなくて?」
「わらわがそんなケチに見えるか? それとは別じゃ。人殺しや、いくつでも願いをかなえてくれ、とか無茶なもの以外なら、何でも良いぞ」
あ、やっぱりいたんだな。いくつでも願いを……って言った奴。
は、は、と笑いを洩らしていると。
「わたしは結構です」
美里ちゃんが口を開いた。
「元の世界での生活は満ち足りていて、これ以上望むことはありません。あとのお二人にお譲りします」
すると翔平君も。
「僕もいいです。その分、蓮子先輩の願いごとを、みっつ叶えてあげてください。デア・セドルを倒したのは蓮子先輩ですし」
「え、ちょい待ち」
それじゃ、アタシがすごいゼータク者じゃないか。
「あなた達はいいの? タイガースが優勝しますようにとか、バスケ部でレギュラーになれますようにとか」
「ペナントレースは、どうなるか予測がつかないから面白いのです。ズルをした優勝では、喜べません」
美里ちゃんが答えれば。
「僕もです。レギュラーの座は、もっと背が伸びてから自力でつかみます」
翔平君も笑顔で。
「うむ。美しき戦巫女の絆じゃな」
アリスタリアがうんうんと頷き、アタシに向き直る。
「では特別大サービスじゃ。矢田蓮子、お前の願いを、みっつ、叶えてやろう」
いや、いきなりみっつと言われてもな。すぐには考えつかないな。黙りこんでいると。
「ああ、今ここで言わなくても良いぞ。一日くらいは猶予をやる」
「あ、そですか……」
そこではたと気づく。
「もしかして、フェルナンドを生き返らせたので一回分、とか?」
「だからさっきから、わらわはケチではないと言うておろうが。それは出血大サービス、ノーカンにしてやるわ」
……女神の口から出血とかノーカンなんて単語が飛び出すとは思わなかったわ。
頭を抱えると、アリスタリアはにまっと笑った。
「ま、神様に直接願いを叶えてもらえるなぞ、お前達の世界ではそうそう無い事じゃろ? じ~っくり、考えるが良いぞ」




