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身体が自由を取り戻す。解放された血管が、どくん! と脈打つのが耳まで届いて、思わずフラつき膝をつく。
一体何があったのか。
顔を上げたアタシは、息を整えるのも忘れてぽかんと口を開けてしまった。
「生きているな、レンコン女」
アタシの前に、剣を構えて立ち、デア・セドルを睨みつけているのは……、
フェルナンド!?
「ど、どうしてここに……!?」
「お前、俺を呼んだだろう。頭の中にガンガン声が響いたぞ」
もしかして、頭で考えてたことがフェルナンドに届いた? 戦巫女の力?
「ええと、どの辺から聞こえてた?」
「お前の父上が餅をつき、母上がおせちとやらを作るというあたりからだ」
うーわー、戦巫女のプライバシー、ダダ漏れ。
なんて言ってる場合じゃない!
「あ、あのね、フォレスト王子にデア・セドルが……」
「だろうな、何となくわかった」
油断無く敵を見据えながら、フェルナンドは応える。
「兄上なら女性に手を下したりしない」
「そこまで知りながら、兄には手を下そうとするか」
デア・セドルの左腕からは、フェルナンドが斬りつけたのだろう、ボタボタ血がたれている。しかし、デア・セドルが右手をかざした、それだけで、回復魔法が発動し傷はふさがった。
「唯一の戦巫女と、兄の命。天秤にかけられるものではないが、どちらか片方のみと言われれば、俺は王族の務めとして前者を選ぶ!」
フェルナンドが剣を握り直しながら、こっ恥ずかしい台詞を放った。
い、いや、他意は無いんだろうが。他意は。そういうこと真顔で言われると、不謹慎にも照れるワケだ、アタシは。
「蓮子様!」
そんな頃、リーティアがお城の兵士さん達を連れてやって来た。
でもデア・セドルは、数の不利も気にかけない様子で、くつくつ笑うばかり。
「愚かな。頭数を揃えた所で、余の前には無意味」
デア・セドルが手をかざした。
アタシは反射的にリーティアをかばって床に伏せる。
無数の光弾が、アタシを、フェルナンドを、兵士さん達を打ちのめした。
強い。
強すぎるよ。
勝てない?
「しっかりしてください、蓮子様!」
リーティアの声と共に、回復魔法の光が降り注ぐ。
デア・セドルが忌々しそうに舌打ちするのが聞こえた。
「回復の使い手がいるのか……鬱陶しいな。その女はこちらで頂いておこうか」
奴が再び手を突き出す。赤い光が放たれる。
「リーティア、危ない!」
「リーティア!」
アタシが叫んでリーティアを抱き寄せると同時に、アタシたち二人は突き飛ばされていた。
弱い腰をしたたかに打ちつける中、アタシは見た。
赤い光が、アタシたちを突き飛ばした相手、フェルナンドを捕らえ、デア・セドルのもとへ引き寄せるのを。
「ちょっ、ちょい待ち!」
アタシは腰の痛みも忘れて立ち上がっていた。
「何で、何で!? そこは女の子のリーティアかアタシの役目でしょ!?」
「うっ、うるさい、少々手元が狂っただけだ!」
デア・セドルにも予想外だったらしい。奴も慌てたが、すぐに表情を繕う。
「まあいい。女だろうが男だろうが、人質がいた方が、後の戦いも盛り上がるというものだろう。北の地で待っているぞ、戦巫女!」
そう言い残してデア・セドルは消えようとする。フェルナンドと共に。
「待てこらあー!」
乙女にあるまじき叫びあげ、アタシは銀色の斧を呼び出して、デア・セドルに斬りかかった。
しかし。
どおん!
「ぐえ」
デア・セドルが眼前に作り出した魔力の壁に思いっきり弾き飛ばされて、情けない声と共に床を転がった。
「蓮子!」
吐きそうになって腹を抱えてうずくまった時、フェルナンドの声が聞こえた。
「いいか、俺を助けに来ようなんて思うな! 俺は自力でこいつを倒し、戻ってくる。心配するな!」
何、強がり言ってんのよ。
言いたかったけど、アタシの口からはうめき声しか出なかった。
デア・セドルの姿が目の前から消える。
フェルナンドも。
これじゃ、ヒーローとヒロインの立場、逆じゃない。
薄い笑いが自分の口の端に浮かぶのを自覚しながら。
アタシは生まれて初めて、酒を飲む以外で、記憶が吹っ飛ぶという体験をした。




