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フェーブル城敷地内の一角にある、フォルティア歴史記念図書館。
騒動だらけの食事の後、アタシは一人そこで探し物をしていた。
料理の見返りじゃないけど、見たいモノがあるってフォル王様に言ったら、快諾してくれたのだ。
ズラっと並んだ本棚の中から、目的の本を探す。
――あった!
随分古びた、革の表紙の分厚い本。歴代の戦巫女たちについて編纂した貴重な一冊だ。
もちろんヴィルム語で書かれているのだが、アタシの翻訳機能にかかれば難なく読める。
そこには、千数百年の昔から始まった、三国に召喚された戦巫女たちの、氏名と年齢、使いこなした武器、戦いの遍歴が、結構詳しく書かれていた。
初代フォルティア戦巫女、ミッシェル・キャロライン……英語圏の名前だな。
ネーデブルグ四代目、パウラ・ウルブリヒト……これは語感的にドイツか?
フォルティア十二代目、李銀蓮……中国か韓国だろうな。
聞いた通り、ステアには、男らしき名前の子も多い。
彼らは、ある時は魔族を封印し、ある時は一触即発戦争目前だった三国間の緊張を鎮め、またある時は、海を越えた新興国の侵略を力を合わせて撃退した。
記録の中には、任務を拒んで、すぐに元の世界へ帰ってしまった者も確かにいた。
戦いのさなか、命を落としてしまった者もいた。
パラパラとページをめくるうち、アタシはあることに気がついた。
どうやら戦巫女は、同じ時代には同じ国から選出されるらしい。だからアタシ達今回の戦巫女は全員日本人だったのか。
それから、年齢。
やはり十代の子が多い。今までの最高齢は二十一歳。確かにアタシは、例外中の例外だ。
そして、気になっていた、戦巫女の能力。
ほとんど皆が、剣や槍、固定された武器で戦っている。武器を持たずに魔法だけで戦った子もいる。転移や回復の能力しか持たなかった、非戦闘員の子もいる。
アタシのように、光をいろんな形に変えて戦う、どっちかっつーと器用貧乏な戦巫女は、今までいなかったようだ。
アタシは、どんな風にこの本に記録が残るんだろう。
死にました、だけはあって欲しくないなあ。
ふう、と一息ついて、本をもとあった場所に戻そうとした時。
「やあ、こんな所にいたのかい、蓮子ちゃん」
その声に振り向くと、声はつい最近聞き覚えがあるような気がするんだが、顔は見たこと無い男の人が、いつの間にかそばに立っていた。
「ええと、どちら様ですか?」
初対面でちゃんづけだなんてなれなれしい男め、と半目になって問いかけると、相手は肩をすくめて名乗った。
「僕だよ、フォレスト。見違えちゃったかい?」
その言葉を頭の中で咀嚼して理解につなげるのに、軽く十秒はかかった。
……エエェエエ!?
そ、そりゃ、フォル王様やフェルナンドを見ていれば、美形家系だというのはわかるが!
あのズタ袋のオッサンが、風呂に入って髪を切りそろえてヒゲ剃って、きちんとした服着たら、ちゃんと王子様に化け……もとい、戻るのか!
「いやあ、それにしても勉強熱心だね。僕に気づかないほど本にふけり込んでいて」
「アタシも戦巫女ですから。何にも知らないまんまじゃなくて、少しは学ばないと。この世界のこととか、戦巫女のこととか、魔族のこととか」
「デア・セドルのこととか?」
フォレスト王子が妙に低く呟いて、アタシに顔を近づけてきた。
「君のような可憐な女性が、戦いに身を置くのは、見ていて心苦しいな。フェルナンドでなくて僕なら、君を傷つけないように、城に置いて大事に扱うのに」
その台詞に対して、アタシは、真っ赤になってうつむく……、
はずもなく。
「うげ」
思わず出てしまった、乙女にあるまじき声。
「あのですね、アタシ一応戦巫女として来てますから。傷つく傷つかないはアタシの勝手だし」
フォレスト王子をじとりとにらみながら、早口に返す。
「あなたの弟さんを引き合いに出されても、アイツはアレでアイツなりにいろいろ考えてくれてますから。第一、戦巫女なのに城でお姫様みたくくすぶってるの、性に合いませんから」
……ん?
何でアタシ、フェルナンドなんかをフォローしてるんだ?
そう一人ツッコミしながら、サブイボできそうだった腕をさすっていると。
「……成程」
突然、フォレスト王子の声がさっきより低くなり、表情が一変した。
人当たりの良さそうな軽いかんじの笑みが消え、かわりに宿ったのは、
邪悪。
そうとしか言いようのない、笑い。
フォレストに手を握られた時に感じたものは、錯覚じゃなかったのか。
「女は口説き落とせば無力にできるものかと思っていたが……折れない女もいるのだな。これでは仕方ない、貴様を潰すしか無くなった」
――マジでやばい。
直感的にそう思った時には、アタシは、何故か咄嗟に目の前にかざしていた本と共に、目に見えない力でフッ飛ばされていた。




