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その時だった。
ふええええん!
ちょうシリアスな雰囲気をブチ壊す、子供の泣き声。
見れば、アタシたちの目の前で、二、三歳くらいの男の子が、派手にすっ転んでいた。
そんな小さい子を見ると、頭より先に身体が動くのがサガ。
「あー、泣かないの。痛くない痛くない!」
男の子を立たせて、シャツやズボンについた土をパンパンとはたき落とす。幸い大きな怪我は無いようだ。
それでもまだ泣いているので、ポケットに突っ込みっぱなしだった、お菓子屋でもらったキャンディを何粒か取り出し、小さな手に握らせる。
男の子は一瞬泣き止んで、きょとんと自分の手の中を見つめたかと思うと、ぱあっと満面の笑みを浮かべ、
「ありがと、おねえちゃん!」
まだ舌ったらずな口調でそう言うと、バイバイと手を振って、母親の所へ駆けていった。
「意外だな」
バイバーイと笑顔で手を振り返していると、フェルナンドが、言葉に違わず心底意外そうに。
「実家にあれくらいの甥っ子がいるのよ。子供の相手は慣れてるわ」
いや、もうちょっと大きくなったかなあ。そういやしばらく実家にも帰ってないなあ、と、懐かしんでいると。
「違う。お前でもああやって優しく笑う事があるのだな。キイキイ怒ってばかりかと思っていた」
「ちょっとそれ、どういう意味!?」
ほんとこいつ、人をほめることを知らない奴だな!
半目になってじろりと見上げると。
……ぷっ。
「あっははははは!」
アタシは、今見ているものが幻覚なんじゃないかと、我が目と耳を疑ってしまった。
フェルナンドが、あのむっつりのフェルナンドが、吹き出して。
……笑ってるよ……!
人のこと言えないよ、あんたこそ笑うことがあるワケ!?
ひとしきり声をあげて笑い転げた後、フェルナンドは白い歯を見せた。
「本当にお前は面白い奴だな。ころころ表情が変わって、見ていて飽きない」
お、面白い!?
ぼっと頬が熱くなったかと思うと、ふいに、
ぼたたたーっ。
目から水があふれ出した。
もとい。
涙が。
「ど、どうした!?」
珍しくフェルナンドがうろたえるので、必死にガシガシ顔をこすってごまかそうとする。
「い、いやね。アタシ向こうで、『つまんない』ってフラれたばかりだったから……」
そうだった。
そういえばアイツは、恋人のフリして、結局一度もアタシのことを「面白い」なんて言ってくれなかった。
こっちの世界に来てから忘れてたけど、急に思い出してしまったのだ。
「それはその男に見る目が無かったんだろう。十分面白いぞ、お前は、うん」
フォローかどうかいまいちわからないけど、そう言ってフェルナンドはまた笑う。
アンタノソノ笑顔コソ反則デスヨー!?
気が動転して忘れかけていたが、ポケットにハンカチを入れていたことをやっと思い出し、お菓子を落とさないように気をつけながら取り出して、涙を拭いた。
「少しは落ち着いたか?」
「う、うん」
「そろそろ戻るか。いきなり城を出て行って、兵士達が慌てて探している頃だろう。俺もフォレスト兄上の放浪癖を笑えないな」
は、は、とフェルナンドが自嘲した時。
「魔物だー! 魔物が襲ってきたぞー!!」
住宅街の方から、人々の悲鳴。
フェルナンドが咄嗟に剣の柄に手をかけて走り出そうとし……、アタシを振り返る。
「……平気か?」
アタシは力強くうなずき返した。
「平気。戦えるよ」




