Sister impact
遡ること2年前。俺は鈴蘭たちの家にいた。
3人は食卓を囲んで、鈴蘭と俺とで作った昼食をとっていた。まあ2人で作ったと言っても、俺は鈴蘭の言われるがまま動いていただけなのだが。
「そういえばお兄ちゃんは高校、お姉ちゃんと同じところに行くの?」
俺をお兄ちゃんと呼ぶこの少女は美衣。鈴蘭のちょうど3つ下の妹だ。鈴蘭と同じ黒い髪を、左右で分けて結んでいる、所謂ツインテールというやつだ。鈴蘭とは違った方向で可愛い。
「ああ、そうだよ。どうかした?」
「いや、なんだかいつもどこでも一緒にいるんだなーって。高校も一緒に行きたいから同じ場所にしたとかじゃないの~?」
「違うよ美衣。私たちちゃんと自分たちで決めたもん。そしたら、たまたま同じとこだったってだけなんだから」
美衣ちゃんは怪訝な顔でこちらを見ている。本当のことなんだけどなあ。
俺たちはそんな楽しい時間を、毎日のように過ごしていた。のだが。
ある日、事件は起きた。
「美衣、遅刻するよ!」
「ああ待ってお姉ちゃん!もうすぐ準備終わるから!」
姉妹はどたばたと家の中を駆け回っている。朝8時前、俺は鈴蘭たちの家の玄関で、鈴蘭を待つために腰かけていた。朝の眠気によって重い目を擦りながら、寝ないように意識を保っている。
どたっ。
「鈴蘭まだか~?」
「あっ、真司!こっち見ちゃダメ!!」
俺の眠気は一瞬にして飛ばされていった。
「き、きゃあああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」
俺の目の前には、いつも通りの制服を着た鈴蘭と……。
……なぜか下の下着しか身に着けていない、ツインテールの美少女が転んでいた。
俺だって健全な男子中学生だ。女の子のそんな姿など見てしまっては、そこから視線を外すのは難しい。
「な……何じっと見てるのよへんたあああああああああい!!!!!!」
俺は気が付くと、体が浮くほど強い衝撃を浴びせられ、玄関のドアに体を打ち付けていたのだった。
それからというもの、美衣ちゃんはずっと俺と口を訊いてくれない。それどころか、彼女の姿を見ることもなくなっていたのだった。
そして時間は今に至る。俺と鈴蘭は、美衣ちゃんの前で正座をしていた。大きな正三角形の形を描くように距離を置いて、だ。俺は、裁判にかけられた罪人のような心地でいた。
「で、変態さん、なんでお姉ちゃんとあんなに至近距離で顔を合わせていたんですか?」
美衣ちゃんはまるで、俺をゴミを見るような目で見ていた。いや、それよりも蔑んだような目だった。その瞳からは殺気をも感じる。
「あ……あのですね……それは……」
俺は言葉を詰まらせる。この状況で、しかもあの時のこともまだ未解決な状態で、「鈴蘭と付き合ってて、ちゅーしようとしてました☆」なんて言おうものなら、飛んでくるのは無数の椅子か刃物に違いない。チェスで言うなら、チェックの状態だ。あと一手間違えれば俺は死ぬ。
「キスしようと……してまして……」
「は?」
あっ。終わった。
俺は自分の発言の浅はかさを呪いながら、椅子なり刃物なりが飛んでくる覚悟を決めた。だが、そこへ鈴蘭が素晴らしいフォローをしてくれた。
「み、美衣……真司は何も悪いことしてないの!私がしよって言ったの!」
「お姉ちゃんが?……どうして?」
美衣ちゃんの声が優しくなった。やはり、どんな時でもお姉ちゃんは大好きで信用しているのだろう。だが、このままだと付き合っているということを言わなければならない。全然状況はよくなっていなかった。 美衣ちゃんは表情をガラッと変えて、その視線を俺の方へ向けていた。
「あの……さ、俺たち……」
「恋人同士になったの!」
実は互いの目をよおく見てみよう、ってなったんだ!とかはぐらかそうとしていたのに!鈴蘭は俺が1番最後に言おうとしていたことを、真っ先に言ってしまった。鈴蘭さん直球すぎますよぉ……。
「……」
ほら黙っちゃったよ!今度こそ俺は何が飛んできてもいいように覚悟を決めた。だが、美衣ちゃんから返ってきたのは、意外な言葉だった。
「あっそ。おめでとう。私は納得しないけどね」
そう言って、むすっとした美衣ちゃんは2階へ上がっていってしまった。ふと鈴蘭の方を見ると、至って普通の顔をして、俺に微笑みかけていた。
鈴蘭と他愛もない話をしていると、もうすっかり日は暮れてしまっていた。
美衣ちゃんはあれから一度も降りてきていない。なんでだろうね、と聞いてみようかと思った時、鈴蘭はおもむろに口を開いた。
「真司もあんまり考えすぎない方がいいと思うんだけどな~。さて、そろそろご飯作ろっかな」
俺は何も答えなかった。考えすぎない方がいい、か。あの時どういう状況だったにせよ、直視してしまった自分は悪い。できればそれを早く謝りたかった。だが、2年も経ってしまっている。それに年頃の女の子なのだから、まじまじと見られてしまったら相当傷ついたはずだ。2年もそういうことを会えないからと放っておいている自分を、とても恨めしく思う。
そう長々と考えていることが「考えすぎ」なのだろうか。美衣ちゃんも難しくなったなあ……ひしひしと思うよお兄ちゃんは。
しかし、今日で終わりにしよう。いい加減謝りたい。これからもずっと変態などと呼ばれるのは精神衛生上よろしくないし、もし街中でそんな呼ばれ方をされようものなら、世間様で生きることに支障が生じる。
そんなことを考えていると、美衣ちゃんはとたとたと階段を降りてきた。相変わらず俺に視線を合わせようとはしなかったが、それでも俺はめげない。めげてはいけないのだ。
「あ、あのさ、美衣ちゃん」
「なんですか、性犯罪者さん」
あるぇ~?なんかさっきよりも呼び方が酷くなってるぞ~……?
「性犯罪者って……さすがにそれは酷いと思うなぁ……」
「小学生の全裸を見たんですから、逮捕されてもおかしくないと思います」
寂しくなるほど他人行儀に、そしてとても人様には聞かせられないことを言っている美衣ちゃんの目は、なぜかさっきのような蔑みや殺気の念は含んでいなかった。
「そのこと……なんだけどさ」
「え?」
「ごめんなさい!謝るの、ずっとできなくて、そうこうしてたら2年も経っちゃってて!いくらなんでもガン見するのはマズかったと思ってるんだ!本当にゴメン!」
突然頭を下げる俺に、しばらく黙っている美衣ちゃん。そんな美衣ちゃんと俺を見かねてか、鈴蘭は美衣ちゃんに言葉をかける。
「美衣~。そろそろ許してあげたら?もう十分楽しんだでしょ?」
えっ?楽しんだ……?
すると美衣ちゃんは、ぷふっ、と突然噴き出した。
「ははは!もう、お兄ちゃんほんとにそんなに気にしててくれたんだ!あはははははは!!!」
あれ、なぜ美衣ちゃんはこんな大笑いしているのだ?
「美衣ちゃん……怒ってるんじゃないの……?」
「真司もバカだねえ~。いくら裸を見られても、2年も根に持つ人なんてそんなにいないよ~」
俺がいつもバカだと思っているヤツにバカだなどと言われてしまうだと……日頃の仕返しのつもりか鈴蘭め……。
「いやあ楽しかったよお兄ちゃん!2年も謝ってくれないのはさすがにちょっと怒ってたけどっ」
「美衣ちゃん……ドSすぎる……」
「お兄ちゃんいじめるの楽しいんだもん!あ、でも今回だけだからね?次私の裸とか見たら今度こそボコボコにしちゃうんだから!」
美衣様、そんな笑顔で恐ろしいことを言わないでください。
「は……はい」
「仲直りした?じゃあご飯にしよー!」
「わーい!」
呆気にとられている俺をよそに、鈴蘭と美衣ちゃんの美少女姉妹は元気に食卓へ向かう。
「はは……なんかよかった……のかな」
俺は少しぐったりしつつも、体を食卓の机へ動かすのであった。
俺たちは箸を動かしながら、美衣ちゃんにさっきから聞きたかったことを訊いてみる。
「美衣ちゃん、いつから許してくれてたの?それに、最近顔も見なかったのもなんで?」
「お兄ちゃん、質問が多すぎるよ?最近会えなかったのは、生徒会活動で朝早く学校に行かなきゃいけなくなったから。ちょっとタイミングよすぎたけどね。許したのは、ついこないだかな。お姉ちゃんがいい加減許してあげないと困るって言うから」
「ちょ、ちょっと美衣、それは言わない約束でしょ!?」
「困るって……どうして?」
美衣ちゃんが俺を許すのと、鈴蘭が困るのに何の関係があるのだろう。
「いやあ、半年くらい前からさ、お姉ちゃんが何かとお兄ちゃんのことを話題にするから、私聞いてやったの。『もしかしてお兄ちゃんのこと好きなの?』ってね。そしたら、お姉ちゃんそれはもう満面の笑みで……」
「あああダメダメ言わないで恥ずかしくて死ぬからあ!」
「ふふふー。可愛かったよあの時のお姉ちゃん。お兄ちゃんに見せてあげたかったよ」
そんなことがあったのか……。俺たちは食事を終えて、食器を洗い場に持っていく。洗うのは俺がやると言ったのだが、鈴蘭にまだ話終わってないから私がやっておく、と言われてしまう。何から何までやってもらって、少し申し訳なく感じる。
俺と美衣ちゃんは並んでソファに腰かける。俺はさっきの話の続きをしようとして、とある疑問が頭をよぎる。
「え、でもさ、付き合うの美衣ちゃん納得しないとか言ってなかった?」
美衣ちゃんは俺が裁判にかけられている時、確かに俺にそう言ったはずだ。
「それはほら、お兄ちゃんの顔見たらあの時の怒りを思い出しちゃったというか……」
「はは……」
俺は苦笑してしまう。つまり、あの時のはただ、思い出し笑いならぬ思い出し怒りをしていただけと……。安心するのもあるが、どこか拍子抜けしてしまう。
「あ、でもほら、ちゃんと納得してるから!ほんとだよ?」
「そっか。ありがとな美衣ちゃん」
俺は思わず美衣ちゃんの頭を撫でる。鈴蘭よりも少し小柄なんだなと、少しだけ新しい発見をする。やはり鈴蘭の妹なのだ。鈴蘭よりは扱いが難しそうだが、いい娘なのだ。それは間違いあるまい。
「それとさお兄ちゃん、美衣って呼んでくれない?」
「え……どうして?」
「だって、将来ほんとにお兄ちゃんになってくれるんでしょ?だからちゃん付けは変かなーって思って」
微笑みながらそう言う美衣ちゃんの言葉に、かなりドキッとした。この娘、まだいつになるかわからないのに、俺と鈴蘭は結婚するって確信してるのか。それだけ仲を認めてもらってると再確認して、とても嬉しく感じる。
「わかった。じゃあこれからは美衣、って呼んだらいいのかな?」
「うん、そうして。なんかお兄ちゃんに美衣って呼ばれるの、すごい嬉しいよ」
夕方の美衣からはおおよそ想像できなかった言葉を聞いて、少し俺は口角が上がってしまう。俺もそう呼べて嬉しいよ、なんて照れくさくて言えるわけがない。
「へっへー、すっかり昔の仲に戻ったようですなあ、お2人さんっ」
俺の隣に勢いよく座ってくる鈴蘭は、体を俺にぴったりくっつけている。やはりドキドキしてしまう。これは仕方ない。好きな人が隣で体をくっつけているのもあるが、それだけではなく、例にも漏れず胸が少し当たっているのだ。
「あーでも、お姉ちゃんが好きっていうのはわかってたけど、お兄ちゃんもそうだとは思ってなかったなあ」
「だよねえ。私も正直ダメだと思ってたし」
それはほら、ダメなんて言うわけないじゃん。俺は、顔では微笑を浮かべながら、内心そんなことを思っていた。というか鈴蘭はダメだと思ってたのに、あんな状況で告白してきたんだな。
「で、お兄ちゃん、結局どうしてお姉ちゃんとちゅーしようとしてたの?」
美衣は小悪魔のように微笑んで、こちらに水を向けた。さっきならとても言えなかったが、今なら言っても大丈夫だ。さっきと漂う空気の違いに、妙に安心してしまう。俺は思い切って、ありのまま行動に移すことにした。
「結婚してくれるならちゅーしてくれって鈴蘭に言われてさ、ほら、こう」
俺は美衣の前で、鈴蘭の唇を奪ってみせた。初めてのキスで自分はなぜこうまで思い切れたのか、寝る前に自問自答するとは露知らず。
「!!」
「お、お、お、お兄ちゃん!?!?!」
鈴蘭は目を見開いて、美衣はそれはそれはオロオロして、2人はそれぞれ驚いていた。
しばらくして唇を離すと、鈴蘭は顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「お、お兄ちゃん……なかなか肉食な面もあるんだね……」
「し……真司に唇を奪われた……ぽっ」
少し呆気にとられている美衣ちゃんがいて、鈴蘭は茹でた蛸のように顔を真っ赤にして、両手を頬にあてている。というか鈴蘭、自分の口でぽっ、って言うのはおかしいぞ。
「いやー、鈴蘭の唇柔らかかったなー」
そして俺は、何故かそんなことを口走っていたのだった。
「真司……ちゅーしてくれたってことは……」
「ああ、そういうことだよ」
「お兄ちゃんかっくいいねえ!お姉ちゃんにちょっと妬いちゃうよ!」
俺は少し照れくさかったが、気持ちは本気だ。それは絶対に絶対だ。
この日は大切な思い出になった。ちゃんと美衣とも和解できて、鈴蘭に永遠を誓うこともした。そして俺は、もう1日ある休日を、この3人で楽しく過ごそうと決めたのだった。
どうもつぼっこりーです。
今週はいろいろ大変でした。なにしろ試験だったもので。それでね、試験終わって帰ってきて、さあ書こうとPCに向かうわけですよ。それがもう全然話が浮かばない。いい発見でした。次試験終わった日は何もせずぐーたらします。
物語の方は妹が出てきましたね。いいですね妹。真司の妹にしなかったのは「これ以上いい思いさせてたまるか」という咄嗟の判断です。元は真司の妹のはずでした。でもこれ、鈴蘭の妹でもいい思いしそうだな。ズルい。
さてさて次回は日曜日です。日曜日は話が組みやすいんですねこれが。中学の文化祭で劇の脚本書いた時も、裏設定として日曜日にしてた記憶があります(笑)
気になるお話ですが、全く考えてません。ノープランです。ですが2話くらいにする予定もあります。1話になる可能性も、もちろんあります。結果は次回をお楽しみに!
さて、今回はこの辺で。みなさんの暮らしが楽しく明るいものでありますように。次回も読んでいただければ幸いです。




