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2人きりの休日

 鳥が鳴いている。高い声で、まるで仲間と会話しているかのように。

 もう朝か……。まだ目覚めたばかりの瞼が、そこだけ重力が増しているかのごとく重い。しかし、重いのは瞼だけではない。もっと下……胴体の部分に重りが乗っているような感覚がする。それも縦半分だけに、だ。俺は重さのある方向に首を向けた。そこには……

「むにゃ……えへへ……恥ずかしいよう……」

 乱れた黒髪の、まるで子猫のような寝顔をした美少女が、俺の右半分に抱きついている。いや、乗っかっている、と言っても差支えない態勢だった。

「……!?」

 ようやく状況を理解した俺の脳は、咄嗟にその美少女を押しのけようとする。だが、さらに昨晩の出来事の記憶を取り戻した俺は、押しのけようとした手を止めた。

 そう、隣で俺に抱きついてなにやら幸せそうに夢を見ているのは、俺の幼馴染……いや、今では恋人の鈴蘭である。恋人……その言葉を脳裏で反芻するたびに、鈴蘭に対する、言葉にできない愛おしさが湧き上がってくる。俺は鈴蘭を優しく、こちら側からも抱きしめる。鈴蘭は温かかった。もちろん体温のこともあるのだが、皮膚の表面の感覚だけではない。心の内側が温かくなるのを感じる。満ち足りている、そんな表現が正しいのだろう。

 時計の針は6時を指している。まだ少し眠いが、昨日のことを思い出すだけの処理能力は取り戻していた。文化祭が終わって、後片付けをしたこと。担任たちと机をいくつも運んだこと。鈴蘭と買い物をしたこと。そして、鈴蘭に唐突な愛の告白をされ、恋人同士になったこと……。

 やはり夢だったのではないかと思わざるを得ないほど、突然の出来事が詰まった1日だった。やはり腕の中にいる幼馴染と恋人同士になったということが、1番の大ごとだったと思う。そんな思索にふけっていいると、すぐ真下で声がした。

「し……真司だ……」

 にへら、と柔らかな微笑みを浮かべながら、腕の中の鈴蘭がうっすら目を開けた。つられて思わず俺の口角が上がってしまう。可愛いな……そんなことを思っていると、腕の中の子猫は突然顔を赤くする。

「し……真司が……私のこと抱きしめてる……」

 顔を俺の胸にうずめて、そんなことを言う。

「あ、すまん、苦しいか?今離すよ」

「だめ、このまま抱きしめててくれてないと……」

 そのまま、鈴蘭はしばらく何も言葉を発さなかった。また寝たのかなと思った俺は、片手で鈴蘭の頭を撫でる。なんだか、この時間がずっと続けばいいのにな……。そんなことを思う俺がいた。

 今、とても幸せな気分だ。大好きで、俺のことを心から想ってくれる大事な人が腕の中にいて、触れられて、こうして互いに必要とされる。その喜びと愛しさに包まれながら、俺は再び眠りに落ちた。



 再び俺の意識が夢の世界から帰ってきた頃には、時刻は9時を回っていた。さすがにもう起きようと体を起こそうとするが、起き上がれない。まだ2人仲良く抱き合っていたのだ。

「寝返りで離れてもおかしくないのにな……」

 俺のそんな微かな声に気付いたのか、鈴蘭ははっ、と目を覚ます。そしてすぐに状況を理解して、茹で蛸のように顔を赤くした。

「え……真司……?なんで私たち抱き合ったまま寝てるの……?」

「夜中鈴蘭が抱きしめてくれーって言ってたから」

「言ってないよおおお!!そんな恥ずかしいこと言えるわけないでしょおおおお!?」

 部屋の中を絶叫がこだまし、さらに目覚めたばかりの俺の耳の奥がキンキンする。どうやら鈴蘭は夜中のことを綺麗さっぱり忘れているようだ。寝ぼけてると随分積極的になるタイプなのかな、などと思ったが、もしかしたら俺のことを喋る抱き枕か何かと勘違いしていた可能性もある。鈴蘭はそういうヤツなのだ。それと、近所迷惑になりかねないから朝から叫ぶのはやめような。

「でも心地よかったよ。胸とか当たってたし」

「ばか……気付いてたならどけてくれたらよかったのに~……」

 お前を相手にそんなことできる男はいないと思うぞ鈴蘭よ。そうして、熱い抱擁をほどき起き上がった俺は、何か言いたげな顔をしている鈴蘭とともに、そそくさと布団を片付けたのであった。

 


 身支度を済ませ少し遅めの朝食をとった俺たちは、リビングのソファーで並んで寛いでいた。土曜日の朝はあまり面白い番組はやっていない。鈴蘭は長い間無表情でチャンネルを変え続け、とある番組に気付いてリモコンを置いた。

「デートか……」

 鈴蘭は呟いて、その番組を食い入るように観ている。テレビの画面では、この時期おすすめのデートスポット特集ということで、芸能人たちが疑似デートをする様子が映し出されていた。画面の中の芸能人たちは、ご当地アイスを食べさせあったり、これから紅葉になるであろう木が立ち並ぶ公園を歩いて回ったり、そのスポットの回り方の定番ルートを、フリップ付きで解説したりしていた。画面の外の鈴蘭は、その番組が終わった途端、目をキラキラさせてこう言った。

「真司!デートに行こう!」

 何故か芝居がかった言い方をした気がするが、ここはスルーしておこう。

「デートか……あれ、昨日したような」

「違うよ!あの時はまだ恋人同士じゃなかったし、デートというよりはお買い物だよ!私はこう、少し遠くへ真司と2人きりでお出かけしたいの!」

 少し早口で話す鈴蘭の言葉には、かなり熱が入っていた。デートか……そういえば、恋人ってのはそういうことするんだったな……。俺は彼女などいたことがないので、デートと言われても何をもってデートというのかわからない。だが、したくないと言えばそれは大きな嘘だ。したいに決まっている。

「んー……どこか行きたいとこあるか?」

 デートスポットなどもちろん知らない俺は、彼氏がいた経験がある鈴蘭に行きたい場所を聞いてみることにした。もちろん過去のことを口に出すのは無粋だろうと思ったので、理由は黙っておくことにする。

「そうだなあ……動物園とか、遊園地とか!あ、聖地巡りもいいかも!」

 最後のはさすがにデートには向いてないんじゃないか?心の中で突っ込みながら、少し考える。もしかして鈴蘭はデートしたことないのだろうか。そして出た結論は……

「よし、じゃあ一緒に考えよう。初めてなわけだし、何事も最初が肝心だからな」

 やはり、初めてのデートなのだから、思い出に残るものにしたい。鈴蘭はあっさり快諾してくれた。そして来週の日曜に行こうとだけ約束して、話はひと段落した。



 しばらくして、鈴蘭は約束したデートの行き先を頭の中で考えていた。

 初めてのデートの相手が真司。考えただけでもわくわくするし、なぜか少し照れてしまう。以前恋人というものはいたけれど、本当の意味での恋人は真司が初めてだ。真司はそんなことは全く知らないが、言う必要もないだろう。これからの自分たちにとっては、関係のないことなのだから。

「ふふふー、どこにしよっかなー」

 鈴蘭はどこからか旅行のパンフレットを持ち出して、広げていた。おそらく真司の両親のものだろう。あの2人は、いつ見てもこっちが恥ずかしくなるくらいラブラブなのだ。旅行パンフレットの1冊2冊あっても何も不思議ではない。

「そんなに楽しみなのか」

「あったりまえじゃん!真司は楽しみじゃない?」

 鈴蘭は答えがわかりきっていることを訊く。だが、それでも普段恋愛ごとには縁のなかった真司の口から、直接聞いてみたい答えだった。

「……楽しみに決まってんだろ。楽しみじゃないとか言うわけないじゃん」

 真司は少し口を尖らせて、予想通りの答えを口にする。少し照れながら言うところがギャップがあっていい。なるほど、これがギャップ萌えか。

「えへへ……じゃあ、一緒に考えよ!」

 ソファーで寛ぐ真司の隣に、ぴったりと密着して座る。恥ずかしいなとは思うのだが、普段はなかなか拝めない、少し赤らめた真司の顔を見られるので、むしろこれからも積極的にやっていきたい鈴蘭であった。

「ちょ、くっつきすぎだろ」

 照れてる照れてる。この顔を写真に撮って待ち受けにしてしまおうか。鈴蘭は直後、それをスマホのカメラで撮っていた。

「へへへへへ、この写真待ち受けにしちゃう~」

「や、やめろよ……思いっきり付き合ってますアピールになるじゃん」

「いいのいいの。こっちからは言わないけどいつかは知れ渡るんだから、これぐらいさりげない感じで全然おっけーなのですよ真司くん」

 真司はそういうことじゃないという顔をしていたが、鈴蘭はそんな他愛もない話をしながら、照れた真司の顔を待ち受けにしてしまったのだった。

「よし、じゃあ、どこに行くか考えよ!真司!」

「お……おう。あ、でも日帰りで頼むからな。その次の日学校なんだし」

 密着したまま、広げたパンフレットを眺める2人。その初々しい光景は、外で眺めていた小鳥ですら嫉妬してしまうほど、愛と優しさで満ち溢れていたのだった。



 天高く上がっていた日が傾き始めていた頃。

 まだパンフレットを見ていた鈴蘭を隣に、俺はだんだん俺の頭に攻め入ってくる睡魔と格闘していた。

 すると、鈴蘭はおもむろにパンフレットを閉じて、俺にこんな提案をしてきた。

「昨日は真司の家に泊まらせてもらったじゃない?だから今日はさ、私の家で泊まっていってよ」

 マジかよ!幼馴染とはいえ女の子の家に泊まれるのか!俺はその案を聞いて、睡魔を一瞬ではねのけた。実は鈴蘭の家にも泊まったことがないので、初めて女の子の家に泊まることになる俺は、心の中で歓喜の声をあげていた。

「いいのか!?じゃあお言葉に甘えさせてもらうよ!」

 予想以上に食いついてきた俺に驚いたのか、少し戸惑った様子で了解の返事をされた。いや、仕方ないんだ。女の子の家に泊まるというのは、純情な男はみんな嬉しいものなんだから。ましてや今まで恋愛ごとはほぼすべて悲惨な結果で終わった、俺みたいなタイプのはな……。

 そんなこんなで、俺はちょっとした荷物を手に、数十秒ほど歩けば着く鈴蘭の家にやってきた。手を洗ってリビングへ入った俺たちは、さっきのようにソファーにくっついて座っていた。

「なんだか、新婚さんみたいだよね……1日を一緒に過ごしてると」

 俺の肩に頭を乗せた鈴蘭は、いきなりそんなことを呟いた。だが、気持ちはとてもわかる。昨日から実質同棲状態なわけだし。

「そうだな……まあ、お前としか結婚できない……いや、しないつもりだけど」

 俺は少しぶっきらぼうに聞こえるように答える。新婚、という単語にドキドキしていたのは言うまでもない。いずれそういう時が来るのかもしれないが、改めて口に出されるとやはり照れる。鈴蘭も同じなはずだ。

 すると、しばらくじっと俺の顔を見ていた鈴蘭が、顔を紅潮させて俺に問いかけた。

「ねえ真司、ほんとに私と結婚してくれる?」

「……あ?ああ、もちろん!その時俺が、結婚できる立場になってたらな」

 突然の質問に、俺は一瞬言葉が出てこなかった。そんなドストレートに結婚してくれる?とか訊くか普通。

「そっか……じゃあ、ちゅーして」

 ……はい?

 どういうこと?

 さらに唐突に鈴蘭が口にした単語に、俺はしばし頭の中の薄い辞書を開く。

 ちゅ、ちゅーというのは、あれですよね、接吻、つまり唇と唇を合わせる……。

「ええええ!?なんでそうなった!?」

 数秒空けて大声を出す俺に、鈴蘭はごくごく落ち着いた表情で続ける。

「結婚してくれるっていう約束。約束には証がないといけないんだから」

 しんじは あたまが こんらん している!

 そんなウインドウが出てもおかしくない状況だった。だが俺は、自分でも意外と、とても静かに、

「……そう、だな」

 と答えていた。約束にキスというのは変わっている気がするが、永遠を約束するのならおかしくはないだろう。当然気恥ずかしいことは気恥ずかしいが、鈴蘭がそうしてほしいと言うなら断るわけにはいかない。

 そうして俺たちは、夕べから数えて何度目かという甘い雰囲気の中、柔らかいソファーに座ったまま、互いの顔を見つめ合う。

 心臓が、ドラムのようにリズミカルに、大きな音を立てているのがはっきりわかる。このままだと破裂するんじゃないだろうか。俺と鈴蘭は、ゆっくり、互いの顔を近づける。

 あと10センチ。

 だんだん心音が大きくなってくるのがわかる。

 ……あと5センチ。

 鈴蘭の柔らかな唇が近づいてきて、それが恥ずかしくてたまらなくて、自然と瞼が下りていく。

 …………あと2センチ……。

「たっだいまー!」

 俺と鈴蘭はその距離のまま、硬直する。リビングの扉の方向から、何か元気な声が聞こえた気がする。それも女の子の声。

「お……お……お姉ちゃんっ……何してるのおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」

「うわああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!????」

「えっ、えええええええええええ!!!!!??」

 ツインテールの女の子の、この世のものとは思えない大絶叫に、俺と鈴蘭はそれに匹敵する音量で驚きの声をあげる。

「み……美衣!!なんでいるの!?なんで!?」

「あたし今日帰ってくるって言ってたでしょ!!っていうか、なんでお姉ちゃん、男の人家に上げてるの!?ついに色付き始めたのね!!!」

「へ、変な言い方しないでよお!!真司よ!!ほら!真司!!!」

「真司ってあのお姉ちゃんの変態幼馴染っ!そいつがお姉ちゃんをたぶらかしてるのね!!離れなさい変態!!」

「待ちなさいよ美衣いい!!まだ真司何もしてないでしょお!!」

「はああ!?じゃあどういうわけでその変態とちゅーしようとしてたのよ!!」

「そ……それは……」

 俺は、妹優勢、姉劣勢という戦況の中にある2人の言い合いを前にして、ただただ呆然とするしかないのであった。

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