これまでの2人。これからの2人。
それは、真司たちがデパートに向かう、ちょうど半日前のことだった。
「真司ー、今日から私たち出張でしばらく帰ってこないから、留守番よろしくねえ~」
早朝からばたばたと騒がしい我が家に目を覚ませた俺は、スーツ姿で立っている母からそう告げられた。
俺、東雲真司の両親は2人ともプロの写真家で、2人で会社を立ち上げ、中学からの友人だという鈴蘭の両親を加えた4人と、4人が見定めた従業員とで経営している。鈴蘭の両親は俺の両親のサポートなどをする非常に近い立場で、鈴蘭と付き合いが長いのはそれが理由の1つである。仕事内容はよく知らないのだが、両親ともに実質社長職であるのでもちろん忙しい。深夜に家に帰ってきて、その数時間後に家を出たりだとか、そんな生活をしている時期もあった。最近は仕事も落ち着いているのか、3人で食卓を囲むことも増えた。のだが、目覚めた俺に言い渡されたのは、唐突な『出張』の二文字であった。
「はいい!?そんなの今まで言ってなかったじゃん!!」
「だって仕事もあったし、忘れてたんだも~ん」
子供のような言い方で母は言う。正直かなりムカつく。だが俺の不安は別のところにあった。
「え……もしかしてその出張って……」
「ああ、父さんも行くぞ」
「はああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!?」
俺の1番の疑問に、父は冷静に答える。それに対する俺の絶叫がどれだけ騒がしかったかは、想像するまでもないだろう。俺は生まれて初めて、いつ終わるかわからない1人暮らしをすることになったのだから。
「え、ちょっと、いつ帰ってくんの……?」
驚きで震える唇を動かして、両親に問う。
「わかんない、いつか帰ってくるわ☆」
「ああ、母さんも寂しいんだから、お前もわかってやれ」
とてもそうは思えない母の口ぶりである。
「あーそろそろ駅に向かわないと!行きましょパパ♡」
「ああ、そうだな。行くか」
「あ、あの……お2人とも……?」
「あ、生活費はテーブルに置いてあるからね~。無駄遣いしちゃダメよ」
そう言い残し、2人は楽しげに話しながら行ってしまったのだった。
「あのバカ親め……実は出張じゃなくて夫婦で旅行行ってました♡とかだったら絶対キレるからな……」
結婚して20年になるというのにラブラブな2人ならやってしまいそうである。
かくして俺は、早朝から前途多難な1人暮らし生活が始める羽目に遭ったのだった。
そんなことを思い出していた俺と、見た人のほとんどが可愛いというビジュアルの鈴蘭がデパートに着いたのは、もう日が沈みそうな午後6時。
フロア数は9、入っている店は200という膨大な数で、中には美容院やネイルサロン、旅行代理店まで入っているため、デパートというよりはショッピングモールのほうがしっくりくる。しかしここを管理している企業直営の食料品売り場のチラシには『デパート』と明記されていたことがあったので、誰が何と言おうとデパートなのだろう。それでも俺はここに来るたびに、心の中でショッピングモールだろ、と突っ込むのを忘れない。
「じゃあ真司!11時まで付き合ってね!」
「へ、閉店までいるおつもりですか……」
鈴蘭は溜息をつく俺を引っ張って、自称デパートの中に引きずり込む。近づくと自動で開く強化ガラスの間を渡って店内に入ると、涼しくなってきた外の気温に合わせて緩くなった冷房の風を感じる。
「で、最初はどこから行くんだ?」
「んー、そうだね……とりあえず1番上の階のお店から回ろ!」
「はいよー」
1時間ほど前の作業の疲れが体を重くする。しかし、久しぶりに鈴蘭と食料品以外の店を見て回るのだ。そんな素振りを見せていると鈴蘭は必ず遠慮してしまう。せっかくなのだから、こいつが見たいと言うところには気が済むまで付き合ってやろうと心に決める。
「最上階まで長いねえ~」
「そうだな……エレベーターでも長く感じるよな~」
他に誰もいない閉鎖空間の中、他愛もない会話をしていると、長く感じた時間はあっという間に過ぎていく。
「おおお!久々に最上階とか来たけど、私の知らない店がいっぱいだ!」
鈴蘭はいつも以上に子供のように目を光らせ、フロアを見渡していた。
「ほんとだなあ。俺もここ来たのもう半年ぶ……」
「真司こっちこっち!」
俺の言葉を遮り、両腕を俺の腕に絡めて見つけた店に引っ張っていく鈴蘭。その横顔はとても楽しそうで、見ているだけで自分の口元が緩むのがわかる。
……って、ん?
両腕を絡めて……!?
目線を下ろすと、俺の腕は鈴蘭の豊満な胸に包まれていた。
「おおおおおおおいいいい!?鈴蘭!胸!胸!!」
顔が燃えるように熱い。鈴蘭の柔らかな感触は、俺の脳をダメにするような、そんな気がした。
「胸?」
「むむむむむむ胸ががが俺の腕に当たってますおおおお!?」
声が裏返っていた。しかもや行が発音できていない。
「もー真司ったら!そんなの気にしなくていいよ!」
「気にしなくても気になるわああああ!!」
鈴蘭のヤツ……わざとか!わざとだな!
「じゃ、じゃあ俺が鈴蘭のおっぱい揉んでもお前は気にしないのか!?」
「……揉みたいの?」
「え?」
「んー?」
え、こいつ……何言ってるんだ……?揉んでいいの?
「ま、ダメだけどねっ」
俺の心を読んだかのように続ける鈴蘭。ま、当たり前ですよね……。
「でも…………になってくれたら……」
ほとんど聞こえないほど小さな声で、鈴蘭は何か呟いた。
「え?」
「んんー?私は何て言ったかなー?」
「な……なんだよ教えろよ~」
「教えなーい!」
鈴蘭は俺の腕を胸に挟んだまま、俺を雑貨屋へと連れ込んだのだった。
雑貨屋には、髪飾りやペンダントに数珠……そうかと思えば部屋に飾るためであろう大きな置物など、多くの品物が揃っていた。
「あー!かわいい!」
そこで鈴蘭は胸を俺の腕から話した。なんだか残念な気分にならなくもない。
「熊の……ぬいぐるみか」
鈴蘭の目線の先、そこには、10センチくらいの可愛らしい熊のぬいぐるみがあった。
「可愛くない!?」
目をキラキラと輝かせ、俺を見る。鈴蘭の大きな目は本当に光を放つようで、とても眩しい。
「ああ、すごい可愛いと思うぞ」
「ほんとに思ってる~?」
「思ってるよ。お前が鞄に付けてたら、絶対お前ももっと可愛く見えるさ」
我ながら小っ恥ずかしいことを言っていると思う。だが、本当のことだ。だって鈴蘭の可愛いところは俺が誰よりも知っているし、それを強くするものも、なんとなくだがわかるのだ。
「ほ……ほんと?」
鈴蘭は少し顔を紅潮させ、上目づかいで俺を見る。これはヤバい。惚れてしまいそうだ。心臓の鼓動が店に響くのではと思うくらい、高鳴っているのがわかる。
「ああ、ほんとだよ」
「そっか……じゃあ買っちゃお!」
鈴蘭は駆け足でレジへ向かい、帰ってくると鞄に買ったばかりのぬいぐるみを付けていた。
「へへー、どうよ」
すげードヤ顔だな。
「うん、やっぱり、すげー可愛い」
「えへへー。じゃあ次行こ!」
俺の手を引き、鈴蘭は俺を次なる場所へと連れていく。なんだかこれ、すげえデートみたいだな……。
「なんだかこれ、すげえデートみたいだな……」
あっ、声に出しちゃった!!
「そだね……デートみたい……」
「あああああいや!何でもない!何でもないぞお!!」
「どうしてそんな必死に否定してるのよ……」
呆れられる俺だった。そりゃそうだ。突然挙動不審になったら誰でも呆れられるわ。俺はなぜかとても焦りながら話を変える。
「そ……それで!次どこ行くんだ!?」
「次はねー、ここ!」
いつの間にかいくつかフロアを降りていた俺たちが来ていたのは、女の子ならショッピングモールで誰もが必ず来るであろう……。
「洋服店でーす!」
鈴蘭は大きく片手を広げる。あなたはここの案内人かなにかですか。そう心の中で突っ込む俺をよそに、鈴蘭は早足で店内へ入っていく。それを追いかけると、鈴蘭はすでに何着か服を手にしていた。
「それ全部買うのか?」
「そんなわけないでしょ~?真司に何着か着てる姿見てもらいたくて」
えへへ、と笑う鈴蘭に、少しにやけてしまう。
そして、鈴蘭は服を数着試着室に持っていき、カーテンを閉めた。
「あ、真司、カーテン開けちゃダメだからね」
「わかってるよ」
お前の裸なんて見ても仕方ないよ、などと強がりをしようかと思ったが、胸を当てられてパニックになっていた俺はとてもそんなことを言える立場ではない。実際、頭の中では鈴蘭の着替える姿が……くっ、なぜ幼馴染なのにこうもドキドキするんだ……。俺は煩悩を振り払うように頭を左右に振る。
ほどなくシャッ、という音を立ててカーテンが開く。そこにはニーハイミニスカに、これからの時期使えるであろう暖かそうな、チャックのないパーカーを身に着けた鈴蘭がポーズを決めて立っていた。俺の好みドストライクです。本当にありがとうございます。眼福です。
「すげえ……可愛いな……」
思わず見とれて呟く。鈴蘭は顔を赤くしていた。女の子は可愛いと言われ慣れているものだと思っていたのだが、鈴蘭はどうもそんな感じではない。心底嬉しそうな顔をして、照れている。
「ほ、ほんと?じ、じゃあ、次の服いくよ!」
その後も鈴蘭のファッションショーにより、彼女のいろんなコーデを見ることができた。その度に鈴蘭は笑顔で毎回異なるポーズを決めていて、やはり家でも両親の被写体になってたんだろうな、と想像に難くない鈴蘭の家庭での様子を思い浮かべ、思わず笑みがこぼれてしまう。鈴蘭は将来モデルにでもなってしまうんじゃないかと思うくらい、どの服も可愛くて、似合っていて、そして将来この美少女と一生を共にできるヤツを心から憎らしく思う俺なのであった。
最後の服を試着した後、制服に着替えた鈴蘭は服をもとあった場所に戻していた。
「ん?買わないのか?」
間抜けな顔をしてしまう俺を見て、鈴蘭は黙って俺に手に持っていた服の首もとに付いている値札を見せる。
「た……高いな」
「でしょー?女の子の服って言うのは高いんだよ。覚えておくこと!」
キリッとでも効果音の付きそうな表情とともに俺を指差す鈴蘭に、俺ははい、と返す他ないのであった。
その後も俺たちは本屋、ファンシーショップ、ゲーム専門店、アニメショップなど……それはもう数えるのが面倒に思うほどたくさんの店を回った。そして次に連れてこられたのは……。
「ねえねえ、この縞々のどう?」
「あの、鈴蘭」
「あ、こっちのふりふりなのもいいかも!」
「鈴蘭さん……?」
「どうしたの?やっぱり疲れた?」
鈴蘭は優しく聞いてくる。だがな鈴蘭……俺が求めているのはそういうことじゃあない。
「いや、疲れとかは大丈夫なんだけどな?ここって……」
「ランジェリーショップだけど?」
「ですよね!!!!なんで男の俺がこんなところに入ってるんですか!?マズいでしょ普通!?」
首を傾げ不思議そうにする鈴蘭は、やはりバカなのだろうか。
そう、俺が今いるのは、ランジェリーショップ、日本語に直せば……女性下着店である。そこにはスタンダードなものから、明らかにアダルトなものまで、とにかく品揃えが豊富だった。
「女の子の私と一緒なら変な目で見られないでしょ?」
「そうかもしんないけど明らかに浮いてるよおおおおお!」
これが真っ昼間だったら間違いなく俺は他の客から蔑視されるに違いない。俺は嘆きの声をあげる。今は夜で客もそんなにいないからまだいいけど、それでもその少しの客は俺に何か意味を含んだような目線を向けている。
「だってさー、下着なんてどんなのがいいかわかんないもん」
「いやそれこそ女の子の友達と行くべきじゃないのかい鈴蘭くん」
「だって……真司がどんなのがいいのかわかんないし……」
え、なんだ、つまり俺に自分がどんな下着を穿いてるのがいいのか聞いてるのか?いやいやいやいや待て待てマテ茶。それはまるで……。
「俺がお前の下着を見ること前提みたいな感じだな」
「ええええええ何言ってるの真司!?」
なんでお前が驚くの!?俺が驚きたいよ!つか余計わけわかんねえ!!
「じゃあなんで俺をここに連れ込んだんですか!?」
「今日は……真司の家泊まろうかなって……それで下着を調達しようかと……」
家から持ってくればいいじゃんと言おうと思ったのだが……。
ん?今よくわからない単語が聞こえたぞ?
「俺の家に……泊まる?そりゃまたなんで……」
「だって今日からしばらく、真司の家もご両親いないんでしょ?」
そうだった、完全に忘れていた。俺の家の親が2人とも行かなければいけないくらい忙しい出張ということは、近い立場の鈴蘭の両親も俺の両親とともに行ったのだろう。つまり今日から鈴蘭も1人ってわけ……いや、違うな。
「でもお前、妹いたじゃん。あの娘どうすんのよ」
鈴蘭には妹がいる。名前は確か美衣って言ったはずだ。ここ数年見たことがないのだが、今は中学2年のはず。あの子会う度に俺のことコケにしてくれるからなあ……。そんなことを考えていた俺に、鈴蘭は妹の所在を教えてくれる。
「美衣は今修学旅行に行ってるの。3泊4日で明後日くらいに帰ってくるはずだよ」
「そうか、修学旅行ね。って、え?まだ中学2年生だよな?」
「そうなんだけど、美衣の行ってる学校は3年になるとものすごい受験に力入れる学校なんだよ」
そんな学校もあるのか……。俺は少し驚いた。俺と鈴蘭が行ってた学校は普通に3年の時に行ってたからなあ……美衣ちゃんは違う学校なのか。姉妹で別の学校に行くなんて珍しいな。そんなことを言おうとした時。
「ねえねえ、これどう思う?」
「これ……ってえ!!もはや紐じゃねえか!!!?」
鈴蘭はとんでもないものを手にしておりました。
鈴蘭はその後、このデパートに来たもともとの目的が、俺の家に泊まる泊まらないは関係なくここで下着を俺に選んでもらうことだったと語った。すみません、さすがに俺があなたの下着選んでしまったら、違う日に会ったときそのことしか考えられなくなります。さすがにそれはマズいんで勘弁してください。なぜか俺は下手に出ていたのだった。
俺たちは食料品売り場にいる。1階であるここにいるということは、ここでの買い物を済ませたら家に帰るということだ。ようやく俺は帰ることができる。ここに来た時の俺はそう思っていた。しかし、今の俺は、この時間が終わることをとても惜しく感じていた。
「ねえ真司?今日何食べたい?」
可愛い声で鈴蘭は今日の晩御飯のリクエストを聞いてきた。
「俺たちは夫婦か何かなのか」
思わず突っ込んでしまう。いくら高校の制服とはいえ、そんなことを言われたら誰だってそう思うだろう。それに、ちょっと照れるじゃないか。
買い物カートの下の段に鞄を置いて、上の段の買い物かごにはすでにタマネギやニンジン、ジャガイモ、サツマイモ、肉などが入っている。なぜか野菜が根菜のみなのは触れないでおこう。
「夫婦ってのもいいかもね。真司となら……結婚してあげてもいいよ?」
上目づかいでそんなことを口走る。
「冗談もほどほどにしないと、本気にするぞ」
俺は照れ隠しのつもりで、ややぶっきらぼうに答える
「……本気に……してくれても……」
鈴蘭は何かを呟いたが、店内に流れる陽気なBGMにかき消されてしまう。
「ん?何だって?」
「いや、なんにもないよ。そうだ、今日は肉じゃがにしよう!」
今明らかに誤魔化したな。だがそれよりも……。
「本当に泊まるつもりなんだな」
俺は少し笑いながら、遠回しに鈴蘭に確認する。
「だって真司ご飯適当にコンビニのもので済ませちゃうつもりだったでしょ?それじゃ栄養偏るもん!」
図星である。やはりこいつは俺のことをよくわかってる。それに、俺の健康をとてもよく考えてくれている。だが、それと同じくらい、俺は鈴蘭のことを理解しているのだ。俺は鈴蘭が泊まるもう1つの理由を、本人の代わりに明かした。
「お前はお前で寂しいんだろ?1人家にいるとこなんて見たことないし」
そう、鈴蘭は寂しがり屋で怖がりだ。ほんの数年前まで大きな犬は怖がってたし、雷が鳴る日の夜は今でも俺の携帯が鳴る。幽霊なんてもってのほかだ。留守番を親から命じられた時は、妹が帰ってくるまで俺を家に呼んでいたこともある。よく考えなくても、そんな鈴蘭が親も妹もいない夜を1人で過ごせるわけがなかった。
「うー。さすがに真司にはバレちゃうか」
鈴蘭はぽりぽりと頭を掻きながら苦笑する。こいつの本当の性格はクラスメイトとか他人は知らないのだろう。学校ではなぜかクールなキャラになってるし。だが、隠しても気づかれないほどだが少しだけ出てしまう1人を恐れる性格のおかげで、あれだけ大人気を誇っているのは目に見えてわかっていた。
「俺に隠し事なんて無駄無駄」
「で、でも私だって真司の隠し事知ってるもん!真司のパソコンの検索履歴、えっちな……」
「わああああああああやめろやめろやめろ!!!!こんなところでカミングアウトするんじゃない!!ってかどうして俺のパソコンの検索履歴とか知ってるんだ!!」
「こないだ遊びに行ったときパソコンつけっぱなしだったから、その時に……ね」
不敵な笑みを浮かべる鈴蘭の顔を見て、俺は少し勝ち誇ったような顔をする。なぜなら……。
「それとベッドの裏にえっちな本隠してるのも知ってるし」
すみませんでした。絶対に誰にもバレてないと思ってた秘密まで知ってたんですね。もうあなたに隠し事はしません。でもえっちな本は見逃してください。俺は念仏のごとくブツブツと言葉を連ねるのであった。
買い物も終わり、家に帰宅した時の時刻は22時。当然外は真っ暗だ。
「遅くなっちゃったね。今から肉じゃがとか作るのもなあ……」
「コンビニで何か買ってこようか?」
「それじゃ私がいる意味ないじゃない」
鈴蘭は頬をぷくっと膨らませてみせる。なんでこいつはこんな仕草1つ1つが可愛いんだろうな。もうほんとに俺が嫁に貰いたいくらいだ。
「わかったわかった。じゃあどうするんだ?」
「んー、オムライスとかでいい?明日肉じゃがとか、本格的なもの作ってあげるから!」
「ああ、全然構わないよ。じゃあ俺風呂洗ってくるな」
「おっけー!楽しみにしててね!」
そしてその後、俺は鈴蘭特製『超美味いオムライス』をご馳走になった。あんなに美味いオムライスは食べたことがない。ふっくらした卵とほどよいケチャップ加減のチキンライスの組み合わせが最高だった。俺はテレビのグルメ番組よろしく、鈴蘭の絶品料理を褒め称えたのであった。
そんなおいしいご飯を頂いた、10数分後。
「ねえ真司!一緒にお風呂入ろ!」
鈴蘭がとんでもないことを言い出した。
「はああああああああああああああああ!!!?ダメだろ!!!そういうのは恋人同士とかでするもんだ!!!!」
何言ってるんだこいつ!?いくら1つ屋根の下に寝泊まりするからって恋人同士じゃない男女で風呂入るとかそれは健全な男子の心の成長に悪影響ですよ!!?そんな俺の心の叫びを知ってか知らずか、鈴蘭は大嘘を俺の中に吹き込んでくる。
「昔はあんなに一緒に入ってたのに……」
「入ってない入ってない!事実と異なる記憶を植え付けようとするんじゃない!!」
「じゃあ真司と恋人同士になる!!」
「待て!!それは本気じゃないとダメだ!決してそんな一緒に入りたいからとかいう理由で決めていいことじゃないぞ鈴蘭!!?」
「私本気だもん!!真司のことは私が1番知ってて、1番大事に思ってるんだもん!真司が大好きで大好きで仕方ないんだから!!!本気で好きだから一緒に入りたいんだよ!?」
頭が状況を整理できない。風呂入るために付き合おうって?いや、違う、いくら鈴蘭でもそんなことはしない。そしてなぜか俺の脳内は勝手に非現実を思い浮かべる。
「なんだこのラノベみたいな展開は!?」
「ラノベじゃないよ……真司がどうしても嫌だっていうなら諦める……っ」
少し涙目になっている鈴蘭の、諦める、という言葉がどちらを指しているのか。それは聞くまでもなくわかる。鈴蘭は、諦められるわけがない、そんな顔をしていた。
ふと俺は思い出した。今日の夕方担任に言われた「てことはお前は気があるのか?んん?」という言葉を。なぜか俺はそのからかい半分の言葉に、はっきり答えなきゃいけない気がした。
「鈴蘭……本気なのか……?」
「うん、本気」
「本気の本気の本気の本気か?」
「本気の本気の本気の本気だよ」
鈴蘭はまっすぐ、キリリとした目で俺の目を見ている。
本当に本気なのか……そうか……。
「わかった……鈴蘭。恋人同士に……なるか」
ああ、これが神さまの気まぐれなのかな。それとも、こうしろって俺に助言してくれたのか。
「え、ほんと……?」
「ほんとだよ。なんつーか、こう……今思い返せばずっと鈴蘭のこと想ってたのかなって。ちょっとしたことでお前がキラキラして見えるし……お前といるの、全然飽きないし……」
お前のこと、知らないうちにずっと見てたいって思った。そう続けようとした時、俺の体は鈴蘭の抱きつき攻撃によって自由を奪われていた。
「これが夢なら覚めなきゃいいのに……真司がそんなこと言ってくれる日、私ずっと待ってたんだから……」
鈴蘭の声は震えていた。悲しいとかじゃない。嬉しくて、涙を流しながら。
本当に運命というのはわからない。一体どこでそんなフラグが立ったんだ。いつも幼馴染として毎日を一緒に過ごして、笑って、そしていつの間にかお互いを好きになってて……。フラグなんて言葉が出るあたり、俺はギャルゲのやりすぎだな。自分に呆れながら、こんなとんでもない展開へ導いたいつもは存在しないと思っていたはずの存在に、心からの感謝を送ったのだった。
しばらくして俺たちが2人とも風呂を入り終える頃には日付はとうに変わっていた。ちなみに言っておくと、一緒には入っていない。さすがに恋人同士になったのは突然すぎたから、とりあえず心の整理をしよう、ということになった。代わりに、同じ部屋で縦二の字に布団をひいて寝ることになったのだが。
「やましいことはないからな」
電気を消し、和室の畳の上に並べられた片側の布団の上で、俺は呟いた。
「ふふっ……知ってる。真司にそんな勇気ないもんね」
「うるせ」
ずっと一緒にいたはずなのに、こんな風に寝るのは初めてな気がする、と俺は思った。幼馴染では考えもしなかったことを、これから先も経験していくのだろうか。
「真司、私まだ大切なこと聞いてない」
鈴蘭は静かに切り出した。
「大切なこと?」
「私のこと、どう思ってる?」
聞くまでもない問いの答えを、俺の口から聞きたかったのだろう。自分の顔が熱くなっているのがわかる。湯気でも出てしまいそうな勢いだ。
「もちろん、好きに決まってるだろ」
「それだけ~?」
鈴蘭はいたずらっ子のように追撃してくる。俺は顔が爆発しそうになりながら、半ばヤケクソで答える。
「好きで好きでたまんないよ。これからもずっと、一緒にいたいさ」
鈴蘭は何も言わなかった。なぜ何も言わないか。そんなことは、考えるまでもない。
「俺、風呂の中でなんかすげー悶えてたよ。ずっと一緒にいた、幼馴染の美少女と付き合うのかーっ、て」
「私も悶えてたよ。私が真司のこと好きだなって気づいたの、結構最近だったけど、いろんな回り道したかもしれないけど、それでも私はこうなってよかったって思ってるよ、心から。」
俺たち2人は静かに笑っていた。なぜだろう、1番収まるべき鞘に収まった剣の気分なんだろうか。そんなわけのわからないことを言って、また笑う。
「でも、これからだもんね。まだ高校2年生で、これからの未来、何が起こるかわかんないんだし」
「だな。俺もそう思うよ」
でも、2人なら乗り越えられる気がするんだ。だって俺たち、10年以上一緒にいたんだから。
手を繋ぎ、俺たちは目を閉じる。そう、まだ、これは始まりなんだ。これからどんな試練が待ち受けているのかわからないけど、俺は乗り越えられると思う。だって、これまでも、これからもずっと一緒にいる、大切な人がいるんだから。
今日は土曜日。そして今日という日は、まだ始まったばかりだ。これからの最高の幸福と、重く辛い試練に思いを馳せて、俺と鈴蘭は静かに寝息を立て始めた。
まだまだ続きます!!!!!!!!!
どうも、つぼっこりーです。Twitterで「もう終わりなの?」と聞かれかねないラストにしてしまったなと思ったので叫んでおきました。
実は最初の1日はプロローグにしようと、開始当初からそう決めておりました。
本当は5話くらい使うつもりだったのですが、さすがにそれは進みが遅すぎると思い、3話にした次第でございます。その結果文字数も前の3倍近くになりましたけれども。
そしてこのプロローグをもって、皆さまの今作のタイトルの捉え方も変わったのではないでしょうか。
このお話はまだまだ始まりです。今ようやく、スターティングブロックに足を置いたところなのです。走る距離は長距離並かもしれませんが。
ですので、これからも彼らの物語を読んでいただければ、私はもちろん、真司たちも喜んでくれるでしょう。どうか、いつになるかはわからない完結まで、お付き合いいただければ幸いです
それでは今回はこのあたりで。みなさんの暮らしが楽しく明るいものでありますように。そして、読んでくださった貴方に、最大限の感謝を。