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アイアムユアティーチャー

 この話は読まなくても、一応ちゃんと次回に繋がります。

 しかし、この回を読まずに次回を読むのと、これを読んで次回を読むのとでは、受け取り方が少しだけ変わるかも……?

 それは ちょうど3年前の頃である。その日珍しく鈴蘭とくだらない理由で喧嘩して、俺は1人で学校から帰路についていた。喧嘩した理由というのが、俺が強い男の方がいいかどうかということだ。

 ある日の放課後、俺は何を思ったのか鈴蘭に「俺は強いよな?」と聞いた。もちろん意味の分からない鈴蘭は「そうかな?私はどっちでも真司のことかっこいいと思うけどな」と返した。今思えばその時からフラグが立っていたはずだが、当時の俺はそんなことよりも知りたかったのだ。自分が誰よりも強いということを。もちろんそんなわけもないのだが、俺は恐らく中学生特有の調子に乗りたい衝動に例に漏れず駆られたのであろう。鈴蘭のその優しい返答に気付かず納得のいかない俺は、この一言で鈴蘭を突き放してしまう。

「やっぱお前にはわかんねーよな!お前は女だし!」

 それは、いつもは低い鈴蘭の温度を一気に上昇させた。わけのわからないことを言い出す俺を咎める意味もあったのかもしれない。今ならその真意がわかるのだが、なんにせよ鈴蘭は、その時とんでもなく怒っていたのを覚えている。

 

 ぱしーん!


 その聞く人は心地よいであろう綺麗な平手打ちとともに、それが鈴蘭でなくても誰もが言うであろうセリフを、彼女は俺に叩きつけた。

「何が女だからよ!あんたなんて誰より弱いよーだ!」

 バカな俺は頭にきて、そのまま鈴蘭を残して学校を後にした。その時の俺でなければわからないイライラを抱えながら、自分の強さを信じていた。強さの意味もよくわからないことにさえ気付かずに。

 中学校は家から5分ほどの場所にある。その遅刻するわけもない短い道のりを、俺は家へとむすっとした表情で帰っていく。しかし、いつもと同じ道の途中、俺は普段見かけない、大学生くらいの男の人を見つけた。その人は大して広くもない道路をうろうろしていて、まるでそれは何かを探しているようにも見えた。

 根拠のない怒りを抱えていた俺は、当然その人に構うつもりはない。黙ってその人の後ろを気付かれないように通り抜けようと思った刹那、その男は俺に気付いて駆け寄ってきた。

「ちょっと君!聞きたいことがあるんですけど……」

「すいません、俺ちょっと忙しいんで」

 年上なのに丁寧に敬語で接してくるその人に、俺はありもしないでっちあげでその場を切り抜けようとする。が、その男の人は俺の眼を覗き込んで、そして俺にこう告げた。

「嘘、だね。それになぜか怒ってる……。俺が原因ってわけでもないだろうし……もしかしてガールフレンドと何かあったのかな?」

 にやにやしながら俺の心中をズバリ当ててくるその人は、俺の考えることすべてを読めていたようで、まるで俺の心が鏡に映し出されていたような気分になった。その不快感にしびれを切らして、俺は黙ってその場から離れることにした。

「ああっ、ちょっと待ってよ悪かったから!ちょっと聞きたいこと済ませたら帰るから!な!?」

 俺の手を掴んで、今度は敬語を使わずに頼んできたその人は、もしかするとその時から俺と馬が合うと考えていたのかもしれない。

 その大学生は近所のレストランの場所を俺に聞いて、ありがとう、とだけ言って慌てたように走って行ってしまった。何か急いでいたその男の背中を、俺は怒りも忘れてただ呆然と眺めていたのであった。



 数日が経っても、俺はまだ鈴蘭と言葉を交わしていなかった。怒りは謎の男のせいでどこかへ吹っ飛んでしまったのだが、俺は抜いた剣を戻すことができずにいたのだ。鈴蘭はまだ俺を避けていて、俺はまるで手足をもがれたような気でいた。いつもなら笑顔を向けてくれる鈴蘭は、その時まるで冷たい氷のような表情をしていたのを今でも覚えている。

 つまらない1日を終えて、俺は1人で家を目指す。とぼとぼと、どうすれば鈴蘭と仲直りできるのか模索していた。ごめんなさいと一言言えば済むことだのに、中学生というものをわかっていない時分だったその時の俺は、その6文字のごの字も思いつかなかったのだ。

 もう少しで我が家だというところで、俺はいつかの大学生を見つけた。彼はまたも何かを探していて、その誰もが探し物をしているとわかる仕草に少し笑いがこみあげてくる。すると、笑いをこぼしている俺を見つけて、その人は俺に向かって駆けてきた。

「やあ君!やっぱりここで会えた!」

「え、俺を探してたんですか?」

 不思議なことをいう男に、俺は素直に疑問を浮かべた。

「そうだよ!君のおかげで、大事なデートに遅刻せずに済んだから……っと、すまんすまん。君はガールフレンドと喧嘩してたんだったな。あれから進展あった?」

「いえ……ずっとあのままで……。って、なんで喧嘩してたとかわかったんですか?」

 それは数日の間ずっと気になっていた疑問であった。なぜこの人は俺の抱えている問題をズバズバと当てることができたのか。いくら機嫌が悪かったとはいえ、表情でわかることではないはずだ。

 答えは、あまりにも簡単に明かされてしまう。

「君の眼さ。あの時の眼は、そういう眼をしてた。俺は大体目を見ればその人が何を思ってるのかわかるんだよ」

 あまりにも納得のいかない答えである。だが、この人からは何故かそれが納得できる、凄みのようなものが感じられた。この大学生は俺に、そんじょそこらの人とは違う、何か不思議な雰囲気を感じさせた。

 それで俺は、その人のその不思議な力を知りたくて、その人と少し話をしたいと思った。すぐ近くの公園でお話ししましょうと言ったら、彼はとても快くそれを承諾してくれたのである。

 公園のベンチで、俺はまず自己紹介から入ることにした。

「あ、俺東雲真司って言います。あなたは……」

「俺は斎藤って言うんだ。華の大学3回生彼女持ち、ちなみにその彼女は……」

 名前だけ聞くつもりだったのに、突然自分の彼女の自慢をし出したその斎藤という人は、少し筋肉質のその体に短髪、顔立ちもよく整っている所謂イケメンと言える容姿だった。ただ、その口の達者さだけ、少し難のあるような気がしたのだが。

 そこからなぜか意気投合した俺と斎藤という人は、なぜか男2人で恋愛の話を始めていた。

「でな、俺のその彼女が可愛くてな?そりゃあもう天然でこの間携帯電話とナスを間違えて持ってたことがあってなあ!」

 家の電話ならまだしも、携帯と間違えているというのはどうなのだ。そんなニュアンスを含ませて突っ込んだら、彼はえらく大笑いして、「まあ、そこが可愛いんだがな!」と付け加える。話の大半がその斎藤さんの惚気話だったが、突然彼は、俺から以前見抜いた喧嘩をしているという話にすり替えてきた。

「それで、まだ仲直りしてないんだったよな。なんでまた喧嘩なんてしたわけよ?」

「なんでか、強い男の方がいいかって聞いちゃったんですよね。俺が一方的に悪いのはわかってるんですけど、どうも謝るタイミングが掴めなくて……」

 彼は出会ったばかりの俺の話を、とても親身になって聞いてくれた。いつも話しているのに話ができなくて辛いこと、どうしたら仲直りできるかわからないこと、本当の強さは何なのかということ……。

 すると斎藤さんは、話を遮って俺に優しく話し始めた。

「仲直りの方法は教えてやれないが、本当の強さなら教えてやれるぞ」

「本当ですか?」

「ああ、それはな……」

 斎藤さんはジェスチャーを交えて俺に言った。

「柔道をやればわかる」

 俺はそれを聞いて、大きく首を縦に振ったのであった。



 明朝、とある柔道場を借りて、斎藤さんは俺に柔道を教えてくれることになった。柔道着を着た彼の姿は、えらく雰囲気と合っていて、このままプロと試合でもしそうなオーラを放っていた。柔道は体育程度でしかやったことがないことを告げると、彼は「そりゃあわからないよなー」と小声で呟いた。それが俺に聞かせないようにしたのではないということは、俺はその教えてくれた後に理解できたのである。

「よーしまずは畳に礼だ」

「た、畳に?」

 俺は突然のよくわからない一言に、思わず疑問の念を浮かべてしまう。しかし、彼はそれを咎めることもなく、俺にそれを促した。

 俺は言われるまま礼をして、畳に上がる。畳はその時期のせいもあってかとても冷えていた。足を貫くその冷たさは、まるで鈴蘭が俺に接してきていた時を思い出させて胸が辛くなる。しかし斎藤さんは、「大丈夫。やってれば慣れるから。まずは慣れることから始めるんだ」と言い、俺を安心させてくれた。俺のその心情を察していたのかはわからないが、それが俺のモチベーションを上げてくれたことには変わりなかった。

 次に彼は、柔道で覚えるべき必須項目を教えてくれた。どれも授業でやった気がするのだが、今彼が教えてくれていることはそれなりの意味があるはずなのだ。俺は、できるだけ全てをきっちり確認した。 

 まずはて立った状態での礼の角度。腰を下ろす時にまずどちらから足をつけて、立つときにはどちらから上げるか。足をつけた状態での礼の方法。そして組手や試合の前は必ず礼を忘れないこと。彼はひたすらその項目ばかりを練習させた。技は基本ができてなきゃ意味がないと彼は言う。俺は、斎藤さんからくるその説得力を信じてひたすらに基本を練習していった。

 それは朝から始まったが、いつの間にか外は暗くなりかけている。それに気付いた斎藤さんは、今日の練習はこれでおしまいとした。だが、それにはちゃんとした意味があったのだ。

「うん、随分凛々しくなったんじゃないか?これならもう大丈夫だろ」

 斎藤さんは笑いながら俺に言う。俺は半日やり続けた基本から、彼が俺に教えたかった真意を読み取れた。まあ、あの内容ならわからない方がまずいのかもしれないのだが。俺は彼に礼を言って、明日なら鈴蘭に謝れるという確信のもと、俺は家へと足を動かしたのだった。

 そうして次の日の昼休み、俺は学校で鈴蘭と出くわした。鈴蘭は相変わらず俺に冷たかったが、俺はそれをものともしない表情で鈴蘭を掴んだ。まっすぐ、鈴蘭の眼を見つめて。そして鈴蘭の手を引いて、俺は他の誰にも見つからないであろう校舎の裏へと連れてきた。

「何?私、忙しいんだけど」

 あからさまに俺から離れようとする鈴蘭がそこにいた。だが、彼女の真意はそうではないし、俺の目的を妨げる障害にもなりはしない。

 俺は鈴蘭の前に膝をついて、勢いよく頭を下げた。

「ほんっとおうにごめん鈴蘭!!わけのわからないこと言って鈴蘭困らせてほんっとうにごめん!!もうあんなわけわかんねえこと言わないから、許してくれ!!頼む!!」

 突然土下座で泣きながら許しを乞うてきた俺を見て、鈴蘭はどんな顔をしていただろう。困っていたか、はたまた今にも大笑いしそうになっていたか。どちらにせよ、俺はその渾身の土下座を続けたのだ。

 すると鈴蘭は、俺のその姿に、ぽん、と肩に手を置いてきた。号泣していた俺の目を、いつも見せてくれた優しい目で見つめながら。

「私別にそんなに怒ってないんだけどなあ……。ふふっ、でも、真司がそこまで許してほしいなら許してあげるっ。特別だよっ」

 くすくすと微笑みながら鈴蘭はそう答えてくれた。いつもと同じその優しい笑顔を見て、俺は天に救われたような心地がした。思わず抱きついた俺の頭を、鈴蘭は優しく撫でてくれる。そうして、俺と鈴蘭のくだらない喧嘩は幕を閉じたのであった。



 俺は次の日以前斎藤さんと会った公園に行ってみた。斎藤さんにお礼を言いたいと思ったからである。いるという確証はなかったが、なぜか俺はそこには必ずいるという確信がしていた。そして案の定、3日前と同じベンチに腰かけている彼の姿を見つけた。

「斎藤さん!」

「よっ。どうだ、仲直りできたか?」

 俺の声を聞くなり、斎藤さんは俺の方を見ずにそう言ってきた。俺はその斎藤さんの姿をしっかり捉えて、満面の笑みでこう答えた。

「ええ!ちゃんと許してもらえました!それもこれも斎藤さんのおかげです!ありがとうございました!今度は柔道、技も教えてくださいね!」

「ははは。ならよかっ……」

 斎藤さんは、俺のいる方へ振り向いた瞬間、その全ての動きを停止させた。その目が見ているのは俺ではなく……。

「お、おい、真司……このめちゃくちゃ可愛い娘もしかして……」

「ええ、喧嘩してた相手の鈴蘭です。ずっと幼馴染で、鈴蘭なしじゃもう生きてけないくらいで。ははっ」 

 俺の隣の鈴蘭をずっと見ている斎藤さんに、俺の言葉は入ってきていないようだった。2分ほどそのままの状態だったが、その後彼は目を見開いて叫んだ。

「マジかよ!!この娘がお前の彼女!?!?なにこのかわいい娘!!こんなかわいい娘見たことないぞ!!?んんんん!!?」

 彼は見たことのない表情で俺と鈴蘭を交互に見ていた。その目は驚き200%くらいで、見ていて笑いがこぼれるのを抑えきれない。隣の鈴蘭はきょとんとした様子で俺を見ていたが、俺が目を向けるとにへらと微笑んでくれる。

 そこで俺は、斎藤さんの言葉から訂正すべき点に気付く。

「って!付き合ってないですよ!?」

 彼はきょとんとして「付き合ってないのか……」と言ったのち、鈴蘭を舐めるように眺め始めた。俺はその危ない姿を見て、咄嗟に逃げなければマズいと思ったなどとは今も言えない。

「でもあげませんからねっ。彼女は誰にも渡しませんし」

「へえ……そうか……それは数年後同じ関係ではなさそうだねえ……」

 彼は突然高校生のような目をして俺に言う。まさかそれも彼の読み通りだったなどとは、その時誰もわかったはずもない。まだまだ中学生の俺は、当然そんな先のことまでわかるわけもなかった。

 その後しばらく談笑していると、彼は近い将来なりたい職業について語った。

「俺はな、今高校の先生になろうと思って大学で勉強してるんだよ。真司たちみたいな青春してるヤツの手助けしたいなって思ってな。だからもしそのうち同じ高校だったらよろしくなっ」

 その時の彼はにかっと笑顔だった。この人なら間違いなく先生になると思ったのは言うまでもないだろう。この尊敬できる恩人に教えられるなら、それも悪くないなと思った。

 そしてそれが俺と、今の担任である斎藤先生との出会いなのであった。

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