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美衣の誕生日(下)

 20分もすると、テーブルの上の大量の食事は綺麗に平らげられていた。美衣も鈴蘭も俺も、皆それなりによく食べるのでこのくらいの量は難なく食せる。だがそれでも体重が増えないのは若者の特権であろう。

「ふー食った食ったー」

「美衣、それは普通俺が言うセリフだからな」

 俺はさりげなく突っ込みを入れる。それを見て鈴蘭はくすくすと微笑んでいるが、その幸せそうな美衣の表情を見れば、誰でも笑みを浮かべるに違いない。もちろん俺もその一員である。その温かい空気の中で、1人美衣だけはなぜなのかわからずにいたのもまた微笑ましい理由の1つだ。

 そして次はお待ちかね、誕生日プレゼントを渡す時間だ。まずは鈴蘭が、棚の中から綺麗な紙で放送された直方体を取り出した。その箱には手書きで「HappyBirthday!美衣!」と書かれている。その可愛らしい字の主はもちろん鈴蘭なのだろう。いつから準備していたのかはわからないが、美衣のことを本当に大切に思っている鈴蘭の気持ちは誰でもわかるほどしっかり伝わってきた。

「はい、美衣!おめでとう!」

「うわあ!ありがとお姉ちゃん!開けてもいい?」

「もちろんいいよっ」

 そう言われて美衣は、丁寧にテーピングされたところまで破れないよう包装を解く。現れたのは無地の白い箱だった。そして、中の箱から現れたのは、以前鈴蘭が雑貨屋で見ていた10cmほどのぬいぐるみであった。しかしそれは鈴蘭が買った熊のそれではなく、その隣にあったパンダのぬいぐるみだ。熊もパンダも違うのは柄だけな気がしたが、それでも美衣は大いに喜んでいた。

「これお姉ちゃんが前買ってたぬいぐるみのパンダバージョンじゃん!すごいかわいい!ありがとっお姉ちゃん!」

 美衣はむしろ鈴蘭が持っていたぬいぐるみと同じようなものだったから喜んだようだ。そこに鈴蘭が大好きな美衣の真意がみてとれる。この仲睦まじい姉妹を見ていると、この輪の中に入れている自分がとても幸せ者だなという自覚が湧いてきた。こんなに仲がいい姉妹、きっとなかなかいないだろう?

「お兄ちゃんは……何くれるの?」

 突然水を向けられて俺は少し驚いたが、ちゃんと用意している。事前に腰かけている椅子の下に置いていた小さめの紙袋を手に取って、いざ渡そうと顔を向けた時、美衣は何か考えたような顔をしていた。

「ん?どうした美衣?」

「んー、お兄ちゃんからのプレゼントは……一緒にお風呂入るとかはダメ……?」

 美衣は上目づかいで俺に乞う。その破壊力は言うまでもない。それに秋も中盤戦だというのに薄い肌着を着ていて、その……胸が見えそうに……。

 その俺の煩悩と美衣の願望を一挙に振り落そうとしたのは、その様子を間近で見ていた我が愛しの彼女であった。

「ダメに決まってるでしょおお!!まだ私とも入ってもないのに、2回も一緒に入るなんてずるいよ!ずるいずるいっ!!」

 その鈴蘭の子どもに還ったかのような行動はどういうわけか違和感がない。むしろ可愛い。が、美衣はそれをよしとしない。

「そんなの誘わないお姉ちゃんが悪いんでしょ!私だってお兄ちゃんと一緒に入りたいの!」

 言いたいことはよくわかったし、理屈もわからなくもない。だが、その意見の中に俺の意志が含まれていないのはいったい……。

 そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、美衣は俺に話を投げてきた。

「もーっ!お兄ちゃんに決めてもらうっ!お兄ちゃん私と入ってくれる?!」

 俺に一体どう答えられるというのか。一緒に入りたくないと言え美衣の誕生日をふいにしてしまうし、入りたいと言えば俺は鈴蘭にどう怒られるかわかったものじゃない。昨日のこともあるし、俺はどちらかを選べばどちらかから怒られるというのはまず間違いないだろう。

 そこで俺は、どちらも刺激しない素晴らしい名案を思い付いた。

「そんじゃあ、俺は今日は美衣と入る!誕生日だし……それぐらいはいいだろ?そんで、明日は鈴蘭と入る!これでいいかっ、もうこれ以上の答えはないっ!」

 俺はこっぱずかしいその答えをもって、この口論を終わりにさせようと考えた。特に明日鈴蘭と入るという点は自分でもとんでもないことを言ったと思ったが、これしかないのだ。紅潮する顔を自覚しながら、俺は2人の返答を待った。

 2人は少し考えた後、顔を合わせてこれ以上ないくらいの笑顔で、「うん!」と声を合わせて同意した。俺はそれを見て安心する反面、これから待ち受ける限りなく健全――でなければならない――な裸のお付き合いをすることに、少し不安を覚えるのであった。

 


 そして1時間後、一回目の不安な時間がやってきた。

 俺に先に入っていてほしい、ということだったので、体を洗ってもう5分は湯船に浸かっているのだが、美衣がやってくる気配がない。まだのぼせることはないが、できるだけ早くしていただきたい。話をするなら、それなりに長い時間いるわけだし……。

 そうこうしていると誰かが脱衣所でごそごそしているのが目に入った。体型からして美衣だろう。ようやく来たなと俺は少しほっとする。そしてすぐに、タオルで体を隠して恥じらいを浮かべる美衣が風呂場へ入ってきた。

「やっぱり……裸ってちょっと恥ずかしいかな」

「つい昨日は何の気なしに湯船に潜伏してたじゃねーか」

 俺は冷静に突っ込んだ。昨日は全裸の状態で抱きつかれるなどという心臓に負荷のかかることをされたのだから、そう言わずにはいられまい。

「それはそれ、これはこれでしょー?私だって女の子なんだから少しくらい気を遣ってほしいよ。改めてこうして一緒に入るとなんだかどきどきするのっ」

 確かにそれはわからなくない。しかしこうも押し切られた感じだと、俺はどきどきというより冷や冷やしているのだが。

 そんな会話は湯と一緒に流れ、美衣は体を洗おうとして、そこで少し停止する。

「お兄ちゃん、せっかくだし、私の体……洗ってみない?」

 さっきの恥じらいはどこへやら、美衣は一気に小悪魔のような顔をしながらぴらりとタオルを少しだけほどき、見てはならない場所の間際を見せてくる。俺は咄嗟に目を背けた。俺は見てない俺は見てない。

 しかし美衣の誘惑は止まらない。美衣は視線を反対方向に向けた俺の手をそっと握り、いわゆる恋人繋ぎをしてくる。そしてそのまま、身に着けていたはずのタオルを俺の目の前にちらつかせて、それを浴槽の端に置いた。これはつまり、今美衣が何も身に着けていない状態で俺の片手を握っているということである。昨日見てしまったばかりの彼女の裸体が脳裏をよぎる。

「お、おいっ、鈴蘭に見つかったら怒られるどころじゃ済まないぞ……っ」

 咎める俺の言葉は美衣には届いていないようだ。美衣はそのまま、体を俺に近づけてくる。

「お兄ちゃん、私の体洗って?今日は私の誕生日なんだから、それくらい……いいよね?」

 これ以上頑なに拒み続けていると、健全にかつ穏便に済ませようとしている俺の考えとはまったく逆の方向にことが進んでしまいかねない。俺は仕方なく折れてやることにした。正直、一瞬そうなってもいいかなとは思ってしまったが、俺には裏切れない恋人がいる。例えその妹だとしても、俺はその意志を曲げるわけにはいかないのだ。男だが、男として、それを貫き通すと決めていた。

「えへへっ、じゃあ、まず背中からお願いねっ」

 俺は体を洗うタオルに泡を立て、小さなその柔肌を優しくこすり始めた。きめ細かいその肌を傷つけてしまわないように慎重に洗ってやる。俺は女の子の肌は男とはまったく別物だなという新たな必要あるのかわからない発見をしながら、しっかり洗い終えた。すると美衣は泡を流そうとシャワーを取りかけた俺の手を掴み、その手を小さなその肩へと置いた。卒然俺は手を別のところへ動かそうとするが、美衣はそれを許してくれない。

「体も洗って?」

 その一言を聞いて、俺は今更ながらとんでもないことを引き受けてしまったと少し後悔したのであった。

 結局体も髪も洗わされて、俺と美衣は湯船へと浸かっていた。湯船に入るときはお姫さま抱っこで、という要求もすべて飲んだ。もう普通の顔で美衣のことを見られなくなりそうな気を抱きながら、俺は美衣と向かい合って湯船に入っていた。

「ふひー。お兄ちゃんに洗ってもらうのよかった~。またお願いしちゃおっかな~」

「もちろん断るからな」

 即答してやった。

「なんでよ~。たまにでいいから、ねっ?」

 さっきのような上目づかいで懇願してくる。その可愛さは姉に似たものがあるが、この娘は美衣だ。妹だ。昨日の『気の迷いでも美衣に手出ししたら二度とそんな気が起こらないようにする』と言うあの鈴蘭の鬼のような迫力と形相を思い出すだけで、俺は体中が冷凍されたかのように血の気が引く。

 それを美衣に説明すると、その時の俺と同じように顔を真っ青にした。

「……お姉ちゃん……さすがに私でもそれは怖いよ……」

「だろ?だからあんまりそういう悪戯して俺をそういう気にさせたら、俺が喜ぶのと同時に俺が鈴蘭の人形へと化すかもしれないんだからな」

 俺は思いついたありのままを美衣にぶつけてやった。美衣もさすがにそれは嫌らしく、今後はちょっと控えめにすると約束した。しないとは断固として言わなかったのだが。

 それからは美衣が俺の体に体を密着させてくるなどの「戯れ」があったものの、特に俺が美衣を襲うということもなく風呂から上がれたのであった。

 その後美衣の髪を乾かしてやるアフターサービスまでして、俺と美衣はリビングでまったりしていた。その時鈴蘭から必死に何もなかったか聞かれたが、特にそういう俺と鈴蘭の仲が危ぶまれるようなことはなかったと言うと、彼女は安心して風呂へと向かった。その時何かしてなかったか調べるのではないかと思った俺がいたことは、この2人には秘密にしておこうと思う。

 


 1時間ほどして鈴蘭が上がって、俺たち3人は楽しく談笑していた。そこで俺は、美衣と風呂に入る前に渡し損ねたプレゼントについて思い出したのである。

「そうだ美衣!お前にもちゃんとプレゼントあるんだよ。美衣が一緒に風呂に入ろうとか言ったから忘れてた」

「ほんとに!?どんなのどんなの!?」

 俺はそこでようやく椅子の下に置いてあった紙袋を美衣に渡すことができた。美衣が興味津々にその袋を開けている姿を見ているのが一番嬉しかったような気がする。そして美衣も気になるその中身だが……

「これは……ペンダント?」

「そうだよ。その中に写真が入れられるようになってるんだ。俺たち3人がずっと仲良しってことを確認できるようにさ」

 俺は鈴蘭と恋人同士なので、美衣とあまり遊んであげられないような気がした。水族館に行った時のように3人で出かけられればそれがいいかもしれないが、恋人同士ならば、今予定している泊まりデートのように、鈴蘭と2人でどこかへ出かけることの方が多いはずだ。そこで美衣に寂しい思いをさせるのは嫌だったので、俺たち3人の写真でも入れられて、いつでも見られるようなものがいいと思ったのだ。

 ペンダントを受け取ってくれた美衣は、心の底から嬉しそうな様子で、見ている俺まで嬉しかった。こんなに可愛い妹に寂しい思いをさせるなんて、どこの無神経なヤツならできるのだろう。俺の考えてることを察してくれた美衣は、気持ちを高ぶらせすぎたのか俺に抱きついてきた。今回は鈴蘭もにこやかにしている。大目に見てくれるということであろう。

 抱きつかれたままの俺は身動きをとることができず、美衣に頬ずりされたりとおもちゃのようにされていた。嫌ではないのだが。

「お姉ちゃん、お兄ちゃん!ありがとね!15歳のこの1年も、思いっきりお兄ちゃんのこといじめてあげるんだからっ」

 そう言って、控えめにするというあの宣言はどこへやら、美衣は俺の頬に唇を当てた。当然見逃さない鈴蘭は、「あーーっ!」と大きな声を上げて美衣から俺を取り戻そうとする。そんなもう慣れてしまいかけているこの流れに、ただ身を任せる俺がいたのであった。

 どうも、つぼっこりーです。

 1週間が過ぎるのが早いです。とても早い。これはまったくどうしたものか。

 つい1か月前だと油断していたテストも、来週に差し迫っております。えらいこっちゃです。大変です。

 物語の方は、思うところがあって終わりへと向かわせようと思っております。あといくつかのお話でおしまいとなる予定です。終わりになると言っても、いつか続きを書くことになると思いますが。

 それでは今回はこの辺で。みなさまの暮らしが楽しく明るいものでありますように。また次回もお読みいただければ幸いです。

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