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恋人ができて初めての学校の日が大変だということを知らなかった件(下)

 午前の授業が終わり、皆が待ちに待った昼休み。俺たち4人はいつものように、4つの机をくっつけて、各々が持参した弁当をつついていた。前の祐介は揚げ物多め、その隣の透子はさっぱりした炒め野菜が多めという正反対ぶりに、俺は少し笑みがこぼれる。

 そして俺の弁当だが、これは鈴蘭と同じものである。というのも、今日は鈴蘭が作ってくれた弁当を2人で食べているのだ。大きさと量はもちろん2人分。初めから一緒に食べるつもりで買ったような、可愛らしいデザインの容器だった。その仲睦まじい俺たち2人の様子を眼前の2人はもちろん、鈴蘭に恋愛の好意を向けているそこらじゅうの男子が羨ましそうに見ている上に、祐介以外の男子はまるで俺を射殺さんばかりの殺気をぶつけてきている。

「どう真司?今日もおいしいでしょっ」

 鈴蘭がふいに聞いてくる。周りの視線と殺気にばかり気を取られていた俺は、少しだけ肯定の返答が遅れてしまう。

 少しの間の後、突然教室がざわめきだした。それの原因をわかっていないのは、どうやら俺と鈴蘭だけらしい。

「ちょっと真司とすずちゃん!それはまずいでしょいくら付き合ってるからって!」

「そうよ。今日『も』って他の男子に聞かせるなんて、暴動が起きても知らないわよ」

 友人2人がほぼ同時に俺たちに顔を近づけて、ごくごく小さな声で指摘した。

 しまったと思った。当たり前みたいになっていたが、俺と鈴蘭が一緒の家で住んでいるなど他に誰も知らないはずのことだった。同棲を匂わせる発言は周りの混乱の原因になりかねない。ましてや高校生の身なのだから、いらぬ誤解を与えてしまう。迂闊すぎた自分たちに、お互い目配せして、うまく周りへの体裁を整える。

「あははっ!昨日の鈴蘭の弁当も美味かったし、やっぱり鈴蘭って料理上手いなあ!ははははっ!」

「でっしょお~?昨日のお出かけ楽しかったよねー!」

 うまく誤魔化せたつもりだった。が。

「「はああああああああああああああああ!!!!!?」」

 クラスの男子全員が絶叫に近い声を上げた。後に祐介が教えてくれたが、鈴蘭とデートへ行くなどというのは宗教で聖地へ行くことと同じくらい聖なることらしい。つまり、俺たちは見事に火に油を注いだわけだ。タイミングよく弁当を食べきった俺たちは、とにかくこの教室から緊急脱出することにした。祐介と透子が道連れになってくれたのは感謝すべきことである。

 そうして俺たちは、大量の男子の追撃を振り切り、建前上は立ち入り禁止だが密かに開錠されていた屋上へと逃げ込んだ。しかしそこには、思いもよらぬ先客がいた。

 それは、鈴蘭とは皆それなりの交友関係を持つ、我がクラスの女子たちであった。それも、なぜか全員。そして同時に、狼狽える様子も見て取れた。

「お、おおっー!鈴蘭ちゃん!おめでとう!」

「えっ」

「え?どうゆうことみんな?」

 突然の女子たちの祝福の言葉に、俺と鈴蘭は目を丸くして合わせる。きょとんとしていると、集団の中の1人が出てきて、ことを説明し出す。

「え?鈴蘭ちゃんって真司くんと付き合い始めたんだよね?」

 その1行で足る説明に、俺と鈴蘭はほぼ同時に膝を地面に吸い込まれた。祐介と透子しか知らないはずのそれを、何故この女子の集団は知っているのだ。俺は睨みつけるように祐介を見た。祐介は全力で首を横に振る。そんなはずはないと、俺はさらに睨みを利かせて祐介を威圧する。祐介はもっと激しく首を横に振った。さすがにここまで否定するところを見ると、やはり違うのだろう。俺は渋々女子たちに向き直って、なぜそれを知っているのか聞いてみた。すると1人の女の子が出てきて、口を開く。その口から返ってきた答えは、俺にとっては衝撃的なものだった。

「えっと……水族館で鈴蘭ちゃんと妹さんと一緒にいるとこ見て……それでしばらく後をつけてみたら、広場で祐介くんと透子さんといて……それで……」

 俺と鈴蘭が食べさせあってるところ見ちゃったんですね!!うわあああああああああやっちまったあああああ!!!!女子たちに見られてたなんて予想してなかったああああ!!!

 しかし俺のその心の中の絶叫をよそに、鈴蘭は顔を赤らめて自白し始めた。

「えへへ……そうなんだ。私と真司、やっと付き合えたのっ」

 それはそれは嬉しそうな話し方をしていた。俺はそれを見て聞いて、恥ずかしさのせいで思わず俯いてしまう。

 少しの間の後、そこで俺は不思議な3文字に気が付いた。え?『やっと』……?

 その疑問を振り払ったのは、今にも笑い出しそうな顔をしている透子であった。

「どういうこ透子……」

「私の持ちネタみたいにしないで頂戴。鈴蘭はずっと前から、あなたと付き合うにはどうしたらいいかってみんなに相談してたのよ?気付いてないのは男子だけだったけど、まさかあなたも気付かなかったなかったとはね」

 言い終わると透子はとうとうこらえきれずに噴き出した。いつもクールな透子がここまで大笑いすると逆に怖い。何がツボに入ったというのだ。

 笑いが止まらない透子は置いておくとして、ということは鈴蘭はずっと前から俺のことを想ってくれてたのか。そう思うと、なんだか感動で胸が熱くなる。だがまさかそれをクラスの女子全員に相談していたとは……。そして、こうして全員に広まったということは、男子たちに知られるのも時間の問題だろうか。

「大丈夫だよ真司!みーんな優しいから、誰も男の子たちに言ったりしないよ」

 心を読んできた鈴蘭は、そう言って俺を安心させてくれた。鈴蘭が言うのだから、信用しない手はない。

 だがその安心は束の間で、俺は新たな問題に対面することとなる。

 女子というものは面白い話と噂が好きである。そう、それは俺たちのようなものも対象に入るのだ。

 そこから、女子たちの必殺技『質問という名の尋問』が始まった。

「はいはい質問!真司くんはさ!鈴蘭ちゃんと手とか繋いだの!?」

「えーでも、もうちゅーまでいっちゃってるんじゃない!?何があっても一緒にいたし、絶対真司くんもこれ以上ないくらいすずっちのこと大好きだったはずだよ!そうだよね真司くん!」

「あっ、あのっ!水族館デートで大勢の前でお弁当食べさせ合ってたから、もっとすごいことしてると思いますっ!」

「ええええええ!!ほんとに!?真司くんやるじゃん!もしかして一緒に寝たりしたの!?」

「きゃーーーっ!そこまでいってたらもういやらしいこととかしちゃった!?」

「まだ高校生だしさすがにないでしょ!でも、いやらしくない方で一緒には寝たでしょ!」

「きゃーーっ!真司くんダイタンっ!」

「あ、でも私この間あそこのショッピングモールで、鈴蘭ちゃんが真司くんの腕に抱きついてたの見た!」

「ほんとに!?鈴蘭ちゃんのおっぱいを腕で体感したのか真司くん!ということは揉んだか!?揉んでしまったのか!?!」

「やだー!真司くんえっちー!」

「ずるいよ真司くん!まだ高校生なんだからすずちゃんのおっぱいを体感するなんて早い!早すぎる!」

「なぜ鈴蘭のおっぱい揉んだこと確定になってんだよ!?俺から揉んだりはしてない!」

「じゃあ鈴蘭ちゃんが抱きついたりした時には揉んでるのね!?」

「なんでそうなる!?」

「そうだ!今日お弁当2人で食べてたよね!毎日鈴蘭の手料理作ってもらってるの!?」

「そういえば!もしかして一緒に住んでるの!?」

「えーっ!同棲!?高校生なのに!?一つ屋根の下に!?」

「あっ、でもっ、水族館には妹さんもいたから、妹さんも一緒に住んでるはずです!」

「なんですとお?こんなかわいい彼女の他に妹までいるのかっ!!」

「鈴蘭ちゃんに似てたから、多分鈴蘭ちゃんの妹さんじゃないかなあ?」

「ほんと!?鈴蘭ちゃんほんと!?」

「鈴蘭ちゃんの妹かあ……きっと……いや間違いなく可愛いんだろうなあ!」

「うへへええ!いいですなあ!もしかして妹も交えて……」

「ストップストップ!それ以上はダメだよ!?でも、鈴蘭ちゃんのおっぱいを触ったなんてなんて不埒な……っ!」

「ほんとそうだよー!あ、もしかして一緒に住んでるってことは、鈴蘭ちゃんの下着とかくんかくんかしたの!?」

「するかああああ!!!してねえわあああ!!!」

 俺とその甲高い声で交わされる女子たちの喧騒と質問攻めに、顔を真っ赤にしながら必死で答えるしかなかった。鈴蘭は俺の隣でぎゅっと俺の腕を抱きしめる。それを見てさらに、俺への質問が増える。ほとんどが性的な質問だったような気がしたが、そんなことを考えるほど俺の脳は恥ずかしさに勝ってくれなかった。

 途中助けを求めようと祐介たちの方を見たが、いない。見渡してみてもどこにもいない。祐介と透子はいつの間にやら、教室へと逃げ帰ったようだった。あいつら、絶対問い詰めてやる……。

 そんな女子たちの尋問は、昼休みが終わったことを告げるチャイムが鳴るまで終わらなかったのであった。

 命からがら教室へ戻ると、祐介と透子は楽しそうに談笑していた。普段の俺なら邪魔はしなかったろうが、今回は別である。俺は重い足を前に出して2人のもとへにじり寄った。

「おいお前ら……なんでこっそり逃げてんだ……」

 俺の想像以上の迫力に気圧されたのか、祐介はヤバいといった表情で俺を見た。透子はいつもの様子で、真顔のまま俺に向き直る。

「いやだってさあ、真司すげー楽しそうだったし、お邪魔虫はさっさと退散しようかなっとね」

「そういうことよ真司くん。悪く思わないでね。私はああも喧しいと死んでしまうの」

 さっきまでの正反対さはどこへやら、俺は突然の2人の連携プレーに口ごもってしまった。横にいた鈴蘭も、さっきのせいでかなりやつれた様子で、2人を前に何か言う余力もないようだ。俺たちはそのまま鳴ったチャイムを合図に、重い体を机へと運び、次の授業を迎えるのであった。



 昼休みの疲れのせいで1週間分は体力を消費したように感じた1日も終わり、俺と鈴蘭は帰路へつく準備を始めていた。

 今日は6限授業だったので午後は2時間授業を受けるだけだったが、それはまるで永遠に続くかのように感じられた。それもこれもあの女子たちのせいだと俺は彼女たちの方へ視線を送る。すると女子たちの1人が、こちらへ小さく手を振り、頭に疑問符が浮かんでいるような表情をして、左の親指と人差し指で輪を作り、その中に右手人差し指を入れたり出したりしている。俺はすぐさま鬼の形相でその集団のもとへ駆け寄った。

「やめんかっ!鈴蘭が見たらどうするんだよアホか!てかまだしねえわ!!」

 俺は突っ込み3連打を浴びせてやった。意味深な行動をとった女子は驚いた顔の後、俺と、透子と談笑している鈴蘭を交互に見て、にやりと笑う。その目はその次繰り出す言葉を聞かずとも、何が言いたいかはっきりわかるものだった。

「まだってことはそのうちするんだ~?仲のよろしいことで羨ましっ!ははっ!」

 なんてことを言うんだこいつはと思ったが、言葉にする前に全速力で教室を去っていった。瞬く間に姿を消した女に続いて、他の集まっていた女子たちもこちらへ人の悪い笑みを浮かべた後、ぞろぞろと帰っていってしまう。俺はやるせない気持ちを抱きながら鈴蘭の方へ行こうとする。が、隣にはいつの間にか彼女が呆けた顔で立っていた。

「す、鈴蘭……今の話聞いてた……?」

 恐る恐るさっきのことを聞いてみるが、鈴蘭はきょとんとした顔をしている。

「聞いてたけど、何の話かわかんなかったよ。何の話してたの?」

 もちろんそんなことを教えるわけにもいかない。教えたら鈴蘭はいつも以上に顔を真っ赤にするに決まっている。

 それに、そういうことは人から促されてやるもんじゃないし……。

「お前は知らなくていいんだ!ほら、帰るぞっ」

 俺は紅潮する頬の熱さを自覚して、早くこの場を去ろうと考えた。もちろん祐介と透子も伴って。だが、2人から返ってきたのは温かい遠慮の気持ちだった。

「2人きりで帰ったほうがいいと思うわ。せっかくそういう間柄なんだし」

「そうそう、俺たちのことは気にせず手でも繋いで……いや、すずちゃん真司の腕に抱きついて帰りなよ」

 2人はほかの男子が聞いたらとんでもないことを言い出し、一瞬背筋が凍る思いをする。しかし教室にはいつの間にか俺たち4人しか残っていなかった。わけを聞いてみると、透子が気を利かせてうまく言いくるめて帰らせてくれたらしい。さすが我が学年の頭脳役である。俺は透子の機転を利かせた行動に礼を言う。

 だが祐介、お前はダメだ。抱きつかれながら帰ったら、帰り道を行く人に冷たい目をされるに決まっている。それにめちゃくちゃ恥ずかしい。

 しかし鈴蘭はあまりにも自分の気持ちに正直すぎるようだ。祐介が言った通りに俺の腕へ腕を絡めて、俺へ微笑みかける。俺はその行動と笑顔に、思わず顔が赤くなるのがわかる。それを見ていた祐介は目を点にして、「おお……」とわけのわからない反応を示していた。お前がやれって言ったんだぞアホめ。

 透子は透子で、いつもの冷静な表情のまま、俺たちを文字通り指をくわえて眺めていた。やはりこういうのがお好きなんですね透子さん……。

「真司っ、帰ろっ!」

 鈴蘭の一声で我に返る。俺は間の抜けた返事をして、祐介たちに手を振った。鈴蘭もそれに伴う。祐介と透子は、俺たち2人に優しく「また明日」と言ってくれたのであった。



 いつも通り慣れた道を、俺は鈴蘭に腕に抱きつかれながら帰る。制服越しとはいえ、この柔らかい感覚の正体は言うまでもないだろう。俺は煩悩を抑え込んで、鈴蘭に話しかける。

「今日はなんか疲れたな。もう1週間は過ごしたような気分だよ」

 俺は今日思ったことをそのまま口に出した。同じことを思っていたのは、どうやら鈴蘭もだったようだ。

「そだねえ……。なんかもう体に力入んない~」

 そう言って鈴蘭は回した腕に力を込めた。その体温が直に伝わる。俺は赤くなる顔を抑えられず、不運にもそれを鈴蘭に見られてしまった。鈴蘭はまるで美衣のようににやりと笑って、さらに俺の肩に頭を乗せてきた。

「ちょっ!す、鈴蘭!?」

「ふふっ、真司ったら顔真っ赤にして。もしかして私が抱きつく度にいやらしいこと考えてたの?んー?」

 俺は彼女の悪戯めいたその声に勝てるわけがなかった。観念して静かに「そうだよ」と答えると、鈴蘭は意外にも嬉しそうにして、もっと俺に甘えてくる。

「ふふふー。それでいいのだよ真司くんっ。ご褒美っ」

 そう言って、人気が少ないとはいえ人が通る道なのに、鈴蘭は俺の頬に唇を当てる。俺は何も声が出なかった。朝はあんなに恥ずかしそうにしていたのに、どうして今みたいなのはすごい積極的なのだろう。鈴蘭の脳内にはそれを変化させるスイッチでもあるのだろうか。

「おまっ、恥ずかしいからやめろって」

「いいのっ。だって真司だもん!」

 喜んでいいのかわからない台詞だった。多分今の感じだと喜んでよかったのかもしれない。

 いちゃいちゃしながら歩いていると、いつの間にか俺の家まで着いていた。俺はいろいろと整理してから鈴蘭の家へ行く、と伝えると、「できるだけ早くしてね」という返事をいただいた。多分、美衣が帰ってくるまでにいろいろ話したいこととかあるのだろうと予想する。しかし、着替えや家の整理などを済ませて鈴蘭の家へ行くと、その予想が外れていたことを知らされた。

「今日は美衣の誕生日だから、美衣が帰ってくるまでにいろいろ準備しよ!さあはりあっぷ!」

「えええ!?」

 家へあがるなり聞かされたその突然の情報に、俺はただ呆然とするしかない。

 俺はそうして、美衣の誕生日会の準備に奔走することになったのであった。

 どうも毎度おなじみつぼっこりーです。今回もお読みいただきありがとうございます。

 最近は何もありません。本当に何もありません。しいて言うなら、生まれて3週間になる姪っ子が今月末まで我が家にいるのですが、その子の世話をするくらいのものです。かわいいです。

 お話のほうは、次回は美衣の誕生日(ということが発覚して真司が奔走する)話。ちゃんと最初から決まっていたことですよ?ええ。

 それでは今日はこの辺で。みなさんの暮らしが楽しく明るいものでありますように。また次回、読んでいただければ幸いです。

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