うるさい後輩5題
◯うるさい後輩のセリフ5題
1.俺が先輩の毎日を明るくします!
「また、あんたか」
呆れる。毎日毎日よく飽きないもんだ。表情を変えずに、その犬っころみたいなキラキラした眼差しを見つめ返してみる。
「はい!先輩、今日は俺頑張りましたよ。甘さ控えめ、カロリー抑えてブラウニー作ってみました!」
「女子力高すぎ」
「はいっ。いつでも嫁に行けます!」
来なくていい。私は口元をひきつらせてなんとかそれだけを返して、額に手をおいた。高校も3年に差し掛かれば進学率の高いわが校は、一気に勉強モードへと切り替わる。教室の中にいれば休み時間だというのにどこか騒がしさにも抑制がかかって、まだらなざわめきが緩い緊張を孕み始める。
私も例外ではなく、ブレザーのポケットには単語帳を常備しているし、家に帰ってからも机に向かう時間が長くなった。ただでさえ憂鬱な学校生活はここ最近で一気にその濃度を増して、私をうんざりさせてくれているところだ。
「お疲れですよね。はい、甘いものどうぞ。口にして後悔はしない味だと自負しています!」
「…あぁ、ありがと。貰う」
夏で引退した部活。その、後輩。やたら人懐こいこいつは、こうしてわざわざ3年の教室まで来ては私にお菓子を献上していく。その見え見えであけすけな好意に答える気は、今の私にはなかった。
ぽん、と手渡されたファンシーなピンクのラッピングに目を落としたまま、どこまで乙男なんだ、とかあぁ、単語が抜けていく、とかいろんなことがぐるぐると頭のなかを回る。
「あの」
「…ん?あぁ、ごめん。なに?」
声をかけられて初めてぼんやりとしていたことに気がつく。目線を上げれば、何やら真剣な顔で、キラキラとした瞳で、決意を込めたみたいな雰囲気でそいつが口を開いた。
「俺が、先輩の毎日を明るくしますから!」
ぐっ、と握りしめた拳をどんって胸に叩きつけるその様子を、やっぱり呆れて私は見ていた。
2.うるさいのだけが取り柄なんで!
「先輩!中庭の花壇にコスモスが咲いてるんですよ。知ってました?」
「俺、明日はマドレーヌかパウンドケーキかかなり迷ってるんです。どっちがいいですか?」
「部の方は1年生が張り切っちゃって、今度地区のコンテストにも応募してみたい!って話になってるんですよ」
「せんぱーい!次体育なんですよー!グラウンドの方見てて下さいねー!」
先輩、先輩って。あのね、そんなに私が好きか。なーんてことは口が滑っても言うつもりはないので、私はただ眉間に寄ったシワを揉みほぐしならがため息を吐いた。
「あのさ、ぶっちゃけ煩いわ」
不機嫌さを凝縮して、純度100%雑じり気なしで私の口から飛び出したその言葉は、酷く刺々しかったはずた。
それなのに、曇るどころか晴れ渡る空みたいに明るい笑みを絶やさないこいつは、ただの馬鹿か、はたまた聖人か。
ジャージ姿のまま、グラウンドからこちらを見上げて手を振り回す後輩を、開け放った教室の窓から見下ろしながらそんなどうでもいいことを考えた。
「うるさいのは、俺の取り柄ですから!」
それ、取り柄って言わないと思う。
3.でも俺といると退屈しないでしょ!
でも、俺と居ると退屈はしないですよ!って胸を張って言われて、はぁ?って思った。
口に出したそれは、苛立ちと呆れの混ざった「はぁ?」になった。
その剣呑な返答にも怯むことなく、真面目な顔して瞳は輝かせて。3年生の教室に堂々と入って来て、あろうことか人様の席まで占領して(前の席の人に謝れ)背もたれを両足で挟み込む様にして逆向きに座りながら、そいつは言葉を続けた。
「退屈はしないですよ。ね?ね!俺、結構料理出来ますし、掃除もそれなりに得意だし、あ、後打たれ強いし!」
喧嘩売ってんのか。
すっと目を細めて、冷やかにそいつを見やって、再び参考書に目を落とす。
退屈ってなに。そんなこと考える暇もないぐらい、私の毎日は抑揚なく過ぎ去っていくばっかりだ。時々こうして、騒がしさの塊みたいなこいつがそれをかき乱していく以外は。
あーここの公式、何使うんだっけ?
こめかみにペンのノック部分を当てて必死に記憶を探る。額のあたりに前の席の背もたれに腕をのせたそいつの視線を感じるけれど、それにはまるで気が付かないふりをして。
「……あーあ、もっと先輩の近くに居られたらいいのになぁ」
軽い調子で向けられたその言葉になぜか居心地が悪くなって、ちらりと目線だけ動かせば至近距離で目が合う。にひ、っていたずら小僧みたいに歯を見せて笑うそいつが、らしくなくて私は参考書に目線を戻して言った。そうだね。
まぁ、退屈ではないかもね。
4.もしかして寂しかったんですか!?
最近、勉強ばっかりしてるなぁ。なんてぼんやりと思う。カレンダーで日付を確認しないと、今日が何月何日かも忘れてしまうのだ。馬鹿みたいに騒がしいあいつが、月曜日を知らせるカレンダー代わりになっていたってことを、今週の水曜日、つまり今日になって気がついてしまったわけだ。
別に、今日が何曜日だって何月何日だっていい。けれどクラスメイトと交わす会話は単調で無機質で、紛いなりとも友人と呼べる子たちといても、どうにも落ち着かなかった。ふとした時に、教室の入口を窺ってしまったり。窓の外、グラウンドを眺めてみたり。そんな自分の行動に気がついては、無理やり頭のなかに公式やら単語やらを上書きしようとする。
昼休みにひょっこりと、何事もなかったように現れたそいつに呼ばれただけで、椅子から数センチ飛び上がるほど驚く羽目になったのは、
「もしかして、寂しかったんですか!?」
先週末から熱が下がらなくて、と何故か恥ずかしそうに頭をかくそいつをまじまじと見つめているとそんなことを宣った。
「メールぐらい、よこせばいいのに……」
なんて言葉が自分の口から出てきて、更に驚いた。なんでそんな乙女モードなの。気持ち悪い。
ただ、ただいつも有るはずのものがない、っていう違和感があっただけ。それだけ。それ以外のことは何も考えちゃいないのだ。
「毎日毎日、騒いでるあんたがいきなりいなくなったら、心配ぐらいするでしょ」
「それって、俺のこと待っててくれたってことですよね?」
違うって。真っ向から否定する言葉を選んでおいたくせに、破顔して頬を赤く染めるそいつにそのまま伝えるのを躊躇する。
「……ちょっと調子狂っただけだよ」
「俺が居ないと!先輩の調子が悪い!ってことですよね!?」
「ちがう。馬鹿。調子に乗るな」
えへへーなんてだらしなく顔を緩めるそいつを見ながら、何故か少しだけ、ほんの少し気分がフワフワと浮ついて、こいつがいる今に安心している自分に気がついてしまったんだ。
これは、よろしくないぞ。非常に由々しきことだ。
5.俺、うぬぼれちゃいますよ?
「先輩っ!今日はチョコシフォンケーキですっ。芳醇なカカオの香りにふわふわ口の中でとろける食感!今月最高の自信作です!」
「……わざわざ、ありがと」
「い、いえいえ!先輩に喜んでもらえるのなら、シフォンケーキの10個や20個、俺の腕が折れるまでメレンゲを作り続けたって構いませんっ」
「重い」
「うっふふー。でも先輩、俺、うぬぼれちゃってもいいですよね?だって甘いもの苦手なのに、最近チョコレイトシリーズでもこう、眉間にしわ寄らなくなってきてますもん、先輩」
「……こいつ、かくしんはんか」
「でーもっ!ほんとはお菓子より俺のほうがメインなんですけどね」
「まぁ、そうだね」
「でしょでしょ!?……え、えええっ!?せ、先輩今なんて?」
「なんにもー」
「嘘じゃないですか!絶対今、俺聞き逃しちゃいけないこと言ったでしょ!うわああああああ、再生機能プリーズ!プリーズ!」
「だから、うるさいって」
「うううう、もう、1回……」
「自惚れれば、いいんじゃない」
「!?これが、夢にまで見た、桃源郷か……。俺、夢見てないですよね!ね!?」
「教室で叫ばない」
「は、はいっ」
うるさい後輩5題・おわり




