所有者の少年
『所有者が決定しました。これからパラメーターの選択を開始します』
選択してから幾日か。実際のところ、ぜんぜん日にちの感覚が無かった。
おかしなことに立ったままでも疲れないし、走っても息が上がることは無かった。
確かオレの中にある常識的では、走れば息が上がって疲れるし、立ったままでも足が痛くなったはずだ。
しかし今のオレには一切の疲労が蓄積されなかった。
あるのはここにオレがいる、という意識だけだ。
オレがウインドウで選択したのは剣、だった。
どうやら憑依、を経験しているらしい。気づいたのはつい今さっき、だった。
何も見えなかった空間が不意に開けたんだ。
オレが立てかけられているのは何の変哲も無い石壁だった。
色は黒と灰、ところどころに白が見える。暗闇でも目が利くってのはいいな。
ただし、人間だった身、として違和感が残るが仕方が無い。
よかったのか悪かったのか、オレには人間だった、という感覚が残っている。
だからオレより年下のガキが暴行されてるのを目の当たりにすれば、当然、むかつくわけだ。
もし動く体があったら、あの男より力が無くても、一発殴りに行ってただろう。返り討ちにあう可能性も高いがな!
だから男の足元で歯を食いしばるそいつに、オレを手に取れ、そう叫んだ。
オレには手も足も無い。動けない。だがヤツには鎖で縛られているとはいえ、自由に動かせる手足がある。
オレを振るえ。
オレはそう強く願った。
武器は使われなきゃただの置物だ。
しかもここにある置物は手入れがされず、朽ちているものばかりだった。
当然、オレが話しかけてもうんともすんとも言わない。当たり前だな、ただの物、だからな。期待したオレが悪かった。期待したんだ。ちょっとだけな、ほんのちょっとだけだからな。ホントだぞ。
オレはその場に胡坐をかいた。
そして目を閉じる。
少年がオレを手に取らなければ、きっとオレはこのままここで朽ち果てるだろう。
それもまたいいのかもな。なんて考える。
けれどさ、オレがオレであったもの、を探しに行きたいんだよ。
家族の名前を思い出したい。家族の顔を思い出したい。
オレは、オレを取り戻したい。
選択の後、ウインドウは消えた。
けど、コンソールは呼び出せたんだ。
どんなゲームにもある、ステータスやアイテムなんかを呼び出すあれだな。ログアウトボタンが無いかどうか出してみたが、予想を裏切らず無かった。
そしてオレは待ち、少年 そいつはオレを手に取った。
と同時に、音声が流れる。抑揚のない声だ。オレは思わず笑ってしまう。
なぜかって?
実はとある動画サイトで続編を待ち続けてたシリーズがあったんだ。
その進行を語ってた声にそっくりだったんだよ。
題名は覚えてないんだが、格付けなんちゃらっていうやつで、作者を逃がさないように囲い込みをしていた最中だった。オレは全国に散らばる、その動画の続きを待ちわびる視聴者のひとりだった、て訳。
不意に目的が出来たオレは自然に笑みを浮かべていた。
出現したウインドウにはオレ、の本体である剣のスペック、が表示されているようだった。
なになに。
HPとMP、だと。
丸っきりゲーム仕様だな。
オレ自身もこれが現実だなんて、実感が無いから同じようなもんか。
けどMPって何に使うんだろう。
魔法が使えるわけでもないだろうしな。
・・・ん? 魔法?
そこでオレは気づく。
魔剣か、と。
よくあるじゃないか、属性を纏った剣って言う魔法アイテムが。たぶんそれなんだろう。
炎を纏えば火炎剣、氷ならアイスソード、雷なら雷神剣。
神の祝福を受けたものになれば聖剣となり、呪われた何かになれば魔剣、なのだろう。
夢は膨らむが、今のオレはただの短剣、にすぎない。
HPも30っていう平均値のようだしな。MPも同じく30か。
てか普通は耐久度だろ。鍛冶屋で修理すれば戻る、ってのが一般的だと思うんだが、まあいいか。
属性は今のところ無し。
『血の盟約により能力値が上がりました』
ん?
ウインドウに出ている文字を目で追う。
示された数字にオレは目を細める。所有者はとびきりの逸材だった。
オレはこれをゲームのようだと思ったが、さっきのはなしにしよう。
ゲームはやり直せるが、人生はやり直しがきかない一回きりの唯一だ。遊び半分だったのは否定しない。
本気を出す、って言ってもオレ自身だけじゃ身動き取れないしな。
少年には生きて育ってもらわなきゃならん。
さて、どういう剣に育てばあいつの役にたってやれるんだろうな。
オレは意識を外に向けた。
△▽△▽△▽△▽△▽△▽
体の至る所に痛みが走っていた。
男は部屋を出た後も容赦しなかった。
両手、両足を縛る鉄の鎖を引きずるのが億劫になるくらい、体が悲鳴を訴えている。
しかし元いた牢まで戻らねば、この男はもっと加虐してくるだろう。だから歯を食いしばり、石の路を歩く。
両手で握り締める剣を抜いて、男を切り裂きたかった。
しかし今の自分と男では体格も力も及ばない。それでも行動に移したとしよう。手にしたばかりのこの剣で、喉をかき切られるのは自分だと、容易に想像できた。
今死ぬわけには行かない。
少年は思う。これは誓いだ。
家族を奪った者たちに刃を突きつけるまでは、死ねない。
生き恥を晒しているというならば、そのあざけりを甘んじて受けよう。
必ず妹の敵は、取る。
そう決めていた。だから生き残らねばならない。
たとえ奴隷と身分を貶められたとしても、かまわなかった。
小さな剣があってよかった。視線をゆっくりと剣に落とす。
長い剣を扱うには不安が先立った。今まで剣など触ったことなど無かったからだ。
しかしこれくらいの小さなものであれば十分扱えるだろう。
鉄の扉が開かれ、そして閉じられる。
少年はばら撒かれただけの藁の上へ腰を落とす。
剣はこの牢に戻される前、厳重に封印された。麻の布地で抜けぬように巻かれたのだ。両手を固定された状態で、麻布を解くには無理がある。
少年は短剣を胸に抱く。
自分でも信じられないが、この短剣が呼んだ気がしたのだ。
己を振るえ、と。
幻聴かもしれない。だがそれでもよかった。
体の至る所がずきずきと痛む。
少年は冷たい石の上で横たわり、体を丸めた。
眠れるだろうか。
考えるのは明日の事ばかりだ。
明日が一つ目の難関となるだろう。
果たして出来るだろうか。少年は震える体を抱きしめる。
出来なければ死ぬ。
嫌だ、死にたくない。
しかし今のままでは、時間の問題と言えた。
少年は瞼を閉じた。眠るのだと自分に言い聞かせる。
両手で抱きしめるのは、先ほど手にしたばかりの短剣だ。つい先ほどからなぜか、体にこの短剣を近づければ痛みが遠のくような気がした。体を包み込むようなこの温かさは、そう、母に抱きしめられたときのものに似ている。自分を護るための短剣だ。親近感を覚えてもおかしくは無いだろうが、少年は唇へ微かな笑みを乗せる。
「必ず生き延びて・・・」
それは決意だ。
声に出し自分へと言い聞かせる。
『所有者との連結が発生しました』
短剣は静かに少年の鼓動に耳を済ませる。




