第7話:「肌色という名の『アンコール』」
「描きませェェェェんッ!!」
締め切り6時間前。
清宮の悲痛な叫びが、深夜の会議室に響いた。
「ヒロインの……寝巻き姿なんて……!
しかも、主人公と同じ布団で寝るなんて!
そんな破廉恥な絵、僕の清らかなペン先が拒絶します!!」
清宮はペンタブレットを抱きしめて床を転がっている。
「彼女は聖女なんです! 寝ている時も、きっと純白の儀礼服か何かで身を守っているはずなんです! 無防備な姿なんて、誰にも見せない!」
一方、原作の鋼田も腕を組んで唸っている。
「むう……。俺も同感だ。
男女が同衾だと? 軟弱すぎる。
戦場における睡眠とは『戦術的休息』だ。互いに背中合わせで、敵の襲撃に備えて警戒するのがハードボイルドだろ! イチャイチャしてたら死ぬぞ!」
三島は、コンビニのサラダチキン(プレーン)をかじりながら、冷ややかな視線を送った。
「……ハァ。これだから童貞と堅物は」
彼女は食べかけのチキンを置き、ホワイトボードに向かった。
そこに大きく 『アンコール』 と書く。
「いい? 二人とも。
第1話で、読者はこの作品を見つけてくれた。
時間を割いて、面白いかどうかも分からない新人公演に来てくれたのよ。
なら、第2話でやるべきことは何?
ただ物語を進めること? 違うわ」
三島は断言する。
「『来てくれてありがとう』と、手を振ることよ」
「て、手を振る……?」
「そう。これがアイドルの鉄則」
三島は清宮の胸ぐらを掴み、立たせた。
「清宮先生。アイドルのライブで、なぜアンコールになると、あんなに豪華な衣装を脱いで『ただのTシャツ』になると思う?」
「えっ? それは……動きやすいから?」
「違うわ。
本編で見せた『完璧なアイドル』という鎧を脱いで、『等身大の女の子』に戻ってみせるためよ」
三島は、かつての自分のステージを思い出すように語る。
「ファンはね、完璧なパフォーマンスを見に来てるんじゃない。
その裏側にある、 『自分たちだけに見せてくれる素顔』 を見に来てるの。
汗ばんだ髪、少し崩れたメイク、ラフなTシャツ姿……。
その『隙』を見た瞬間、ファンは思うの。
『あ、この子は僕たちに心を許してくれてるんだ』 って」
「こ、心を許す……!」
清宮の瞳が揺れる。
「ヒロインの寝巻き姿を描くことは、破廉恥じゃない。
ここまで読んでくれた読者に対する、『鎧を脱いだ素顔』のプレゼントなのよ!
清廉潔白な聖女が、読者の前でだけは、無防備な寝顔を見せる……。
それは『汚れ』じゃない。最高の『信頼の証』でしょうが!」
「し、信頼の証……!!」
清宮がガバッと顔を上げた。
「そ、そうか……。
僕は彼女を隠そうとしていた……でもそれは、応援してくれる読者を『他人』扱いすることだったのか!
見せましょう! 彼女の無防備な鎖骨を! それこそが感謝の気持ちなんですね!!」
「その通りよ。ただし、全裸はダメ。安っぽくなるわ。
大事なのは『見えそうで見えない』こと。
『ステージ衣装のボタンを一つ外す』くらいの距離感で描きなさい」
「はいぃぃぃっ! ボタン一つ! 命をかけます!!」
清宮が猛然とペンを走らせ始めた。
次は鋼田だ。
「鋼田先生。背中合わせで警戒?
そんな緊張感、ファンは求めてないわ。
ここで描くべきは、 『MC中のハプニング』 よ」
「え、えむしー……?」
「ライブの合間のトーク(MC)で、メンバー同士がわちゃわちゃしたり、ハプニングで抱きついたりすると、客席が一番湧くの。知ってる?」
三島はプロットの修正を指示する。
「狭い安宿のベッド。外は雨。
金がないから、一つの毛布にくるまるしかない。
そこでヒロインが、寝ぼけて主人公にしがみつく。
……ここで主人公は、男としてドキッとするんじゃない。
『プロとして利用する』 の」
三島は即興でセリフを作る。
(……チッ。密着しすぎて体温が伝わってくる。
これじゃあ、彼女の心臓の位置が正確に分かってしまう。
……殺すには絶好のポジションだが、今は『湯たんぽ』として利用してやるか)
「おお……っ!」
鋼田が目を見開く。
「『殺せる距離』なのに『殺さない』。
さらに『湯たんぽとして利用する』という合理的判断!
これぞプロの傭兵の思考……!
甘ったるいラブコメじゃない、 『生きるための密着』 だ!」
「そう。読者には『イチャイチャ(ハプニング)』に見えるけど、当人たちは真剣そのもの。
アイドルが振付を間違えてぶつかっちゃった時、裏では『やべっ』って焦ってるけど、客席には『可愛い!』って映るでしょ?
あれと同じ 『計算された事故』 を起こすのよ」
数時間後。
完成した第2話は、またしても完璧なバランスに仕上がっていた。
清宮の描いたヒロインの寝顔は、ファンの独占欲をくすぐる「オフショット」のような愛らしさがあり、
鋼田の書いた独白は、冷徹なプロ意識の中に、ふとした「人間味」が滲んでいた。
投稿ボタンを押す。
結果は――。
『ランキング・日間 1位』
スマホの画面に表示された王冠マーク。
それを見た瞬間、廃墟のような会議室が、歓喜の渦に包まれた。
「い、一位だァァァァッ!!」
「夢じゃない……! 僕の描いた絵が……一位……!!」
鋼田と清宮は抱き合って号泣している。
三島は、ふっと息を吐き、バッグから「割引券」を取り出した。
「……約束ね。行くわよ」
「えっ? どこへ?」
「『叙々苑』よ」
焼肉の名店『叙々苑』。
普段なら彼らのようなむさ苦しい男たちが入れる場所ではないが、三島の予約(アイドル時代のコネ)で個室に通されていた。
「う、うまい……! 肉が溶けるぞ……!」
「これが成功の味か……!」
二人は涙を流しながら、高級カルビを貪り食っている。
三島は肉には手を付けず、ウーロン茶を啜りながら、淡々とタブレットを見ていた。
「喜ぶのはいいけど、浮かれすぎないことね。
ここからが本当の地獄よ」
「ふん! 今日くらい無礼講だ!
三島くん、君も食いたまえ! 君のおかげだ!」
鋼田が焼けた肉を差し出すが、三島は手で制した。
「私はいいわ。油物は喉に悪いから」
「なんだ、もう歌わないんだろ?」
「……習慣よ」
三島は少し寂しげに笑った。
そして、タブレットの画面を二人に向けた。
そこには、早くも 「書籍化打診」のメールと、「競合他社からの引き抜き工作」 のDMが届いていた。
「見て。ランキング1位になった瞬間、ハエみたいに大人が群がってきたわ。
これからは、チヤホヤしてくれる人が増える。
『君たちは天才だ』『もっといい条件がある』ってね」
三島は、網の上で焦げそうになっている肉をひっくり返した。
「芸能界でもよく見た光景よ。
急に売れた新人に、悪い大人たちが群がって、甘い言葉で契約させて、骨の髄までしゃぶり尽くしてポイ。
……あなた達、自分を守る自信はある?」
「えっ……」
二人の箸が止まる。
「ないなら、黙って私についてきなさい。
悪い虫は私が全部追い払って、一番いいステージを用意してあげる。
……言ったでしょう?
私はあなた達の『マネージャー』だって」
その目は、肉を見ているのか、それとも未来のスターを見ているのか。
冷徹だが、どこか頼もしい「相棒」の目だった。
「さあ、食ったら帰って描くわよ。
次は 『書籍化作業』と『新キャラオーディション』 のダブルタスク地獄が待ってるわ」
「ひぃぃぃっ! まだ休ませてくれないのかァァッ!」
「幸せな地獄だ……叙々苑の味がしなくなるぅぅぅ!」
絶叫する二人を尻目に、三島は追加オーダーを通した。
「すいません、上タン塩、あと3人前で」
宴は終わり、本当の戦争が始まる。
伝説の作品への道は、まだアンコールすら始まっていない。
(続く)




