第6話:「アンチという名の『無料広告塔』」
「キ、キタァァァァァッ!!」
投稿から3時間後。
清宮の悲鳴が会議室の天井を突き抜けた。
「閲覧数(PV)、1万突破! ランキング急上昇に入りました!
ブックマークも毎秒増えてます! こ、こんな数字見たことない!!」
清宮はスマホ画面を何度も更新し、そのたびに増える数字に痙攣している。
一方、鋼田は腕を組みながらも、貧乏ゆすりが止まらない。
「ふん……まあ、俺の重厚なプロットと、貴様の絵があれば当然だ。
……で、読者の反応はどうなんだ? 感動のあまり言葉を失っているか?」
鋼田が恐る恐るコメント欄を開く。
そこには、予想外の言葉が並んでいた。
『主人公クズすぎて草』
『土下座のスピード感w』
『ヒロインの眼差しが冷たすぎて興奮する』
『タイトル詐欺かと思ったらガチで投資しててワロタ』
そして、当然ながら批判コメントも混ざる。
『主人公にプライドないの? 不快だから切るわ』
『ご都合主義乙。こんな簡単に勝てるわけないだろ』
「な……なんだとォ!?」
鋼田が激昂する。顔が真っ赤だ。
「『不快』だと!?
生きるか死ぬかの瀬戸際で、プライドなんて食えるか! これが生存戦略だ!
それに『ご都合主義』だと? 俺は緻密な計算の上で……ッ!
ええい、今すぐ論破してやる!!」
鋼田がキーボードに手を伸ばし、長文の反論レスを打ち込もうとしたその時――。
バチンッ!!
三島が持っていたハリセン(どこから出した?)で、鋼田の手を叩いた。
「痛っ!?」
「ストップ。鋼田先生、あなた素人?」
三島は呆れ果てた顔でため息をつく。
「作者がコメント欄で言い訳をする。
これはね、株価を一瞬で暴落させる 『経営者の不祥事』 と同じよ。
一番やっちゃいけない悪手です」
「だ、だが! 誤解されたままでは……!」
「いい? 誤解上等。批判上等よ」
三島はモニターを指差す。
「見てみなさい。この『不快』というコメントに対して、他の読者がどう反応しているか」
鋼田がよく見ると、アンチコメントの下に、擁護するコメントが連なっていた。
『>不快
いや、そこがいいんだろ。分かってないな』
『このクズさが癖になるんだよ。嫌なら見るな』
「こ、これは……?」
「 『議論の発生』 よ」
三島はニヤリと笑う。
「アンチが現れると、ファンは『作品を守らなきゃ』という 防衛本能(愛国心) を刺激される。
そして、コメント欄でレスバトルが始まる。
するとどうなる?
アルゴリズムは『お、この作品はコメントが活発だ(エンゲージメントが高い)』と判断し、さらに上位のおすすめに表示するわ」
三島は断言する。
「アンチは敵じゃない。
彼らは、頼んでもいないのに勝手に騒いで、記事の順位を上げてくれる 『無料の広告スタッフ』 よ。
感謝こそすれ、排除するなんて経営資源の無駄遣いです」
「む、無料のスタッフ……だと……?」
鋼田はポカンとする。自分の悪口を言っている奴らが、まさか味方だったとは。
「私が現役の頃もそうだったわ。
『キララの笑顔は嘘くさい』と書かれるたびに、私の時価総額は上がった。
だって、『無関心(取引停止)』こそが最大の死だもの。
感情がプラスだろうがマイナスだろうが、 『熱量』 さえあれば、それはすべて金に変わるの」
三島は清宮に向き直った。
清宮はコメント欄を見ながら、ニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべている。
『このエルフの蔑んだ目、俺の性癖に刺さりすぎる』
『ありがとうございます、ありがとうございます』
「清宮先生、あなたは順応性が高くて助かるわ」
「はひ……! 罵倒されるのが……こんなに快感だなんて……!
僕の描いた絵で、見知らぬ誰かが歪んでいく……!」
「ええ。その調子よ。
さて、ここからが本番」
三島は二人の背中を叩く。
「第1話の『初速』は成功した。
でも、Web漫画の勝負は 『継続率』 よ。
第1話を読んだ人間のうち、何人が第2話を読むか。
ここで脱落されたら、第1話のバズりはすべて水の泡になる」
彼女はホワイトボードに 『次回予告』 と書いた。
「読者は飽きっぽい。3秒で忘れる。
だから、第1話のラストに、強烈な 『先物取引』 を仕掛けるの。
次回の展開をチラ見せして、『これを読まないと損をする』と思わせなさい」
「次回の展開……」
鋼田がプロットを思い出す。「次は、街へ出てギルドに登録する話だが……」
「地味ね」
三島は即答する。
「ギルド登録なんて事務手続きよ。
そんなものより、もっと読者が気になる『配当』を提示しなさい」
三島は指示を出す。
「次回予告の煽り文句はこれで行くわ」
『次回、大家エルフの借金総額が発覚!
あまりの巨額さに主人公、再び土下座!?
そして夜は……まさかの同衾(添い寝)イベント発生か!?』
「な、なんだってー!!?」
鋼田と清宮が同時に叫ぶ。
「そ、そんな展開ないぞ! まだ早い!」
「同衾!? き、清らかな彼女が……!?」
「書くのよ。今から」
三島は鬼の形相で微笑んだ。
「嘘予告はダメだけど、予定を変更してねじ込めば『真実』になる。
読者が求めているのは『金(借金)』と『女(同衾)』。
この二つの欲望を刺激して、来週まで『待て』をさせる。
それが 『期待値のコントロール』 よ」
三島は時計を見る。
「さあ、第2話のネームに取り掛かりなさい。
今度は『お色気』成分マシマシでね。
……あ、ちなみに。
ランキング1位を取ったら、私のおすすめの焼肉(叙々苑)、奢ってあげるわよ?」
その言葉を聞いた瞬間、二人の目の色が変わった。
貧乏作家と貧乏絵師にとって、「叙々苑」はエルドラド(黄金郷)に等しい。
「うおおおおおっ!! 書くぞ清宮ァ!!」
「はいぃぃぃっ! エルフの寝巻き姿、デザインしますぅぅぅ!!」
猛烈な勢いで作業に戻る二人を見ながら、三島はこっそりと自分のスマホを取り出した。
SNSの裏アカウントで、自分の担当作品を検索する。
『この新作、編集者のセンスえぐいな』
『構成が完全にプロの仕事』
そんな書き込みを見つけ、三島はマスクの下で、アイドル時代と変わらない無邪気な笑みを浮かべた。
「……ふふ。
チョロいのは、作者も読者も同じね」
祭りはまだ、始まったばかりだ。
(続く)




