表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/12

第5話:「暴力という名の『ご褒美』」


「ぬるい……ッ!!」

深夜2時。

三島律の声が会議室に響いた。

彼女の手には、鋼田が書き上げたばかりの「第1話クライマックス」のネーム(下書き)が握られている。

「なぜ、ゴブリンごときを倒すのに8ページも使ってるの?」

「なっ……!?」

鋼田が充血した目で反論する。

「ゴブリンだからこそだ! 腐っても魔物。非力な子供(主人公)が勝つには、罠を張り、泥をすすり、薄氷を踏むような攻防があって初めて……『勝利の味』がするんだろうが!」

鋼田のネームは確かに熱い。

泥まみれの殴り合い、折れる骨、そして最後は石で頭を砕く。昭和の劇画なら名シーンだ。

しかし、三島はその原稿を無造作に机に放り投げた。

「鋼田先生。それは『労働』よ」

「ろ、労働……?」

「汗水垂らして、時間をかけて、やっとわずかな対価(勝利)を得る。それは美しいけれど、エンタメとしては 『コストパフォーマンス』が悪すぎる わ」

三島はホワイトボードに急上昇するグラフを描いた。

「今の読者が求めているのは、労働の対価じゃない。

『不労所得』 よ」

「ふ、不労所得だと……?」

「そう。

『あんなに強そうな敵が、一瞬でゴミのように消し飛んだ』

『俺は指一本動かしていないのに、敵が勝手に自滅した』

この 圧倒的なコスパの良さ(タイパ) こそが、現代におけるカタルシスなの」

三島は、アイドル時代のステージ演出を例に出す。

「私がセンターで歌う時、サビでド派手な特効(爆発)が入るわよね?

あれはね、観客のテンションを一瞬で最高潮に持っていくためのドーピングよ。

あそこで私が『汗だくで必死に歌う姿』を見せても、一部のコアなファンしか喜ばない。

大衆が求めているのは、『神々しいまでの圧倒的な輝き』。

プロセスなんてどうでもいい。『結果』という配当金を、今すぐよこせってことよ」

三島は、清宮に向き直った。

「清宮先生。この泥臭い殴り合いのシーン、全カット」

「ええっ!? ぼ、僕の描いた筋肉の陰影が……!」

「代わりに、『見開き1ページ』ですべてを終わらせなさい。

構図はこうよ」

三島が指示したのは、あまりに静的で、かつ残酷な構図だった。

主人公ショタ:

敵のゴブリンの前に立ち、ニッコリと天使のような笑顔で指をパチンと鳴らす。

背景:

ゴブリンではなく、主人公の背後にいる 大家エルフ(ヒロイン) が描かれる。

彼女は冷たい目で、膨大な魔力を放っている。

結果:

次の瞬間、ゴブリンは殴られることもなく、『圧』だけで消し飛んでいる。

「題して、『債務の押し付け(デフォルト)』アタックよ」

「で、でふぉると……?」

「主人公は戦わない。

『大家さん、あいつが家賃(魔力)を払ってくれるそうです』と嘘をついて、ヒロインの攻撃対象を敵に誘導スワップするの。

主人公の手は汚れない。汗もかかない。

ただ、『システムを悪用した』だけで勝利する」

鋼田が呻く。

「くっ……! 卑怯だ……! 正々堂々と戦え!」

「卑怯? 褒め言葉ね。

読者は『自分より強い敵』が『理不尽な力』でねじ伏せられるのを見て、脳内麻薬を出すの。

『暴力のインフレ』 を起こしなさい。

ちまちま殴るな。核兵器のスイッチを押すような軽さで、敵を消去するのよ!」

三島は清宮の肩に手を置いた。

「清宮先生。あなたの出番よ。

ゴブリンが弾け飛ぶシーン……グロテスクじゃダメ。

『花火のように美しく』 描きなさい。

血の一滴までが宝石に見えるような、芸術的な崩壊デス

『残酷さと美しさは紙一重』……あなたの変態的な画力なら描けるはずよ」

「……美しく、弾け飛ぶ……」

清宮の瞳孔が開いた。

「そうだ……聖女の放つ光で、穢れた魔物が浄化されて粒子になる……。

それは、背徳的なまでのエクスタシー……!!

描きます! 描かせてください!!」

清宮はトランス状態に入り、ペンを走らせ始めた。

鋼田もまた、苦虫を噛み潰したような顔をしながらも、プロットを修正し始める。

「……チッ。分かったよ。

『俺TUEEE』じゃなくて、『俺の女TUEEE』か。

他人のふんどしで相撲を取るクズ主人公……。

……悔しいが、今の『投資家ショタ』の設定には合ってるな」

数時間後。

完成した原稿は、異様な迫力を放っていた。

可愛らしい少年の無邪気な笑顔と、その背後で発生した桁違いの破壊。

そのギャップは、まさに三島の言う通り、 「一瞬で脳を焼く」 強烈なドラッグとなっていた。

「……上出来ね」

三島は完成原稿を確認し、小さく頷く。

そして、ノートパソコンを開いた。

「さあ、商品は完成したわ。

次は 『上場アップロード』 よ」

彼女は投稿サイトの管理画面を開く。

そこには、最後の仕上げとなる「あらすじ」と「タグ設定」の欄があった。

「いい? ここからはアルゴリズムとの戦争よ。

中身がどれだけ良くても、パッケージでクリックされなければ存在しないのと同じ。

タグの設定は……『追放』『ざまぁ』『成り上がり』。このトレンド三種の神器はマスト。

そこに、あえて 『依存』『共依存』 という不穏なタグを混ぜて、ノイズを作る」

三島はキーボードを叩く指を止めない。

その背中は、かつてドームのステージ裏で、円陣を組んでいた頃のリーダーの風格を漂わせていた。

「さあ、見せてやりましょう。

おっさんの魂と、オタクの妄想と、アイドルの計算高さが混ざり合った……この 『特級呪物』 の威力をね」

エンターキーが押される。

『投稿完了』の文字が表示された。

静寂。

しかしそれは、爆発の前の静けさだった。

(続く)



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ