第5話:「暴力という名の『ご褒美』」
「ぬるい……ッ!!」
深夜2時。
三島律の声が会議室に響いた。
彼女の手には、鋼田が書き上げたばかりの「第1話クライマックス」のネーム(下書き)が握られている。
「なぜ、ゴブリンごときを倒すのに8ページも使ってるの?」
「なっ……!?」
鋼田が充血した目で反論する。
「ゴブリンだからこそだ! 腐っても魔物。非力な子供(主人公)が勝つには、罠を張り、泥をすすり、薄氷を踏むような攻防があって初めて……『勝利の味』がするんだろうが!」
鋼田のネームは確かに熱い。
泥まみれの殴り合い、折れる骨、そして最後は石で頭を砕く。昭和の劇画なら名シーンだ。
しかし、三島はその原稿を無造作に机に放り投げた。
「鋼田先生。それは『労働』よ」
「ろ、労働……?」
「汗水垂らして、時間をかけて、やっとわずかな対価(勝利)を得る。それは美しいけれど、エンタメとしては 『コストパフォーマンス』が悪すぎる わ」
三島はホワイトボードに急上昇するグラフを描いた。
「今の読者が求めているのは、労働の対価じゃない。
『不労所得』 よ」
「ふ、不労所得だと……?」
「そう。
『あんなに強そうな敵が、一瞬でゴミのように消し飛んだ』
『俺は指一本動かしていないのに、敵が勝手に自滅した』
この 圧倒的なコスパの良さ(タイパ) こそが、現代におけるカタルシスなの」
三島は、アイドル時代のステージ演出を例に出す。
「私がセンターで歌う時、サビでド派手な特効(爆発)が入るわよね?
あれはね、観客のテンションを一瞬で最高潮に持っていくためのドーピングよ。
あそこで私が『汗だくで必死に歌う姿』を見せても、一部のコアなファンしか喜ばない。
大衆が求めているのは、『神々しいまでの圧倒的な輝き』。
プロセスなんてどうでもいい。『結果』という配当金を、今すぐよこせってことよ」
三島は、清宮に向き直った。
「清宮先生。この泥臭い殴り合いのシーン、全カット」
「ええっ!? ぼ、僕の描いた筋肉の陰影が……!」
「代わりに、『見開き1ページ』ですべてを終わらせなさい。
構図はこうよ」
三島が指示したのは、あまりに静的で、かつ残酷な構図だった。
主人公:
敵のゴブリンの前に立ち、ニッコリと天使のような笑顔で指をパチンと鳴らす。
背景:
ゴブリンではなく、主人公の背後にいる 大家エルフ(ヒロイン) が描かれる。
彼女は冷たい目で、膨大な魔力を放っている。
結果:
次の瞬間、ゴブリンは殴られることもなく、『圧』だけで消し飛んでいる。
「題して、『債務の押し付け(デフォルト)』アタックよ」
「で、でふぉると……?」
「主人公は戦わない。
『大家さん、あいつが家賃(魔力)を払ってくれるそうです』と嘘をついて、ヒロインの攻撃対象を敵に誘導するの。
主人公の手は汚れない。汗もかかない。
ただ、『システムを悪用した』だけで勝利する」
鋼田が呻く。
「くっ……! 卑怯だ……! 正々堂々と戦え!」
「卑怯? 褒め言葉ね。
読者は『自分より強い敵』が『理不尽な力』でねじ伏せられるのを見て、脳内麻薬を出すの。
『暴力のインフレ』 を起こしなさい。
ちまちま殴るな。核兵器のスイッチを押すような軽さで、敵を消去するのよ!」
三島は清宮の肩に手を置いた。
「清宮先生。あなたの出番よ。
ゴブリンが弾け飛ぶシーン……グロテスクじゃダメ。
『花火のように美しく』 描きなさい。
血の一滴までが宝石に見えるような、芸術的な崩壊。
『残酷さと美しさは紙一重』……あなたの変態的な画力なら描けるはずよ」
「……美しく、弾け飛ぶ……」
清宮の瞳孔が開いた。
「そうだ……聖女の放つ光で、穢れた魔物が浄化されて粒子になる……。
それは、背徳的なまでのエクスタシー……!!
描きます! 描かせてください!!」
清宮はトランス状態に入り、ペンを走らせ始めた。
鋼田もまた、苦虫を噛み潰したような顔をしながらも、プロットを修正し始める。
「……チッ。分かったよ。
『俺TUEEE』じゃなくて、『俺の女TUEEE』か。
他人のふんどしで相撲を取るクズ主人公……。
……悔しいが、今の『投資家』の設定には合ってるな」
数時間後。
完成した原稿は、異様な迫力を放っていた。
可愛らしい少年の無邪気な笑顔と、その背後で発生した桁違いの破壊。
そのギャップは、まさに三島の言う通り、 「一瞬で脳を焼く」 強烈なドラッグとなっていた。
「……上出来ね」
三島は完成原稿を確認し、小さく頷く。
そして、ノートパソコンを開いた。
「さあ、商品は完成したわ。
次は 『上場』 よ」
彼女は投稿サイトの管理画面を開く。
そこには、最後の仕上げとなる「あらすじ」と「タグ設定」の欄があった。
「いい? ここからはアルゴリズムとの戦争よ。
中身がどれだけ良くても、パッケージでクリックされなければ存在しないのと同じ。
タグの設定は……『追放』『ざまぁ』『成り上がり』。このトレンド三種の神器はマスト。
そこに、あえて 『依存』『共依存』 という不穏なタグを混ぜて、ノイズを作る」
三島はキーボードを叩く指を止めない。
その背中は、かつてドームのステージ裏で、円陣を組んでいた頃のリーダーの風格を漂わせていた。
「さあ、見せてやりましょう。
おっさんの魂と、オタクの妄想と、アイドルの計算高さが混ざり合った……この 『特級呪物』 の威力をね」
エンターキーが押される。
『投稿完了』の文字が表示された。
静寂。
しかしそれは、爆発の前の静けさだった。
(続く)




